石筍
「おうちにかえる…」
オオオオーン!
高い天井の奥深くから泣き声が響いてくる。リュッ君は、ちらとその声のほうをむくと、軽く舌打ちをした。
「ここに留まってたんじゃ、すぐに、あの影どもに追いつかれちまう…。俺たちは、このランスロットに助けてもらうしかない」
ユウキが、ランスロットのほうをむくと、ランスロットは、残った右目を上目にあげて、ユウキのことをじっと見つめていた。
「あの、最後の☆をゲットして。家へ帰ろう…」
歯を食いしばるユウキが、眉間に眉を寄せ、潤ませた目でランスロットを見つめた。
「ユウキ!」
ユウキはランスロットの首元に近付くと、たてがみのような白いうなじを手で掴んで、ランスロットの背中にまたがった。ユウキの重みを背中で感じると、ランスロットは体を起こして、鍾乳石が立ち並ぶ大空洞のほうに向かって身構えた。
オオオオーン!
大空洞上方から、高くいななく様な声が聞こえる。
グルルル…、と低く喉を鳴らすランスロットが、体を曲げて重心を落とす。
「ユウキ…ランスロットが飛ぶぞ!しっかりつかまれ!」
リュッ君の言葉のとおり、ユウキは、ランスロットのたてがみの中に埋まるほどに身を縮めて、その背中をギュウッ…、っと掴んだ。すると、フッ!とランスロットの口から息が漏れ、後ろ足を大きく蹴りあげ、大空洞に向かってその身体か跳ね上がった。
白い体の粒子をなびかせる真向かいの風が、ユウキの頬を揺らしていく。
ランスロットの背中から下を見ると、暗くて深い穴が視界一杯に広がっていた。にょきにょきと高く伸びた石筍の群れは、その尖塔を深い闇の底から突き出して並んでいた。
人くらい積み上がっていくには、数百年かかるってえ話だ…
冷たい風圧に押されて、思わず目を細めるユウキ。☆の明滅にあおられて、浮かび上がった鍾乳石の群れが通り過ぎていく。いびつに歪んだコブの凹凸が、ぬるりと盛り上がった突起の一つ一つが、飛び上がったユウキ達を仰いで、その表情を変化させていった。
みんな、こっちを見ている…。
ランスロットが下降軌道に移り、硬い鍾乳石の柱に下りたった。地下水に濡れて、滑りやすくなっている鍾乳石の表面をツメで引っかき、そのてっぺんにとりついて止まると、体勢を立て直してあたりを見回す。ランスロットは、近くにある石筍のほうを向くと、グルルル…、と低く喉を鳴らして、再び体を低く構えた。
ミンナ、ゴメンナサイ
心の中でそう呟くと、ユウキは目を閉じて、ランスロットの背中に身を沈ませた。
ガン!ガガン!カンカンカンカン…
赤い鉄製の螺旋階段から、乾いた音が響いていく。
赤い、巨大な螺旋階段を包む暗闇から、二つの赤い光と、四つの金色の光がぼんやりと浮かび上がった。チリチリと渦巻く黒い粒子が影の中から膨れ上がり、うごめく粒子から四足の獣と、その背中にまたがる仮面の影が姿を現した。
鍾乳洞の断崖に近付くと、仮面の影は、じっと大空洞を見つめた。
その視線の先には、緑に輝く巨大な竜にも似た鍾乳石の柱と、そこへ向かうランスロットの姿が見えた。その背中には、ちいさな子供がしがみ付くようにまたがっている。
あの猿たちは、もうこちらに戻って来た。
ランスロットも、半分こちらに帰って来ている。
金色の目が見つめる大空洞は、四色の☆同士を結ぶ四角形の星座が鍾乳石をぼんやりと照らしていた。あの、白いランスロットが、石筍を超えていくたびに、緑と黄色の☆との一辺が短くなって、いびつなひし形となり、空中に☆と帯の光の揺らぎを広げていく。
黒いランスロットにまたがる影は、仮面に手を添えて、ゆっくりとその顔から外していった。降ろした仮面の、金色に輝く四つの目から光が失われると、鬼の面は黒い粒子となって拡散し、空中に舞い上って渦を巻いた。そして、影の前で小さく集まっていくと、黒い、一個の☆の形に変化して、影の額の前に浮遊した。
影の姿が、小さな少年の姿に変化していく。変化しながら、その少年の影は、じっと石の柱を飛び越えていく、少年とランスロットの姿を見つめていた。
金色に輝く☆の光を額にかざして、赤黒くにごった粒子をまとう、鬼子の姿を…




