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リュッ君と僕と  作者: 時波彷徨
三日目
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スリングショット

 大量のダムの放水を背に、目の前でひしゃげていく扉を見つめるユウキとリュッ君。内側から響く打撃音と共に、鉄扉はどんどんいびつな形に膨らんでいく。


 目の前の扉以外に、フロアーから出られる場所は見つからない。


 リュッ君は、頭をフル回転させて、この状況から脱出する方法を考えていた。いっそのこと、ここからユウキと飛び降りて、下に落ちる直前に、俺がエアバックになればどうだろう?しかし、飛ぶ距離が稼げず、放流された水の流れに落下してしまうかもしれない、地上に降りれたとしても、この高さだと、自分もユウキの十分なクッションになれるかどうか分からない…、それになんといっても、エアバックになった自分もかなり痛い!


 瞬き一つできずにいるリュッ君の目の前で、扉はどんどんひん曲がっていく。ユウキの心臓の鼓動と震えが、リュッ君の背中にいやと言うほど伝わってくる。奴がこのフロアーに侵入してくるのも時間の問題だ…。


 ギエエエエエエエー!


 何か、方法はないか、方法は…。


 ガアン!と扉が膨らみ、扉と枠の隙間がずれて広がる。


「…ユウキ…」


 リュッ君が決心したかのように、ユウキに声を掛けた。


「俺とお前は一心同体だ!今からもう一度、その名前にちなんで、腹ん中の勇気をひと絞りしてくれるか?」


 リュッ君が低く絞り出すようにユウキに問いかけた。


 ユウキは血の気の引いた顔でリュッ君を見つめていたが、ややあって、泣きそうな顔で大きくうなずいた。



 ガン!ガン!


 激しく鳴り響く打撃音が続き、扉と外枠の間に隙間が空いて、土台のコンクリートにヒビが入ると、ひしゃげた扉がフロアーに向って勢いよく倒れこんだ。


ゴワン!


 轟音を立ててバウンドする扉を、黒く長い巨大な触手が突き刺すように踏みつけた。続いて、ぽっかり開いた扉の穴から、ザワザワと黒く長い触手が伸びてくると、コンクリートの床に次々と突き刺さって行った。


 フロアー内に侵入してきた幾本もの触手に引きずられるように、黒い巨体がずるりと入って来る。“蜘蛛影”だ。その体から、シュウシュウと、粒子を拡散させながらゆっくりと這い出してくると、ぬるりと先端を膨らまして蠢く黒い渦から二つの眼のような光が露出して来た。


「ギイィッ!」唸り声をあげた"蜘蛛影"の、二つの光が、大きく丸く見開かれた。


 その視線の先には、激しく"蜘蛛影"を照らす赤い光が瞬いていた。


 流れ落ちる大量の水飛沫の手前、フロアーの手すりの上で、発煙筒が幾重にも広がる火花と、白い煙を激しく撒き散らしらながら、周囲を明々と照らしている。


シャアアアア、

放射状に舞い散る火花の音が、フロアー全体に混じり合い反響していった。


 ”蜘蛛影”が、発煙筒の光を睨みつけるように上体を屈めると、

「ギヤアアアアア!」と赤い光に向かって吠え立てながら、ドタドタとのたうちまわるかのように、発煙筒の光に向かって突き進んでいった。


「やっは!くひついたそ!」

スリングショットのグリップを咥えたリュッ君が言った。


 その後ろで、足でリュッ君を支えつつ、ユウキは赤い☆をスリングショットにパウチにセットして、両手でゴムを一杯に引っ張ったまま身を潜めていた。”蜘蛛影”は、ユウキ達に気付かず、火の手を上げている発煙筒に向かって真っ直ぐ走って行く。その様子を、息を殺して見つめるユウキ。赤い☆の狙う先は、”蜘蛛影”が向かうその発煙筒だ。


 身をよじりながら、発煙筒に迫る”蜘蛛影”。激しく動く長い手足の一本が根元からボロリと取れて、床に転がり、そのまま粒子が四散してバラバラになって千切れていく。足を失い、体のバランスを失って体を傾けながらも、引きずるようにして発煙筒に突き進んでいった。


 ユウキは、恐怖に強張る体、跳ね上がる心臓の鼓動を必死で抑えてリュッ君の合図を待っていた。


 全身から粒子を撒き散らし、体を波打たせ近づく”蜘蛛影”が、まさに発煙筒にくらいつこうとするその時、「ゆうひ!」とリュッ君が叫んだ。その声を合図に、ユウキがゴムから手を離す。


 ヒユウッ!


 空を切って、赤い☆は真っ直ぐ発煙筒に向かって飛んでいった。


 ”蜘蛛影”の脇を追い越した赤い☆は、発煙筒に当たると、そのまま、欄干の向こうへ勢いよく弾き飛ばした。炎と煙を引いて、大きく回転しながら宙を舞う発煙筒。”蜘蛛影”は、赤い光を撒き散らして飛んでいく発煙筒を追って、欄干の向こうへ飛び出して行った。長い手足をジタバタと動かし発煙筒を捕らえようとする”蜘蛛影”。その動きも虚しく、触手は宙を舞い、発煙筒を捉えることもできず、その体は欄干の向こう側へ乗り越え、下へずるりと落ちていった。


 発煙筒を弾き飛ばした赤い☆が、空中で減速し、クイッと進路を変えると、大きく弧を描いてユウキ達のいるフロアーに向かって戻っていった。


「きいぃえええええぇぇぇぇぇ!」


 発煙筒の煙と共に、ダムのふもとへと落下していく”蜘蛛影”。その体が太陽の光に晒された瞬間、体全体が千切れて離れ、拡散して消えていった。そして、ダムのふもとの減勢工で渦を巻く水飛沫に到達する頃には、すでに原型を無くした黒い煙と化して、水飛沫に巻き込まれ、そのまま川に溶けて流されていった。


 ひゅーん…、と赤い☆がフロアーに戻って来た。呆然としているユウキの顔を通り過ぎて周りを周遊すると、やがてスピードが緩めて、ユウキの近くでふわりと止まった。


 力が抜けていくリュッ君の口元から、スリングショットが、コロン、と落ちる。

「助かった…のか?」


 ザアアア…


 ダムの放水は相変わらず続いている。しばらく、放心したかのように、”蜘蛛影”が落ちていった先を見つめていたユウキが、「はあああ…」と、大きく息をつくと、体の力が抜けるかのように、その場にへたり込んで行った。


「ユウキ!」

 リュッ君の言葉にハッとなるユウキ。

「やったな!これで、全部クリアーだ!」


 ユウキの方を振り返ったリュッ君が笑いかけて言った。


 ユウキはその言葉を聞いた後もしばらく呆然としていたが、やがてリュッ君の方を向いて、再び深く息を吐くように頷くと、少し顔をほころばせて、ゆっくりと立ち上がった。


「後は、水が抜けたダム湖から、三つ目の☆を手にいれるだけだ。さっさとここを離れよう」


 ユウキはリュッ君を担ぎ上げると、両の手に☆を二つ構えて、先程”蜘蛛影”によって破壊されたフロアーの扉に向かって行った。



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