神社
再び目を覚ますと、そこは、大きな鳥居の足元だった。
うっすらと開いていく少年の目の前では、石階段の上から見渡せる森の木々の稜線が夕日に照らされ、その緑の葉を赤く染めていた。山林のふもとは、陽光に照らされた木々の影が、その足元に長く落ちている。山間に沈んでいこうとする夕日は赤く揺いで、少年の近くに立つ神社の鳥居を横殴りに照り付けていた。
「…?」
上体を起こした少年が、ぼんやりとした表情で夕日のほうを向くと、オレンジの光が目を射抜き、思わず手をかざして、まぶしさに目を細めた。ややあって、体に力を入れると、鳥居の柱に手を掛けて、柱にもたれかかりながら立ち上がった。
そして、ゆっくりあたりを見回した。
少年がもたれかかる鳥居は大きかったが、すっかり赤い塗料が剥げ落ちて、ささくれ立った表面はすでにボロボロに薄汚れていた。鳥居のすぐ目の前は、急な高い石階段が続き、その下は鬱蒼とした森が続いていた。階段の下の道は、かつて舗装されていたのであろう石畳が続いているが、何年も放置されているのか、途中から階段が崩れ落ちて、荒れ果てていた。その先に道が続いているのかどうかは、茂みに隠されて分からない。その森の向こうは、木々に阻まれ何も見えなかった。
石階段の下は日の光が届かなくなって、すでに暗い影に埋もれつつあった。その様子に、ぶるっと、少し震えて少年が振り向くと、参道の先は、夕日に照らされたオレンジ色の光に照らされた神社の拝殿が大きな影となって浮かび上がっていた。
頬をなでる風が、暗くなっていく参道を通って、神社の境内に消えていく。
不安げな表情を浮かべて、暗くなり始めた参道の先を見つめていると、なにやらちらちらとした青い光が、ぼんやりと石畳の上に浮かんで瞬いているのが見えた。
体を小さくこわばらせた少年は、しばらくその光を眺めていたが、やがて光へ吸い寄せられるように、荒れ果てた石畳を、小さな光に向かってゆっくりと歩き始めた。
日の光が完全に傾き、境内が夜の帳に包まれていく。参道の色が青く、暗く落ちていき、拝殿や社務所と思しき建物の影も深く濃くなっていった。
参道には、周りの壁を突き破った木々の枝葉が覆いかぶさるように生い茂っていた。石畳はひびだらけ、石灯篭は雑草やツタやコケがまとわりつき、通路の先には、何年も風雨に晒され、荒れるがままの様子の拝殿や本殿が、濃い陰の向こうに見え隠れしている。
周りの建物の外壁も屋根も、ボロボロに朽ち果てて、ガラス戸は曇って汚れ、ところどころ割れて落ちていた。人が住んでいる気配はそこには感じられない。参道の脇にある手水舎に水は流れておらず、その手桶はすでに空っぽだった。参道の石畳も、多くはコケでおおわれ、時に破損しており、荒れるがままに放置されている様子がありありとうかがえた。
周りは、小さな星明りを残して、どんどん夜の闇に覆われていった。そして、その闇が深くなるほどに、目の前にあるその瞬きは、少しだけ強くなったように見えた。
「…、ママー…?」
か細い声を上げて近づいていくと、そこには、星の形をしたものが、ちらちらと青い光を発しながら、くるくる空中で回っていた。少年はその星に近づき、恐る恐る覗きこんだ。
不思議そうな顔をしてその様子を見つめた後、ややあって少年は手を伸ばし、指先でそっとその星に触れた。すると、フッと光を弱めた星が、少年の手元にスーッと降りてきた。
少年は、その星を両手ですくうように包みこんだ。
星が放つ青い光が両手の隙間からちらちらとこぼれた。少年は、手をゆっくり開いて、改めてほのかに光る星を見つめると、不思議なことにその星は、手のひらから少しだけ浮いて、くるくると回っていた。
少年を照らす青い光が、胸元の星の回転にあわせてひらひら踊った。しかし、境内に下りた夜の闇はさらに濃くなり、星明りと月光のみを残して、参道を夜陰で覆っていった。かすかな風のゆらぎに草木が揺られ、葉すれが静かに耳を撫でていく。やがて少年の目に涙がたまり、溢れ出して止らなくなった。
「…ママー!まぁまぁー!」
うえええええん。星を胸に抱いて、少年は泣きじゃくった。
日が沈み、夜陰に包まれた神社に、少年の鳴き声がポッカリと抜けた夜の空に吸い込まれる様に、響いて消えていった。
顔を大きく歪ませ、しゃくり上げている少年は、泣き声も、大粒の涙も、止めることはできないまま、夜の参道を行く当ても無く歩きはじめた。
「うるさいっ!いつまでもピーピーピーピー鳴いてるんじゃあねえ!」
突然大きな声が境内に響いた。思わず、びくっ、と体を震わせ少年は足を止めた。
声の方向を向くと、神社の拝殿が大きな影を落として暗く染まっていた。二匹の狛犬が向かい合う先の、声のしたほうをうかがうと、少年はゆっくりとそちらに体を向けていった。
「まったく…長い間、こんなところに放置され、やっと来たパートナーがこんな泣き虫のガキんちょだとは…」
声のするほうに恐る恐る近づく少年。
「この俺もよくよく運が無いらしい」
弱く、青く光る星を前にかざし、目を細めてその暗がりの先をうかがうと、階段の上には賽銭箱と、その前で、なにやらもぞもぞと動く小さな黒いシルエットが見えた。少年は目を凝らすと、くるくると回転する星をさらに前に出して、恐る恐る、階段を四つんばいで上がって行った。
「…誰?」
消え入りそうな声でそう問いかけると、星の光がゆらりと揺れて瞬き、声の主らしき“何か”がぼんやり見え始めた。
そこにはなんと、リュックサックがポツンと置かれていた。
驚く少年。そのリュックサックは全体が顔みたいになっていて、それが少年に話しかけてきているようだ。顔なのかリュックサックなのか分からないそれは、大きなため息をついて、ひとりごちるように少年に言った。
「すまねえな、名前は今、ないんだ」




