お日様の通り道
山間から朝日が昇り始めていた。
差し込む光に気が付くように、ゆっくりとリュッ君が目を覚ます。あたりが明るくなっているのを確かめると、リュッ君はユウキに声を掛けた。
「ユウキ。おい、ユウキ!」
リュッ君を枕にして眠るユウキに呼びかける。しかし、ユウキは体をもぞもぞ動かし、
「もう少し寝かせて…」
と、リュッ君の上で寝返りを打った。
憮然とした表情で空を仰ぐリュッ君は、えへんえへんと咳き込んだ後、改めてユウキに呼びかけた。
「ユウキ…、チョットだけ起きて、俺を朝日のほうに向けてくれねえか?」
「うーん…朝日…?」
ややあった後、もぞもぞしていたユウキがガバッと跳ね起きて、光が差し込む先に目を向けた。
「わー!すごい!朝日だ。ぼく始めて見た!」
「ああ、そうかい。そいつは良かった。じゃあ、ちょっと話を聞いてくれるか?ユウキ。」
目を輝かせて朝日を見つめていたユウキが、リュッ君に向き直る。
「うん。何を?」
「俺を朝日の方向に向けて、中から地図を取り出すんだ。」
リュッ君を抱えてひっくり返し、朝日の方向に向けるユウキ。
「よし、ユウキ、地図を広げろ。」
ユウキは、背中のホックを開いて、例の“落書き地図”をリュッ君の目の前の地面に広げた。
「昨日、太陽が沈んだ方向、覚えているか?ユウキ?」
突然の質問に少し考えるユウキ。
「ええっと…あの大きな赤いボロボロの向こうだよね」
「そうだ、あれは鳥居って言うんだ。ユウキ。神様が通る門だよ。そして、ここは神様が住まわれている社だ。ボロボロだけどな。」
「引っ越しちゃったの?」
「そうかもな…いいか、ユウキ。ここじゃ、夜になったら得体の知れないものがいろいろ徘徊してとても危険だ。お前、なにかオバケ見たいなものに出会わなかったか?」
リュッ君の問いかけを受け、ユウキの顔がみるみる青ざめ、強張っていく。
「…黒い…黒くて真っ黒いぐるぐるしたのが、ぼくを追っかけてきた。…ぼく怖くて…走って逃げた!そしたら、次はすごく大きな犬が出てきて…」
泣きそうになるユウキを見つめるリュッ君。
「そうかそうか、そいつは大変だったな、いいか、ユウキ、そいつらは、この鳥居のある場所、神社には入ってこれねえ。だから、なんかあったときには、ここに逃げ込むんだ。分かったな?」
口を真一文字に結んで歯を食いしばったユウキがうなずいた。
「なんであいつら、入ってこられないの?ここが神様の家だから?」
「さあなあ…、こっちのが何か出そうなナリなのにな…。出来の悪いゲームみたいなもんだが、一応ここではそういうルールらしい…。とりあえず、この朽ち果てた神社が俺たちの避難所ってことになる。地図を見てみろ。」
リュッ君の言葉を受け地図に目を向けるユウキ。
「地図に幾つか、赤い小さな雛人形が足を踏ん張ったようなマークがあるだろう。それが神社のマークだ。お前から見て一番左端の場所が、今俺たちがいる場所だろうな。ご丁寧にスタートって書いてあるからなあ。」
ユウキが両手をあげてぶつぶつとつぶやき、右手と左手を交互にあげたり下げたりをすると、
「ここ?」
と神社のマークを指差した。
「そう、そこだ。そこから、ゴールって書いてある場所までに、所々描かれている赤い神社のマークが避難所だ。危険な目にあったら、そこに逃げ込む。だからどっちの方向に神社があるのか、常に意識しないといけない。分かるか?」
地図を見つめて、真剣な目でうなずくユウキ。
「特に日が落ちる前にはその場所にたどり着かないといけない。でないと、危険な影達に闇の中に引きずり込まれる。引きずり込まれたら戻ってこれない…注意しろよ!ユウキ。」
聞いているユウキが、ぶるっ…と肩を震わせて下を向き青ざめている。ちょっと脅かせ過ぎたかな、心配そうな表情を浮かべて、声のトーンを抑えると、やさしく言い聞かせるようにリュッ君が続けた。
「その方向を見失わないように。お日様の方向を常に意識するようにするんだ。」
「お日様の方角?」
「そうだ、地図を見て見ろ、地図の右側に朝日と、左側に夕日が書いてあるだろう?」
地図とにらめっこをするユウキが、再び両手をあげてぶつぶつとつぶやきながら、交互に右手と左手を上げたり下げたりする。その様子を見て、ああ、とつぶやいたリュッ君が、えへん!と咳払いをすると「右と左はわかるか?」とユウキに聞いた。
ユウキが自分の両手を上げて、交互に見つめてから「お箸を持つほうが右だよねえ。」と、右手を出して、おはしをつまむような仕草をした。
「そうだ。お箸を持つのが右手で、茶碗を持つのが左手だな。」
と相槌を打って答えて、再び地図のほうに目を向けた。
“落書き地図”には太陽を表した赤い丸いマークが、右側と左側に描かれていて、それぞれに“朝”と“夕”の文字が書かれていた。そして、その二つを結ぶように黄色い点線の矢印が引かれていた。
「その地図では、お日様が昇る方向が右で、沈む方向が左だ。そして地図を横断するように描いてある黄色い点線が“お日様の通り道”だ。」
リュッ君の言葉を受けて真剣な目で地図を見つめる。
「そして、その方角は、東西南北の四つで分けられている。東西南北はわかるか?」
リュッ君の言葉に、少し首をかしげて、
「とうざいなんぼく?」と聞き返す。
リュッ君はうーんと唸って、
「ええと…、ひがしー、とか、にしーとか、みなみー、とか、きたー、とか言うだろ?それを合わせて、とうざいなんぼくっていうんだ。だから、東西南北は、ひがし、にし、きた、みなみのそれぞれ四つの方角を差すんだ…、わかるかな?」
リュッ君の説明に、ぱっと表情が明るくなるユウキが、
「ひがしとか、にしとかは分かる。そうか!お日様が昇るのが東で、沈むのが西だ!それ、知ってる。」
と答えた。
リュッ君は幾分ホッとした顔を浮かべて、説明を続けた。
「そうだ、ユウキ!なかなかやるな。その通り、日の昇る方向が東、日の沈む方向が西だ。それをこれからは、どこに行っても一度確認するんだ。そして、お日様の通り道があるのが南で、お日様が通らないのが北だ。」
説明を聞くユウキが地図と朝日を交互に見ている。
「じゃあ、実際に確認して見よう。どっちがどっちの方角だか、分かるか?」
ユウキは少し考えた後、
「あっち、あのお日様が上がってる方向が東で、昨日夕日が沈んだあっちが西?」
と答えて、指差し確認を行った。
「ああ、そうだ、なかなか飲み込みが早いぞ、ユウキ。じゃあ、この地図で言うと?東西南北はどっちだ?」
リュッ君に聞かれたユウキが地図を見つめて「うーん…」と考えた。ややあって、
「こっちの神社がある左側が西で…、右側が東。お日様が通る下側が南で…、通らない方、上側が北?」
と答えた。
それを聞いて、うんうんと頷くリュッ君が続けてユウキに問いかける。
「じゃあ、実際の方角で、南と北を指してみよう。」
ユウキはまた少し考えて、手を広げて真っ直ぐに伸ばして立ち上がり、今日の朝日と昨日夕日が落ちていた方角を差して確認した。そして90度回転をして両手で差されている方向を確かめた。
その後、周りの建物を見比べて地図に戻ると、神社の拝殿が立っている方向を指差して、
「あっちが北で、大きい鳥居が立ってる方向が南?」
と、リュッ君に答えた。
リュッ君はやや驚いたような表情を浮かべてユウキを見つめ「へええ…」と唸った後、
「なかなかやるなあ…」
と感心して見せた。
ユウキはそれを受けて、「へへへ…」とうれしそうな顔をする。
「これからは、この地図を頼りに、ゴールを目指さなくちゃいけないからな。行く先々では、必ず方角を確認すること。特に、神社のある方向は常に意識するように。なんせ、大事な避難所だからな。」
両手で右左を確かめながらリュッ君の話にうんうん頷くユウキ。
「もし、夜になって外をうろついていたら、影どもに飲み込まれちまうからな…気をつけろ。」
鳥のさえずりが聞こえてくる木々向こうから、やわらかな風が吹きぬけていく。口を結び真剣に地図を見つめるユウキが顔を上げてリュッ君のほうを向いた。
「リュッ君…」
か細い声で呼びかけるユウキの声に「なんだ?」とリュッ君がこたえると、ぐううう…とユウキのおなかから盛大に腹の虫が鳴き声を上げた。
「お腹すいた…」
「そうか、そういや昨日から何も食べてないからな…。うーん…」
ユウキが困ったような顔をして、両手でお腹を抱える。その様子を見て、リュッ君も困ったような表情でうーんと唸り声を上げた。
「のども渇いた…」
ユウキがすねたようにポツリとこぼす。再びうーんと唸るリュッ君は、地図のほうを見やった。
地図の左端に、今いる鳥居のマークと、ゲットした青い☆が描かれ、その脇には細長い水色に塗られた線が引かれていた。




