家族
地球語(英語/日本語)での会話(聞き取り)を「」で、グラウギリスの言葉での会話を『』で表記してます。
『あなたの繭が解けたと伝えてあるから、目覚めるのを今か今かと皆も待っていたのですよ』
大きな扉の前に着いた時に母上が言う。
史朗がスッと前に出てドアをノックする。すぐに内側からドアが開いて執事と思われる初老の男が出て来て一礼しドアを押さえた。
父上と母上の後に付いて入っていく。入る時にチラッと見ると、執事は礼をしたままでいるが小刻みに震えているようだ。この人は精霊界でシモーンの水鏡を見た時に映っていた人だと気付く。俺の事を史朗に聞いて感動していた人だ。
居間に入って見回す。天井の模様や掛けてある絵画やカーテン、壁や窓、何となく見覚えがあるような気もするが、やはり目線が違うせいかよくわからない。絨毯の色合いはなんだか覚えているような気もするな。クラヴィツィテリウムがあるから、幼い頃に弾いて遊んだのはこの部屋だったんだろうか。
部屋の奥を見ると祖父母、姉と義兄?、妹、弟、そして数人の使用人が控えていた。何故だか全員がお辞儀をした状態なので顔が見えないが、すごく緊張している事だけは伝わってくる。
あ、壁のそばにいる恰幅のいい侍女は、水鏡の映像で執事と一緒に奈々恵っぽい発言をしていた人じゃないか。もしかすると彼女が乳母…ばあやだった人なのかもしれない。
史朗が『こちらへ』と俺を誘導して皆の前に立たせる。なんか、史朗ってばすごくちゃんとした従者っぽいじゃん。動きも芝居がかっているというか、やけに優雅だぞ。
俺はてっきり父上と母上が俺の方に立って、皆に俺を紹介するのだと思っていた。ところが、2人とも他の家族と一緒に並んで、同じ様に俺にお辞儀をしたまま動きを止めた。
え?俺はどうしたらいい?
驚いて史朗を見ると、ニヤリと笑ってから『皆様、アルランティア様でございます』と俺を紹介した。そして『アルランティア様、皆に面を上げることをお許し頂けますか?』と俺に言う。いや、それはもちろんお許ししますけど、というか、何だこれ?
俺が目を瞠ったまま頷くと、『皆様、お顔をお上げ下さい』と言ってから、小声で「ほら、お前さ、神様じゃん。家族なんだけど、おいそれと気軽には出来ないっぽいんだよ。一応、形式な」と言って笑う。
そうか、あんな繭になって帰宅したら、やっぱり普通に家族が帰って来たという感じじゃないよな。インパクトが強すぎるよな。
口上を述べた後、史朗は即座に撮影班に転身した。少し下がって全体を映し始める。決定的瞬間を記録してるのだ。爺ちゃん達にも俺が無事に家族と対面する所を送っているのだ。本番だ。トチらないようにしよう。
父上が顔を上げて『アルランティア様のお許しを頂いた。皆、顔を上げなさい』と言い、やっと家族全員がお辞儀の状態から直った。使用人はそのままだ。
俺は一人ひとりの顔を見る。精霊界で映像で見た人達であると共に、妹と弟以外は見覚えのある顔だと思った。皆緊張はしているようだが怖がられてはいないと思う、多分。
お祖父さん、いや、お祖父様とお祖母様は目を潤ませてはいるものの、謁見をする貴族といった状態で、顔を上げた時に一瞬こちらを見た後は目線を下げて控えるように立っている。
これはあれだ、いつもの俺が声を掛けない限りは姿勢を崩さない系だ。
その隣にはすらりとした赤毛の女性がいる。恐らく弟が繭状で運び込まれたと連絡を受けて駆け付けて来た姉テレーシアだろう。こちらもお祖父様達と同様だが、一度もこちらを見ずに俯いたまま身体を震わせている。多分泣いているのだと思う。怒っているのではないと思う。その隣にいるのは義兄だろうか。こちらは完全に畏まっているようだ。
母上の隣に並んでいる妹と弟は、2人とも顔を上げてからしばらく俺を見てぽかんとしていた。俺が見ると妹レジーナはハッとして俯いてしまったが、嬉しそうに口をすぼめてによによしている。弟ミステリオンはそのまま目を輝かせて見ているので、その様子が可愛くてニッコリ笑うと、更に目を輝かせて嬉しそうに笑った。うん、可愛い。決めたぞ、俺はこの2人を溺愛しよう。
『アルランティア様、精霊界、及び天界よりの御帰還をシャノトワ家一同心よりお待ち申し上げておりました。ようこそお戻り下さいました』
父上が言う。
そしてまた全員でお辞儀。その後は直って…多分、俺の発言を待っている感じ?
ちらりと史朗を見ると頷いて『お言葉を』と言う。やっぱそうか。…どうしよう、ただいまとしか言えないんですけど。てか、天界って何?神界の事?神界はまだ行った事ないけど。
何を言おうかと思っていると、史朗が「さっきのと同じでいい」と囁いた。そか、あれか。
『ただいま戻りました。長い間ご心配をお掛け致しました。私の帰還を信じて待っていて下さった事を感謝致します。また皆様にお会いすることが出来て嬉しく思います』
言ってから父上を見ると小さく頷いた。史朗も親指を立てている。よし、クリアだ。
お祖父様が『アルランティア様、ご立派になられて、良くお戻り下さいましたな』と言う。
俺は今だ!と思い伝える。
『どうか、普通にして下さい。人ならぬ身となっての帰還とはなりましたが、家族なのですから。長く不在をした孫が戻ったと迎えて下さると嬉しいのです』
これできっと「様」は付かなくなる。普通にしてくれるはずだ。
それにしても我ながら芝居がかった言い方だな。この昔の貴族って感じの雰囲気のせいか。でも「郷に入っては郷に従え」だし、皆が俺に慣れるまではこれで行こう。俺は現在のこの家では新参者なのだ。
『おお、そうか。そう言ってくれるか。大きくなったな、アルランティアよ。よくぞ戻った…』
お祖父様の目から涙が溢れる。両手を広げてこちらに来て俺を抱き締める。
爺ちゃんとは違うけど、俺はこのお祖父ちゃんも好きだなと思った。この人が俺の血の繋がったお祖父ちゃんなんだ。
胸が詰まる想いと同時に、父上と同じ茶に近い金髪に白髪が混じっていてふさふさしているのを目にして「良かった」と思った。父上もふさふさだ。俺もこの血を引いているので頭髪の後退についての心配は無いだろう。
そして、お祖父様に次いでお祖母様も来て、『アルランティア、会いたかったわ』と言って俺を抱き締める。うっ、力が強い。この年令の女性がこんなに力強いなんてと驚きつつ、母上にしたように俺もそっと抱き締めてみた。
そのまま、涙を浮かべて俺を見上げて来るお祖母様は、白髪混じりの赤毛の美しい女性だった。俺の腕や肩を確認するように触ってから潤んだ瞳のままにっこり微笑んで、『ちゃんと鍛えているのですね。安心しましたよ。剣は使うのですか?後で軽く手合わせをしてみましょうね』と言った。
絶対この人はシモーンの血筋の人だと確信をした。
何と返して良いか迷っていると、姉テレーシアが『アル』と言いながら近付いて来た。お祖母様が脇に避けてテレーシアに場所をあける。テレーシアは父上と同じ青い目で俺を見て『アルが帰って来た。やっと帰って来た…』と言って泣いている。
家族の記憶の中で最も親しく、インパクトが強い姉を間近に見て自分の体温が上がった気がした。急に家族との対面に現実味を感じたのだ。
俺はテレーシアに『ただいま帰りました。長くご心配をお掛けして申し訳ございませんでした』と言った。
俺を守ろうとした幼くも剛毅な少女だった姉は、こんなに小さな…いや、女性としては小さくはないんだろうが、可憐な女性だったのだなと思った。赤い髪はやはり美しい。改めて俺の赤毛好きの元はこの人なのだと感じた。
そんなしみじみとした思いを味わっていると、相変わらずポロポロと泣いているテレーシアが、急に眉間にしわを寄せて目を見開き、『どうして、どうしてもっと早く戻らなかったのですかっ!』と俺を叱り飛ばした。え?
『あなたはイシルディン神の御力を持つと聞いています。そんな力があるなら、何故もっと早くに帰って来なかったの?!わたくしは、ずっとあなたを心配して探して、…ずっと、ずっと待っていたのですよ!』
涙を流しながらも強い眼差しで俺を真っ直ぐに見るテレーシアは、激しく燃え上がる炎のように美しかった。鮮やかな怒りをぶつけられ驚き言葉もなく見惚れていると、いきなり両頬をつまんで『アルはダメな弟です!』と言って思い切り抓られた。
痛い、痛いよ。
『ごめんなさい。ごめんなさい』と謝りながら、逃れようと後ろに下がる。目の端に映った史朗が声を出さずに笑っている。ちょっと、撮るのやめてよ。
両親と祖父母は『昔に戻ったみたいですね』と微笑ましそうにハンカチで涙を拭いている。そうじゃなくて助けて。
困った俺はテレーシアの両手を掴んで頬から離し、ギュッと抱き締め動きを封じた。そして『遅くなってごめん』と謝った。予想外の俺の攻撃に驚いたのか、おとなしくなったテレーシアは『…許してあげます。そんな風に囁くなんて、アルは大きくなっただけではなくて女たらしになったのね』と言いながら、そっと俺の背に手を回した。そのまま抱き合う俺達。
何だこれ?
相手が姉ではなかったら、多分とても甘く素敵なシーンなんだろう。ふと見ると、義兄であろう男が何ともいえない顔をして立っていた。俺は彼も巻き込むことにした。
『義兄上ですね?』と言って片手を広げると、ふらふらと吸い寄せられるようにやって来た彼を姉とまとめて抱き締める。
『お会い出来て嬉しいです。姉上、義兄上、ご結婚おめでとうございます』と言って、そっと離れた。
その様子を見ていた妹がなんだかうっとりしているように見える。そして期待に満ちた目で見ている。11歳ということだが、地球で言えば14歳になるくらいだ。子供扱いよりはレディとして扱った方が良いのだろうか。
『ほら、レジーナ、ミステリオン、アルランティアお兄様よ。ご挨拶をなさい』
母上に言われてレジーナが前に進み出て、それは綺麗なお辞儀をする。これはレディの方だな。
『お兄様、初めまして。レジーナですわ。神の鳥に乗っていらした時に美しいお花を頂きました。ご無事のお戻りを心よりお喜び申し上げます。…お会いで来て嬉しいです』
そう言ったと思ったら、うふふ、お兄様!と飛びついて来た。おっと、子供の方だったか?なんだか流れで抱き上げて一回ぐるりと回ってみた。喜んでいるようだ。
降ろすとそのまま腕にしがみついて離れない。お兄様、お兄様と、ハートマークが付くような感じでずっと言っている。父上と同じ茶に近い金髪に青い目。顔立ちは母上に似ている美人さんだ。
『レジー姉さま、ずるいよ。僕もご挨拶をしたいのに』
『リオンは後で良いのよ。ね、お兄様』
くっ、見上げて来る顔が可愛い。だが、俺は弟も可愛がりたい。レジーナを腕にくっつけたままミステリオンに声を掛ける。
『君はミステリオンだね』
『は、はい!ご挨拶が遅れました。ミステリオンでございます。お帰りなさいませ、おにいさ…兄上』
赤くなって兄上と言い直す。可愛い。レジーナが貼り付いたままだが、ミステリオンも抱き上げて一周回りたい。かと言ってレジーナを剥がすのは難しそうだ。なので、頭をなでなでするだけにして、後でまた一緒に遊ぶことにしよう。
ミステリオンは母上と同じ金髪で父上に似た青い目だ。
こうして見ると、俺の元々の色合いはやっぱりちょっと特殊だったのかと思う。目だけは母上と同じだったが、髪の色は多分誰とも似ていなかった。今ではまた変化してしまっているが、ある意味、元々の俺は先祖返りでもあったのか。
『アルランティア様、フリードリヒ様からの贈り物を皆様に渡されては如何でしょうか?』
従者然とした史朗が俺に声を掛ける。ホントになりきってるよな。「楽しいの?」と聞くと「すっげ楽しい」と返って来た。
「俺はさ、ただのドワーフから肌の綺麗なドワーフ、そして神界のドワーフに出世をして、今では、アルランティア様と共に神の鳥に乗ることを許された異世界の黄人であり、一の従者っていう役どころなんだ」と言って笑っている。
面白がっているんだと言うのはわかる。まあ、楽しいなら良いか。
従者史朗は『荷物をこちらへ』と従僕たちにスーツケースを運ばせてから、『皆様、こちらはフリードリヒ様からの贈り物でございます』と言い、開け方を説明して後を執事に任せる。なるほど、ちゃんと執事もたてるわけだ。流石だ。
「あ、そうだ、スーツケースはお土産だけど、ザックの方は俺達の補給物資だよ」
「おお、そうか。じゃあザックはこっちに持って来ておこう」
「史朗用にタブレットが入ってるはず。写真が大きく見られるようにって。俺のパソコンも入ってる。新譜を色々入れて来たぜ。あとサルデーニャ島のワインもあるよ。飲むでしょ?」
「ワイン、良いね!こっちの酒も良いけどさ、やっぱ地球の飲みたくなるよな。皆さんにも飲ませてみよう」
「シャンパンは俺も飲むから、まだ開けないでね」
「おっけー。てかさ、お前あれやれよ、複製魔法。そしたら皆で飲めるだろ」
なるほど、それはアリだな。それじゃワインとシャンパンを増やそうか。
妹レジーナが相変わらず俺に貼り付いたまま、『お兄様とシロウは不思議な言葉でお話になるのね』と言う。
弟ミステリオンもいつの間にか俺と手を繋いでいて、『それは天界の言葉なのでしょう?僕も覚えたいです!』と見上げてくる。2人とも可愛い。後で透明丸で飛ばせてあげよう。
史朗が、『これはアルランティア様用だそうですので』と言ってザックを俺の方に持って来た。皆の方ではスーツケースが開けられているので、ちょっと中身を一緒に見ようかな。
「史朗、先にあっちの荷物一緒に見ようぜ」
「だな。んじゃ開封の儀を撮影するか」
『アルランティア、これはどの様になっているのだ。全て開けてしまっても良いのか?』
『はい、父上。まずこの青い箱ですが、軽くてとても頑丈なので色々な物を運ぶのに使えます。主に旅行の際に使用するものではありますが、それ以外にも使えます。史朗の報告によりシャノトワ家の色がこの青だと知った爺ちゃ…フリードリヒ様が、この家の為に用意した物です』
『おお、フリードリヒ様がわざわざ我が家の色を』
『中に何が入っているかは私も知りませんが…、カードが入っているはずなので、どれが誰宛かわかるはずです。多分このピンクの包みが女性用かと。…青い包みは男性用かな。黄色と水色は何だろう?』
爺ちゃんありがとう。贈り物のお陰で変に緊張せずに皆と話せるよ。
皆興味津々だ。どうやら天界というのは地球の事らしい。ガレオ村でも料理長のケーキを天界の食べ物と言っていたが、そういう認識の方が受け入れやすいのだろうと思いそのままにする事にした。
史朗が撮影しながら、それぞれの包みに添えてあるカードを読んで執事たちに伝えている。皆の前に包みが置かれて行く。レジーナもミステリオンも贈り物の方が気になるようで、母上に呼ばれ俺から離れてソファに座って大人しく自分の包みが置かれるのを待っている。
なんだか不思議な感覚だ。ここにいる人達が俺の家族なんだという事実と、本当にそうなのか、これは夢を見てるだけなんじゃないのかという感覚が入り混じっている。
本当だったら俺はここで育っていたのかと皆を見ながら思う。そしたら俺はどんな奴になってたんだろう。今とは性格も全然違うのかもしれない。
「どした?」と史朗が言う。
「うん、何か不思議でさ。もしもずっとここで育ってたら俺ってどんな風になってたのかな」
「ああ」
「貴族社会しか知らない偉そうで馬鹿なボンボンになってたかもしれないよね」
「あはは、そらないわ」
史朗が笑い飛ばす。
「多分お前はどこで育っても同じだよ。ほっぺた抓られて泣きそうな顔で謝ってる神様だしな」
「うっ」
「あ、ほら、開封の許可待ちされてるぞ。撮るから画になるようにやって、荷馬車公子」
「はい、監督」
そうだ、まずワインとシャンパンを派手にキラキラさせながら大量に増やそう。城の皆にも行き渡るように。
そして、皆で爺ちゃんからの贈り物を開けながら家族の再会を祝うのだ。




