ゴンドラ
レールに吊るされたゴンドラは、人間が二人乗れるくらいのコンパクトな大きさだった。
その脇であのノッポの影が、身体をゆらゆらと揺らして立っている。
ずり落ちそうになっていたユウキが、壁にもたれかかるようにして、体勢を立て直した。そして、残りの階段を慎重に下りていくと、ノッポの影がいるゴンドラ付近を避けるように、かに歩きでエレベーターに向おうとする。
「おいおい、何処に行くんだ。ユウキ」
お腹に抱えられたリュッ君が、ユウキに向って問いかける。
「で、でも…」
「残念ながら、俺たちが行くのは、水門を操作するための、ダムの中腹の操作室だ。そっちは、ダムの天端に続く直通エレベーターだ、外に出ちまってどうする」
「だって、あっちの道には、あの黒いおばけがいるんだもん…」
エレベーターのほうにすり足で向おうとするユウキをじっと見つめているノッポの影。そんな影を見つめてリュッ君は「結構な数がいるのかな?何人くらいここで働いているんだ?」とひとりごちた。そんな二人を見つめる影がゴンドラに手をかけたかと思うと、座席脇に備え付けられた扉を開いて、ユウキを手招きした。
「ホッホウ」
その様子を見て固まるユウキ。そんなユウキに向ってリュッ君が言った。
「乗れってよ。ユウキ」
「え?」
目を丸めて驚くユウキ。そんなユウキに向って、再びノッポの影が手招きをして、ゴンドラの座席をさして「ホッホウ」と鳴いた。
ノッポの影にうながされて、ゴンドラに乗り込んだユウキは、珍しいものを見るようにその車体を口をあけて、あちこちまわりを見回している。
「うわあ…すごーい」
ゴンドラの車体は白銀のメタルフレームで覆われて、その表面は鈍くハイライトがにじんでいた。車両の中に椅子は二つ並んでいて、その表面も汚れは少なく、座るのに抵抗はなかった。ユウキは、リュッ君を抱えて奥の座席に座ると、フロントガラスから監査廊の登り勾配の先を覗き込んだ。ポツリポツリと電気は点いていたが、その先はやや暗く、通路の先まで見通しは悪かった。
珍しいものを見るように、せわしなく周りを見回すユウキ。そんなユウキに、車両の脇に立つノッポの影が「ホッホウ」と声を掛けるかのように鳴いた。影のほうを向くと、ノッポの影がうなずいて、車両のドアがゆっくりと閉まった。手を上げて前方を指差し確認すると、ゴンドラのフロントライトに明かりが点いて前方を照らし出した。
「オホッホ、オッホウ!」
ノッポの影がそのように鳴くと、車体が大きくゴトンと揺れて、ゆっくりと前に進み始めた。ヘッドライトの明かりを通路の先を照らし、ユウキとリュッ君の二人を乗せたゴンドラが一定のリズムで車体を揺らして進んでいく。
ゴトンゴトン…ゴトン…
前を見ていたユウキが、ふと後ろを振り返ると、二人をゴンドラに案内したノッポの影が手を振りながらゆっくり遠ざかっていった。ガラス越しにその影を見つめるユウキ。やがて、通路の暗さにまぎれて、影は見えなくなっていった。
ゴンドラは登り傾斜をゆっくりと進んでいく。
「すごいね。この通路、全部ダムの中を通ってるんだ…」
前を向いて、ユウキが感心してつぶやいた。
「こんなに長いのが入るなんて。このダムってやっぱり大きいんだね」
そんなユウキの言葉を受けて、
「そうだなあ。外から見ただけでもすごい大きさだものな。ゴンドラが動いていて良かったな。ユウキ。これがなかったら、真っ暗な中をずっと進まなきゃいけないところだ」
「うん。あの黒いおばけさん。親切でよかったね」
ユウキの言葉を受けて、ちょっと苦笑いするリュッ君。
「ありゃ、親切って言うのかな?」
「だって、このモノレールに乗せてくれたよ」
「まあ、たしかになあ…俺達を見学者かなにかと感違いしてるのかな?」
「けんがくしゃ?」
「少なくとも、俺達二人が職員に見えるとは思わないけどな」
プシュウウウウ
二人を乗せたゴンドラは、減速をすると、登り傾斜の中途地点で停車をした。ユウキの座席脇の扉がガチャガチャと音が鳴ったかと思うと、ゆっくり扉が開いていった。
「ホッホウ」
と、そこにはノッポの立っていて、ユウキ達を迎えるように覗き込んで来た。
「あ、ありがとう…」
少し身体を引きつつも、ゴンドラの扉から身を滑らして影の脇を通り、監査廊の床に降り立つユウキ。周りを見回すと、傾斜の階段から横道にそれるように廊下が続いていた。
「②番の操作室があるのは、あそこの通路の先じゃないか?ユウキ、“しれいしょ”をだせ」
リュッ君は言うと、んあっ、と口を開いた。そして、リュッ君の中からユウキがしれいしょを取り出して広げると、リュッ君と一緒に覗き込んだ。通路の蛍光灯の光はそれほど強くはなかったが、ユウキの肩に浮かぶ二つの☆が明かりになって“しれいしょ”を照らしてくれた。ユウキとリュッ君が内容を確認するには充分の光だ。ユウキが「あそこの通路って?ここ?」と“しれいしょ”に描かれた②の部屋を指差して聞き返した。
「うん、そうだな、おそらく、今のここがダムの中間地点で、あの通路の先が②番の部屋だ。よし、行ってみよう」
ゴンドラから降りた二人は、監査廊のわき道に入るように、横につながる通路に向かっていった。
ユウキが通路に入っていくとき、肩越しに、ちらと後ろの様子を伺うと、ゴンドラの扉を開けてくれたノッポの影が、ユウキ達を見送るように見つめて、左右に揺れながらゆらりと、その場でたたずんでいた。
ユウキは再び前を向いて、廊下の先に向って歩を進めた。
両脇の天井に並んだ蛍光灯に照らされた床は、ところどころに水が濡れて染み出し、コンクリートを濡らしている。ひんやりとした空気が辺りを包み、先ほどまで真夏日に照らされ、暖められていたユウキの体を冷やしていく。ユウキはぶるっと震えて、腕をさすって体を温めた。
しばらく進むと、通路の行き止まりに差し掛かった。そこには、頑丈そうな鉄製の隔壁扉が二人の行く手を阻んでいた。やや錆が浮かび上がる鈍色のその扉を見上げるユウキとリュッ君。
その扉の前に固定された鉄製のプレートには、細かくいろいろな文字が掘り込まれていた。ユウキが見つめるも、何が書いてあるのかさっぱりわからなかった。あまり綺麗な保存状態とはいえないそのプレートからは、断片的な文字しかリュッ君にも追えなかった。
そして、そのプレートから一部解読できた文字はこのように書かれていた。
『利水用バルブ 放流ゲート操作室』




