坑道
ユウキとランスロットと影猿を乗せたケーブルカーが、斜面をゆっくり下っていく。ぽたぽたと雨のように降り注ぐしずくが、ユウキ達を濡らしていく。ユウキは、パーカーのフードを持ち上げて、目深に被った。
レールが敷かれた坑道の四方には、トンネルを支える柱が一定の間隔で立ち並び、それらを結ぶようにケーブルや配管が幾重にも張られていた。柱には照明器具が設置されていて、坑道内を一定の間隔で明るく照らしていた。証明に照らされた岩石が、青黒く鈍い光を放って、通り過ぎるたびに、濡れたその表面をきらきらと照り返している。
ケーブルカーに座りながら、ユウキは不思議なものを見るように周りをキョロキョロと見回した。
周りに座っている影達は、一様に黙って、まっすぐ前を見たまま身動きもせず、ゴトゴトと揺れる車両にじっと座っている。隣に座っているランスロットも影猿も、おとなしく前を向いて座っていた。
しばらく斜坑を下っていくと、レールを走るケーブルカーの音のほかにも、坑道の奥から、キン!キン!と鉄や石を叩くような音や、何かを削るような音、ワイヤーを巻き上げ何か大きな荷物を持ち上げるような音、いくつもの岩石が一斉に落とされる音など、様々な音が幾重にも重なって響き始めた。
「うわあ…、なんか、いっぱいいる…」
明かりの灯った坑道を抜けていくケーブルカーで、周りを見回すユウキ。ケーブルカーは、縦横に掘られた坑道を幾つか通り過ぎていった。そこには、ノッポの影が、穴に忙しく入り込んでいたり、その手前でなにやら話し込んでいたり、調べ物をしていたり、思ったより騒がしく、忙しく作業をしているように見えた。
やがてケーブルカーは、天井に縦に掘られた穴が続くやや広い坑道に到着した。
ガタンゴトンと振動を立てて、ゆっくり速度を落としていくと、駅のプラットホームのような場所に滑り込んでいく。そして、車両のドアが、ガチャン!と開くと、座っていた影達がばらばらと立ち上がり、プラットホームに列を成して次々と下りていった。
ユウキ達も続いて、プラットホームに降り立つと、後ろでガチャン!とケーブルカーの扉が閉まった。そして、ケーブルカーは、先ほど来た傾斜を逆に登って帰って行った。
斜坑の奥に消えていくケーブルカーを見送るユウキ。見回すと、先ほどまで一緒に乗っていた影達は、散り散りになって、奥に伸びる坑道の中に消えていった。
プラットホームにポツンと取り残されるユウキ達。
ユウキはポケットから☆を取り出すと。それをふわりと頭に浮かべた。目の前、赤、黄、青の順番で並ぶ☆を見て、「うん。やっぱり信号機だねえ?」と納得した様子で見つめた後、ランスロットと影猿のほうを向いた。
「ファンファン」
「キッキ」
返事しているのかしていないのかは分からないけれど、なんとなくユウキは二人にうなずいて、ポケットから“さいごのしれいしょ”を取り出し、その内容を確認した。
二番に書いてある「せんろのさきにあるたてもののなかでとろっこにのって、ちかにもぐれ!」は今のがそうだったのかな?と考えたユウキは、次の三番の項目を声に出して読んだ。
「ちかのえきについたら、きたにむかってすすめ!」
今降りているプラットホームのようなところが、ちかのえきなのかな?
そんなことを考えながら、ユウキは周りを見回した。
頭の上にある坑道は、張り出した柱がその岩場から飛び出して、何層も上に重なって続いている。目を細めて、上を見つめるユウキだが、その先は暗く、高い穴の影が続いている。地上まで相当高さがあるように見えた。
ユウキ達がいる周りには、四方に幾つか坑道が続いていた。これら横穴のうちの、北に続く穴に進めと、しれいしょには書いてあるのだろうか?
「まあ、今は“赤が北”と憶えておけばいいかな」
リュッ君が言ったことを思い出したユウキは、ポケットからコンパスを取り出して、パカッと開いた。針の先がゆらゆらと揺れて、赤い針の先がある一方向を指して留まっていた。その先を見ると、ぽっかりと開いた横穴が続いていた。
ユウキはそれを確認すると、ランスロットと影猿のほうを見て、「あっちに最後の☆があるのかなあ?」と聞いてみた。
「ファンファン!」
「キッキ」
ランスロットと影猿が鳴いて応えるが、返事をしているのかどうか分からないユウキは、困った表情を浮かべて途方にくれた。
こんなときリュッ君が居たら、せめて言葉で返してくれるのに…。
ユウキは大きくため息をつくと、赤い針が指した坑道を見つめて、フン!と決意を固めた。
「ちかのえきについたら、きたにむかってすすめ!」
「ファンファン!」
「キキッ!」
ふたたびユウキはそういうと、相槌を打つように鳴いたランスロットと影猿を従えて、横穴の中に入っていった。
横穴の中はやや狭かった。身をかがめながら進むその先はケーブルが延びて、点々と続く明かりに照らされていた。坑道の岩肌は、垂れて落ちる雫や、ちょろちょろと表面に流れてくる地下水で濡れているうえ、表面がでこぼこしていて足場がすごぶる悪かった。その横穴を、ユウキは光が続く先をゆっくりと前に進んで行った。
しばらくすると、二つに分かれて折れ曲がった坑道に差し掛かった。
ユウキはコンパスを取り出して、赤い針の先を確認した。
ゆらゆらと揺れる針が差す坑道を見て、ユウキは「こっち!」と指を差すと、その先の坑道に向かって歩き出した。
しばらく行くと、次は三つに分かれて続く坑道に差し掛かった。
再びコンパスを取り出し、赤い針の差す方向を確かめるユウキ。
「こっち!」
指を差して歩き出す。まっすぐゆっくり進むと横辻に伸びる坑道に差し掛かった。ユウキはかまわずまっすぐ進もうとすると、顔の前に浮かんでいる赤い☆がピカピカと光った。
ユウキは、あれっとなって、立ち止まると、横辻からガタンゴトンと振動が響いて、鉱石を山と積んだトロッコが列を成してユウキ達の前を通り過ぎていった。しばらくして、最後尾の車両がノッポの影を従え通り過ぎると、ユウキの目の前で浮かんでいる青い☆がピカピカと光った。
ユウキは、右左を確認すると、レールが敷かれた坑道を横切って進んで行った。
しばらく進んでいくと、やや大きく開けた坑道に出た。複雑に組み合わさった柱とフロアーが重なり合って、前にも後ろにも幾つかの坑道が続いていた。そこからレールが延びて切り替えポイントに集積された軌道が、四方につながっていた。レールには、先ほど横切ったトロッコ列車と同型の車両が並んで停車していた。車両の上についている台形の箱の中身は空っぽである。その他にも四角い機動車や先端に掘削機械が付いた大きな重機なども停車しており、鈍く光る頑丈そうな車体が縦抗のライトに照らされていた。
しばらくすると、トロッコ車両に乗ったノッポの影の一団が、鉱石を積んだトロッコ車両を従えて、坑道から坑道へと移動していく。また違う横穴の先には、別のノッポの一団がなにやら道具のようなものを抱えて、奥に向かって歩いていく。さらに別の坑道では、その奥まった場所からゆっくり歩いて出てくる影達も見えた。
坑道内は、あらゆる場所から、岩を削る音や、車両が走る音、沢山の鉱石が落ちていく音が響いて、とてもにぎやかだった。
「うわあ…」
その騒々しさに思わず口を開いて周りを見回すユウキ。入り組んだレールを横切って、岩陰に身を寄せると、コンパスを取り出して方角を確かめる。赤い針の先が差す方向を確認して、その先に見える坑道に向かって歩いて行く。
坑道には、分岐したレールが延びて続いていた。どれだけ深い穴なんだろう…、もうずいぶん地下の奥深くまで来ている気がする…。そんな事を考えながら、ユウキは坑道を慎重に歩いていった。
その坑道は、レールに沿ってまっすぐ続いていて、長く暗い影をその先に落としていた。奥に続く柱とケーブルと灯りが点々と続いていく。ユウキはレールに沿って歩いていくが、灯りの間隔が今までの坑道よりやや広く暗く感じられた。浮かべている☆の灯りをやや前に出しながら歩を進めていくユウキ。そして、坑道の端が見えてくると、その先に向かって歩を早めた。
その先は、大きな空間が広がっていた。上にも下にも続く縦抗が広がっている。その闇の向こうから、大量の水が流れ落ちる音が激しく響いていた。ユウキがひょっこり顔を出した坑道のその先は、その脇に沿って細い足場が続いていた。下にも上にも、張り出した柱が幾重にも重なって、上に向かって伸びて続いていた。レールは脇にそれ、その向こうは岩場が続くだけとなっていた。
顔の前に浮かんだ☆はぼんやりと光って浮かんでいる。
足元の岩場には、地下水の流れが見えるほど、表面が濡れて滑りやすくなっていた。足場を踏みしめ、低く垂れ下がった岩に頭をぶつけないように、ゆっくりゆっくりと進むユウキ。ランスロットたちも同様によちよちとユウキの後ろに続いていった。
ユウキが、対岸の坑道にもう少しで届くところで手を伸ばした時、広がった空間の脇に何か違和感のようなものを感じた。
視界の端に感じたなにかに、顔を向けていくユウキ。
幾本も柱が縦横に重なるその向こうに、何か小さな影のようなものが見える。はるか上方から滝のように地下水が流れ落ちている、その手前の柱に足をかけて、逆さまにぶら下がる小さな子供の影。
その影は、四つの金色の目がついた仮面のようなものを被り、だらんと降ろした手の先に長い槍のようなものを持っていた。




