ノッポの影
恐怖心はやや薄らいできているが、近づくにのは抵抗がある。
相変わらずうろうろするノッポの影を遠巻きで見つめるユウキだが、リュッ君の言うように簡単には足が前に進んでくれない。
お…おお…おおお…
また嗚咽を上げるノッポの影。操作パネルに取りすがるように、配電盤の前で体をくの字に折っている。そして、しばらくするとまた移動して、違うところで同じように嗚咽を上げる。その様子を怪訝な表情でそれを見て、ユウキは、
「ねえリュッ君。あれ、なにしてるのかなあ?」
とリュッ君に聞いた。
「うーん…」
リュッ君は少し口ごもると、
「おまえ、あれが何かって、さっき聞いてたろ?」
「う、うん」
「ありゃあ、な、ここに残った念みたいなものだ。さっきお化けみたいなものって言ったが、確かにな、そんなものなんだが…ここに思いを残した人の念だけが残って、影になってうろついているんだ…わかんねえかな…」
リュッ君の言葉をキョトンとして聞いているユウキ。その様子を察してリュッ君が言い直した。
「えーと、そうだな…、あの影は、このダムの思い出みたいなもんだ」
「ダムの思い出?」
「そうだ。お前、あの遊園地で、ノッポの影を沢山見たろ?」
ユウキが昨日の夜の出来事を思い出して、ぶるっと震える。
「うん…すごく怖かった…」
「あれはな、きっと昔、あの遊園地がまだ元気だった頃、あんな風に客がいっぱい来て、アトラクションやお店が光に包まれて、すごく賑やかだったんだろうさ。その楽しかった頃の遊園地の思い出を、お前は見たって事さ。ユウキ」
リュッ君はひとりごちるように続けた。
「いろんな人が訪れて、いろんな思い出を作って帰って行った。あの頃が懐かしい、あの頃に戻りたいってな。夜になると、昔の事を思い出して再現するのさ。影たちを使って。思い出している間は、あの影たちは、延々、遊園地の楽しい思い出を繰り返す。何度も何度も、同じ夢の続きを繰り返すんだ…」
ユウキは黙って聞いている。リュッ君の言っている意味はよく分からなったが、その話の後であの影を見ると、何故だか、寂しい気持ちで一杯になった。影は相変わらず、同じところをうろうろしながら嗚咽を上げている。
「あの影もずっと同じことを繰り返しているね…」
「そうだな…もし、あれがダムの職員の影なんだったら…あれがヒントかもしれねえ…。あいつがやろうとしている操作を手伝ってやれば、ここの発電所が動くんじゃねえかな?」
リュッ君がユウキのほうを見て、
「ユウキ、多分だがな…、あいつは思うように操作が出来なくて泣いてるんじゃあねえか?」
お…おおお…おおおお…
ユウキが影のほうを見つめる。かすれる様な嗚咽を上げて、背中を丸めてうろうろする影が、とても小さく、哀れに見えてくる。
「ユウキ、ちょっと怖いかもしれんが、あいつの操作を手伝ってやろう」
「…う、うん」
少しためらっていたが、ユウキがゆっくり前に進み始める。中腰にかがんで、ノッポの影を刺激しないように恐る恐るその場所に近づいていった。
おおお…おお…お…
息を潜めて影の動きをじっと見ているユウキとリュッ君。
やはり、ノッポの影は、二箇所の操作盤の間を延々うろうろしているようだった。
ノッポの影が操作パネルのボタンを押してから、レバーを握ろうとする。しかし、その手がボタンを押すも、手の粒子がボロボロと散らばってしまい、ボタンを押すだけの圧力を掛けられないでいるようだった。
その後のレバーも同様で、レバーを握って降ろそうとすると、レバーに触れた手がボロボロと粒子になって砕け散り、そのまますり抜けてしまう。その後、何度かレバーを引こうとするが、空中を引っ掻くだけで、レバーが降りることはなかった。
そして、ノッポの影は、操作が出来ないことを嘆くかの様に嗚咽を上げていく。
しばらくして、ノッポの影が操作パネルから離れ、もう一方のパネルに向かって行く。そして、操作パネルをじっと覗き込んだ後、また悲しそうに身を丸めて嗚咽を上げていた。
それを見ていたユウキは、リュッ君に声を潜めて聞いた。
「あれ…、ずっと、あんなふうに繰り返してるってこと…?」
「さあなあ、もしかしたら、もう何年、何十年もああやっているのかもな」
「なんだか、可哀想だね…」
「そうだな…」
ユウキは立ち上がると、ゆっくりとノッポの影に近づいていった。
制御盤のパネルの前に立ち、ボタンを押す影。やはり、手がボロボロと崩れ押せていない。そのまま踵を返して、レバーにむかっていったところで、すかさずユウキがボタンを押す。
カチッと音が鳴り、スイッチがへっこんで固定された。
その後、やはりレバーを引けず、結局、ノッポの影が泣いて嗚咽を上げているところに、その脇からユウキがレバーに前に入り込み、体重を乗せて、下にいっぱい下ろしてやった。
すると、ふいいいーん、という低い音がシリンダーの奥から聞こえてきたかと思うと、やがてそれは、ごとごととした振動へと変わっていった。
すると、体をくの字に折って嗚咽を上げていたノッポの影が、嗚咽を止めて顔を上げた。しばらくの間、制御室から見えるシリンダーをキョトンと不思議そうに見つめていたかと思うと、ホホッ…と唸ってきびすを返し、もう一方の制御盤のほうに向かっていった。
そして、先程まで繰り返したのと同じ様に制御パネルのほうを見つめた。違っていたのは、ノッポの影が見つめるパネルに光が灯っていたことと、見つめるノッポが猫背になって嗚咽を上げないということだった。
パネルを見つめるノッポの影は、その起動した光を確認すると、ホッホホ、ホッホホ、と体を揺らして、再び先ほどの通路を戻って行った。
ゆらゆらと体を揺らしながら歩いていく影に道を譲るように、端へ移動するユウキとリュッ君。通り過ぎていくノッポの影が通路の先へ向かうのを見送ってから、制御パネルのほうを向いた。制御盤のいたるところに光が灯って、下のシリンダーからは大きな音が響いてくる。その巨大なシリンダーの中を何かが流れているようだ。
「これで、電源が入ったってことかな?」
「かもな…次はサイレンか…、とりあえず、あのノッポの影を追いかけよう」
ノッポの影がタラップを降りていく。その歩みは緩慢で、ユウキ達にとっては追いつくのは容易かった。ノッポの影は、ユウキとリュッ君達をまるで気にしないかの様にまっすぐ前を向いて、ホッホホ、ホッホホ、と体を揺らしながら歩いていく。
ユウキ達はその直ぐ後ろ、数メートル程離れて付いて行った。
「ねえリュッ君…」
「なんだ?ユウキ?」
ノッポの影の後ろを歩きながらユウキがリュッ君に話しかける。
「リュッ君には思い出はあるの?」
「…あー…」
突然のユウキの質問に、とっさに言葉が出ないリュッ君。そうだ、記憶が…。
「…ユウキとおんなじかもな…、ぼんやりとだけはあるんだがな」
「そっかー、僕もまだ、あんまり思い出せない」
ノッポの影の背中が、ユウキとリュッ君の眼の前でユラユラ動いている。
「ここから脱出したら思い出せるさ、ユウキ。早く脱出して、本当の名前を思い出そう」
リュッ君は少し明るめに勤めてユウキに言った。




