さくせんしれいしょ
「さくせんしれいしょ?」
ユウキがリュッ君に尋ねるように言った。
「どうやら、これは、このダムのクリアー条件らしいな…」
リュッ君がユウキの広げた紙を見つめながら答えた。
『さくせんしれいしょ』と書かれた文字のあとにはこう書いてあった。
『ダムのみずをぬいて、みずうみのそこにある☆をてにいれろ!』
その文字をにらみつけるリュッ君。
何かの、だれかのいたずらなのか?とわが目を疑った。ダム湖の底に沈んだ☆をとる方法なんてそうあるわけでも無い、自分の頭にその方法がよぎったのも確かだが、改めて、紙に書かれて命令されると、ありえないという思いと同時に、リュッ君には、こんなことをさせている、何か、誰かの、大きな悪意のようなものを感じて仕方がなかった。リュッ君は、渋い顔をして、その紙に書かれた内容を読み進めていく。
これから、俺は、何かの冗談のように、こうやって指図された内容を、ユウキに伝えて実行させるのか?。まだ小さなこのガキに…。
ぼんやりとリュッ君は考える。それが良いことなのか、悪いことなのか、全くわからない。だが、ここから脱出できる方法が他にあるわけでもない。少しため息をついて、目の前にある“さくせんしれいしょ”に目を向けた。
”さくせんしれいしょ”は、前回手に入れた地図とは違い、このダムで明確にやるべき内容が書かれていた。しかしそれは、まるで文字を憶えたばかりの子供が遊びで書いたかのような稚拙な内容だった。
そこには、ダムの絵が描かれていて、それぞれのポイントには番号が振られている。ダムの近くに、三階建てのビルの絵と、“かんりとう”の文字が描かれていた。
そして、それらの絵の傍に『かんりとうの3かいのしょちょうしつのつくえから、かぎをとりだせ!』『①のばしょで、でんきを通して、サイレンをならせ!』次に『②と③のばしょですいもんをあけて、みずをながせ!』と書かれていた。
リュッ君がブスッとした顔で「むちゃくちゃなことが書いてあるな…」とひとりごちると、ユウキに向って、
「読めるか?」
と聞いた。ユウキは、たどたどしくボソボソと口に出して読んでみると、
「うん、書いてあることは読める」
「そうか…。何をするのか判るか?」
「えーと…。ダムの水を抜くの?」
リュッ君がユウキの言った言葉を聞いた後、しばらく間をおいてから、
「そうだ、ちゃんと読めてるな」
と答えた。それを聞いて、ユウキの顔にみるみる驚きの表情が浮かび上がる。
「すごーい!ホントに!ホントにあのダムの水を抜くの!」と、興奮した様子で答えた。その言葉には、子供らしい、後先を考えない高揚した気分が含まれていた。
しかし、リュッ君は、ユウキとは逆に、今から自分達がとる行動を、いまひとつ納得できない、複雑な気分を心に抱いていた。
そんなリュッ君の後ろで、ユウキは「すごい!すごーい!」と連呼しながら、“さくせんしれいしょ”の紙を見つめている。リュッ君はその様子を背中で感じながら、しばらく黙っていたが、少し息を整えると、
「よし、じゃあ、まずは所長室に行って、鍵を探すか!」
と気分を変えるように、リュッ君がユウキに声を掛けた。
「うん!」
と、元気にユウキが答えた後、二人はもう一度、正面玄関の案内マップのほうに向った。
「どうやら、今いるこの場所が”管理棟”らしいから、所長室はここの3Fか…」
ユウキとリュッ君はフロアー案内図に戻って、それらしい場所を探した。管理棟の1Fから3Fまで描かれた各階の案内地図を見ると、“さくせんしれいしょ”に書かれている所長室は、どうやら3階まで階段を上がって、突き当たり一番奥の部屋らしい。二人は、先ほど歩いてきた道を逆に戻り、階段を上って3階に向った。途中途中で、☆を前方に投げて、何か障害物はないか、不気味な黒い影はいないか、確認しながら慎重に進んでいく。
踊り場に差し掛かるたびに、上の階に☆を投げ込み、前方の状況を確認するユウキ。コンクリートの階段は今もまだ健在で、ホコリや瓦礫で汚れてはいるものの、踏み抜きや段差の崩れなどは見当たらない。ユウキは、暗い階段を順調に登っていった。
3階に上がると、そこは、壁の一部が崩落していたり、ドアが外れたりしていて、やや心許ない状態だったが、廊下の片側が窓の面していたので、外の日差しが強く入り、下の階よりは明るく見通しが良かった。ユウキは、廊下の床に散乱したゴミや穴などを避けつつ、奥の所長室に向っていった。
ホコリで汚れた窓の外には、山林の緑がかすんで見える。窓から差し込む光を受けて、ユウキは所長室のドアの前に立った。ドアのプレートは空になっている。しかし、ドアの前にはスプレーで大きくこう落書きされていた。
”しょちょうしつ”
ユウキがドアノブに手をかけた。すると、開こうとしたドアが、がたん、と外れて落ち、ユウキのほうにもたれかかってきた。ユウキは、慌ててドアを両手で押しのけ、倒れる方向を変えると、勢い良くバン!っと、外れたドアが廊下に倒れ、白いホコリが廊下に舞い上がった。ユウキとリュッ君がホコリに呑み込まれていく。
「げほっ!げほっ!」
口を押さえて、ホコリから逃げるようにユウキとリュッ君が、後方によろめきながら所長室に侵入していった。
所長室の中は、ガラスで出来たテーブルを中心に、ソファーが四方に配置されていて、その向こうには、黒く鈍い光沢のある木製の広い机と、肘掛がついた大きな革張りの椅子が置いてあった。当時は座り心地の良いソファーだったのだろうが、今、このうす汚れたソファーに座って休もうという気持ちには、ユウキもリュッ君もなれなかった。
その他、机の上、床、壁に沿って作られた本棚と、あたりを見回すものの、めぼしい物は残されていなかったが、応接室の横手、所長の机の左手斜め前方は、一面ガラス張りなって、外の景色がその向こうに広がっていた。
「うわあ…」
思わずユウキが声を漏らす。
そこからは、ダム湖とそれを塞き止めるダムの提体の前面部がパノラマで見渡せた。大きく広がるダム湖は、美しく青く、静かに日の光を反射して、山林に囲まれた窪地に留まっていた。
ユウキとリュッ君が、目を凝らして☆が沈んでいる場所を探す。ダム湖は、太陽の光をさざなみにいっぱい反射させ、☆が放つフレアを隠してまぎれさせていたが、ダム湖の真ん中の湖の奥深くから、かすかに揺らめくように広がる、黄色い虹のような光を二人は見つけた。
「あった!あそこだ」
ユウキが指を差して叫ぶ。
「ああ、確かに、黄色い光がかすかに見えるな」
ダムの提体の向こうは、延々と山が広がり、ダムから伸びる川の流れが、山の向こうまで延びている。
「すごいね…ほんとうにこの水を全部、抜くことが出来るの?」
「そうだなあ…」と答えながら、リュッ君は目を細めて、山あいの先を見つめた。
リュッ君の見つめる先には、山林をまたぐように巨大な鉄塔が建ち並び、送電線が山の向こうまで続いている。そして、川が続く落ち窪んだ傾斜に沿って、このダムから伸びる道路がふもとの先まで続いていた。山あいの先を見つめるリュッ君。稜線が曲がりくねって続くその先は、その起伏に隠されて見えなかった。
ここは、一体どこなんだろう?ここからは、町か村の集落のような形跡どころか、途中の民家の一つ、田畑の一つですら見つけることが出来ない。
「わからねえが…、とりあえず、他にヒントもないからな…やってみるしかない…」と言って、リュッ君は、ふう、とため息をついた。
「よし、とりあえず鍵を見つけて、☆をゲットしに行くか。ユウキ、“さくせんしれいしょ”を広げてくれ」
「うん」
外の風景に見とれていたユウキが、リュッ君の言葉に応えて“さくせんしれいしょ”を取り出すと、目の前に広げた。
「所長室にあるって書いてあるだけで、他には何もヒントはないね」
「そうだな、まあ、所長室にあるってんだから、机の中でも探して見るか」
机の前面部に回って引き出しをガラッと開けてみる。
「あった」
拍子抜けするほど簡単にそれは見つかった。
リング状の金具に繋がっている鍵束が引き出しの中に無造作に置かれている。机の上にあったからなのか、入れた時期が近かったからなのかわからないが、ホコリや汚れがあまり目立たない。そして、鍵束と一緒に紙切れも置いてあった。ユウキはそれを拾い上げて、まじまじと見つめた後、リュッ君が見える位置に持っていった。
「なんだろうね?これ」
そこには、8ケタ英数列がメモしてあった。
「なにかのパスワードかな、まあ、鍵っちゃ鍵か…ユウキとりあえず、それも大事に持っておこう」
「うん」
ユウキは返事をして紙を折りたたむと、リュッ君のポケットの一つに大事にしまった。
「これで、その紙に書いてある条件を一つクリアーしたな。次は…」
ユウキとリュッ君は“さくせんしれいしょ”を覗き込んで、次の作戦指令を読んだ。
「『①のばしょで、でんきをとおして、サイレンをならせ!』…か」
二人は改めて、“さくせんしれいしょ”を見て①の場所を確認する。
そこは、ダム湖の反対側、ダム堤体の裏側のふもとにある、別の建物を指しているらしかった。




