発電所
「あ、ああ…」
扉の光を遮るように、その黒い人影は体をゆらゆら揺らめかせ、こちらを見つめるかのようにじっと立っていた。
ユウキの心臓が高鳴り、息が荒く、早く、小刻みになっていく。
カタカタ震えるユウキが見ている影は、リュッ君にも見えている。リュッ君は、ユウキの怯えを背中で感じながら、なるべく声を落ち着かせて語りかけた。
「ユウキ、落ち着け。大丈夫だ。あいつらは刺激しなければ何もしない」
一体か?リュッ君が目を凝らしてその影を見ていると、その影は、体を引きずるようにして、ユウキ達のほうへゆっくり歩き出した。
「ひいっ…」
ユウキが小さな悲鳴を上げて後ずさる。
「ユウキ、大丈夫だ、天窓から差し込んでる光の中に入ってじっとしてろ」
リュッ君の言葉に従うようにユウキは、コンクリートの壁のほうによると、天井から降り注ぐ入射光の中に入っていく。リュッ君をぎゅっと握って抱きかかえると、息を止めるようにしてその場で固まった。
ノッポの影はゆらゆらと体を揺らしながらユウキ達がいる奥に向って歩いてきた。そして、そのままユウキ達の前を素通りして、さらに発電所奥の機械に向って歩いて行く。その体は、まるで炭のように真っ黒で、びっしりと埋め尽くす黒い粒子が身体中に渦を巻いてうごめいていた。手をだらんと垂らし、二人の前を通り過ぎていくと、そのノッポの影は機械の周りにしつらえられたフロアーに足をかけ、奥へと続くタラップを上がって、シリンダ状の構造体の向こうに曲がって消えていった。
両手で息を止めるかのように固まって、その様子を見送るユウキが、鼻と口から手を離して大きく息を吸い込むと。
「あー、びっくりした」
と、大きく前にうなだれ、胸をなでおろした。
「な、いったろ?刺激しなければ、あいつらは何もしないって…」
「でも、遊園地では、いっぱい襲ってきたよ!」
「ありゃあ、ユウキが大声で騒いで走り回るからだよ」
リュッ君はそういって、ははは、と笑った。
「だって、怖いんだもん」
口を尖らせて、ユウキが答える。リュッ君は頭の中で、あの大きな、人の形をしていない影のことを思い出していた。そうだな、怖いやつもいるな…。
「あれって、なに?やっぱり、オバケ?」
「うーん。まあ、そうだな…、オバケといえば、オバケかもな…」
「えー!やだな。じゃあ、ここから、早く逃げようよ…」
ユウキが、ちょっと怯えた風に答える。リュッ君は、しばらく考えてから、
「でも、あれは、そこにいるだけじゃ、何も出来ねえ…、ただの影だ」と応えた。
ユウキは、きょとんとして聞いている。
「だから、あんまり気にするな…、怯えたほうが連れて行かれる…」
ひとりごちるように言うリュッ君。しばらくしてユウキがリュッ君に聞いた。
「どういうこと?」
リュッ君は、軽くため息をついて、つぶやくように答える。
「うーん…。ユウキにわかるように説明するのは難しいな…」
ユウキが、ふーん…と答えると、二人の間にしばらく沈黙が生まれた。すると、機械の向こうから、何やら妙な声がかすかに聞こえてきた。
どうやら、影が消えていったその先から聞こえてくるようだ。ユウキはハッとなって口を両手で塞ぎ、再び息を殺して立ち尽くす。リュッ君は、その声がするほうを伺って、じっと耳をそばだてた。
…お、…おおお…お、お…
途切れ途切れに聞こえてくるその声は、ややかすれて震えていた。
声を潜めてユウキが「リュッ君…」と不安そうに聞く。リュッ君は「しっ!」っとユウキに言って、しばらくその声を聞いていた。
そして、ややあって、リュッ君がユウキに声を潜めてこう言った。
「ユウキ…、やつのところに行って見よう…」
「ええっ!」
驚き、思わず大声を出したユウキが、また慌てて手で口を塞ぐ。そして、小声でリュッ君に向かって「い、いやだよ、こわいよ…僕…」と言って、目に涙を溜めた。
そんなユウキにリュッ君は「今は何でも、ヒントがほしいんだ。あいつが、この発電所に留まった影なら…」と言って、機械の向こうから聞こえてくる影の声のほうを向いた。その声が聞こえてくる先を見つめてリュッ君は、「あの先になにかあるのかも知れねえ…」と言うと、ユウキの方を、背中越しに伺った。
ユウキのくちがへの字になって、泣きそうな顔になる。
「ユウキ、ここはいっちょ、名前の通りの勇気を振り絞ってくれ!」
リュッ君の台詞を聞いたユウキのへの字が、さらに大きく曲がり具合を加速させた。
両手に☆を二つ掲げてたユウキが、影の声が聞こえてくる通路の先に向かってゆっくり進んでいく。金網上になった通路を、音を立てないように抜き足差し足で進んでいくと、奥のほうから、嗚咽のような、かすれた声が徐々に近付いてきた。タラップを上がると、通路の先は横辻になっていて、巨大なシリンダ状の構造物に阻まれその先は見えなかった。
ユウキは慎重に横辻に近づいて行くと、背中越しに少し顔を出して、その先の様子を伺った。
「どうだ?ユウキ?」
「ひいっ!」
小さく悲鳴を上げて頭を引っ込めたユウキが、ガタガタ震えている。
「いるんだな…。よし、次は俺を通路に出してみてくれ」
ユウキはお腹からリュッ君を降ろすと、顔を通路の先に向けて横に滑らせ、通路の先を確認することができるよう突き出した。リュッ君が目を凝らしてその先を見つめる。
「ああ、いるなあ…普通にいるなあ…」
リュッ君が見つめる先に、先ほどのノッポの影が、上半身をゆらゆら揺らめかせてうろうろしている。
ノッポの影がいる場所は、シリンダ状の構造物を見下ろすようにしつらえられた制御室のような場所だった。影の周りには複雑な制御版や、多数の配線、パネルなどが集積されてならんでいる。影はその場所でもぞもぞしながら行ったり来たりを繰り返していた。
お、おお…おおお…
たまに立ち止まって、もぞもぞしたかと思うと、嗚咽のような声を漏らす。少し移動して、またもぞもぞしたかと思うと、また声をもらす。ずっとこれを繰り返しながら、行ったりきたりを繰り返していた。
しばらく、その様子を見つめていたリュッ君が、ユウキに「よし、戻してくれ」と言うと、ユウキはリュッ君の肩掛けを引っ張り戻して、自分のお腹に担ぎ直した。
「ユウキ。ちょっとあいつに☆を投げて様子を見てみよう」
「ええっ?」
「あんまり反応がないようなら、多分襲ってくることはないだろうからな」
「うええ~いやだな~襲って来たらどうするの~~…」
ユウキが泣きそうな顔で唸りをあげる。
「そりゃ、おまえ、全力で外に逃げるんだ。なあに、鬼ごっこと同じだよ」
「いやだよ!つかまっちゃうじゃん」
「いやいや、見たろ、あのタイプは早くは動けないからな。多分スピードならユウキのが上だ。足には自信はあるか?」
「…ううーん…ちょっとだけ…」
「日中なら大丈夫、当てるんじゃなくて、ちょっと飛ばして反応を見るだけだ。あの影に向って☆を投げるんだ」
そそのかすようなリュッ君の口調に、ユウキは渋い顔をして、また口を尖らせた。
曲がり角で待機をしたユウキが☆を両手に握って固まっている。しばらく目をつむってウンウン唸っていたユウキだったが、大きく深呼吸すると、決心したかのように目を開いて、通路に飛び出した。そして、振りかぶって、影のいる場所に向かって☆を投げた。
投げた☆が周囲を照らしながら影に近付くと、影の脇を通り過ぎて光の弧を描き、ユウキの元に返ってきた。ユウキが☆を手に取り、歯を食いしばって構え、影の様子を伺う。
ノッポの影は、赤く輝く☆がすぐ近くを通り過ぎたにもかかわらず、何の反応も示さない。やはり、先ほどと同じように操作パネルらしき制御盤の間を行ったりきたりしていた。
あれ?と、拍子が抜けたようにその様子を見つめた後、ユウキは、 再び振りかぶって、☆を影に向って投げつけて見る。が、やはり影はなにも反応を示さない。
緩慢な動作で行ったり来たりを繰り返す影は、制御盤で何か操作をするような仕草をするたびに嗚咽を上げていた。
お…おお…おおお…お…
その様子を見つめるユウキ。先ほどまでは恐怖しか感じなかったユウキのだったが、うろうろしている影の嗚咽が、ユウキの耳に、何かもの悲しげな泣き声のように聞こえてきた。ノッポの影が、制御盤の前をうろうろしながら泣いている。ユウキは帰ってきた☆をもったまま、その様子をじっと見つめた。
「よし、ユウキ、ちょっとあいつが何をしているのか見に行って見よう。もしかしたら、あれが、電気を通すための制御パネルかもしれん」




