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リュッ君と僕と  作者: 時波彷徨
二日目
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17/88

神社、再び

「僕、なんだか、あの白い大きな犬…、知っているかも…」


 白い獣が去っていった夜の闇を見つめてユウキがつぶやいた。その言葉を、背中に背負われたリュッ君は静かに聴いていた。


「…そうか、だから、ユウキのことを守ってくれたのかもしれないな…」

「あの犬、怪我してた…。大丈夫かなあ…」


 心配そうにつぶやくユウキの言葉を背に、リュッ君はしばらく黙って神社の境内に広がる葉擦れの音を眺めていた。


「さあなあ、でも、無事ならきっと、また、ユウキの前に現われるだろうさ」

とリュッ君に言われたユウキは、見つめたまま、「うん」と頷いた。

「よし、とりあえず、境内の真ん中までいってまた作戦を練ろう。今日は晩飯もあるしな」


 リュッ君の言葉を聞いて、あっ!と思い出したかのように慌てて水筒を取りに行く。蓋を取って、「ああ~~…」と思わず落胆したため息をつくユウキ。


「どうした?」

「お水が無い…」


 ユウキが見つめる水筒の底には、ほんの少ししか水が溜まっていなかった。その声を聞いて「ああ…」とうなってリュッ君が答える。


「途中で、汲める場所も無かったしなあ・・自販機をもう少し詳しく見とけばよかったかな…」

「うわあああん、のどが渇いたよおお…」


 激しい落胆も含めてユウキは不満の声を大きく漏らした。困ったな、といった表情を浮かべるリュッ君だったが、ユウキの声や葉擦れの音に混じって、何やら小さな音が混じって聞こえる。


「おい、ユウキ、ちょっと静かにして、耳を澄ましてみろ」


 リュッ君の言葉に、え?となり、口を閉じて耳を澄ましてみた。すると、本殿にいたる参道を少し左手に外れた藪のほうから、ちょろちょろと水の流れる音が聞こえてきた。木の影に埋もれているが、そこには小さな屋根の付いた小屋のようなものが陰になって見えた。


 ユウキはリュッ君を背中から、お腹のほうに抱えなおし、その小屋のほうに向って真っ直ぐ歩いていった。そこは藪に囲まれ、近くの山に生える高い木の影に埋もれていて、とても見通しが悪かった。


「ユウキ、ちょっと待て、お前、ゲットした☆をポケットに持っているよな?」

「あ、そうか」


 リュッ君に聞かれてユウキがポケットに手を突っ込んだ。あった、手に、二つのごつごつとした突起がある固い感触を感じ取ったユウキは、それを握って、目の前に取り出してみせた。一つは青色、一つは赤色で、それぞれが指の隙間から光が漏れている。手を開くと、二つの☆から淡くほのかな光が周囲に放たれ、あたりを薄く照らし始めた。そして、くるくると回り始めたかと思うと、ふわ…と、お互いに交差し合い、ユウキの目の前で浮かび上がった。


「すごーい。二つになった」


 ユウキが笑って答えると、そのまま、先ほどの暗い小屋のあたり近づいて、夜影に包まれたその場所を、二つの☆の光で照らし始めた。


 青と赤色の☆の光に照らされて、きらきらと流れ込む清水の波紋が石釜に瞬いた。


「水だ!」


 そこには大きな四角い石釜が設置されて、竹の筒からちょろちょろと流れ込む水を一杯に受け入れていた。竹筒は、藪と石垣の向こうに広がる山の上高くに続いていて、その先の清水から流れ込んでくるらしかった。石釜の上に張られたスノコに柄杓が幾つか置いてある。どうやらそこは手水舎のようだ。


 ユウキは、言うが早いか、水をたたえた石釜に身を乗り出して、両手を水につけた。そのまま水をすくって、ごくごくと勢いよく飲み始める。何度もすくっては、一心不乱に水を飲むユウキ。ユウキがすくった水がびちゃびちゃとしぶきになってこぼれ、お腹に抱えられたリュッ君を盛大に濡らしていく。


「あー!つめたくて、おいしい!」


 えへん!えへん!とのどを鳴らしてリュッ君がユウキを見上げていった。


「ユウキ…、ここは神社にお参りに来た人が、手を洗う場所だ。先に手を洗わないと、神様が怒るかもしれないぞ」


水を飲む手を止めて、ユウキが手水舎から離れる。


「え?そうなの?」

「ああ!今、神社は、俺達の唯一の避難所だからな、。そこの家主を怒らすと、あの影から守ってくれなくなるかもしれない」

「ええ~…」と言って、どんどん青ざめていくユウキを背中で感じながら、リュッ君は、再びえへん!えへん!と咳をした。


「だから礼儀正しく行こう。何事も、相手に良い印象を持ってもらうのは悪いことじゃあ無い。しかも、ここは神様の居場所だからな」

「どうすればいいの?」


 力弱く聞き返すユウキに向って、リュッ君は、うおっほん!と咳払いをすると。


「まず、そこにある柄杓を右手で取って、水をすくうんだ」


 きょとんとして聞きなおすユウキ。


「ひしゃく?」

「そこに並んでいるだろう?水をすくうために使う、棒の付いたやつだよ」


ユウキが改めて見ると、目の前に並べられた柄杓の一つを取って、まじまじと見つめた。


「これ?」

「そう、そいつだ。ここはそいつ使って、手と口を洗う場所なんだ」

「あ、なんか、ぼくやったことがあるかも」

「そうかもな、暗いとよく分からんが、一応、真似事でもやっとくか、と思ったけど…その柄杓じゃあ…」


 淡く光に照らされた柄杓は、アルミ製のお椀に木の棒が付いたもので、長くここに放置されていたのであろう、お世辞にも清潔だとは言いがたいものだった。


「逆に穢れそうな汚れ方だな…。一番マシそうな柄杓を探して、ちょっと洗ってからやってみるか。一応、ここの神様に対しての礼儀だからな」

「うん」

 身を乗り出して、柄杓を選ぶユウキ、その中でも一番、ぬめりや汚れが少なそうな柄杓を選んで、拾い上げた。そして、溢れる水で酌や持ちて部分を擦って洗ってやってから、ユウキは右手に柄杓を持ち替え水を汲んでみた。


「えーと…」


水を汲んでから、まごまごと、やり方を思い出そうとしているユウキを見て、リュッ君が助け舟を出す。


「まずは開いている左手を洗うんだ。水を全部使うんじゃないぞ。三回に分けてやるんだ。ちょっと、ちょっとだけかけて洗うんだぞう」


 ユウキがそれを聞いて、ゆっくり水をかけて指先をこすり合わせる。


「よし、次は左手に持ち替えて、同じ要領で右手を洗うんだ。そうそう、最後に、また柄杓を持ち替えて、残った水を左手に汲んで、それで口を洗って完了だ」


 リュッ君に言われたとおりに、水を左手に汲んで口に含もうとするユウキ。


「ああ、そこは真似事でいいぞ、その柄杓も、ずっと放置されているもんだからな、むやみに口をつけないほうがいいだろう」

「…わかったー」と素直にユウキは返事して、口に含んだふりをして、そのまま水を下に流した。


「最後に柄杓を立てて、自分が触ったところに水を這わせて清めて終了だ。そのまま元の場所に柄杓を戻しとこう」

「…わかったー」

とまた素直に返事をして、柄杓を元に戻すユウキ。


「さて、じゃあ、本殿のほうに行くか、あっちのほうが星明りがありそうだ」


 ユウキは「うん」と元気に返事をしたかと思うと、リュッ君の目の前で、そのまま石釜に手を突っ込んで、勢い良く手を洗い始めた。激しくかかる水しぶきに目を細めて、リュッ君は「…まあ…いいか…」とあきれてつぶやいた。



 参道に戻ると、ユウキはクーラーボックスと水筒を手にとって担ぎ直した。そして、拝殿の方向に向かって歩き出した。


 拝殿の門をくぐって砂利道を超え、拝殿の前まで来ると、賽銭箱がおいてある前の階段に腰を掛けた。そして、お腹に抱えていたリュッ君を下ろして、階段の脇に置いた。リュッ君が口をあんぐり開けると、ユウキの前に回っている赤色に輝く☆のほうを一つ手に取って、そのままリュッ君の中に入れた。


 リュッ君が口を閉じると、やがて、リュッ君の体の中から光が溢れ、外側がプクーっと、膨れ上がり始めた。ユウキの顔を、リュッ君から漏れる光が照らす。やがて、光が収まり、リュッ君が元の大きさに戻ると、ユウキに向かって口を大きくあんぐりと開けた。


 開いた口の中身を見るために、ユウキが身を乗り出してリュッ君の口の中身を覗き込む。


「わ、スリングショットだ」


 ユウキが思わず声を出してアイテムを取り出す。ユウキが取り出したそれは、二股に割れたy字型の形状の真ん中にゴム紐が通してあって、銃みたいな持ち手が付いている。弾とゴム紐を一緒につまんで引っ張り手を離すと、弾が飛んでいく仕組みの道具であろうそれは木でできていて、幾分手作り感が否めないものだった。


「ちゃんと弾もある」


 続けて袋に入った弾も取り出した。ユウキはうれしそうにそれをまじまじ見ている。


「おひ、ゆうひ、まだあるらろ」


 リュッ君にうながされて、ユウキは手に取ったアイテムを脇に置いた。


 リュッ君の中からもう一つアイテムを取り出す。もう一つは腕時計だった。盤上の数字に針で時刻を差すタイプのアナログの時計である。その盤上にはかわいい漫画のようなキャラクターが描かれ、その短針と長針がキャラクターの両手になっていた。そのキャラクターの差し示す現在の時刻は、8時35分くらいを指している。


「リュッ君、腕時計が出た。これで時間が分かるね」


 口を開けたまま、リュッ君がうんうん頷く。ユウキは、うれしそうに腕時計のバンドを自分の腕に締めて、しばらくそれを眺めた後、再びリュッ君の中身を確認した。


「なんだろう?これ?」


 最後に取り出したアイテムは、赤くて丸い筒のようなものが出てきた。


「そいつは、発炎筒だな」


 口のあたりをコキコキと整えるようなしぐさをしながらリュッ君が答えた。ユウキがそれを聞いて、不思議そうな目をして、その赤い筒を見つめる。


「はつえんとう?」

「その筒のふたを取って、火をつけると煙が出てくるんだ。花火みたいなものだな」

「へえ、何に使うの?」


 まじまじと見つめているユウキにリュッ君が、

「自分が危険な目にあった時に、煙を出して相手に知らせることが出来るんだ。事故があったときとかな」

「へええ」

「車が事故を起こして、道路の真ん中で動けないでいると、後ろから来た車がぶつかってくるかもしれないから危ないだろう?その時に煙を出して、今ここで自分が動けないでいることを周りに知らせるんだ。他にも、踏み切りや、遭難とか、自分が危険な目にあっている時、そういうときには、これが近くに無いか探すんだ。車なら、助手席の前に設置されていたりするからな…ああ、遊園地でも、乗り捨てられた車を探せばあったかもしれないな…」

と、言いながら少し悔しそうな顔をするリュッ君に、ユウキが、「じゃあ、これで助けを呼ぶことが出来るかな?」と応えた。


「誰かが近くにいればな、でも、ずっと煙が出るわけじゃないから、使い時は限られてしまうんだ。…そうだな、ちょっと予習しとくか」

「うん」


 リュッ君がユウキに向き直り、発炎筒の説明を始める。


「発炎筒が使えるのは一回だけだ。使う時は、充分考えて使うんだぞ。だから、今は真似事だけだ。実際にはやるなよ!まず、ふたにザラザラした部分があるだろ、そのふたをひねって取るんだ」


 ユウキは言われたとおり、発炎筒のふたを取り外した。


「そうすれば、後はマッチの要領と一緒だ、その筒の先端と、取ったふたのざらついた部分をこすり合わせると、火花が出て煙が発生する。ああ、気をつけろ、確認だけだ」


 リュッ君の説明を聞きながら、ユウキが発炎筒の発火部分を見つめている。


「火の勢いが強いから、使うときは充分注意しろ。後は、屋内とか…トンネルの中なんかじゃ絶対使用するんじゃあないぞ。煙がたくさん出てくるからな、逆にこっちが危険になる」

「うん」

と言って、ユウキは手に持っていた発炎筒のふたを閉めて、それを脇に置いた。


「しかし、時計が出たのは良かったな、これで時間が分かりやすくなる。日が落ちる前に、影から逃げることが出来る」

「そうだね」


 リュッ君の言葉に相槌を打って、ユウキは自分の腕に締めた時計を再び見やった。時計の針が回る盤上にキャラクターに見覚えがあるが、それがなんというキャラクターなのかは、今のユウキには思い出せなかった。


 今度はもう一つのアイテム、スリングショットのほうに興味を移した。


「おもちゃ売り場で見たのとは、ちょっと違うね」

 といいながら、うれしそうにグリップを掴んでゴムを引っ張り、境内の奥の茂みに狙いをつける。そんな様子を見ながら、リュッ君が、

「そうだな、とりあえず、わかりやすいものが手に入ってよかったな」

「これで撃ったら、あの黒いオバケみたいなの、やっつけられるかな?」

「うーーん…」


 ユウキがギリリ、とゴムを引っ張ってリュッ君にどうだといわんばかりにかっこよく構えてみせる。


 リュッ君は、しかめっ面で、しばらくその様子を見つめた後、ユウキに向って答えた。


「多分、さっさと逃げたほうがいいだろうな」




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