鍾乳洞
ピチョン…
ピチョン…
地下水が雨のように降り注ぐ巨大な竪穴を、貫くように設えられた螺旋階段は深くて広くて、そして暗かった。頭に浮かぶ三つの☆の光も、上下を広く包み込むような暗がりに飲み込まれていく。
カンカンカンカン…
足元を照らす☆の光を頼りに、鉄の階段を走り降りていくユウキ。その足音が、暗い縦抗に高く響いていく。やがて螺旋階段の切れる先が見えてくると、その周囲に丸くこぶのようにごつごつと張り出した岩壁が見えてきた。頭に浮かぶ赤黄青の光が、乳白色の岩肌をうかびあがらせて、つるりと滑るようなその表面をきらきらと反射できらめかせた。下に向かって溶けていくかのようなその岩肌は、文様か装飾のように複雑な立体を形成して、まるで折り重なった布地か、人の肌のように柔らかくも見えた。
やがて、階段の足場が途切れると、ユウキの足元はヌルリとした硬い岩棚に変わった。手すりから手を離して、ゆっくりと岩場を前に進んでいく。
「ユウキ!気をつけろ!地面が途切れているぞ!」
頭の上の☆が赤く瞬き、ユウキが止めた足元を照らす。ユウキ達の目の前には、底の見えない深い穴が、大きな闇となってぽっかりと口をあけていた。
舞い上がる冷気が、絡みつくように舐めて吹き上がっていく。
断崖となって道が途切れたその先は、暗闇が広がっていた。ユウキとリュッ君は、途方に暮れながらその先を見つめていると、沈んだ闇のむこうにチラチラと瞬く緑色の光が小さく見えた。
「リュッ君!あれ!」
「ああ!ユウキ!あれだ!」
ユウキの頭に浮かぶ☆の明滅が強くなって揺らいで繋がると、三つの☆から光の帯が伸び、奥に見える緑の☆へと繋がっていった。光の帯が四つの☆を巡って流れて、一片が長い四角を作ると、帯の長さを整えるように四方へ広がり、四角い光の星座を形作っていった。
黄色の☆はユウキの額の上に、
赤色の☆は右手に、青色の☆は左手に、
緑の☆はユウキ達が見つめる奥に、
「うわあああ!」
ユウキが思わず感嘆の息を漏らして、目の前の光景を見つめる。☆同士を結ぶ四辺の光の帯が、広がった☆の間隔を埋めるように、柔らかな間接光で☆同士を繋ぐと、☆の明滅がゆったりとしたリズムで脈打ち、折り重なるように淡く、なだらかに広がり、目の前の巨大な洞穴の空間を照らし出した。
「鍾乳洞だ」
「…しょうにゅうどう?」
星座に照らされ、薄っすら浮かび上がる大空洞内部 。そこには、巨大なコブのような石の柱が、深くて暗い穴の底から、幾本も並んで立ち上がっていた。屹立する石柱の群れ、その直上からは、長く垂れ下がった岩が先端を尖らして、高い天井を埋めていた。
「しかし、こりゃあ、なんてデカイ練乳石だ…」
「ショウニュウセキって、この大きいの全部…?」
「ああ、鐘乳石は、落下した地下水の一粒一粒が積みあがって、大きく成長させて出来るものなんだ。上から垂れ下がるツララ石も、下に並んで立っている石の柱、石筍だな…、それら全部、水滴みたいなのが少しづつ積みあがって出来ていく…、人くらい大きさになるには、数百年、何千年かかるってえ話だ…」
「そんなにかかるの?」
「ああ、…しかし、ここに並んでるのはそんなサイズじゃあない…」
「全部、ビルくらいの大きさがあるよ…」
どれほどの時間が、この巨大な鍾乳石の群れを、この空洞に積み上げたのだろうか…。そんなことを考えながら、リュッ君が目の前の大空洞の様子を見渡した。
大空洞の下は巨大な穴ぐらがぽっかりあいていて、立ち並ぶ石筍の足元を、深い暗闇ですっぽり覆ってしまっている。その深い暗闇は、絹のような乳白色の表面をより一層際立たせて、波打つような複雑な文様をぼんやり浮かび上がらせていた。ユウキには、それら柱の表面が光の変化に合わせて脈打つようにその表情を変えているように見えた。薄く何層もの生地を重ねて、その向こうに何かを覆って閉じ込めているかのように…。
じっと見つめていると、こちらを見つめ返す、別の何かが透けて見えてくる。
ぶるっ…と、身を震わすユウキ達の足下から、空気の渦が舞い上がり、重く広がる反響音が洞穴内に満たされてていく。
上下に伸びる、石柱の群れの向こうに、☆の光の帯が伸びて繋がり、緑の☆がその光で、周りの鍾乳石をぼんやり照らし出している。その様子を見たユウキが思わず叫ぶ。
「ドラゴンだ!」
緑の光が瞬くその柱は上下に繋がり、表面の凹凸の文様がまるで骨のように浮かび上がっていた。左右に広がった扇状のつららは、まるで広げた両翼の様に、柱の脇から裾野を広げている。乳白色のこぶと同化したかのような骨格が上方に伸びて、背骨のように積み重なった岩棚の先には、大きなこぶが二股に分かれて、緑の☆の光は、その先端にはさまれるようにして輝いていた。それはまるで、開いた口に緑の☆が咥えられているかのようにユウキ達には見えた。
「すげえ、まるで化石みてえだな…」
「でも、どうやってあそこに行けばいいかな…」
「ううむ…」
ユウキに聞かれたリュッ君が渋い顔をして、前方を見つめている。巨大な洞穴を前にして、リュッ君も途方にくれる。下から伸びる柱は、一つ一つが複雑な形状をしている上に、それぞれの間隔がすごぶる広かった。ユウキがジャンプをして届く距離ではない。
困った顔をして立ち尽くすユウキとリュッ君。その頭上の、はるか高い位置から遠吠えのような声が聞こえて来た。
「まずいな…、このままじゃ追いつかれる…」
厳しい表情をしたリュッ君がポツリと呟くと、リュッ君のおなかが青白く輝き出し、プクーっ、と膨れ始めた。
「おわっ!おわっ!おわわっ!」
内側から膨れて暴れ、ぼこぼこと膨らみ始める。驚いたユウキも目を丸くしてそれを見ていると、バチン!と稲妻がはしり、リュッ君の口が大きく開いた。
リュッ君から、大きな白い影がゆらりと飛び出す。
「ランスロット!」
空中に舞い上がったランスロットは、身をひるがえして地上に降り立つと、四肢を岩だなに下ろして踏ん張り、ユウキ達に向かって身構えた。ふうふう…と胸を上下させ、あらい息を上げるランスロット。その左目のこめかみは、どす黒い粒子でつぶされ、右目しか残されていなかった。その他、体のあちこちにも、まだ赤黒い粒子の染みが、痛々しくまだらに散らばっている。
「げほっ!げほっ!いきなり出てくるない!」
「ぐるるるる…」
むせて叫ぶリュッ君をおいて、驚き、ランスロットを見つめるユウキ。しかし、痛々しいその姿を見て、その表情が辛そうに曇っていく。そんなユウキを、残った右目を細めて見つめ、その頭をゆっくりと下げた。
「あ…」
それが、自分に乗れって言っていることは、ユウキにも分かった。この距離を越えることなど、ユウキのジャンプでできるわけが無い。でも、目の前のランスロットは傷だらけで、そんなランスロットに乗ることがユウキにはとてもためらわれた。
ガシャン!ガシャンガシャン!
オオオーーーン…
後ろの螺旋階段のはるか上方から、何かが駆けて来る音と、遠く響く鳴き声が聞こえてくる。
「ユウキ!行こう!こいつはずっと、ユウキがあの☆を手に入れるのを見守って、影からお前を守って来たんだ。後一つ、あれに触れれば。俺も、こいつも、願いがかなう!」
困ったような顔をしてリュッ君を見るユウキ。
「リュッ君と、ランスロットの願い?」
「そうだ!ユウキ!」
リュッ君が背中越しにユウキを見ると、ランスロットに乗ることを躊躇しているユウキに向かって静かに言った。
「お前をここから脱出させて、ママとパパがいるおうちに帰すんだ!」




