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リュッ君と僕と  作者: 時波彷徨
三日目
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36/88

ラジアルゲート

 ザカザカザカザカ…

 オオオオオオオオオ…


 得体の知れない大きな何かが、隔壁扉の向こうを通り過ぎていく。


 扉を押さえるユウキの手がガタガタ震え、心臓の鼓動が激しくなっていく。ユウキもリュッ君も息を潜めて声を殺し、その不快な音に耳をそばだてていた。ユウキが抑えつけている分厚いはずの鉄の扉も心もとなく思えてくる。


「ホホッ。ホホッ」


 ノッポの影は、そんなユウキ達を尻目に、施設内の奥に向って、ゆらゆらと身体をくねらせてゆっくり歩いていった。


 ザワザワと扉の前を通り過ぎていく音が、次第に遠ざかり小さくなっていく。しばらく隔壁扉のハンドルにしがみついていたユウキだったが、少しずつ体の力を抜いていった。ハー…、ハー…、と荒い息は止まらなかったが、生唾を飲み込むと、リュッ君に向かって声を絞り出して、「い…いまの何…?」と小声で聞いた。


「ううむ、分からんが、さっきみたいには、楽はさせてもらえないみたいだな。あまりぐずぐずはしていられない。早くに最後のゲートを開いて、このダムから脱出しよう!」


 ユウキは泣きそうな顔で、口を真一文字に結んだまま、ウンウンと何度もうなずく。


 隔壁扉から離れると、扉の反対側に振り返ってノッポの影を探した。が、ノッポの影の姿が見当たらない。


「あれ?どこいったんだろう?」

「先に行っちまったのかな?ったく、マイペースなヤロウだな」

「うわああ…」


 改めて中を見回したユウキは、その光景に思わず感嘆のため息をもらした。


 隔壁扉の向こう側は、先ほどの常用利水ゲート操作室同様、吹き抜けの高い天井と、奥まで開けた空間が広がっていた。そして、コンクリートのフロアーの向こう側に、巨大なアーチ上のゲートが立ち塞がっていた。ゲートに繋がるように、フロアーの先にも下にも大きく空間が広がり、はるか下方には、コンクリートで区切られた巨大な傾斜が垂れ下がっていた。それら全てを塞ぐゲートのそれぞれの両脇に、巨大なシリンダーが伸びて繋がっていた。


「すごおい…!」


 思わず、驚きの声を上げるユウキ。フロアーにめぐらされた手すりから身を乗り出して周りを見回すと、ノッポの影が、壁沿いの欄干の上をふらふら歩いて、階段を登ろうとしているのが見えた。


「あんなところにいやがる…。おそらく、あいつが向っている先が、ゲートを空けるための操作室だ。さあ、追いつこうぜ、ユウキ」

「う…うん!」


 リュッ君にうながされ、ユウキがあわてて駆け出した。壁沿いに張り巡らされたフロアーを通って、ノッポの影を追いかけ階段を駆け上がって行く。


 鉄骨で補強された、大きな合板状の構造物の脇を通る階段を上がると、巨大なゲートの入り口近くに張り出した、広いコンクリートのフロアーに出た。ノッポの影は、その先にある、大きなシリンダーが組み合わさったような構造物に向って歩いていく。見ると、その構造物からひときわ大きいシリンダーが下方に伸びて、空間を閉ざしている巨大なゲートにくっついていた。大きな通路の対岸にも、同じように、斜めに通された大きなシリンダーが、その基底部に繋がっていた。


「ホッホウ」


 フロアーに設置された機械の脇に立つと、ノッポの影は、その近くに設置された、真ん中四角い箱状の基部からTの字に張り出した手漕ぎ式のレバーのようなものを指差した。そのレバーのハンドルは、ユウキが手を伸ばしてやっと届く高さにある。


「ホッホウッホウホウ」

「どうやら、そいつを何度か漕ぐと、その大きな油圧シリンダーが稼動して、目の前のでっかいゲートを引っ張り上げて開けるらしい」

「これを引っ張るの?」

「引っ張るというか、漕ぐんだな、上下に」

「ふううん」

「こんな遊具が公園とかにありそうだが…。やったことないか?ぶら下がりシーソーとか…、」

「なんか、公園とかでやったことあるかも」

「うん、その要領で、両手で掴んでぶら下がって、上下に漕ぐんだ」

「わかった!やってみる!」


 お腹に担いだリュッ君を下ろして脇に置くと、ユウキはジャンプして、ハンドルを両手で掴んでぶら下がった。すると、レバーがゆっくり下がって、ユウキの足が地面についた。


「よし、いいぞお、そのままもう一回上に押し上げろ!」

「うん!」


 再びユウキは胸元で手に力を入れてジャンプをすると、グイッと上にハンドルを持ち上げた。すると再びハンドルは上のほうへと上がっていく。そのままユウキは、同じようにリズムに乗ってジャンプを繰り返すと、上下にハンドルを動かしていった。


 ぎったんばったん!ぎったんばったん!


 何度も何度もハンドルを上下にスイングさせていくユウキ。ゴオオン!と大きな音が響いていくと、ユウキ達の脇に伸びている巨大なシリンダーが上に押し上がり始めた。そして、シリンダーの脇についている赤色の回転灯がくるくると警告ランプを点して回り始めると、ビイイイイーーーっと、警告音が室内に響き始めた。


「うわああ!うごいたあああ!」


 ハンドルを動かしながらその様子を見て驚くユウキ。やがて、油圧シリンダーは、目の前にある巨大なゲートをさらに押し上げ、少しずつ外の光が中に差し込んできた。


 ザアアアアアアアアーーーー…


 下方のコンクリートの溝の奥から、水が流れる音が聞こえてくる。その音は徐々にその大きさを増して、とうとう、ユウキ達の足元に水の流れを作って行った。


「お!いいぞう。水が流れ始めた。すごいなあ、こりゃ」


 リュッ君が思わず感嘆の表情を浮かべる。その言葉を受けて、ハンドルを動かしているユウキも、ちらりと、下のコンクリートのゲートを見た。水量が増していく通路と、どんどん開いていくゲート。いま僕が、あの大きなゲートを開いて、ダムの水を流している!そんな感覚を体中で感じながら、ユウキがハンドルを動かすリズムを高めていく。


「よいしょ!よいしょ!」

「ホッホ!ホッホ!」


 ぎったんばったん!ぎったんばったん!


 ハンドルを漕ぐユウキの顔にも笑顔がこぼれ、上下に動くユウキの身体の動きにも弾みが付いていった。


 ガン!


 そこに、突然大きな音が響いた。音のなったほうを見る一堂。すると、先ほどのユウキ達が入ってきた隔壁扉の真ん中が、大きくドーム状に膨らんでいた。


 ガン!ガン!


 立て続けに大きな音が鳴り響くと、隔壁扉がまるで飴か何かのようにグニャリとひん曲がって行く。何か大きな力で隔壁扉を破ろうと、何者かが外側から扉を殴りつけているようだ。


「まずい!さっきのやつか!」


 驚いたユウキの顔からみるみる笑みが消えていく。


 ゴオオオオ…ザアアアア…

 ガン!ガン!


 何処からともなく現れた、ノッポの影達が、ひん曲がっていく隔壁扉に向ってワラワラと集まっていった。激しい衝撃が扉のまわりのコンクリートにも伝わって、部屋中に響いていく。


 ゴオオゴオオオオ…ガガアアアン!


 開いていくゲートと、外に向って放出される水の音、そしてゲートが開く警告音が室内一杯に響き渡っていく。そして、ユウキ達がいるフロアーの下方では、ダムの水が巨大な流れを作って、外に向って白い放物線の軌跡を描き始めていった。


「ホッホウ!」


 ガアアアアアン!


 隔壁扉の前に群がっていたノッポの影達が声を上げた、そして、その直後、隔壁扉が大きくひしゃげて、手前に勢いよく吹き飛ばされた。


 そのまま隔壁扉は、ガランガランと手前のコンクリートのフロアーを激しく転がって飛んでいき、そのまま欄干に当たって跳ね上がって越えていくと、ダムのふもとに向かって流れ落ちる水飛沫の中に消えていった。



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