リュッ君
「坊主、名前は?」
賽銭箱の前に座っているリュックサックが少年に聞いた。
少年が突き出している手のひらの上で、星がくるくると回って、しゃべりかけてくるリュックサックを青く光で照らし出した。
少年はまだ止まらない涙を片手で拭ってしゃくり上げながら、少し考えた。
「名前…わからない…」
むすっとして怒ったようなリュックサックの顔に、困ったような表情が浮かび上がる。
「…おやじさんとおふくろさんの名前は?」
「おやー…?」
「…パパとママの名前だよ」
「パパ…ママ…」
少年の目から再び涙があふれ始め、しゃくりあげが激しくなると、
「うえええええええええーーーままー!ぱぱー!」
と堰を切ったように金切り声を上げて、ひどく泣き始めた。
「まて!まてまて!分かった!分かったから、泣き止め!泣き止むんだよ!おぼっちゃん!」
慌てたリュックサックが、少年をなだめるように声をかけると、少年はややあって、なんとか、大泣きをこらえ、ヒックヒックと涙を拭いた。
「ふいい、まあ、そうだろうなと思ったよ、大丈夫だ、大丈夫。おっちゃんと一緒に、パパとママのところに戻ろうな」
はあはあと息を切らして、徐々に泣きやみ始める少年。
「…ママのところに帰れる?」
「ああ、帰れるさ、きっとな、ただおっちゃんにちゃんと協力すれば…だ。」
袖口で顔を拭いながら、少年がリュックサックのほうを伺った。
「うん。僕、家に帰りたい…」
「そうだな、じゃあ協力して家に帰ろうな。決まりだ。こっちに来い。あーーー」
きょとんとしてリュックサックを見つめている少年。
「まずは、お互いを呼び合うために名前を決めないとな…えーと…、そうだ!これからお前の名前はユウキだ。」
「ユウキ?」
「そうだ、これから何事にも勇気を持って物事にあたれってな!いい名前だろう?じゃあ頼む。ユウキ。俺は一人じゃ動けないんだ、見てのとおり手も足もないもんでな。お前がおぶってくれないとこっから一歩も動けやしねえんだ。さっ、ユウキ、その星を連れてこっちに来い」
手のひらの上でくるくる回っている星明りを前に出して、少年は不思議そうな顔をしてゆっくりリュックサックに近づいて来た。
「よおし、こっち来たら、まずはその星を、この俺の中に入れるんだ」
「この星を?」
手のひらの上で回る、二人を青い光で照らしている星を指差して答える。
「その星を俺の中に入れると、これからの旅に必要なアイテムが手に入る」
「アイテム?」
「そうだ、とりあえず、俺の中に星を入れてみろ」
そう言って、そのリュックサックは、リュックの蓋と思しき部分をまるで口のようにあんぐり開けて見せた。少年がわっと驚き、後ろに仰け反ると、その後、恐る恐るリュックサックの中を覗き込んだ。
パカッと開いた中身は空っぽだ。その中にゆっくり星を入れて身を引くと、そのリュックサックは星を食べるように、パクン!と口(?)を閉じて、ゴクンと飲み込むような仕草をした。星がリュックサックの中に閉ざされると、あたりがフッ…っと暗くなった。
しばらく不安そうな表情で見つめていると、リュックサックの体がプクーっと膨れ上がり、そこから青い光が漏れ始めた。その光にまぶしく照らされると、少年は思わずその光景に目を見張った。リュックサックの体が少しだけぶるぶるっと震える。そして、光が収まり消えて行くのにあわせて、リュックサックの体が空気が抜けるように元の大きさに戻っていった。
目を丸くしてその光景を見ていると、リュックサックは、パカッと、少年に向かって開けた。
驚き、しばらく固まっていた少年だったが、ハッとして気を取り直すと、身を乗り出してその中身を覗き込んだ。するとそこには、丸められた古ぼけた紙切れが一枚と、マッチ箱が一つ入っていた。
それらを取り出してまじまじと見つめる少年。しかし夜の星明りだけでは暗く、目が慣れていない少年には、それがなになのか良くは見えない。
「ちょっと待ってろ」
ふたを閉めたリュックサックがそう言うと、コキコキと体をひねってから、もごもごと体と口を動かした。そしておもむろに、ぷっ!っと、空に向ってさきほどの青い星を吐き出した。
その星は空中で静止して、あたりをほのかな青い光で照らしだした。弱い光だが、星明りだけよりは、ずいぶん周りが明るく見えた。そして、リュックサックがまじまじと、少年が握っているものを見つめて言った。
「ふん、マッチ箱と、もう一つは何だ?ちょっとユウキ、その紙を広げて見ろ」
少年がマッチ箱を傍らに置いて、丸まった紙を広げて見せた。目を凝らしてその紙を覗き込む少年とリュックサック。
それは落書きかメモ程度の乱雑さで描かれた、まるで地図のようなものだった。
「こりゃ地図だな。ほらみろ、ここが今いる場所、この神社だ。ご丁寧に『スタート』って書いてある」
あまり正確なものではなさそうに見えるその地図を目で追いながら、リュックサックがあごで差すように、地図上に描かれた神社の絵とマークに顔を向ける。
「そんで、右下な、そこに書いてあるだろう?ゴールって。そこが一応目指す場所なんだろうな。ユウキ、お前、字は読めるか?」と、おもむろに地図から顔を上げて、少年のほうに向いて訊ねた。
聞かれた少年は目をぱちくりとさせた後、ちょっと気まずそうに「少しだけ…」と答えて、地図に目をやって指を差した。
「ゴール?って書いてあるの、ここ?」と、リュックサックのほうを向いて確認をする。それを見て、リュックサックがうんと頷き、「そうだ」と答えた。
「とりあえず、ユウキと俺はそこを目指すしかない」
「…ここに行けば、おうちに帰れる?」
少年に聞かれて、リュックサックは少し答えに詰まったが、気を取り直して、
「ああ…」
とうなずいた。
「じゃあ!僕!早くそこに行きたい!」
少年の顔がぱっと明るくなり、リュックサックに詰め寄った。しかし、少し困った顔をしてリュックサックが少年をなだめるように言った。
「まあ、まて、もう夜も遅いし、行動は明日の朝になってからだ。それに、ゴールに着くには、途中で険しい道のりをクリアしていかないといけない」
きょとんとして聞き返す少年。
「クリアー?」
「ああ、そうだ、地図の中にいくつかぐるぐると☆マークが書いてあるだろう?」
リュックサックにうながされて、少年が地図を見つめると、
「これ?」
描かれた星印のマークの一つを指差して、リュックサックに聞き返した。
「ああ、そうだ、その☆マークが描かれた場所で、ほら、その…」
少年の顔の前で浮いてくるくる回っている星のほうを目で差して、
「☆のアイテムが手に入るんだ。その☆は脱出するのに必要なものだ。これがないと、ゴールについても脱出できないかもしれない…」
「ええー!うそ!ほんとに?」
絶望的な顔をして、少年は目の前にある落書きのような地図と空中でくるくる回っている青い星を交互に見つめている。
「ああ、出来の悪いゲームみたいなもんだな…、ただ、☆アイテムを手に入れて、俺の中に入れると、今回地図が出てきたみたいに、ここから脱出するために必要な道具が出てくるって寸法らしい。それが無いと、ゴールに着くのが難しくなる」
困った風な顔をして黙って聞いている少年。それを見つめるリュックサックがため息をついて。
「まあいいや、いきなりいろいろ聞かされて、お前も混乱しているだろう。今日は夜も遅いし、明日改めて地図の方向に向かうとしよう。とりあえず火をつけて暖を取りながら朝を待つしかないか…」
「ええええ!ここで寝るの?」
「そうだ!雨が降ってないだけまだマシだぜ。マッチが出て来てよかったな。乾いた苗木を集めて焚き火を付けるぞ」
「マッチって?」
「ほらそれだ、その箱にちっさい木の束が入っているから、それを一本取り出して、丸くなっているほうで火をつけるんだ。箱の横に付いたザラザラした側面でこすると火がつく」
「ふううん」
不思議そうな顔をしてマッチ箱を見つめる少年。
「見てのとおり、俺は手も足も出せないからなあ、ユウキ、お前がやるんだ」
呼ばれた少年がリュックサックのほうを向いて、その全身を見つめた。確かに、四角いリュックサックである彼には手も足もない。
困った顔で見つめる少年の目を見て、リュックサックがさらに続ける。
「失敗ばかりしていると、すぐに中身がなくなるからな。気をつけろ。さあ、木を集めよう。焚き火は木の並べ方を考えてやらないとうまく付かないからな、集めに行こうか」
くるくると回る星の明かりを頼りに、マッチ棒を見ていた少年が、目をキョロっとさせ、リュックサックのほうを向いてこう言った。
「リュッ君は、何でもよく知ってるんだね?」
「リュッ君?」
「うん、僕がユウキで、リュッ君がリュッ君」
「そうか、リュッ君か!、そいつはいい!」
リュックサックが体を揺らして、がっはっはっは!と笑った。
つられて少年も笑みがこぼれた。
少年とリュックサックがお互いに笑いあう。
青い星の光に浮かび上がったユウキとリュッ君の笑い声が、朽ち果てた神社の境内に静かに響き渡っていった。




