監査廊
アッと驚いて見つめるユウキの眼の前で、ノッポの影達が光の中に溶けていくように散りじりになって消えて行った。後は、開け放たれた入り口から差し込む入射光が、何事もなかったかのようにチラチラ瞬いているだけだった。
立ち尽くすユウキに抱えられて、リュッ君は何も言わず、じっとその様子を見つめていた。
ウウウウウーーーーー…
山間に広がっていくサイレンの音が建物の外から低く垂れ込めるように中に響いて伝わってくる。その音色にユウキが不安な面持ちをその表情に浮かべた。
「あの黒い人が消えちゃったよ」
「ああ、役目が終わると消えちまうのかな?」と、影達が消えた扉の付近を見つめながらリュッ君がつぶやいた。
外で鳴り響くサイレンは、一定の間隔で音量が歪んで、高くなったり低くなったりしながらあたりに広がっていった。
「さて、サイレンもなったことだし、次の指令に向かうか」
「ねえリュッ君。今鳴ってる、これがサイレン?」
「そうだな」
「僕、なんだか、この音…好きじゃない…」
「サイレンってのはそういうもんだ。耳心地のいい音楽なんか流したら、警告になんかならねえからな。あれでいいんだよ」
んんん~、と唸ったユウキが、耳を塞いで不安そうな表情を浮かべる。そんなユウキを背に、リュッ君は、”しれいしょ”の中に書いてあることを頭の中で思い直した。
『①のばしょで、でんきを通して、サイレンをならせ!』まではクリアーしたと考えていいんだよな?と考えつつ、次に“しれいしょ”に書いてあった『②と③のばしょですいもんをあけて、みずをながせ!』の内容を思い出していた。
次に俺達が行くのは、ダムの中か…。
「まあ、気持ちはわかるが、今は我慢して、“しれいしょ”で次に向かう場所を確認しよう」
「んん~~…」
サイレンの音を嫌がりながら、生返事をすると、ユウキは耳から手を離して、リュッ君の中から“さくせんしれいしょ”を取り出そうと、その口に手をかけた。
「ああ、ちょっとまて、確認するのは外に出てからにしよう。ここは暗くていけねえや」
ユウキとリュッ君は、発電所の開け放たれた扉から出てくると、照りつける太陽を眩しそうに見つめた。そして、外に出た開放感を実感するかのように、二人そろって空を仰いで、大きく深呼吸をした。
サイレンの音はまだ管理棟から流れている。
「さて、次に行く場所を確認しよう」
リュッ君がユウキに向かって、んあ!っと、その口を開けた。サイレンの音が聴こえないように耳を塞いでいたユウキが、嫌々耳から手を離して、リュッ君の開けた口の中から“しれいしょ”を取り出す。そして、リュッ君の前にそれを広げて、二人でその中身を覗き込んだ。
“さくせんしれいしょ“に描かれたイラストは、ダムの絵を中心に、最初に侵入して鍵を手に入れた”管理棟“、そして、今、電気を通してサイレンを鳴らした発電施設“、そして、その真ん中に、大きく”ダム“が描かれている。そして、そのダムのイラストは、透視図のようにダムの中を縦横横断するかのように通る、細くて四角いストロー管のような通路が描かれていた。そして、そのストロー管のことを矢印で指して、”かんさろう”と、その”しれいしょ”には記してあった。
かんさろう、監査廊かな?
リュッ君は、その通路の途中に描かれた部屋に目を移した。それぞれ番号で中腹の部屋に②、上段の部屋に③の数字が割り当てられている。
「ダムの奥に通っている”監査廊”って廊下を伝って、その先の②と③の部屋に行って、何かしらの方法で水門を空けろってことかな?」と、リュッ君がひとりごちるように言うと、
「かんさろうって言うの?この通路」と、ユウキが尋ねる。
「ああ、多分、ダムを中から点検するための通路なんだろうが、ちょっとしたダンジョンみたいにいりくんでいるなあ、こりゃあ…」
「この中、暗い?」
不安そうな顔でリュッ君に尋ねるユウキ。
「まあなあ…、今までのことを考えると、その☆の明かりを頼りに進むことになるかなあ?」
と、ユウキの肩口でふわふわ浮いている☆をを顎で指したリュッ君が、うむ、とうなずく。
「えええー…、やだなあ、またあの黒いやつがいるのかなあ?」
と、ユウキは明らかに落胆した様に顔をしかめて、がっくり肩を落とした。
リュッ君は紙に書いてあることを眺めてから、「たしかになあ、あまり気は進まないが、慎重に進んでいくしかないかな」とユウキに言った。
「えええー」と再び嫌そうに答えると、ユウキは口をへの字に曲げて、再び大きくため息を吐いた。そんなユウキを背中越しに感じながら、「この”しれいしょ”に書いてある②、③番の順に下から攻めていこう。ユウキ、発電施設のフェンスから出て、ダムの下の入り口に向かおうか」と言った。
リュッ君の言葉を受けて、ユウキは、さらに大きくため息を付いて鼻をすすった。
発電所の扉を閉めて鍵をかけると、ユウキはきちんと扉が開かないことを確認して、発電所施設のフェンス扉に向かって歩いて行った。ここでもユウキはきちんと鍵をかけて、ちゃんと錠前が閉まっているかどうかを確認する。確認した後、ユウキは、減勢工の脇にある広場の向こう、ダムのふもとにある入り口に向かって歩いて行った。
夏の強い日差しがアスファルトに照りつけられ、ユウキが見つめる先の景色を熱で歪める。フェンス脇を超えると、ダムの入り口がまっすぐ先に見えた。ダムの堤体のふもと、下の方にポッカリと四角い黒い穴が見えた。ユウキはまっすぐそこに向かって歩いて行ったが、、途中でびくっと、その体が固まると、ユウキの歩みがピタリと止まった。
「あ、ああ…」
ユウキが構えて、じりっと一歩下がる。お腹に抱えられたリュッ君も、ユウキが止まった理由が分かった。
「ああ、いるなあ、ふつうにいるなあ」
ユウキが見つめるダムの堤体入り口、そのぽっかり空いた四角い穴の脇、日差しが当たらない部分に、発電施設でも見かけた、あのノッポの影が見えた。ノッポの影は、じっとユウキ達のほうを見つめて、その体を右へ左へ揺らして立っている。ユウキとノッポの影が、お互いに向き合って、しばらく見つめ合う形になった。しばらくの間、固まっていたユウキが、ジリッと、一歩足を後ろに後退させた。すると、ノッポの影が、帽子のつばをあげて挨拶するかのような仕草をして声を掛けてきた。
「ホッホウ」
ノッポの影は、ユウキに向かって片手を上げ手招きをした後、ユラユラと右に左に左右に揺れた。
「呼んでるなあ…、ユウキ。どうやら、お前が来ることは織り込み済みらしいぞ」
「うえええ~~、なんでえ?」
「なんでって…、さっき、発電所で作業手伝ってやったからじゃねえかな?」
と、ややあきれ気味に答えるリュッ君。
「さっきのやつとは、種類は同じなのかな?頭の形だけだとわかんねえなあ…。ちょっとだけ、メットらしきシルエットがでかい気がするけどなあ?」
と目を細めてむむっと観察するリュッ君。ユウキもちょっと後ろに引き気味になりながら、
「あんまり違わないように見える…」
と答えると、再び、ゆらゆらと手招きをして、ノッポの影が、
「ホッホウ、オホッホウ!」と声を上げた。
「どうやら敵対的ではないようだし、ここはいっちょ行ってみっか!ユウキ」
とユウキをうながすようにリュッ君が力強く言う。ユウキはその言葉を聞きながら、再び口をへの字に曲げて、リュッ君の脇をぎゅうっ、と握った。
仕方無くダムの入り口に近付いていくユウキは、あまり前を見ないように、目深にうつむいて、やや早足にダムの提体入り口に向っていく。ちらちらと、目標確認するために前を見ると、あいも変わらず、ノッポの影がユウキのほうをじっと見つめてゆらゆらと立っている。
「うわあ…、すごいこっち見てる…こわいよ~」
「気にするなユウキ、あの発電施設でも、近くにいたけど何もしなかったろ?」
「でも…」
「ホッホウ」
入り口近ると、ノッポの影がすっと脇に避けた。そして、深々とお辞儀をして「どうぞ」と招き入れるような仕草をした。その動きにぎょっとして、一瞬驚き固まるユウキ。そんなユウキを、お辞儀を終えたノッポの影がじっと見つめている。困惑したような、困ったような顔をして固まっているユウキに、リュッ君は、
「入れってよ」
とぶっきらぼうに言った。吐息のように「あ…」とこぼして、体の力が抜けていくユウキ。
ノッポの影は、相変わらずゆらゆらとして、じっとその場で待機している。
そんなノッポの影に、ユウキがもじもじ、恐る恐る、
「…入っていいの?」
と聞くと、ノッポの影がうなずいて
「ホッホウ」
と答えるように鳴いた。
その泣き声を聞いたユウキが、ダムの提体入り口の内部のほうに目を向ける。
入り口から続く廊下の天井には、蛍光灯の明かりがきちんと点いていて、廊下の先を奥まで照らしていた。それを見て、おお、っと驚くユウキとリュッ君。
入り口の向こう側は、これまで入ってきた建物の中のように、壊れていたり、落書きされていたり。ごみが散乱していたり、といったことはなく、がらんとしてコンクリートの壁が続くのみだった。堅牢な壁が四方を取り囲み、とても頑丈そうにトンネル空間を維持している。細く、長く続くそのトンネル内からひんやりとした空気が流れてきて、ユウキの足元を冷たく撫でた。夏の日差しを強く受けて、気温の上がった外とは対照的に、中はとても涼しそうだった。まっすぐ続く通路の奥から、低く響くこもった音が、何処からともなくゴオオオオ…とトンネル内に伝わって響いている。
入り口から奥に続く廊下に見入っていたユウキが、再びノッポの影のほうに顔を向ける。相変わらず、ユウキのほうをじっと見ている影が、「ホッホウ」とうなずき、中へ入れと誘うように、奥へとその手を指し示した。
「よかったな、ユウキ。さっき発電施設で、電気を通したおかげかな?」
リュッ君がユウキに声を掛ける。ユウキは意を決したように廊下のほうに体を向けると、入り口からダムの中に進み、通路を奥へと歩いていった。
そんなユウキを、ノッポの影が、じっと見つめるように、入り口に立っている。
まっすぐ続く廊下を奥まで進むと、その突き当たりに、下へ下がる階段に差し掛かった。下り階段はなかなかの急勾配だったので、ユウキは両手で手すりを持って、慎重に一歩一歩降りてく。降りていく先の床には、何処からかうっすらと水が漏れていて、ところどころに薄い水溜りを作っていた。
「ユウキ、地面が濡れている。滑らないように気をつけろ」
「うん…」
ゆっくりと階段を降りていくユウキ。階段天井に隠れた向こう側が、降りるにつれて徐々に見えてくると、そこからダムを縦に貫くように設えられたエレベーターシャフトが現れた。太いコンクリートの柱に支えられたガラスの向こう側に、大きな滑車とレールが見えてくる。そして、そのエレベーター脇の通路の奥に、何やら天井からぶら下がる大きなゴンドラのような銀色の車両が見えてきた。
「ホッホー!」
「うわああ!」
驚いたユウキは危うく階段からずり落ちそうになった。
「おいおい、気をつけろよユウキ」
「だ、だって~…」
エレベーターの入り口施設の脇に続く通路の角は、地図で言うところの“監査廊”に続いている。階段を降りるにつれ見えてきたゴンドラのようなものは、“監査廊”天井に敷かれたレールに吊るされたモノレールのような乗り物だった。
そして、その車両の脇には、あのノッポの影が、まるでユウキ達のことを待ち受けるかのようにゆらゆらと体を揺らして立っていた。




