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リュッ君と僕と  作者: 時波彷徨
二日目
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15/88

ジェットコースター

空中に放り出されたリュッ君は、大きくバウンドして転がると、ホコリをあげてレールの上に止まった。


「ううっ!」


レールの天辺に仰向けになったリュッ君は、その場でうめいて少し身をよじったものの、そのまま目をつむって動かなくなってしまった。


「りゅっくぅーん!」


投げ出されたリュッ君の姿を追って、ユウキが観覧車乗り場のホームから身を乗り出して叫んだ。しかし、リュッ君からの返事はない。


「リュッ君!ねえ!リュッくぅーん!」


何度呼びかけてもピクリとも動かない。その様子を見つめながらユウキの表情がどんどん強張っていく。


…どうしようどうしよう!


動転するユウキの中で、かすかに芽生える気持ちが背中を後押しした。


 リュッ君をたすけなきゃ!


 リュッ君のいる場所に行くためには…、おろおろと周りを見回すユウキ。すると、観覧車のホーム脇、その下方に、ジェットコースター乗り場が見えた。


あそこからなら…。


ユウキは、改めて今いる観覧車乗り場から、ジェットコースター乗り場に行けそうな道のりを確認すると、出口側のゲートを乗り越えて、急ぎ階段を下っていった。踊り場から降り立って見回すと、柵に立てかけられた園内地図が目に入った。観覧車の乗り場の程近くに、イラストで描かれた地図と、「ジェットコースター乗り場」と書かれた看板が矢印つきで立てかけられていた。それを見て、矢印の方向に駆け出すユウキ。通路を左に曲がって、二階のフロアーに通じる階段を上がっていく。所々苔で覆われた木の階段を駆け上がっていくユウキだったが、湿った苔に足を取られて、バランスを崩してしまった。


「うくうっ!」


 段差にぶつけて、ヒザを抱えてうずくまるユウキ。しかし、泣きそうな顔を前に向けて立ち上がり、歯を食いしばって階段を駆け上がって行く。


 階段を抜けると、ズラリと並ぶ券売機が目に入った、その脇のやや広い空間にはチケットブースが並んで立っている。そして、チケットブースを塞ぐように張り巡らされたロープには、立ち入り禁止の札がだらんと垂れ下がっていた。ユウキはその下をくぐりぬけて、ジェットコースター乗り場があるホームに駆け出した。


ホームに出るとその脇には、薄汚れて塗料のはげたジェットコースターが停車していた。シートは破れ、上がったままの安全バーの表面は、めくれあがって中身が見えてしまいっている。むき出しになった金属部分は錆びて茶色に染まっていた。


そんなジェットコースターを横目にホームの先に向かって急ぎ、端まで出て立ち止まった。そして、リュッ君が落ちたと思われるコースターのレールの先、上り坂になっている軌道の向こうをじっと見つめた。山なりに弧を描いているその先は、リュッ君の姿は見えなかった。じっと見つめるユウキの息が、はあはあと緊張で荒くなっていく。胸元で手を握って、大きく深呼吸すると、ユウキはその目をギュッとつむった、そして、手に力を入れて、ホームの下にあるレールを見つめた。


ホームにしゃがんだユウキは、両手で体を支えつつゆっくり足と体を下ろし、レールの脇の枕木の上に降り立った。ユウキの足元は、支柱とレールを支える枕木の隙間から地上の風景が広がって見えている。


それを見て青ざめるユウキ。大きく息を吸い込むと、正面を向いて前屈みに体を倒し、ホームに沿って、じりじりと前に進んでいった。ホームが途切れると、手を伸ばして、その先のコースに付いた鉄製の柵に手を伸ばしてしがみついた。そして、もう一度大きく深呼吸をして、しっかりと手すりを抱きなおすと、レールに沿って、慎重に足を前に進めた。


一歩進むごとにきしみを上げるコースターのレール。ユウキは下を見ないよう、ひたすら前を見つめて歩を進めた。平坦なコースを抜けると、いよいよコースターの最初の山なり軌道に差し掛かかった。ユウキは目を見開いて、肩で息をしながらその場に留まった。ごくりとつばを飲み込みむと、ゆっくりと足を前に進めて上り坂を登って行った。


 …あの先に…リュッ君がいる。


レールの隙間から舞う風がユウキの体をすり抜けていく。いつもならどうということのない穏やかな風が、今は、体のバランスを奪っていく程の強風に感じられた。手すりを掴む両手に力を入れて、目をかたくつむり、風が通り過ぎるのを待つユウキ。噴出す汗と共に、目から涙が出そうになるのをこらえて、レールの頂上を見つめると、ギリッ!と、歯を食いしばった。そして、再び手すりを掴んだ両手に力を入れて、足を前に引きずりながら、レールの頂上に向ってゆっくり上がって行った。


いつしか傾き始めた日の光は、オレンジ色に染まり、コースの天辺に向かうユウキを、容赦なく横から照りつけた。ユウキが背を向けたコースターのホームにも、夕日の光は降り注ぎ、その立体構造をきらきらと陽光に反射して瞬かせている。夕日が落とす影を一層黒く染めていった。


突如、ビュウ!と風が舞い上がり、レールの上のユウキの体を大きく揺さぶった。舞い上がる風に目を細めて体を縮め、バランスを失いそうになる体を支えて、手すりにしがみ付くユウキ。しばらくの間、風に耐えるようにその場に留まった後、息を深く吸い込んで、前方に向って大きく叫んだ。


「リュッくーん!」


レールの頂上で仰向けになって寝転んでいるリュッ君が、下から呼びかけるユウキの声をぼんやり聞いた。


「リュッくーん!おーい!リュッくーん」


リュッ君の目の焦点がゆっくりと合ってくる。意識が戻ったリュッ君が体を起こそうとすると、落下の際に打ち付けた体に苦痛が走り、思わず顔をしかめた。


「…いててて、なんだよ、こんなナリでも案外イテエもんだな…」

 とうめくようにつぶやくと、ハッ!となってあたりを見回した。


「リュッくーん!リュッくーん!」


 レールの下から聞こえてくるユウキの声に、思わず声を上げるリュッ君。


「ユウキ!ユウキか!」


ユウキが呼びかけたレールの頂上から、リュッ君の声が聞こえてくる。


「リュッ君!今そこに行くから!待ってて!」


背中から聞こえてくるユウキの声に、思わず目を見開き、驚いたような表情で固まるリュッ君。周りを見回して、自分が何処にいるのかを悟ると、「なんてこった、あいつ!こんなレールの上を登ってきてやがるのか!」と動転した気持ちがますます高ぶった。


「あ…な…お、おい!ユウキ、無茶するな!ユウキ!来るんじゃない!」


 慌てるリュッ君が目を見開いて空を仰ぐと、目の前の空の頂点の色が暗く落ち始め、キラキラと星が瞬き初めているのに気付いた。なんてこった!知らない間にずいぶん日が傾いてしまっている。


「まずい!まずいぞ!」


 一歩一歩登るユウキの目の前に、徐々にレールの天辺が近づいて来る。するとレールの枕木や柱の隙間から、リュッ君の姿が見え始めた。


やった!もうすぐだ!


 リュッ君がそこにいることを確信したユウキが、さらに足取りを早めていく。


「キキッ!」


 すると、頂上を目指すユウキの足元から、猿のような鳴き声が聞こえて来た。思わず声の方向に向くユウキ。すると、先ほど下の緑地帯に落ちていったはずの“影猿” が、すごいスピードで、リュッ君のいる場所に向かって登って来ていた。このままだと、あの猿みたいなやつに先を越されてしまう。ユウキは、握り手に力を入れ、手すりに体を引き寄せレールを懸命に登って行った。


「リュッくーん!あいつが!あいつがまたリュッ君をねらってるー!」

「なに!」


 リュッ君の背中から、カンカンカン!とテンポ良く何かが柱を登ってくる音と、「キキッ!」と聞きなれた、あの忌々しい鳴き声が、背中のレールを伝わって聞こえてきた。


 ジェットコースターのレールを支える支柱を走って登る“影猿”を赤く染まった日の光が照らしだす。赤い夕日が照らす光は、“影猿”を、ユウキを、ジェットコースターのレールを、観覧車を、そして、園内のアトラクションや施設の影を、長く濃く伸ばして絡み付いていった。


 観覧車はいまや、その巨体に電飾の光を灯らせて大きく回転していた。うすら汚れて曇ったゴンドラのガラスは、陽光を照り返し、回転に合わせてきらきら反射した。その向こうの誰もいないはずのゴンドラの席は、反射の向こうで影が落ち、ゆらりとゆらりとその回転に合わせて形を躍らせた。

 

 日の光が届かなくなり始めたコースターの制御ブースには、面のきわに照り返しが入り、その曇って割れたガラスの向こう側は暗い影に沈んでいった。コースターのレールを見つめるそのブース内で、ざわざわと影が蠢くように揺れる。すると、そこから、ぬっ、と黒い手の影が伸びたかと思うと、操作盤の上を這い、さわさわと盤上の鍵穴に近づいていった。その影は、ゆっくりと鍵をもった人の手のような形に変化したかと思うと、そのまま鍵穴に黒い鍵を差し込んでいった。


 日の光が届かなくなり始めた園内に、夜の帳と共に暗い影広がり始める。


 すると、何故か誰もいないはずの廃遊園地に、夜の闇が濃くなるところからポツリポツリと明かりが灯り始めていった。園内の施設や通りが色とりどりの光に照らし出されていく。そして、その明かりに照らされて、そこここに人のような影が、一体、また一体と、園内の通路を闊歩し始めた。


 あるものは腕を組み、あるものは手を引かれて、園内の通りを歩いていく。その形状はゆらゆらとして定まらず、表面は黒い粒子がざわざわと蠢いていた。その影の数は増していき、園内の通りをにぎやかに埋めていった。その影たちの顔と思しき部分は、目や鼻や口に当たりそうな部分は一切見当たらない、ただの黒いのっぺらぼうであった。


 光が届かなくなる空を見ながら慌てるリュッ君。その脇から手すりを越えて黒い影が現れた。その影は、手すりの上から、ギラギラと瞬く二つの光をぎょろりと向けて、首かしげてリュッ君を見つめている。


“影猿”だ。


「…この猿野郎…」


 忌々しそうに目を向けて“影猿”を睨み付けるリュッ君。欄干の上から見下ろしている“影猿”は、笑うかのように目を細めると、身を躍らせレールの上へと降りたった。そして、カンカンと、リュッ君に近づいてくると、その細くて長い手を伸ばして来た。


「リュッ君!」


 とうとうレールの頂上まで登ってきたユウキの声が響いた。ユウキの目に、「キキッ!」と声を上げた“影猿”の姿が飛び込んで来た。そいつは、リュッ君の肩掛けを掴んで持ち上げようとしている。


「リュッ君を放せ!」

 ガコン!


 ユウキの叫び声と、レールに衝撃音が伝わったのはほぼ同時だった。驚くユウキとリュッ君。“影猿”も思わず手すりに掴まって周りを見回している。すると、ゴンゴンゴンゴンと、一定のリズムを刻んで下のチェーンが動き始めた。驚きレールを見つめるユウキの後ろから、ホームに止まっていたはずのコースターの車両がゆっくりこちらに向ってくる。


「キキッ!」と鳴き声を上げて“影猿”がリュッ君の肩掛けに手を伸ばした。

「くそ!この野郎!」


 リュッ君は叫んで、持ち上げた“影猿”の手にがぶりと食らいついた。驚いた“影猿”は「キキキイ!」と叫び、目を丸くして飛び上がった。噛みついたリュッ君をむちゃくちゃに振り回して暴れだし、レール伝いにユウキのほうに向って駆け出してきた。走る“影猿”の手に、リュッ君はがっちり噛み付いている。


「リュッ君を帰せ!」


 ユウキの頭上をジャンプして通り抜けようとする“影猿”だったが、ユウキは、垂れ下がってきたリュッ君の肩掛けに手を伸ばして掴んだ。そして、片方の手で手すりを掴んで、力いっぱい引っ張った。しかし“影猿”の力は強く、逆にユウキが体ごと引っ張られて空中に放り出されてしまった。


 レールの上を、ユウキ達のシルエットが空中を飛ぶように落下軌道に入っていく。


 リュッ君は、力を入れて体を反転させると、“影猿”に食いついていた口(?)を思い切り捻って、影の体をレールの脇へと投げ上げた。バランスを崩して側面へと曲がり飛んで行く“影猿”が弧を描いてはるか下へと落ちていく。そして、次にリュッ君は、さらに体を逆にひねってユウキに向き直り、思い切り息を吸い込むと、体を大きく膨らませた。そして、ユウキの体を包むようにして下になり、レールに沿って落下していった。


 バン!


 レールの天辺からユウキとリュッ君が落ちた先は、ジェットコースターの車両だった。エアバックのように膨らんだリュッ君がしゅるしゅると小さくなりながらユウキに呼びかけている。


「ユウキ!ユウキ!大丈夫か!起きろ!」

 ゴンゴンゴンゴン…


 車両を大きく揺らしながら、ジェットコースターはレールの上で、その天辺を目指して進行していく。


「ユウキ早く起きるんだ!ユウキ!」

「う、うーん」


 少し気を失っていたのか、頭を抑えながら起き上がる。そんなユウキを見ながら、少しホッとするも。ここは運転を始めたジェットコースターの中だということを思い出して、リュッ君はユウキに、さらに強く呼びかけた。


「ユウキ!怪我はないか?ユウキ!」

「う…うん…大丈夫」

 ガシャアアアン!カシャン!カシャン!


 どうやら、コースターがレールの頂上に着いたようだ。


「ユウキ!ユウキ!いいか、今からこの席について、頭の上に上がっているバーを下ろすんだ」


 うすぼんやりとしていたユウキの目が、段々はっきりと意識を取り戻し始めている。


「ユウキ!早くしろ!コースターが出発しちまう!早く起きて、安全バーを下ろすんだ!」

 ガコン!


 ハッとなったユウキをうながすかのように、コースターが前方にゆっくりと進み始めた。恐怖に顔を引きつらせたユウキが、慌ててリュッ君を胸に抱えて椅子に座りなおす。


「バーを早く下ろせ!ユウキ!でないと、下に落ちちまう!」


 すばやく手を伸ばして、頭上に上がった安全バーに手を伸ばすユウキ「そうだ、そいつだ」リュッ君の言葉に、掴んだバーを力一杯下に下ろす。


「ムギュウ!」


 安全バーに思い切り締め付けられて、思わず声を上げてしまうリュッ君。


 そして、その声を合図にするかのように、コースターは下り急勾配のレールに運ばれ、二人を乗せて真っ逆様に落ちていった。



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