練習
外階段のフーチングを下り、ダムのふもとに二人は降り立った。
ユウキは振り返ると、先ほどまでいた天端を見上げ、「うわあ…」と小さく声を漏らした。
ダムは圧倒されるほどの巨大さで、ユウキとリュッ君の目の前にそびえ立っている。しばらくの間、口を開けてダムを見上げていた二人だったが、ややあって気を取り直し、目的の施設がある方向に振り返った。
その先には、少し開けた草地が続いて、ダムのふもとに繋がる凹型の減勢工と、そこから続く河川が山間をぬって伸びていた。 水はほとんど流れておらず、乾いたままのコンクリートの底が露出していた。
そして、河川に沿った数十メートル先に、フェンスに囲まれた施設がぽつんとたたずんでいた。
「あれだなあ…。じゃあ、あそこに行く前に、ちょっとパチンコ、練習をしとくか!」
「うん」
ユウキとリュッ君は施設に向う前に、手前の開けた場所で、スリングショットの練習を始めた。
ユウキは、草地の脇にリュッ君を降ろすと、落ちていた空き缶を拾ってきて、コンクリートブロックの上に乗せた。そして、ズボンからスリングショットを抜いて、ポケットから弾を取り出した。
グリップを右手で持ったユウキは、二股に割れたYの字を上に向けると、ゴムの真ん中に通された皮のパウチに弾を包んだ。ぎりぎりっと、左手で引っ張って狙いをつける。そしてユウキは勢い良く弾を発射した。
ヒュ!っと、空気を切る音を鳴らして、弾は、空き缶の横1メートルほど離れた場所を通過していった。
「ううーん。あたらない…」
ユウキが自分なりに撃ってみるが、かすりもしない。
「ユウキ」
コンクリートの脇で見ていたリュッ君がユウキに声を掛ける。
「お前、右利きか?左利きか?」
「え、えーと…」
「箸を持つ手は、どっちだ?」
まごまごと、両手を動かした後、箸を持つようになりして右手を上げるユウキ。
「うん、グリップを持つ手を反対にして見ろ。あ、あと、俺をお腹に担いでやってみよう」
リュッ君をお腹に担いで、再び狙いをつけるユウキ。
「ストップ」とリュッ君がユウキに声を掛けた。「スリングショットの構えを縦じゃなくて、横にしてみろ。二股に分かれたほうを横に向けるんだ」
「こう?」
ユウキがグリップを握った手を横に向けて水平にする。
「そうそう。それで、弾をパウチの真ん中にくるんだ後、引っ張るだろ?お前、その時に顔の横に思い切り引っ張ってくるから、これをやめよう。球をつまんだ右手は目の前で固定して、逆に左腕を伸ばして、グリップを前に突き出すんだ」
ユウキが、リュッ君に言われたように、グリップを握った手を伸ばして構え始める。
「そうそう、そのまま、目の前で固定した弾と、二股に分かれた部分の真ん中と、狙っている的が、真っ直ぐ一直線に並ぶように狙っていけ…。よし、やってみよう」
ユウキがゴムを引っ張り、前方の空き缶に狙いをつける。
「片目をつむって、狙いを付けろよ…」
きりりりっと、ゴムが伸びて軋みを上げる。
「撃て!」
ヒュッ!と、飛んでいくと、弾はやや放物線を描いて、缶の横ぎりぎりを通っていった。
「ああ、惜しい!」
悔しそうな様子のユウキ。
「でも、さっきより当たりそうだったぞ。もう少しだぜ!ユウキ」
「うん!」
言うが早いか、第二段をセットするユウキが、先ほどの要領で、スリングショットの狙いをつける。キリキリキリとゴムを引っ張り、ヒュッと、撃つ。
カーン!
乾いた音をたてて、缶がななめ後方に弾き飛ばされていった。
「やったあ!」
走って、当たった缶を拾いに行くユウキ。
「お、いいぞ、じゃあ、もう一発いくか」
先ほどと同じところに缶を置くと、ユウキはゴムに弾を再びセットして、片目をつむって狙いをつけた。
しばらくスリングショットの練習に夢中になったユウキは、なかなかの命中度で、缶を落とすことに成功するようになった。今は、川向かいの欄干の上に缶を置いても当てられそうだ。自信をつけた様子のユウキを認め、リュッ君が声を掛ける。
「さ、そろそろ行こうか、目的の場所は目の前だ」
「うん」
リュッ君にうながされて、“さくせんしれいしょ”の中で、①と示された施設に向うユウキとリュッ君。
フェンスに囲まれた、そのコンクリートの建物は、地上から窓が見当たらず、まるで四角い箱に見えた。壁はつたや苔が、その外壁を緑色で覆っている。周囲のフェンスには、幾つもの看板が架けられていた。その一つの比較的大きくて目立つ看板に、『■■■■発電施設』と書かれていたが、例によって、肝心の部分が擦り切れて錆びてしまっており、読むことは出来なかった。その他にも『発電中』『送電中』『危険・立ち入り禁止』『危ない!入ってはいけません!』などの大小幾つも看板が立てかけられていて、表面は多く摺り切れ汚れていたが、落書きの類は少ないように見えた。
ユウキは鍵束を取り出して、鉄扉にぶら下がった南京錠の鍵穴に鍵を挿していく。すると、幾つか差した後、一つが鍵穴にはまり、扉を開けることが出来た。
扉を開放して中に入っていく二人。正面玄関は片開きである。
ここでもユウキは鍵束から鍵を選んで、一つ一つ差し込んでいく。3本目の鍵で開いた感触を得ると、そのまま慎重に扉を開き、その隙間から中を覗きこんだ。
建物の中の天井は高く、天窓から陽光が入射光になって屋内に差し込んでいた。差し込む光の中でホコリがちらちらと踊るように舞っている。天窓のガラスは割れてはいないようだ。
建物の中はがらんとして空間が広がっていた。しかし、天窓から差し込む光が届かない場所は影に包まれ、全体に薄暗く屋内を染め上げている。
「入って大丈夫かな…?」
心配そうにリュッ君に問いかけるユウキ。
「ふむん。よし、一応☆を出して浮かべておくか」
答えると、リュッ君は口から☆をプッ!プッ!と空中に吐き出した。ユウキが☆に手をかざして、それを受け取ると、そのまま、ユウキは、腕に這わして☆を後ろに流した。すると、☆は二つとも、ユウキの肩の後方にふんわりと浮かんだ。
背中に☆を従えて、ユウキは、両手で施設の扉を大きく開けると、脇に転がっていた石で扉を固定して開けっ放しにする。
そして、開け放たれた扉の正面に立つと、振りかぶって、建物の中に☆を投げ入れた。
まっすぐ飛んでいく☆が、屋内の空間を薄く照らした後、ユウキの手元にスーッ、と戻って来た。広く水平に続く床の先の奥には、大きなパイプが入り組んだようなシリンダ状の構造物がシルエットで浮かび上がった。
「リュッ君…。中…、何も居なかったよね?」
「うむ、入ってみるか…。とりあえず何かヒントを探さんとな…」
施設の中に入っていくユウキとリュッ君。日の差し込む天窓の明かりを頼りに慎重に進んで行く。天窓から差し込む入射光の中にはいると、ホコリが光に反射して、視界がちらちらした。
屋内の暗さにも目が慣れ始め、ユウキにも中の様子が徐々に見えてきた。足下には、コンクリートの壁とリノリウムの床が続いていた。独特な踏み心地を感じながら、首をすくめて慎重に前に進んでいくユウキ。建物の中ほどまで来ると、先ほどシルエットでしか見えなかった構造体が、よりはっきりと見え始めてきた。
巨大なシリンダ状のそれは、地上からにょっきり生えているように見えた。その周りには足場が張り巡らされ、手すりが複雑に周りを取り囲んでいる。その向こうには、何本ものパイプ入り組んで繋がっていた。上の管理棟と同じようにほったらかしにされていたわりには、落書きも見当たらないこの建物の中は、比較的荒らされもしないまま綺麗に保たれているように見えた。
ユウキが、目の前の構造体を見上げると、一瞬、ザラっと、その構造物が揺らぐように波打った。
「?」
ユウキは目をこすって、もう一度目の前の構造物を見直したが、それは変わらずそこにある。入り組んだフロアーの先は、天窓から窪んだ奥に続いており、入射光のカーテンの向こうでひっそりと影に包まれていた。
「あの先かなあ…。リュッ君」
「しっ!」
リュッ君が、ユウキの言葉をさえぎるように言うと、
「ユウキ、息を潜めて、入射光の中に戻れ…」
と押し殺した声でユウキに声を掛けた。
ユウキが、え?と、戸惑った表情でリュッ君を見ると、何か細かいものが蠢くような、ザラザラした音が背後から聞こえてきた。
ユウキがハッとして後ろを振り返る。
「わっ!」
ユウキは思わず小さな悲鳴を上げた。ユウキが振り返ったので、リュッ君にもユウキが見たものの姿を捉えることができた。
開け放した扉の光をさえぎるように、ひょうろりと高い人影のようなものがゆらゆら立っている。それは、あの遊園地でたくさん見た、人影に良く似た“何か”のように見えた。




