警告ランプ
白い水飛沫にまぎれて、まるで紙か何かのように、合金製の隔壁扉がダムのふもとにひらひらと落下していった。
赤く回転する警告ランプが、放流ゲート操作室内を赤い光で照らし出す。激しく鳴り響く警笛。流れ出す大量の水飛沫。操作室内に反響する様々な音にあおられながら、徐々に開いていくゲート。そのすき間から、外の光が少しずつ中に差し込んで来ていた。
突然の出来事に驚いたユウキだったが、ハンドルを上下に漕ぐ動きは止めなかった。ユウキは、ジャンプ続けながら破壊された隔壁扉を見つめていた。隔壁扉は、その外枠だけを残して、ぽっかりと開いた通路が暗い穴のように浮かび上がっている。何体かのノッポの影が、四方から隔壁扉付近にワラワラと集まって来ると、その扉の奥をうかがうようにじりじりと近付いていった。
ジャンプを繰り返しながらその様子を見おろすユウキ。ユウキ達が入って来たその通路は、蛍光灯がついていたはずなのに、今は真っ暗だ。よく見ると、暗い空間と思っていた場所一面が、じらじら、びっしりと黒く蠢くなにかに埋め尽くされている。そのことに気が付いたユウキの全身の毛がザワッと総毛立った。
あれは、廊下が暗いんじゃない!
「ホッホウ」
「ホッホウ」
ノッポの影の一体が、穴の様子を覗き込むように隔壁扉の近くに寄っていった。すると、通路の暗闇がうねるように膨れ上がり、そこから細く長い触手が伸びてきた。大きくしなってノッポの影にぐるりと巻きつくと、ゆらゆらと左右に揺れるノッポの影を、素早く暗い廊下の奥に引きずり込んでいく。
「ホッホウ!」
「ホッホウ!」
引きずり込まれ、闇に消えていくノッポの影。暫く沈黙が続いたかと思うと、突如、通路の奥から濁ったようなうなり声が響いてきた。
「ぼおおおおおおおおおお!」
その声は、遊園地で聞いた、ノッポの影が発していたあの声にそっくりだ。ユウキはビクッとして、その体を強張らせた。
残ったノッポが、驚き慌てるかのようにクネクネと体をくねらせ、扉からワラワラと離れていく。すると、通路に詰まった黒い粒子が、ザワッと、大きくうねると、真ん中から盛り上って、真っ黒い粒子の塊が這いずり出て来た。そしてその先端がすり鉢状凹んでいくと、波を打って広がり、鉢の底から二つの眼のような光が、にゅるんと現れギラギラと瞬いた。
じりじりと後退していくノッポの影。その様子をじいっ、と見つめるその巨大な影は、がさがさがさ、と素早く移動すると、長い触手を手足のように伸ばして、クネクネと逃げるノッポの影の背中からのしかかった。
「ホッホホウ!オホホッホウ!」
捕まえたノッポの影を自分の身体に引き寄せていくその大きな影は、まるで巨大な蜘蛛のように、ノッポの影襲いかかる。手足をばたつかせて、抵抗するかのようにその身をよじるノッポの影の暴れるその体を、長い手足で絡め取っていくと、”蜘蛛影”は、そのままノッポの影をその体の中に取り込んでいった。ザラザラと溶け合い、吸い込まれていくノッポの影があがらうように激しく暴れると、仰け反っていく顔の真ん中が渦を巻いて、すり鉢状に穴が開いていった。そして、その穴から、絞り出るように、再びあの不快な雄叫びを上げていった。
「ぼぼぼおおおおおおおお…」
突然始まった惨劇を目の前にして、ユウキの表情はみるみる青ざめていく。階下に現れた巨大な影から目をそらすことが出来ないユウキの体から力が抜けていく。言葉を失ったユウキの身体の動きは鈍っていき、ハンドルを上下する動きが段々と弱まっていった。
「止まるな!ハンドルを漕ぐんだ‼︎ユウキ‼︎」
突然響いたリュッ君の言葉にハッと、我を取り戻すユウキ。
「ゲートを全開にして、外の光をもっと入れるんだ!」
「ぼおおおおおおおおおお…」
もがいて揺れるノッポの影がその巨体に沈んでいくと、”蜘蛛影”は、まるでノッポの影を飲み込むかのように、体を仰け反って揺り返し、ドクン、と大きく脈打った。そして、その身を地面に伏せて体勢を整えると、次の獲物を探すかのようにあたりをゆっくり見回した。
「あいつらは太陽の光が苦手だ!だから、手を止めるな!ゲートを全開にして、外の光を中に入れるんだ!ユウキ!」
「ほほほうううう!」
慌てて逃げるノッポの影。離れていくその一体の後ろから、這い迫り来る”蜘蛛影”がのしかかり、再びその身体を貪り喰うように、飲み込んで行く。
「ぼおおおおおおお!」
その様子から目を逸らして、ユウキは歯を食いしばった。そして、リュッ君の言葉に応えるように、再び、ハンドルを握りしめ、力一杯漕ぎ始めた。
ギッタンバッタン!ギッタンバッタン!
ギッタンバッタン!ギッタンバッタン!
ゴガガガガガー。
せり上がっていくゲートの隙間が徐々に広がり外から差し込んでくる外の光の量も増えていく。
「ぐるるるるる…」
近くにいるノッポの影を飲み込んだ”蜘蛛影”は、低い地鳴りのような唸り声を身体から発しながら、自分のいるフロアーをゆっくり見回して、その視線をゲートに移していった。せり上がって行くゲートの脇には、ゲートを引き上げるシリンダが軋みをあげて縮んでいった。その脇には、回転を続ける警告ランプが赤い光を周囲に照らしていた。回転する赤い光が、”蜘蛛影”の身体を代わる代わる照らしていく。両眼の光を上にあげて、ゲートと、警告ランプの方をゆっくり見回して、じわっと両眼の光を細めると、”蜘蛛影”は、再び、ぐるる…と唸りを上げた。
ユウキは、リュッ君に言われた通り、今は少しでも早くゲートをあげようと、一心不乱にハンドルを漕いでいる。リュッ君は、階下でゲートを見上げる”蜘蛛影”の様子を見つめていた。下の階の影どもはみんなやられちまったのか?ユウキに向かってとっさにああ言ったが、あんなのに来られたら、こっちはひとたまりもない…、はやく、ここから逃げ出さないと…。
「ほっほう」
ノッポの影が、リュッ君に声をかけて、ちょいちょいと手を指した。みると、そこには細い鉄パイプで作られた細い点検用通路が続いている。その先はどうやら、ダムの壁の外側につながっているようだ。
「あそこから逃げろってのかい?」
「ほっほう」
ノッポの影は頷くと、ゲートのほうを見上げた。じっとゲートを見つめた後、再びリュッ君の方を向き「おほっほう」と鳴いた。そしてハンドルを漕ぐユウキのほうに手を伸ばすと、その手をひらひらと揺らして踵を返し、”蜘蛛影”がいる方向にゆらゆらと歩いていくとフロアーのヘリに立った。そして、リュッ君の方に振り返って再び、「おほっほう」と鳴いた。
「お前…」
ノッポの影は、そのままリュッ君達に背を向けると、蜘蛛影の方を真っ直ぐ見つめて、その場に留まった。




