車両基地
砂利と雑草が入り混じった廃線跡を、車両基地に向かって走っていくユウキとランスロット。
レールの先は、円形に作られた車両引き込み用の転車台に繋がっていた。赤錆びた巨大なターンテーブルが線路の先で傾いて止まっている。その先には鉄骨とバラックで組み上げられた車両基地が広がっていた。遠目で見るよりも大きく、中の奥行きは深く見えた。
ターンテーブルの脇のコンクリートを渡りながら周りを見回すユウキ。陽光が遮られた車両基地の奥は濃い影が落ちていた。
「うわあ…、すごい。蒸気機関車だ!」
車両基地の中には、大きな煙突を持ち、ごつごつした黒鉄の表面に、鈍い光をたたえた、大きな蒸気機関車が停まっていた。錆びた線路の上で、車輪止めによってがっちりと全ての車輪が固定されている。ずっしりとした車体はうっすらとホコリや汚れ、塗装の剥がれや汚れが多く見られたが、ユウキには、今にもその機関車が動きだし、走り出しそうに感じられた。
ユウキは、蒸気機関車に向かって走って行った。車両基地内は錆びた鉄骨やパイプなどがむき出しになって至るところに張り巡らされていた。ところどころに空いた穴から陽の光が漏れて、入射光となって暗い車庫内をうっすら照らし、小さな羽虫や埃がチラチラとその光の中でゆっくり舞っていた。周りを見渡すと、蒸気機関車の他にも、凸型の赤いディーゼル車や、箱型のベージュの車両なども、ひっそりと停車していた。
呆然として周りを見回しながら、蒸気機関車の円柱状の車体に沿ってその奥へと移動していく。車体を這うパイプやシリンダ、車輪をつなぐ連結棒などを興味深く眺めた後、後方に続く運転席に近付いていった。運転席には扉は付いておらず、後方の石炭庫にはまだ石炭が積まれたままだった。ユウキは、運転席に設えられた掛けハシゴに足をかけると、そのまま上がって中に入っていった。
運転席の中は細かい計器やバルブやパイプ、シリンダーなどで一杯だった。運転席中央にある石炭をくべる焚口戸は、横に開いたままになっていて、まるで最近まで火をくべられていたかのようにそこから石炭がこぼれ落ちていた。
「うわああ…。すっご~い…」
しげしげと運転室を見回すユウキ。目の前に並んでる操作用のコックやハンドルに触れると、その一つをギュッと握って強く動かしてみた。しかし、硬く固定されていて、それらはピクリとも動かなかった。他のハンドルやバルブも同様で、動くものは一つもなかった。
そんな感じで、しばらくの間、時間も目的も忘れて蒸気機関車の内部探索をしていると、「ファンファン!」と車両の外から、ランスロットの激しい鳴き声が聞こえてきた。
運転席の小窓から顔を出して声のする方向を探すユウキ。見ると、車庫の奥、瓦礫がうずたかく積もった場所に向かって、ランスロットが激しく吠え立てている。
「どうしたの?ランスロットー?」
声を掛けるユウキ。しかし、相変わらず、ランスロットは「ファン!ファン!」と鳴き続けている。不思議に思ったユウキが、運転席から降りてランスロットの元に向かった。
ランスロットが吼えている瓦礫の山は、どうやら車庫の屋根の一部が崩れて出来たものらしい。その見上げると、瓦礫の上の屋根がぽっかりと穴を開けて、外から眩しい光が車庫のなかに降り注いでいるのが見える。
「うううう~~~」
手足をピンと張ったまま、瓦礫に向かって唸りを上げているランスロット。ユウキがそちらを覗き込むと。突然目の前の瓦礫の山がガタガタと動き出した。
「うわわっ!」
思わず後ずさるユウキ。するとうず高く積まれた瓦礫の奥から、キーキーと、何かが鳴いているような声が聞こえてきた。ランスロットが、ガタガタ動く瓦礫に向かって「ファン!ファン!」と吠え立てる。
「な、何かいるの?」
ユウキがランスロットに聞いた。
瓦礫の山の一部がガラガラガラ!と崩れてホコリが上がった。そして、中からの鳴き声がやや大きく車両基地内に響いた。
なにか聞き覚えがある鳴き声だな?とユウキが怪訝な面持ちになりながら、恐る恐るホコリが舞う瓦礫の山に近付いていった。そして、崩れた場所を、そおっと、覗き込んだ。すると、ホコリが舞う瓦礫の隙間から、大きな二つの目が、ギョロリとユウキを見つめ返してきた。
「わっ!」
驚いたユウキが後ろによろけて尻餅を付いた。
再び瓦礫の一部が崩れると、赤く錆びて変色した鉄骨と、折り重なるようになったトタン屋根の下敷きになった長い手足を持った黒い影が見えた。ランスロットが、ユウキの傍らに寄り添って、再び「ファンファン!」と吠え立てたる。ランスロットに吼えられるたびに、その影は、自らを押さえつけているトタンに隠れるかのように、身を小さくして、キーキーと弱弱しく鳴いた。
思い出した。こいつは遊園地でリュッ君を盗んだ、あの猿みたいな影だ。
思わず身構えるユウキが、ランスロットを抱きかかえて立ち上がり、ゆっくりと後ずさって行く。ランスロットは、あいも変わらずファンファンと影に向かって吼えると、ウウウウ~と威嚇するかのように、唸り声を上げた。
ユウキは影猿を見つめながら後ずさり、ゆっくりと距離を広げていく。見ると、瓦礫の山はそれ以上崩れることはなく、ただ上に折り重なったとたんが、小さくカタカタと動くだけだった。そして、瓦礫の山の下敷きになっている影猿の声も、段々と小さく、弱弱しくなっていくように聞こえた。
「キュウ~~~…、キキュ~~~…」
どうやら崩れた屋根の鉄骨が、足と体を挟みこんで動けなくなっているようだ。遊園地では、あれほど憎憎しげにリュッ君を奪おうとしていたあの影猿も、今では瓦礫の山に挟まれて、弱弱しく鳴き声をあげることが出来ない。そのことに気付いたユウキは、威嚇をしているランスロットを抱え、後ろに後ずさりをしながら、
「ざまあみろ!遊園地で僕とリュッ君をいじめた罰だ!」
と影猿に向かって言い放つと、鉄骨に挟まれて動けなくなった影猿を睨み付けた。そんなユウキに向かって目をぱちくりとまばたかせると、「キュウ~~ン…」と、さらに弱弱しく鳴き声をあげた。ユウキはそんな影猿の姿を見た後、影猿に背を向けると、車庫の奥に向かって歩いて行った。
「キュウ~~~…、キキュ~~~…」
下敷きになった影猿に背を向けて、ランスロットをお腹に抱いたまま、奥に向かっていくユウキの耳に、後ろから影猿の鳴き声が聞こえてくる。ユウキはランスロットをギュッと強く抱えて、早足でその場を離れていった。
「キュキュ~~…キュウウウ…」
ユウキの後ろで、車庫に広がる影猿の声がだんだん小さくなっていく。真一文字に口を結んで、奥に向かって歩いていくユウキの早足が徐々に遅くなっていく。
「キュウウ…」
ユウキの歩く足が遅くなり、立ち止まった。
そして、しばらく背中で影猿の声を聞いていたユウキだが。険しい顔できびすを返すと、再び、影猿が下敷きになっている瓦礫の山に向かって、元来た道をずんずん戻っていった。




