ランスロットと僕と
時計の針は6時を差していた。
クーラーボックスは昨日のあの騒ぎでなくなってしまったが、幸い水筒だけは体に引っかかってくれていた。水筒の中を洗うと、手水舎の水を入れて、しっかり斜め掛けにして持ち直した。残念ながら、落書き地図は、リュッ君の中にあるため確認できない。
ユウキは地図に描かれていた絵を思い浮かべて、最後の一個、緑の☆が描いてあった場所を思い出そうとした。
たしか、神社のマークが描かれていたすぐ下に、電車と線路のようなものが描かれていたっけ。その右脇のごちゃごちゃしたところに、緑の☆が描いてあったように記憶している。
太陽の位置を確認した後、方位磁石をポケットから取り出して、ふたを開き、針が指している方角を確認した。
リュッ君は赤いほうが北って憶えれば良いって言っていたっけ?
見ると、赤い矢印の指しているのはダム湖がある方角だ。緑の☆は、ダム湖の反対側、神社のマークの右側に描かれていたような気がするから、東側だ、と考えたユウキが、赤い針が指す垂直の方向に目を向けた。そこには、岩が削れたような高い山がそびえ立っていた。とても登って越えられそうには見えない。
緑の☆があるのは、あの崖の向こうなのだろうか?
ユウキは一度迂回して向こう側にまわることにした。
「行こう!ランスロット!」
「ファン!」
ユウキの声に応えるようにランスロットが大きく吠えた。
ユウキは、鳥居が並んで建っている、南の方角へ向かって行った。参道の石畳を歩いていくユウキの後ろをランスロットがちょこちょこと付いていく。
参道の先は下り坂になっていた。道に沿って、比較的赤い塗料が残っている鳥居が、一定の間隔で並んで建っている。しかし、幾つかの鳥居は傾いていたり、足場から崩れていたりで、見た目にはいつ頭上から崩れたり倒れたりしても不思議じゃないほど荒れ果てていた。ユウキは、あまり鳥居に近づかないように、やや空間が空いた隙間を狙って、慎重に進んで行った。
林を抜けると、石畳とブロックでできた通路があり、脇にそれるとフェンスが続いていた。錆びたフェンスの向こう側には、駅のホームが伸びていた。ほとんど骨組みだけになってしまった陸橋がホーム同士を繋いでいるのが見える。ホームの周りには、背の高さも様々な草原が広がっていた。そして、その草原と砂利の合間に幾重にも線路が敷かれて、ポツリポツリと列車の車両が停車しているのが見えた。
「電車だ!」
フェンスの向こう側に続くホームの先を見ると、それらは切り替えポイントの先で収束して、山間の木々の向こうに続いているように見えた。しかし、ユウキの見つめるその線路の先は、急勾配の谷間と、鬱蒼と茂っている森に阻まれ、その先がどのようになっているのかは良く見えなかった。
反対側をみると、枝分かれした線路の多くは停車用の標識や枕木によって阻まれ、そこで途切れていた。それらのうちの一本が、円形状のターンテーブルに繋がっており、そこから放射状に線路が続いていた。そして、その向こう側には、半月状の車輌基地が佇んでいて、その中にも幾つかの車輌が草原の向こうに止まっているのが見えた。
フェンスに取り付いて、思わず覗き込むユウキ。この高さなら登って乗り越えることもできそうだったが、今は小さなランスロットがいる。一旦、フェンスの向こう側に行ける場所を探すユウキは、ホームの先にある駅舎のほうに向かって行った。
「おいで!ランスロット!」
「ファン!」
走るユウキを追いかけるランスロット。そのランスロットを見て、「お前、なんでそんなに小さくなっちゃったの?」と走りながら聞いたが、ランスロットはそんなユウキの言葉には反応せず、ひたすら、はっははっは、とユウキの横を走っていた。
駐車場跡地らしき場所を横切って、駅舎の入り口に向かうユウキ。入り口に着くと、その駅舎の外観を見上げた。
駅舎は、木製の古い建物だった。
そのまま中に入ると、そこには幾つかのベンチがあるだけでがらんとしていて、人の気配は感じられなかった。
窓ガラスはほとんど外れるか割れるかしてなくなっていた。壁も柱も風雨に晒され汚れ、コンクリートの床もひび割れ、その隙間から雑草が飛び出し顔を出している。ホームに繋がる改札のパイプは塗料が剥げ、錆びて茶色に変色していた。その上にある路線図はあらかた表面が汚れて崩れ落ち、ここがなんという駅なのかは判別できる看板も表札もなにも見当たらなかった。
駅舎の中には目ぼしいものは見あたらなさそうなので、そのままスルーしてホームを通り過ぎていくユウキは、引き込み線の方向に向かって行った。
緑の☆は、引き込み線のある車輌基地の東側の裏手に描いてあった気がする。ユウキの記憶だと、そこにはごちゃごちゃした何かわからないものが描かれていて、それが何であるのかは、リュッ君も何も言ってなかったように思える。
ホームの端に来たユウキは、そのヘリに立ち止まって、車輌基地の方を見つめた。ランスロットも、ユウキの側で舌を出して座っている。改めて車両基地を見つめていると、その向こう側には、それ以外にも様々な施設が建てられているのが見えた。
車輌基地の向こう側。そこには、三~四階建てくらいのビルのようなものが連なって建っており、そのさらに奥には、パイプや鉄骨がむき出しになった大きな建屋が続いていた。それら構造物が複雑に組みあがっていく先に、大きな煙突が立っているのが見える。そして、その向こうには神社からも見えた岩場の崖がぐるっと回りこみ、建屋の裏側をさらに塞ぐ様にそびえ立っていた。まるでピラミッドのように切り立った山の斜面には、へばりつくように建屋の群れが連なって、階段状に並んでおり、まるで山の半分を人口の建物で埋めつくしているかのように見えた。
草原の向こうに佇む巨大な建築物の外側は、錆と汚れで茶色く染め上げられ、はがれた壁がいたるところに穴を開けて、その内部の複雑な建造物をその隙間から覗いていた。
手前に見える車輌基地も、その脇のビルも草葉や蔦に覆われ、中のフロアーが入り組んでいるせいか、影が落ち窪んで、夏の昼間でも、やや暗そうな雰囲気に見えた。
巨大で奇怪な建物を前に、ユウキは胸に拳を当てて少し後ずさった。
脇で座っているランスロットに向かって、「本当にあそこにあるのかな?」と聞いてみる。ランスロットは、つぶらな黒い瞳で見つめ返すだけで何も答えてくれない。途方にくれるユウキ。すると、「ファン!」とランスロットがユウキに向かって吠えた。ユウキがランスロットの方を見ると、ランスロットはユウキの方見て、相変わらず、舌を出してはっははっは!と息をして座っていた。
「あと一個だ!頑張れい!」
昨日の夜に濁流にのまれながら叫んでいたリュッ君の言葉が脳裏をよぎる。
ターンテーブルの向こう側にある車両基地が、地上からの熱気でゆらゆら揺らいで見える。ユウキが見つめていると、その陽炎の向こうでなにやら、人の形をしたような影がひっそりと立っているのが見えた。
はっ!として、目を細めて良く見ると、車両基地の屋内で、しばらくゆらゆらとその体を揺らしていたその影は、くるりとユウキ達に背を向けて、体をクネクネと揺らして、車両基地の奥へと消えていった。
その様子を見つめ、ホームの端に立ち尽くすユウキ。大きく深呼吸をして、胸に手を当て呼吸を整えていくと、意を決したように一歩前に踏み出してしゃがみ、ホームから線路の上に降りていった。
「おいで!ランスロット!」
振り返ってホームにいるランスロットに手を伸ばすユウキ。
「ファン!」と鳴いて寄って来たランスロットを抱きかかえて地上に降ろすと、車両基地に向かって走り出した。




