縦抗ケージ
黒いランスロットと仮面の影が落ちていった縦坑から、たくさんの羽音が重なり、ギャアギャアという鳴き声が響き渡った。
裂け目の奥の闇が、グニャリとうねって膨れ上がると、無数の小さな黒いシルエットが、四方八方に飛び出してきた。その小さなシルエットが縦抗の上空に向かって、群れを成して舞い上がっていく。
小さく縮んでしまったランスロットを胸に抱いて、驚き見上げるユウキ。
「キキッ!」
ユウキの脇で背中にすがり付いている影猿も驚き震えている。
大影猿も仁王立ちになって周りを見回した。
こうもりの大群のように見えるそれは、群れを成して脈打つと、まるで黒い竜巻のように、縦抗の天井でぐるぐると渦を巻くように飛びまわり、竪穴の上に広がる岩棚を埋め尽くしていった。
リュッ君はレールの上で仰向けになって、その様子を見ていた。
まずいな!なんだかわからねえが嫌な予感が…。
「ユウキイ!」
リュッ君は大声でユウキを呼んだ。坑内に響くその声にハッとなって、声の方向を向くユウキ。
「俺も拾い上げてくれ!早く!」
ユウキは、ランスロットを抱き上げると、リュッ君が寝そべっているレールが通された橋に向って走って行った。
上空では黒い渦巻きがどんどん濃くなっていっている
リュッ君の元に走ってきたユウキが、傍にしゃがみ込んだ。胸にランスロットを抱いているので両手が塞がっている。ユウキはリュッ君の近くに座ると、その目からボロボロと涙を流した。
「そのランスロットは俺の中に入れろ、その位の大きさなら入るだろう。それで?お前がここにいるってことは、この辺りに最後の☆があるって事か?」
ユウキが肩口で涙を拭いてしゃくり上げる。
「どうなんだ?ユウキ!」
リュッ君がやや強い口調でユウキに聞いた。
ユウキは泣き出しそうな気持ちを堪えながら、大きく頷いた。
「あそこ!」
とリュッ君が、寝そべっているレールの先を指差した。
「あのエレベーターで地下に行けって…、しれいしょに書いてあった…。エレベーターの地下にいる竜が最後の☆を咥えているって…」
ユウキの口調が、堪えた気持ちにつっかえて、しゃくり上げる息に遮られる。ハーハー…、と食いしばった歯の隙間から息が漏れて、ボロボロと涙が溢れる目を、ユウキは何度も袖口で拭っていた。
リュッ君はそんなユウキの様子をじっと見つめて、
「そうか…、偉かったな!ユウキ」
と声をかけると、もぞもぞと体をひねって起き上がった。
「でも、もう少しだ、最後の☆を手に入れて、家に帰ろうな」
と言って、カパッと、その口を大きく開いた。
そんなリュッ君を見て、暫く呆然とするユウキだったが、鼻をすすってグイッと涙を拭うと、ランスロットをリュッ君の中にそっと入れた。
肩掛けに手を通して、リュッ君をお腹に抱き抱えると、ユウキは、目の前の竪坑ケージのエレベーターを見つめた。
頭の上には、変わらず、三つの☆がフワフワと浮かんでいる。その中の、青い☆の輝きが強さを増した。少しだけ明滅を繰り返す☆の輝きの向こうに、レールと陸橋が続いていて、その向こうの縦抗のケージの扉は開いたままだった。そこに、エレベーターのフロアーがとどまっているのが見える。
「そうだ…、猿君!」
振り返って影猿の姿を探す。見ると、影猿は大影猿の元にヒョコヒョコと走っていくと、大影猿のたくましい腕に持ち上げられてその胸に抱かれた。影猿が肩越しにユウキを見つめる。大影猿は影猿を抱いて、空を飛ぶ影の群れを見上げていた。そして、影猿がじっとユウキ達を見つめているのに気がつくと、ゆっくりと振り向いて、ユウキ達の方を向いた。
大影猿と影猿が、じっとユウキ達の方を見つめている。
ユウキとリュッ君もしばらくの間、大影猿と影猿の方をじっと見つめた。
「ユウキ、行こう…。どうやらあいつらとはここまでのようだ」
空を舞う小さな蝙蝠の影が渦を巻いて飛んでいる。坑内に鳴き声と羽音が響き渡り、ユウキ達を見つめている影猿達を包んでいく。
影猿との距離が急に離れて、なぜだか手が届かないような感覚に見舞われるユウキ。影猿は、大影猿は、じっとこちらを見つめたままだ。周りを飛び交う蝙蝠の影は、その周りを激しく羽ばたき、甲高い声でその喧騒を坑内に響かせていった。
「行こう…ユウキ!」
再びリュッ君の声がユウキを促した。ユウキは、少し後ずさると、踵を返して、竪坑ケージに続く橋を走って行った。
エレベーターに駆け込んだユウキは振り返ると、下の階のボタンを押して、ケージの扉を締めた。
その時、閉まっていく扉の向こうに、こちらを見つめながら蝙蝠の影達に飲まれていく大影猿と影猿の姿が見えた。
二人とも、丸く輝く目でこちらを見つめていた。
ワイヤーが巻き取られる音がガコン!と聞こえると、エレベーターのフロアーが大きく揺れて、地下に向かって降下していった。
ウインチの音がひびくエレベーターの壁を背に、もたれかかるユウキの体が、エレベーターが降りていくのに合わせるかのようにズルズルと床に落ちて行った。そして、口をへの字に曲げて肩をいからせると、うつむいて目から大粒の涙を流して、崩れるようにへたり込んでいった。




