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リュッ君と僕と  作者: 時波彷徨
四日目
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57/88

ホッパー

 ザアアアアアアー…、


 流れ落ちる滝の音が、坑道内の空間一杯に響いていく。 


 岩肌に身を寄せたユウキは、坑道に張り巡らされた柱の向こう側から目を逸らすことができなかった。


 木で造られた足場の一つに膝をかけて、だらんと上体をぶら下げた仮面の影が、逆さまになってユウキ達のほうをじっと見ている。


 ユウキはその姿を見て、何時だったか、森の中での出来事を思い出した。ユウキ鼓動が早くなり、息が上がっていく。あの時、ユウキを追いかけてきた、目の前に迫ってきたのは、あの影だ。鬼のような仮面を被り、手に大きな槍を持ち、森の中で、遊園地から神社に向かう途中で、僕達を襲ってきたやつだ。


「ううう~…」


 小さなランスロットが、仮面の影のほうを睨み付け、歯を剥き出して威嚇し始めた。


 そうだ、その時助けてくれたランスロットはひどい手傷を負っていた。


シュウシュウと小さな体に付いた赤黒い焦げ目のような傷跡から、黒い粒子の帯のようなものが、ゆらりと揺れた。白いその体に染み込むようなその揺らめきは、見ているユウキにも、痛々しく感じた。


 ユウキは、息を整えて、ぶら下がっている仮面の影から逃れるために、じりじりと移動し始めた。


「行こう…ランスロット!」

小声でランスロットを呼ぶユウキだが、ランスロットは、仮面の影から目を離さず

「ウウウ~~…」

と唸り、威嚇の構えを取り続けている。


 影猿が、ユウキとランスロットを交互に見て、「キキッ!」と脇をすり抜け、ユウキのほうに近付いていった。ユウキは、じりじりと坑道の影に身を潜めていく。


「ランスロット!」


 小声でささやくように呼ぶユウキ。


 そんなユウキ達の様子をじっと見つめていた仮面の影が、上体を持ち上げ反動を付けると、くるっ回転して柱の上に登った。そのまま、手に持った槍を肩に乗せて屈み込むと、顔を上げて、「るるるるる~~~…」と喉から声を上げた。


 坑道内に、仮面の影が上げた声が反響して、暗く落ちた穴倉の奥まで響いて消えていく。


 地下水が流れ、滴り落ちる音が静かに響き、遠くでは、採掘作業の音がかすかに反響している。


「ランスロットー!」


 向かいの坑道にたどり着いたユウキが、ランスロットのほうに声をひそめながら呼びかけた。ランスロットは、ゆっくりユウキ達のほうに後ずさって来る。


 仮面の影は、柱の上にしゃがみ込んだまま、じいっ…、と、ユウキ達の様子を見つめていた。


 対岸の坑道にたどり着くランスロット。その瞬間、ひゅひゅん!と風を切る音が静寂を破り、ユウキ達の目の前に、黒くとがった槍が、ドスドスッ!と鋭く突き刺さった。


「うわわ!」


 ユウキは慌てて振り返り、坑道の中を一目散に走り出した。影猿とランスロットも後に続く。全速力で逃げたいユウキだったが、坑道は足場がすごぶる悪く、ところどころで躓き、転びそうになった。必死に前に進むユウキ。すると、不意に目の前の赤い☆が強く光った。


 ゴオオーーーー!


 横辻から突然現れたトロッコ列車がユウキの目の前を通り過ぎていく。慌てて止まり足踏みをするユウキ達一行。やがてトロッコ列車が通り過ぎ、坑道から飛び出していくと、


「キキッ!」

「うわああ!」


 目の前には大きく開けた空洞が広がっていた。


 前につんのめって落ちそうになるユウキを、影猿が掴んで必死に支える。眼下には深い穴が広がり、幾層にも折り重なった木の構造物が下方に組みあがっていた。地面はさらに下まで続いているのだろうか、穴が深くてユウキには底が見えない。木製のやぐらに敷かれたレールがその構造物の向こう側に何本か見える。ユウキはあわてて足元のレールにしがみついた。


 柱の向こうに広がる岩場の幾つかには穴倉が掘られていて、ノッポの影達が出たり入ったりしているのが見えた。その穴の中から様々な作業音が奏でられて響いている。


 レールにしがみ付いたユウキが見回すように上を見た。


 縦穴の上の方にある横穴から、小さな影が飛び出してきたかと思うと、その影は三つに分かれ、ゆっくり落下してきた。次の瞬間、その影からヒュヒュッ…と、何かが飛び出し、ユウキ達の周りに、ドスドスドスッ!と長く黒い槍が突き刺さっていった。そして、その槍に続くかのように、三体の仮面の影が次々に降り立ち、ユウキ達を四方から取り囲んだ。


 一体の仮面の影が、突き立てた槍を抜くと、ゆっくり身構えてじりじりと近付いてくる。


「キキィッ!」


 驚いた影猿が、足場で尻餅を付いているユウキにおびえてしがみ付くと、ユウキも、取り囲む仮面の影を見つめたまま、硬直して動けなくなった。


 槍を構えて、じりじりとユウキ達に近付いてくる仮面の影達。


 ランスロットがユウキの近くで身構える。


 グルルルル!

 歯をむき出しにして、仮面の影達を強くにらみつけるランスロットの体から、バチンッ!青白い稲妻のような光がほとばしった。その体が薄い光に包まれると、ランスロットの体を取り巻く白い粒子が大きくたなびき、そのシルエットが、白い輝きと共に大きく変化していった。


 長くたなびく尾っぽが翻り、鋭い牙が口から覗く。眼光が赤く輝くと、その姿は、かつて、ユウキ達の前に現われたときと同じ、巨大でたくましい白い獣の姿に戻っていった。


 ガアアアア!


 咆哮を上げるランスロット。身をひるがえすと、ユウキ達を守るかのように、影達の前に立ち塞がった。


 仮面の影は、槍を構え直すと、ランスロットに踊りかかっていった。


 影が突き出した槍を、ひらりとかわすランスロット。そのまま仮面の影の喉もとに食らいつき、体をひねって振り回すると、木の柱に叩きつけた。四散してボロボロと崩れていく仮面の影の粒子を口元に這わせながら、体勢を立て直すランスロット。その後方から別の仮面の影が飛び掛っできた。突き立てられた槍を素早くかわすと、ランスロットは柱をすり抜け、大きく跳ね上がった。そして、仮面の影の頭上からのしかかって影の脊髄あたりに牙を突き立てると、その体を床にねじ伏せた。


 そのまま肩越しに、燃え上がるような深紅の瞳でもう一体の影を睨みつけると、組み伏せた仮面の影を勢い良く放り投げた。


 仮面の影が身構えるも、空中に放り投げられた影の体が直撃して、大きくバランスを崩し後方へと倒れていった。その間隙を縫って、体勢を崩した二体の影に向かって駆け出すランスロット。


 ドドドドッ!

 ゴアアアアア!


 苦しそうにのた打ち回るランスロット。新たに飛んできた槍がランスロットを貫いて、ユウキ達のいるやぐらの木の柱に、鋭く突き刺さっていく。食い込んだ槍が柱に固定され、ぎしぎしと軋んで激しく揺れる。


「ランスロット!」

 ガハッガアアア!


 軋みをあげる足場がユウキ達を揺らす。やがてランスロットが動きが弱くなっていくと、その近くに、さらに別の仮面の影達が降り立った。ランスロットを取り囲み、じりじりと近付いていく。ユウキと影猿は、口を震わせて、その光景を見ていることしか出来なかった。


 矛先をランスロットに向けて、その包囲を小さくしていく仮面の影達。影達をにらみつけたランスロットは、ぜいぜいと口で息をしたまま、ぐったりと体を横たえていた。


 じりじりと寄ってくる仮面の影の一体が、槍を構え直し、さらにランスロットの様子を見ようと覗き込んだ。


 グルウアアア!


 瞬間、体を貫いた槍ごと上体を持ち上げ、尻尾で近付いた影を横殴りに弾き飛ばした。槍が引き抜かれ、貫いていた柱の支えが破壊されると、やぐらが大きく軋んで波打ち、レールの足場が大きく傾いていった。


「うわわわわ!」


 ユウキ達もレールと一緒に傾いていく。


 ランスロットは、自分の体を貫いた槍の一本を、その口で無理やり引き抜くと、そのまま槍を影に投げ返した。自らの槍に貫かれる仮面の影。しかし、その仮面の影は、貫いた槍を難なく引き抜き、再び構え直した。しかし、ランスロットの動きは速く。傾くレールにいた仮面の影の何体かに踊りかかると、次々噛み付きなぎ倒して、その体を黒い塵へと変えていった。


「うわああああーーーーー!」


 連鎖的に崩れていくやぐら。ユウキと影猿はレールの足場と一緒に投げ出されて下へと落ちていった。


「いてっ!」

「キキッ!」


 投げ出されたユウキと影猿は、枕木にバウンドして転がると、ボスッ!っと、四角い箱の中に落ちていった。


「いてて!」


 と箱の中で上体を起こすと、その箱は、ガクンと下がって回転して、ユウキと影猿をさらにその下に落としていく。


 落ちた先の箱の中で、再び体をさすりながら起き上がるユウキ。すると、ガタン!とその箱が揺れ、金属と金属が擦れあう甲高い音が響かせてゆっくりと動き始めた。驚き顔を出すユウキ。見るとそこは、何両も連結されたトロッコ車両の一つだった。トロッコ列車はユウキ達を乗せたまま、徐々にスピードを上げてレールの上を加速して行く。後方の崩れたやぐらの先で、影達と戦っているランスロットの姿がどんどん遠ざかっていった。


「ランスロットーー!」


 叫ぶユウキを乗せたトロッコ列車は、レールに沿って、そのまま坑道の奥へと消えていった。






 一方その頃、大影猿に背負われたリュッ君は途方にくれていた。


 一体、こいつは俺を何処に連れて行くんだろう?


 大影猿は山の斜面を、リュッ君を連れて、ずんずん登っていく。時に岩場を、時に木々の枝葉の間を、上へ上へ向かって進んで行った。リュッ君は、仕方無く背中に背負われるまま、大影猿に連れられるままに任せていた。


 スンスン…と匂いを嗅ぐように空を仰ぎ、再び山を登っていく大影猿。


 切り立った崖を登り、その天辺の木の枝から周りを見回す。


 そこには、巨大な煙突と、その脇に積み重なって組みあがった廃屋の群れが、大影猿の眼下に広がっていた。



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