カンパン
鉄骨とトタンの下敷きになって、身動きが出来なくなってしまった影猿。その近くにユウキが戻って来た。
影猿は、ユウキをキョロッとした目で見上げると、「キュウ~~~…」と弱弱しく、くぐもった声を上げた。影猿の様子を見つめるユウキ。見ると、大きな赤茶けた鉄骨が猿影の足にのしかかって、その上にトタン屋根が重石にのようになって押さえつけているようだ。
胸元に抱えたランスロットを一旦地面に降ろすと、ユウキは瓦礫の山に近付いていった。
下敷きになっている影猿見下ろすユウキ。影猿はトタン板の下に小さくなって身を丸めている。影猿の体を覆う粒子がちりちりとして蠢いていたが、それとは別に、猿影の体は小刻みに痙攣するかのように震えていのが分かる。
しばらくの間、下敷きになっている影猿を見つめた後。少しため息をついて瓦礫の山に近付いていった。そして折り重なったトタン屋根の一つを掴むと、「今助けてやるから、もう…あんなことしちゃダメだぞ」と言って、トタン屋根を鉄骨の上からどかし始めた。
「ファン!ファン!」
「ランスロット!吼えちゃダメ!」
「キュウン」
ユウキにたしなめられたランスロットが、どこかあさっての方向に走って行った。
そんなランスロットは一旦放っておいて、ユウキは、鉄骨の上に積みあがったトタン板を一枚一枚取り除いていく。影猿は、そんなユウキの様子に任せて、身を小さくしてじっとしていた。トタン板と、コンクリの瓦礫、そして細かい破片を取り除き、とうとう残るは、大きな鉄骨を残すのみとなった。見ると、コンクリの瓦礫にのった影猿のくるぶしらしきところにずっしりとのしかかっていて、その重みで、足の一部がひしゃげてつぶしているようにも見える。
ユウキは痛そうな顔をしてそれを見ると、鉄骨と地面の隙間に手を差し込んで、思い切り力を入れた。
「ぎぎぎぎ!」
力を入れて踏ん張ると、鉄骨はわずかながらジリッと上に上がった。
「ぐぐぐぐぎぎぎぎ…」
さらに力を入れるユウキ。鉄骨と地面の隙間がさらに広がり、影猿の足にかかる力も弱くなっていく。
「ききっ!」
鉄骨の重みが弱まっているのが分かり、影猿も体を引きずり、何とか足を抜こうとしている。その様子を視界の端で確認したユウキが最後の力を振り絞って引っ張り上げる。真っ赤な顔をしたユウキが最後の力を振り絞って「いいいいいーーーーーー!」と叫び声を上げると、影猿がその隙間から足を引っぱりだした。そして、鉄骨から離れると、足を引きずりながら、素早く車庫の奥へ身を隠していった。
「ぶはあああ!」
ユウキが力を抜いて鉄骨から手を離すと、そのまま尻餅を付いて息を大きく「ハアハア…」と切らしてそのまま空を仰いだ。
「ききっ!きーー」
車庫の奥で影猿の高く響く声が聞こえる。そちらを見ると、起動車の屋根に登った影猿が、手を上げたり、はさまれていた足をさすったりしながら声を上げていた。ユウキはそれを横目で見て、「ふうう…」一息ついて安堵したような笑顔を浮かべた。
その様子を、長いパイプを加えたランスロットが尻尾を振って見つめていた。
しばらくしてから、カラン!と、そのパイプを地面に落とすと、とっとっとっ…と、座り込んでいるユウキの近くに寄っていった。
「ランスロット!何処行ってたの?」
「ファンファン」
「ちゃんと助けることが出来てよかったね。猿君これで大丈夫かな?」
「きゅう~~ん」
ぐううう
ユウキとランスロットのお腹から腹の虫が鳴き始めた。
「そういえば、朝から何も食べてなかったねえ…」
お腹をさすりながら、ユウキがポツリとつぶやくと、ランスロットのほうを見た。ランスロットはユウキの傍らでお座りをして、無邪気な目でユウキを見つめながら、はっはっはっはと舌を出し尻尾を振っている。
「ひようしょくだ!だいじにもっとけ」
リュッ君のポケットからカンパンの缶詰を取り出したことを思い出した。ポケットに手を突っ込んで、中から缶詰を取り出すと、それをしげしげと見つめた。傍らでは
ランスロットが尻尾を振っている。
「食べるもの、これしかないや」
とポツリとつぶやくと、腕を組んで、うーん…。と考え込んだ。
そんなユウキの様子を、いつの間にか地上に降りてきていた影猿が、電車のわきからじっと覗いていた。ユウキが、覗き込んでいる影猿に気が付くと、ハッとして、手に持っているカンパンをポケットのなかに隠して少し身構えた。
遠巻きにじっと見つめる影猿。その目はまん丸に見開かれて、らんらんと輝いている。思わず遊園地での出来事を思い出すユウキ。良く見ると、その大きさはユウキの半分ほどは確実にありそうだ。そう思った瞬間、ユウキの表情に緊張が走った。
その傍らで、相変わらず、ランスロットは尻尾を振って座っている。
固まったまま、じっと見合ったままの影猿とユウキ。しばらくの間二人の間に沈黙が流れると、影猿が、ひょこひょこっと、片方の足を引きずって、電車の陰から出てきた。びくっとしてユウキが少し身構えると、影猿もまた再び動きを止めた。
じっとユウキを見つめる影猿。もじもじと手をすり合わせると、ペコペコと頭を下げた。その後、おずおずと上目使いでユウキのほうを見つめると、「キキッ…」と小さく鳴いて、また、ペコペコと頭を下げた。
しばらくユウキが呆然とそれを見ていると、ややあって「お礼を言っているの?」と聞いた。その声を聞いて、影猿はまた、おずおずと頭を下げて、小さく「キキッ!」と鳴いた。
どうやら、こちらを襲うつもりはないようだ…、とユウキは頭の中で考えると、次はランスロットのほうを見た。ランスロットは、相変わらず尻尾を振って座っている。さっきまで、あんなに吼えていたのに…、となにか釈然としない気持ちを抱えるものの、ユウキは一旦、体の緊張を解いて、「中から出られてよかったね、足は大丈夫?」と聞いた。
影猿は「キキッ」と鳴いて、顔を傾けた。ユウキがそれを見て、「これからは気をつけなくちゃダメだぞ」と言って、足を広げて後ろ手に体を休めた。
すると、再びユウキのお腹の虫が、ぐう~と、鳴った。
ランスロットのお腹も、ぐう~と、鳴った。
次に、影猿のお腹もぐう~と鳴った。
思わずお互いに見合わせるユウキとランスロットと影猿。三人のお腹が合わせて、ぐう~…と鳴ると、ユウキは困った顔でポケットの中のカンパンをギュッと握り締めた。
「お前もおなかが減っているのかい?」
ユウキが影猿に聞くと、影猿は首をかしげて、ユウキのほうに足を引きずりひょこひょこ近付いてきた。そして、数メートル先でちょこんと座ると、再びおずおずと頭を下げた。そしてその後、上目遣いでユウキの顔を覗き込むと、お腹をぐうぅ…、と鳴らした。
その様子を見てユウキは諦めにも似た表情を浮かべて、大きくため息を一つついた。
ユウキはカンパンの缶詰を取り出すと、ふたに手を掛けて、パカッと開けた。そして、その中からカンパンが入っている袋を三つ取り出して、中身を開けた。袋の中には二枚のカンパンが入っていたので、その二つを手にとって、まずはランスロットのほうにカンパンを差し出した。
「はい、ランスロットの分」
ランスロットがチョコチョコとユウキに近付くと、ユウキの手にあるカンパンをぱくっと咥えて、そのまま引き返して、地面に置きむしゃむしゃと食べ出した。
次にもう一つカンパンの袋を取り出すと、その袋を破って、ランスロットと同じように二枚のカンパンを手にとって、影猿のほうに差し出した。
影猿が首をかしげて、目をぱちくりとしばたたかせて、ものほしそうに見ている。
「えーと…、猿君にあげるよ。はい」
影猿にそういって、二枚のカンパンを差し出すユウキ。すると、影猿は恐る恐るユウキに近付いてくると、ユウキのすぐ近くで立ち止まり、手を上に合わせて、ペコペコとお辞儀をした。そして、両手でそっとカンパンを受け取ると、きびすを返してタタタッ!と距離をとってカンパンにかぶり付いた。そして二口三口とカンパンを食べると、再びユウキのほうを向いて、カンパンを持った両手を上に上げて、ペコペコとお辞儀をして、再びカンパンを食べ始めた。
それを見たユウキは、ひとまず安心をして、自分の分のカンパンを取り出した。自分の分を差し引いても、幸い、まだカンパンは3袋残っている。リュッ君は非常食と言っていたことを思い出して、ユウキは自分の分を一つ取り出すと、他のものはいざという時のためにとっておこうと決めた。
中からカンパンを取り出し、ふたを閉めようとしたその時、缶詰のヘリになにやら紙が折りたたまれて入れられているのを発見した。
あれ?なんだろう?とユウキがその紙を取り出した。綺麗に小さく折りたたまれたその紙を見つめるユウキ。反対側にひっくり返してみると、その紙の表面には、ひらがなばかりでこのように書かれていた。
“さいごのしれいしょ!”




