邂逅
リュッ君を担いだ大影猿は、山の頂に向かってずんずん進んでいった。
叫んでも暴れても全くびくともしない大影猿に辟易したリュッ君は、むくれっ面のまま抵抗を止めた。
チリチリと蠢く黒い粒子の向こう側は、硬くたくましい肩甲骨が波打っていた。広い背中と太い二の腕に引っ張られ、リュッ君の肩掛けがこれでもかといわんばかりにピンと引っ張られる。そんな大影猿の背中でリュッ君は、木々の間を抜けて飛び移ったり、地上に降りて走ったり、大きな岩肌を超えて行ったりするたび、力の入った体の部位に引っ張られて、右に左に延びたり縮んだりしていた。
「いてててて!」
引っ張られるたびに悲鳴をあげるリュッ君を、気にもしない大影猿は、山あいの木々を超えて立ち止まるたび、フガフガと匂いを嗅ぐような仕草で空を仰ぐと、方向を変えて進んでいく。そして、山の頂にある大きな塔に登っていくと、そのまま中に入りこみ、フロアーの中央にぽっかりと開いた穴を覗き込んだ。
その暗くて深い穴は、山の頂きから地中に向かって突き刺さるように長く続いている。上から吊るされたワイヤーがだらんと垂れ下がり、下の方にまで伸びていた。
「一体、こいつは何処に行こうってんだ…?」
上に伸びる鉄骨を見上げながら、リュッ君が背中で諦め気味に独りごちた。
すると、大影猿は、ぴょんと飛び上がって、縦抗に伸びるワイヤーにつかまってぶら下がり、その穴の中に滑り降りていった。
「ウワアアアアアアーーーーーーーー。」
大影猿とリュッ君が、穴の中深くに消えていく。下から舞い上がる風が大影猿の黒い粒子を激しくなびかせた。背中のリュッ君も、いろいろなところがバタバタ揺れている。
「アワアワアワ…」
滑るように降りていく大影猿が、ワイヤーを掴んでくるくる回ると、背中のリュッ君も目をまわした。そのまま加速していく大影猿が、ケージの上に、ダン!と、勢い良く飛び乗ると、すっくと立ち上がり周りをキョロキョロ見回した。
背中で目を回したリュッ君が、地下深く降りた縦抗の穴を下から見上げた。ぐらぐらする頭を振って、気を確かに持ち直すと、周りの様子を確認した。
どうやら、ここは人口に掘られた縦穴のようだ。周りには堅牢な骨組みが幾重にも組み合わさった、高いトラス構造が上下に続いている。穴の両側にはレールのようなものが通され、ワイヤーケーブルが、はるか上空から穴の中心に垂れ下っていた。これは、エレベーターか何か通したシャフトだろうか?
リュッ君が周りを見回し考えていると、大猿影は空を仰いで、フンフン…と鼻を利かした。竪穴の底のフロアーから、階段を降ったプラットホームのような場所を通っていくと、坑道の一つに入っていった。
無数の柱やパイプやケーブルが通された人口の建造物が所狭しと張り巡らされている。ポタポタと落ちて来る水滴が、容赦なくリュッ君を濡らしていく。大影猿が、横穴に続くレールから先に止められたトロッコ車両をこえて、横穴の脇にある大きな箱型の貯蔵庫の脇を通り過ぎていった。
ここは、鉱山なのか?
そんなことを考えていると、坑道の奥から、金属と岩石が打ち合う音、レールの上を何かが走る音、多くの岩石がガラガラと落ちる音、何かが崩れるような音が交じり合って響いてきた。ケーブルに通された照明が薄暗い坑道を照らし出していく。
あれは…、作業員の亡霊か?
複数の影が見えたとき、大影猿は、脇に開いた坑道の中に滑り込み、それらの影に鉢合わせしないように身を隠した。そして、レールが延びた坑道から抜け出ると、再び匂いをかいで、坑道を進んでいく。大きく開けた坑道を抜けて、高く組み上げられたやぐらを登って越えていく大影猿の背中で、リュッ君はきらきらと水が流れる岩石の壁を見つめていた。狭く上下を囲まれた通路は、木の柱で支えられ、その周りはケーブルとパイプがいたるところに張り巡らされていた。ケーブルに繋がれた灯りが、通路内を明るく照らしている。
こんなところこいつの寝ぐらなのだろうか?
などとリュッ君が考えていると、奥のほうから甲高い、なにかの鳴き声のようなものが聞こえて来た。
すると、坑道を歩いていく大影猿が駆け出し始めた。
「お、お?何だ?どうしたどうした?」
「キキイイーー!」
坑道内に反響する鳴き声。その声が響いてくる方角に向かって大影猿がスピードを上げていく。
「ホホッ!ホホッ!」
スピードを上げる大影猿の前には、狭い坑道の出口が開いていた。そこからひょっこり顔を出すと、巨大な空間が広がっていた。垂直にゴツゴツと張り出した壁面の向こうには、巨大なやぐらが組み上げられ、その真ん中には鉄骨のシャフトが岩盤を貫くように竪に伸びていた。そのシャフトの先にはフロアーが広がっていて、坑道に伸びるレールが続く通路は、奥のシャフトにまるで橋のように繋がっていた。
ゴガアアアア!
大きな咆哮が坑道内に響く。大影猿がその声のほうを覗き込むと、白と黒の大きな獣同士が激しく争っているのが見えた。そして、その両者が争う近くには、なにやら小さな人影のようなものが見える。
「ウキキキーーー!」
甲高い鳴き声が聞こえたかと思うと、その声の主らしきサルが、人影の一人に掴まれ、地面に向かって強く叩きつけられた。
「ギイイッ!」
激しくバウンドして転がっていく小さなシルエットを見て、大影猿は、前のめりに体を前に乗り出した。投げ飛ばされた小さな影が、うずくまって苦しそうにうめいている。その影に向かってゆっくり歩き出して近付いていく人影が、その脇でうずくまっている影を見下ろすと、手に持っている長い槍のようなものを大きく振り上げた。それを見た大影猿は、坑道の穴から飛び出すと、急勾配の岩棚をすごいスピードで滑り落ちていった。
「ウホウホオホオオーーーー!」
「うわああーー!」
大影猿の後方しか見えてないリュッ君は、突如落下に転じた大影猿に驚き、思わず叫んでしまった。飛び出した大影猿は、くるりと回って飛距離を伸ばすと、長い槍を振り上げた人影の近くに、ズウウン!と、降り立った。
その人影が大影猿のほうを向くよりも早く、大影猿の裏拳が、その顔面を横から強く殴りつけた。
殴られた後、まるで木の葉のようにくるくると舞って飛んでいく仮面の影は、地面に体を打ち付けて転がり、フロアーの先にぽっかりと開いている岩の裂け目に向かって、勢い良く転がり落ちていった。
「ブフウウウ…」
殴りつけた大影猿が、口から大きくと息を吐き出すと、ゆっくりともう一体の人影のほうを見た。その小さな影は、呆然とした様子で大影猿のほうを見上げている。しばらくその人影をしげしげと見ていると、「キキキイッ!」と甲高い鳴き声を上げて、小さな猿の影がその大影猿に向かって飛びついていった。大影猿の胸に顔をうずめてがっしりしがみ付く小さな猿の影、大影猿がその影を確認すると、まるで愛でるように、その体をギュウウ!と抱きしめて小さな猿の影をその身に包んだ。
「キュウゥゥ~~…」
「いてててて…、千切れる千切れる…」
抱きしめあう大影猿の背中が丸まって伸びると、リュッ君の肩掛けも、ぎゅうっと伸びて広がっていった。何がなんだか訳が分からず体を引っ張られ伸びていくリュッ君。そんな歯を食い縛ったリュッ君が、岩肌の上にこちらを呆然と見つめる小さな人影と目が合った。
目を凝らしてみると、その小さな人影は、パーカーと半ズボンと登山靴に身を包んだ、見覚えのある小さな男の子だった。その顔はすすと泥に汚れて真っ黒だ。でも、その男の子の顔は知っている。
その男の子は目をこすって、「…リュッ…君…?」と呟いた。
そうだ、紛れもなくあのユウキが、こんな鉱山の地下深くにいる。
「うおお!ユウキイ!ちょ!おま!こんなところでなにやってんだ!」




