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リュッ君と僕と  作者: 時波彷徨
三日目
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天端

 すっかり破壊された扉の奥は、既に蛍光灯が割られてしまっていて、中は真っ暗だった。


 ユウキは、高鳴る動悸と、激しくなる呼吸を抑えて、ぽっかり空いた穴のような通路の前に立つと、思い切って、☆を投げてみた。


 肩が力み過ぎていたのか、☆は、斜めに飛んで壁に当たり、あちこちに跳ね返りながら、奥へ飛んでいく。跳ね返った場所に、微かに光の粒子が弾けて広がり、☆が飛んでいく軌道が浮かび上がった。そして、暫く奥を照らしながらバウンドして、ユウキの元に跳ね返りながら飛んで帰ってきた。


 戻ってきた☆をジャンプしてキャッチするユウキ。


「ほお!そういう使い方もあるのか…」

「…スーパーボールみたいだね」


 光に照らされたユウキはそう言うと、再び通路に向かって、次は☆を2個とも投げてみる。赤と青の2つの☆は、コンクリートの壁に跳ね返りながら光の軌跡を作って、周りを照らした。


「どうやら、あの先は、ゴンドラに乗って登った監査廊があるようだな」


 戻って来た☆をキャッチするユウキ。


「よし、ダムの上を目指そう」



 二人はゆっくりとダムの廊下を進んでいく。時に☆を前になげながら、行く先を照らして進んでいった。


「あの、ノッポの影さんたち…もういないのかな」


 ユウキは、先程まで自分たちを案内してくれたノッポの影を思い出しながら、そう言った。言った後で、フロアーの下であの大きくて恐ろしい”蜘蛛影”に次々と食べられていくノッポの影を思い出した。ユウキの心臓の鼓動が、ドクン、と跳ね上がる。


 ユウキが戻って来た☆をキャッチして、再び前方に投げた。


 投げた先の通路は次に上下に続く階段に繋がっていた。ユウキとリュッ君は、その階段を覗き込んだ後、上を目指して登って行った。


「そうだな…。きっと俺たちみたいに逃げ延びている奴もいるさ…。大丈夫だ」 


 リュッ君の脳裏に、開いていくゲートの前に立って、”蜘蛛影”に向かって身を投げ、突き刺さって消えたノッポの影の姿が蘇る。


「あいつらは、ここで働いていた職員達だ。このダムのことは誰よりも分かっている。きっと、俺たちの知らない通路もよく知っていて、そこからちゃっかり逃げ出しているんじゃないかな」


 ユウキは、暫く☆を見つめて黙っていると、「…そうだね。きっと大丈夫だよね」と言って、また前方へ☆を投げた。


 登り階段を照らしてバウンドする☆がユウキの元に帰って来る。


 ユウキとリュッ君は、今、登っている階段を横断する監査廊に到達した。斜めに勾配している通路の上に、あのゴンドラのレールが見えた。


「案外、あの通路の脇にゴンドラを留めて、『ホッホー』とか言って待っててくれるかも知れねえな…」はっは、と笑ってリュッ君が言った。ユウキは頷いて「そうだね…」と応えると、さっと壁沿いに身を隠した。


 そして、そっとその脇から、慎重に頭だけを出して、監査廊の続く左右の通路を覗いて確認した。


「ホッホウ」

「うわっ!」


 ユウキが覗いた先には、あのノッポの影がゆらゆらと身をくねらせて立っていた。片手を上げて、まるでヘルメットを上げて挨拶でもするかのような仕草をして、ユウキ達の方を見ている。


 出会い頭に驚いたユウキが、後ろに転んで尻餅をついた。そして唖然とした表情を浮かべてノッポの影を見上げる。すると、ノッポの影の脇にはヘッドライトを付けたゴンドラが待機していた。


「なんだよ、本当にいやがった」

 思わずリュッ君も呆れた様子で言った。


 尻餅を吐いていたユウキの顔に、みるみる喜びの表情が浮かび上がる。立ち上がって「良かった!無事だったんだね」とのっぽの影に向かって声を掛けると、ユウキの方を向いてノッポの影は、少し首をかしげて「ホッホウ」と鳴いた。



 ユウキとリュッ君はゴンドラにゆられて、監査廊を上に登っていった。後ろを振り返ると、ノッポの影がじっとゴンドラを見送っていた。


「リュッ君リュッ君」

「なんだ?ユウキ?」

「さっき言ってた、いっしんどうたいってどういう意味?」

「あ、ああ、あれはな、俺とユウキは運命共同体ってこった!」

「うんめー?」

「何処に行くにも、何をするにも、勝つときもやられるときも一緒だってことさ」

「いつも一緒?」

「そうだ!まあ、俺は、ユウキがおぶってくれなきゃ、何処にもいけないからな」

「でも、リュッ君も助けてくれるもんね。ぼんって膨らんで」

「いろいろやっているうちに、この体でやれることのコツも掴んできたし、これからは、少々高いところから落ちても平気だぞ」


ジェットコースターで、ダムで、無我夢中で膨らんで着地した時のことを思い出し、リュッ君がしかめっ面で笑う。


「でも、顔面カバーができないから、あれはあれで結構痛いんだ」

「ふーん…」


ゴトゴトと、二人を乗せたゴンドラが進んでいく。


「他にも、あんな怖いのがいるのかな…」

ぼそっと、心配そうにユウキがつぶやく。

「うーん…、とりあえず今は、ノッポの影も平然としているし、付いて行くことにしよう」

「あ、駅が見えてきたよ」


 監査廊の行き止まり先がヘッドライトで照らされてくる。ワイヤーシリンダーの回転速度がゆっくりと落ちていき、二人を乗せたゴンドラが、プシューと音を立ててゆっくりと止まった。


「ホッホウ」と、到着した先に、ノッポの影が、まるでユウキとリュッ君を待ち構えるように立っていた。


「さっきの場所だ」

 ユウキがきょろきょろしながらゴンドラを降りていく。すると、ノッポの影は、手招きをしてゆっくり歩きだした。


 ノッポの影は、先ほどとは違う方向に向かって歩いていく。ユウキは、☆の明かりで前を照らしながら、その後を付いて行った。ノッポの影は迷いなく、まっすぐ廊下を進むと、折り返し付きの階段に向かって行った。


 階段を上がっていく一同。今までのような密閉された狭い通路ではない、やや広い張り出し窓と吹き抜けが広がったビルの屋内のような空間に抜けてきた。窓から入る陽光のおかげで、屋内の明るさもぐっと上がっている。


 窓からは、ダムから延びる河川と、その先に続く山々の稜線が見えた。先ほどまで、底が露出していた小さな河川に、今は大量の水が流れ込んで、大きな流れを作っている。そして、ダムの中にいる時にはくぐもって響いていたダム水が流れる音と、断続的に響くサイレンの音がだんだんはっきりとユウキ達の耳に届いて来た。


 ユウキの前を歩くノッポの影は、階段を上がっていくと、開けたフロアーに到達して、正面にしつらえられた扉に向かって歩いていった。そして、ユウキ達のほうを振り返ると。「ホッホウ」と言って、内扉の鍵を指差した。


 ユウキが扉に近付いて鍵を開き、そのまま扉を開け放つと、そこは、フーチングから降りる前にいた、ダムの屋上である天端に通じていた。


 開け放たれた扉から、外の光と新鮮な空気が流れ込んでくる。ユウキは、肺の中の空気を入れ替えるように、大きく深呼吸をすると、そのまま目の前に広がるダム湖から振り返って、放流しているダムの表側に向かって走って行った。そして、天端の手すりから身を乗り出すと、ダムの中央から勢いよく流れ出している大量の水飛沫に目を向けた。


「うわあーー、すごーい!すごい!いっぱい流れてるよ!」

「お、おい!ユウキ、あんまり乗り出すなよ!危ないぞ!」


 あせるリュッ君を尻目に、さらに身を乗り出すユウキ。巨大な水飛沫が、ダムの中腹と上手から、大きな白い放物線を描いて、ふもとの川へ滝のように落ちていっている。


 しばらく、ダムの放流を見つめていたユウキだったが、ハッと、気付いたかのように上向くと、「そうだ!あのノッポの影さんに、お礼を言わなくちゃ!」と言って、手すりから降り、再び先ほど出てきた扉のほうに戻ってきた。


 走るユウキのお腹に抱えられたリュッ君は、ちらりと太陽のほうを見る。ダムのふもとに降り立ってからどのくらい経っているだろうか?ダムの水が抜けるまで、どのくらいかかるものなんだろう?とぼんやり考えた。


 ユウキが天端を回りこんで、ノッポの影がいるであろう扉まで戻ってくる。開け放たれた扉はそのままだった。


「ノッポさーん!」


 呼びかけながら扉のほうに近付く。すると、建物の奥まった階段の手前、扉から入ってくる日の光が届かない暗がりのたもとにひっそりと立っていた。


「ノッポさん!ありがとう!僕達をここまで連れてきてくれて!」


 ノッポの影は、じっと、薄暗がりにたたずんでいる。


「ノッポさん?」

 ユウキが不思議そうな顔をして、ノッポの影に近付こうと一歩前に出ようとする。


「ユウキ!止まれ!」

 リュッ君がユウキを静止する。びくっとして、歩みを止めるユウキ。

「え?え?なに?リュッ君?」


 ユウキの問いに応えず、リュッ君はじっと、建物の奥に佇むノッポの影を見つめていた。


 ノッポの影の足元の薄暗がりが濃さを増して行き、ジワジワとその領域を広げていっているように見える。その闇は、建物奥の階段下を完全に飲み込んで広がり、ノッポの影の足元をから飲み込んでいる。リュッ君に止められたユウキも、なにか違和感を持ち、思わず後ずさった。


「ホッホウ」


 ユウキ達のほう向いたまま、ノッポの影が鳴いた。


 リュッ君は渋い顔をして、ため息をつくと、

「ユウキ、今からこのダムから離れるぞ」

と言った。


「え?な、なんで?」

「もうすぐ、このダムが決壊する。粉微塵になって、消えちまうらしい」




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