裂け目
「うおお!ユウキイ!ちょ!おま!こんなところでなにやってんだ!」
目の前で呆然と見上げているユウキを見て、思わず声を上げるリュッ君。
大影猿は、リュッ君を背中に担いだまま、その胸に抱きしめた影猿の頭を撫でて、その顔に何度もキスをした。そんな、大影猿の背中に担がれたリュッ君を見つめるユウキの顔がみるみるくしゃくしゃになっていくと、目に大粒の涙を溜めて、うえええええと、泣き出した。
「リュッ君!リュッ君!ランスロットが死んじゃう!ランスロットが死んじゃうよおお~~~!」
ワンワン鳴きながら、リュッ君に訴えるユウキ。そんなユウキを見て、オロオロするリュッ君は、わけがわからず聞き返した。
「ランスロット?ランスロットってなんだ?ユウキ?」
「一緒に来たの!ここまで!だけど、黒いランスロットが白いランスロットに噛み付いてえ~~」
「え?なんだ?黒いランスロットってなんだ?何の事言ってるんだ?」
「白いランスロットがやられて死んじゃううう~!」
ゴガアアアア!
黒いランスロットが、白いランスロットから離れると、抱き合う大影猿に向かって踊りかかっていった。大影猿はそれを見て取ると、影猿を脇にどかして後方に構え直した。
「うおおわあ」
襲い掛かった黒いランスロットにつかみかかる大影猿は、そのまま取っ組み合うように側面に回転して地面を転がっていった。しかし、転がりながらも大影猿の足が、黒いランスロットの腹を蹴りあげ、転がる反動を使うかのように上空になげとばす。逆さまに放り投げられた黒いランスロットは、そのまま空中で一回転して、岸壁の出っ張りに滑って着地した。
グルルルルル…!
黒いランスロットを放り投げた大影猿も、のそりと立ち上がり、その二つの光の眼で黒いランスロットをにらみつけた。
キキキッ!
影猿が甲高く鳴きながら、ひょこひょことユウキの元にやってくる。そして、その脇に隠れながら、大影猿と黒いランスロットが対峙する様子を見つめた。投げ飛ばされた黒いランスロットと対峙している大影猿は、ユウキ達を守るかのように背を向けて立ちはだかった。首をすくめて身構える大影猿の背中は大きく、その広い背中に、肩掛けが伸びきったリュッ君の姿が見えた。
「リュッ君!すごい!」
驚き目を丸くするユウキが思わず叫ぶ。
「ばかっ!おりゃ!何もしてねえ!わわっ!」
岩棚から踊りかかってくる黒いランスロットをひらりとかわす大影猿。体をひねって縦横無尽に飛び掛ってくる黒いランスロットと一定の距離を保ちつつ、華麗なステップでその攻撃をいなす様に下がっていく。
「いけー!がんばれリュッ君!」
「ウッキッキー!」
激しく動く大影猿の背中に振り回されて、目を回すリュッ君。大影猿は、黒いランスロットの跳躍力を、さらに上回るジャンプ力で上手に攻撃をかわすと、背中に飛び乗り、その首に手を回して締め上げた。苦しそうに体をそらせる黒いランスロットは、たまらず前足を上げて、馬がいななくようにその体を立ち上げると、そのまま背中の大影猿を、岩棚の壁面に強く打ち付けた。
「ぐぎゅうう!」
大影猿の背中で、強烈なプレスを受けるリュッ君が、あまりの重圧に悲鳴をあげる。
黒いランスロットが、大影猿を、激しく岩棚に打ち付けるも、大影猿の首を締め上げる力は緩まない。黒いランスロットは、さらに激しく、ガンガンと大影猿を壁面に背中から強く打ち付けた。
「ムギュウ!ムギュウ!」
壁面の岩棚がガラガラと崩れ、瓦礫が落ちていく。
「負けるなーリュッ君!黒いランスロットをやっつけてー!」
「ウキッキー!」
「ぶべらあ!」
岩棚の瓦礫の間から、岸壁に打ち付けられたリュッ君が顔を出す。
このままだと、猿の背中に圧迫されてほんとうにおっちんじまう!
黒いランスロットがさらに暴れると、助走をつけて壁面を駆け上がった。そして、大きく後方にジャンプした。高く舞い上がる黒いランスロットと大影猿とリュッ君。黒いランスロットは体をひねると、背中を地面に向けて、そのまま体重を乗せて落下軌道に入った。
リュッ君は痛みに耐えながら、口に空気をヒュっと吸い込むと、
「いい加減に…しろ!」
と大きく怒鳴ってその体をボンッ!と膨らませた。
大きくエアバックのように膨れ上がったリュッ君に体を沈ませて、ボヨヨン!と上に跳ね上がっていく大影猿と黒いランスロット。リュッ君はその後、肩掛けをパチン!と外して、大影猿から離脱した。
くるくると回りながら、レールの上にボスンと落ちるリュッ君。
跳ね飛ばされた大影猿はその衝撃で手が緩んだ。黒いランスロットが大影猿を振り払うと、地面に着地して態勢を立て直して。大影猿に向かって襲い掛かっていく。
大影猿も体制を整え、黒いランスロットのほうに体を向けた。しかし、黒いランスロットの方が、若干スピードが速かった。体を黒いランスロットに向けようとしたとき、その鋭い牙が大影猿の喉元に向かって飛び掛った。
思わず手で喉元をかばおうとする大影猿。
その間に、白い影が割って入った、
大影猿の喉元に食らい付かんとする黒いランスロットの首筋に、横から白いランスロットが食らい付いた。そしてその首筋に鋭い牙を突き立てたまま、岩棚を転がり、その勢いに乗せて、黒いランスロットを縦抗の下に広がる大きな裂け目に向かって、放り投げた。
オオオーン
黒いランスロットが、空中を引っかきながら大きく弧を描いて、縦抗の穴の底に落ちていった。
白いランスロットは、地面を転がり滑って、岩棚の崖っぷち、ぎりぎりで止まった。
「ランスロットー!」
その様子を見ていたユウキが叫ぶ。そして、岩棚のヘリぎりぎりで止まったランスロットに向かって走り出した。
息も絶え絶えになったランスロットは、ぐったりとして横たわっている。その全身には、赤黒い染みが大きく数を増やして、チリチリと体を焦がしているように見えた。
「ランスロット!ランスロット!大丈夫?」
ユウキは、白いランスロットに駆け寄ると。その顔を持ち上げて見つめた。ランスロットは少し目を開いてユウキのほうを見ると、そのまま目を閉じていった。そしてその全身が白い光の粒子に包まれていくと、チリチリと粒子が拡散してその体がどんどん小さくなった。やがて、ここに入る以前の小さなランスロットに戻っていった。
「ウキッ」
ユウキの近くで、影猿が二人の様子を見つめている。
ユウキは、小さなランスロットを抱き上げて、胸に手を当ててみた。その胸が微かに上下せている。でも、どうしていいのか判らない。ユウキは、そんなランスロットの様子に困惑しながら、涙を溜めた目で見つめることしか出来なかった。
「そうか、そうか、あの白い獣がランスロットか…」
レールの上に放り出されたリュッ君がその様子を見て、独りごちる様に言った。
「でもなんで、ランスロットなんだ?」
リュッ君は、レールに寝そべりながら、しばらく頭の中で今の状況を考えてみた。
はて、しかし、ユウキがここにいるってことは、あいつ一人で最後の☆のありかを目指そうとしたってことか?何かのヒントがあって、最後の☆を探し、ここまで来ているとしたら、まだ、このゲームにも目があるってことだ。一度は諦めかけたが、まだ、このデタラメな世界から抜け出せるチャンスがあるかもしれない。
いや、まあ、何はともあれ、ユウキに状況を聞かんと、わからんが、まあ…
「たいしたもんだ」
リュッ君は口に出していって、少し笑った。
さて、どうしようか?ユウキを呼んでみるか?
とリュッ君が考えた瞬間、縦抗構内に、なにやら騒がしい鳴き声が鳴り響いた。
その鳴き声は、ギャアギャアと甲高い、無数の鳴き声が重なって響いていた。その鳴き声と重なるように、バタバタと無数の羽音も聞こえてくる。
その音は、あの縦抗の下、仮面の影と黒いランスロットが落ちていった深い穴の底から響いてきた。




