閉園
ガアアアアアア!ゴトゴトゴトゴト…
二人を乗せたコースターが、激しく振動しながら曲がりくねったレールの上を加速していく。ユウキとリュッ君は、安全バーの後ろで、激しい風圧に押されながら、園内をうねって一周しているコースを、時に蛇行し、回転しながら疾走して行った。
ジェットコースターが走り出す頃には、廃遊園地のいたるところで、外灯やネオンに明かりが灯り、その光に園内の施設が照らしだされていった。ライトアップに呼応するかのように、昼間は動きを止めていたアトラクションがゆっくりと稼動し始め、とこからとも無く軽快な音楽がなり始めた。園内のあらゆるところから、昼間は聞こえなかった音楽や機械音、遊具施設の稼動音などが園内一杯に広がっていった。
回転を始めるメリーゴーランドやジェットスライダー、上下動を始めるアドバルーン。施設内のメロディーの軋み歪んだ不協和音と、まだらでいびつなライトアップが絡み合い、廃遊園地内では、その異様な喧騒が高まっていった。
今、ユウキ達の目の前には、昼間見た、まるで時間が止まったかのような、寂れた廃遊園地はそこには無く、夜の闇が深くなる程にキラキラとした光を放つ、にぎやかな遊園地の光景に変貌していった。ユウキが知っている遊園地と違うところは、遊戯施設はボロボロのまま、ライトもところどころついたり消えたりで、園内を徘徊をしている客のようなものたちは人ではない “影”のような何かであることだ。
ユウキ達の下を、上を、煌びやかで、寂れた、遊園地施設がすごいスピードで通り過ぎていく。
園内の様子に目を見張るユウキとリュッ君。と、そこに何かの気配を感じ始めた。周りをうかがう と、先ほどまでは誰もいなかったはずの車両の座席に、いつの間にか、黒い人のような影が、安全バーをおろしてじっと座っていた。
ジェットコースターの車両の全てシートに、あの影のような“何か”が座っている。激しく揺れて走るこのコースターに乗っている彼らの体には、あの、砂鉄のような黒い粒子がびっしりと覆い、風にあおられ蠢いていた。
声を失ったユウキが、安全バーとリュッ君を、ぎゅううっ、と強く握り締める。
園内を一周してきたジェットコースターが、やがて最後のループを越えて、速度を落とし始めた。ガタガタと揺れながら、コースターが乗り場に戻ってくる。ユウキは近づいて来るホームを見てさらに青ざめていった。
ホームには、次にジェットコースターを順番待ちする乗客のように、たくさんの影たちが並んで待っていた。
その光景をみて、歯の根も合わずがちがち震えるユウキ。そんなユウキを背中で感じたリュッ君が、ユウキに向かって小声でささやきかけた。
「ユウキ!ユウキ!」
リュッ君の声に反応も出来ず震えているユウキに、続けてささやきかけるリュッ君。
「いいか、ユウキ、落ち着くんだ…ホームについたら、落ち着いて、ゆっくり降りるんだ」
ユウキは相変わらず震えたままだった。リュッ君はそんなユウキに背中越しに声を低くして言った。
「心配するな、ユウキ、俺がついている。降りた後、俺の言う方向に向かって真っ直ぐ歩くんだ。いいな!」
コースターの車両が、ホームに向って滑りこんでいく。
「絶対に慌てたり、走ったりしちゃ駄目だ!分かったな!ユウキ」
震えるユウキがかろうじて頷いた。
ガシャン!と車輪が固定されると、安全バーがプシュー…っと、上に上がり始めた。すると、席についていた影たちが、わらわらと立ち上がり、出口へ通じるホームへ向かって行った。しばらくじっとしていたユウキも「よし、行くぞ!」とリュッ君にうながされて、影たちの降りていくスピードに合わせて降りていった。
ホームの先頭で乗客たちを見ていた影が、ユウキたちのほうをじっと見つめている。
ユウキは、リュッ君の言うことを守り、周りをあまり見ないように努めていた。ユウキの後ろから、プシュー…、とゲートが開く音が聞こえてくると、開いたゲートから影たちが一斉に車両に乗り込んできた。ユウキは背中でそれを感じながら、振り返らずに真っ直ぐ出口へ向って歩いていった。
「いいぞ…ユウキ。絶対にやつらと目を合わせちゃいけない…、静かにしていれば、奴らは何もしない…」
リュッ君を抱きしめるようにしてうつむき、進行する影達のスピードに合わせて、階段を下りていくユウキ。リュッ君は背中越しに、ユウキの荒く、恐怖に駆られた息使いを感じていた。気持ちが乱れているユウキに引っ張られないように、なるべく平静を努めながら、リュッ君は、低く、諭すようにユウキに向かって話しかけた。
「そうだ、落ち着いて、うまくかわしてゆっくり歩くんだ…」
階段を降りると、ユウキたちは園内の施設のライトが鮮やかな光で踊る大きな通りにでた。その通りには、まるでお客のように、あるいはスタッフのように、大勢の影たちがゆらゆらと往来していた。
ユウキは、影を絶対に視界に入れないように、通りに沿ってひたすら真っ直ぐ歩いていった。コースターの出口は反対側にあるため、神社に通じる退園ゲートに行くためには、少し迂回していかねばならない。リュッ君は場所を思い出しながら、ユウキに歩く方向の指示を出した。
「ようし、次は右だ。落ち着けユウキ。この遊園地はそんなに混んじゃいないからな。うまくかわしてゆっくり歩くんだ。次を右だ」
リュッ君の指示に従って、ひたすら歩いていくユウキ。手前や奥を、影たちが通り過ぎていく。近くを影が通り過ぎるたびに、リュッ君を掴むユウキの手の力が、ぎゅうっと、強くなった。
「次を左で、その売店を右に抜けたら、あとは真っ直ぐだぞ」
リュッ君の台詞をうつむきかげんで聞くユウキ。ここは、分かる、昼間来た場所だ。あの売店を曲がってしまえば、回る鉄棒が付いた出口がある、あとは真っ直ぐ、あとは真っ直ぐ…。心の中でつぶやきながら進むユウキが、やや足早になっていく。
往来を行く影に気をつけながら、壊れたゲーム筐体が瞬く売店の脇をすり抜けていく。
ドスン!
「うわっ」と声を出したユウキが、そのまま後ろに尻餅を付いた。驚き顔を上げると、そこには園内を徘徊している影たちより何倍も大きい影が立ちはだかっていた。びっしりと覆われた蠢く粒子。そして、その奥に輝く大きな光が目のように見開きギラギラとした光を放っていた。
「あ…」と声を失ったユウキは、その場で固まってしまった。
巨体な影がゆっくり向き直り、ユウキのほうに体を向け始める。ユウキの目の前で、影の粒子がはげしくのた打ち回る。ユウキは、以前、これと同じ何か得体の知れない影に出くわしたことを思い出した。そうだ、こいつは、僕のことを知っている!
「うわああああああああ!」
悲鳴を上げ、その大きな影に背を向け逃げ出すユウキ。響き渡るユウキの悲鳴に反応して、園内を徘徊する影たちが、一斉にそちらを振り向いた。その影たちの顔の部分にザラザラとした円錐形の穴が開き、その穴からうめくような声が漏れ始めると、影たちはぶるぶると体を震わした。
「ぼぼぼぼぼおおおおお…」
そして改めて体をくねらせきびすを返し、ゆっくりとユウキの声が響いたほうに向ってわらわらと歩き出した。
「ユウキ、落ち着け、そっちは違う!ユウキ!」
リュッ君の声も聞こえない様子で走るユウキは、全速力で出口とは逆の方向に向かって走っていく。周りの影たちが、走るユウキのほうに向き直る。そんな中、ユウキは足を段差に引っ掛けて、前方に転んで倒れてしまった。
「いてててて…」
ユウキがヒザに手をやると、ヒザ小僧がすりむいて血が出ている。はっと!我に返るユウキが周りを見回して見ると、園内の影たちが、ユウキのほうに向かって緩慢に、ゆらゆらとユウキを取り囲んで近づいて来ていた。
影たちは、その顔に当たる部分に穴をぽっかりと開けて、そこから「おおおおお…」と苦しそうな声を漏らしていた。その様子を身動きできず、ただ見つめることしか出来ないユウキとリュッ君。取り囲んだ影たちは、徐々にその距離を詰めて近づき、ゆっくりとユウキを見下ろし壁を作っていった。そして、恐怖に震えるユウキに覆いかぶさるようにのしかかってくると、ユウキは、目を固く瞑り、その場で二つ折りになって身を丸めた。
「ガアアアアアアア!」
ユウキの周りに群がった影たちが一斉に弾き飛ばされていく。吹飛ばされた影達は、空中で、または建物に当たってバウンドしすると、体にまとった黒い粒子を撒き散らして、そのまま霧のように消えていった。
うずくまったユウキが恐る恐る顔を上げると、ユウキの前には、白いフサフサとしたたてがみをなびかせた獣ような何かがユウキ達に背を向けて立ち塞がっていた。
そのいでたちを見て、ユウキは、いつか、自分を追いかけてきた子供のような“影”を目の前で蹴散らした、白い獣を思い出した。
あいつだ!あの、白い獣だ!
足を踏ん張らせ地面に立ち。相対するその先には、先ほどユウキと出会いがしらにぶつかった巨大な“影”が迫って来ていた。ちりちりと全身の粒子を泡出たせて身をよじると、
「おおおおおおおーーーーん」
と忌々しそうに目を細めて空を仰ぎ、天に向かって、サイレンのような鳴き声を発して周囲に響かせた。
白い獣はその鳴き声を聞くと、フウウ…、と牙をむいて威嚇しながら、しゃがみこんで動かないユウキ達のほうにゆっくり後退して近付いてきた。そして、ユウキ達のほうを肩越しにじっと見つめた。呆然とその獣の姿を見つめるユウキ。ユウキを見つめている深い黒をたたえたその眼に、不思議とユウキは恐怖を感じなかった。
ややあって、その白い獣は、つと首を下ろして、背中のほうをユウキ達に差し出した。
ややあって、リュッ君が「乗れっていうのかい?」と声をかけた。
ユウキが白い獣の方を向くと、白い獣は目を一瞬細めてつぶり、再びユウキ達を見つめた。ユウキは立ち上がり、白い獣の首根っこあたりのたてがみを握った。握った手にちりちりと小さな粒子が絡みつく。色は違うが、あの黒い影と同じような見た目のそれは、やはり体の回りを這い回り、常に蠢いていたが、掴んだ場所が千切れるわけでも無く、むしろ、ふわふわとしてやわらかく、とても心地の良い不思議な感触をユウキに与えた。
リュッ君を背中に担ぎなおして、その背中よじ登ってまたがると、ユウキは、ギュッと、その背中にしがみついた。
すると、白い獣は身をひるがえして、出口に向って一気に走り出した。寄ってくる影達を蹴散らし、巨大な影を乗り越えて、飛ぶように走る白い獣は一気に出口のゲートを越えていくと、神社にいたる獣道まで歩を進める。
跳ね上がるその白い獣の肢体にしがみつくユウキにリュッ君が叫んだ。
「ユウキ!ボックスと水筒を拾え!」
林道の入り口に、あらかじめ置いておいた、クーラーボックスと水筒を、すり抜けざまに手を伸ばして拾い上げる。しかし、ユウキは水筒を取り損ねて後ろにパスしてしまった。「あっ!」っとなって後ろを見ろと、背中のリュッ君がびょん!と水筒に噛み付き、そのまま咥えて戻ってきた。ユウキはクーラーボックスのショルダーストラップを肩に通して、再び、たてがみにしがみついた。
前に向き直ったユウキの目の前に、真っ暗な林道が続いていた。神社に向っているのであろう道をひた走る獣の後方から、ザザザザッと、葉の擦れる音が聞こえてきた。その音は、夜の闇に飲まれた木の陰から、後ろから、横から、上から、ユウキ達を追って来る。水筒を咥えたリュッ君が、どんどん通り過ぎていく林道の向こうの闇をじっと目を凝らして見つめていると、その奥の葉先の影がゆらっと動いて何かが飛んできた。
「わむねええ!」
リュッ君が叫ぶ。すると、ヒュヒュっと、風をきるような音をたて、ユウキ達めがけて何かが高速で飛んできた。ユウキの体が突然の方向転換に体を揺らす。右へ左へ蛇行しながら走る白い獣。だが、飛んでくる何かが獣にあたり、ドドッと、鈍い衝撃をユウキの乗っている獣に与えた。ユウキが見ると、獣の脇に黒いチリチリとした粒子をまとった長い槍のようなものが突き刺さっていた。続いて森の闇を切り裂いて何かが追いかけてくる気配が感じられる。その気配の漂う闇の先から「おおおおーーん」と不快な声がうめいて響いた。しかし、ユウキが見つめる先、林道の向こう側に大きな赤い鳥居が姿を現した。
「鳥居だ!」
叫びたてがみに掴まるユウキ。風を切り裂く音がすぐ近くをよぎる、再びドッ!と、何かが獣の胴体刺さるような感触を感じたとき、その獣が苦痛に歪んだ声を発してバランスを崩し、その体が前方に投げ出された。
ザザザザッ!と後方から木の葉が揺れる音が大きく迫る。後方から、ユウキ達を飲み込まんばかりの、ざわざわとした大きな気配を感じた瞬間、ユウキ達は鳥居をくぐった。
バアアアアアン!
何かが鳥居の境界に阻まれて大きくぶつかった。
続けてバチバチとはじけ飛ぶような音があたりに広がったかと思うと、苦悶に満ちたような悲鳴が入り混じった残響音があたりに広がっていった。
ズザザザザーー!
ユウキを乗せた白い獣が空中で身をひるがえし、境内の地面に足を滑らせて止まった。ユウキが鳥居のほうを向くと、そこの空間が歪んだように激しく波打っている。透明の波紋が鳥居の向こうで虹色にひしゃげて広がっていった。そして、鳥居の境界の向こうに黒い粒子が広がり、撒き散らかされ、空を大きく覆ったかと思うと、そのまま消えてなくなっていった。
ユウキはその様子を見たあと、しばらく放心したかのように、獣のたてがみを掴んで固まってしまっていた。しばらくして、コロンと、何かが落ちる音と大きなため息をつく声が聞こえてきた。
「助かったみてえだな…」
とリュッ君がつぶやいた。すると、乗っていた獣ががっくりと足を付いて前に伏していった。ユウキが見ると、黒い長い槍のようなものが数本、胴体に刺さって延びている。それは、しわしわと蒸発するかのように消えていったが、刺さった場所には、煤けたような赤黒い跡が痛々しく残っていた。
ユウキはあわてて白い獣から降りた。赤黒い傷跡を見つめた後、傍らに近づいていった。白い獣はユウキ黒い眼でじっと見つめている。
「ありがとう…助けてくれたんだね」
白い獣にゆっくり手を伸ばすと、白い獣は、ユウキの撫でる手を心地よく受け入れるように目を細めた。そして、顔を少し上げて、ユウキの胸に頭を擦りつけた後、鼻の頭をペロッと舐めた。
その瞬間、ユウキの脳裏に、何か懐かしい光景が浮かび上がった。ふわふわとして、白くて、柔らかで…。それが何なのかは、ユウキにははっきりと思い出せなかった。
そんなユウキからゆっくり離れると、白い獣は体をもたげて立ち上がり、その身をひるがえして、神社の本殿の屋根の上に飛び上がって登っていった。
振り返った白い獣は、本殿の屋根の上から、しばらくユウキとリュッ君のほう見つめていたが、再びユウキとリュッ君に背を向けて、星明りが落ちる夜の闇の中に消えていった。




