父と母
地球語(英語/日本語)での会話(聞き取り)を「」で、グラウギリスの言葉での会話を『』で表記してます。
戻ったらすぐに両親と対面するのだという事はわかってはいたが、不意を突かれた様な気もして、どうしていいのかわからず黙って交互に2人を見る。何か言わなきゃと思いながら言葉が出て来ない。
しばらく見つめ合ってから、やっと俺は「ただいま」と言った。
「アラン、それ日本語」
あ、ああ、そうか。史朗に指摘されて気付き、言い直そうとする。
意味はわからないままに、俺が喋ったという事実だけでうんうんと頷いている2人に、こちらの言葉で言う。
『ただいま』
『アルランティアっ!』
俺の言った帰還の言葉が合図のように、お父さんとお母さんが俺を抱き締めた。まだベッドの上に座ったままだった俺を、わしわしとベッドに乗って来て両脇から抱きしめる。そのままただ泣いている2人に戸惑いながら、俺は目で史朗に助けを求める。
史朗が目を潤ませながら、顎をクイッと上げて2人を抱きしめろという仕草をする。あ、ああ、そうか。抱きしめるのか。
あ、でも俺、両脇からがっつり固められていて腕が動かせない。
再び目で史朗に助けを求めると、黙ってうんうんと頷くだけだ。いいからそのまましばらく大人しくしていろと言うことらしい。
そこで史朗が思い出した様にその様子を撮り始める。それと同時に一頻り泣いたお父さんが少し身体を離して、俺の顔を見て『良く帰って来た。良く帰って来たな』と言った。
俺はその声を聞き、間近で目を見て、「ああ、おとうさまだ」と思った。そして驚いた事に涙が溢れて来た。急にポロポロと涙を流して泣き出した俺を見て、『なんだ、どうしたのだ。もう大丈夫だぞ』と泣き笑いで俺の頭を撫で、また抱きしめて頭に頬擦りするお父さん。
『悪かった。助けてやれなくて悪かったな…』
俺は思い出していた。大きかったお父さん。強くてお父さんがいれば何の心配もないと思っていた事。力いっぱい暴れても物ともせずに抱き上げてくれたあたたかい手。思い出しながら、俺は目を開けたまま涙を零していた。
『アルランティア、良く顔を見せて。ああ、こんなに大きくなったのね…』
そう言って俺を見るお母さんの紫色の目。そうだ、この目でいつも俺に微笑みかけた優しくて美しい女性。俺が大好きな人だ。
「おかあさま」と呼ぶと、一瞬目を見開いてからまた涙を溢れさせ、『わたくしの可愛い坊や』と言って俺を抱きしめ頬や額にキスをする。いい匂いがする。「おかあさまの匂いだ」と思う。
俺は溢れる涙とは別に、妙に冷静に状況を見ている自分を感じた。そしてちょっと恥ずかしくなった。
こんな風にされるのは懐かしいような気もするが、お母さんはとても綺麗で、年頃の男子である俺はこんなに綺麗な女性にしがみつかれて、チューチューされてどうして良いかわからない。しかもこの年で「坊や」と言われて複雑だ。いや、この人にとって俺は生涯「坊や」なんだろうけど。それはわかるけど。
ふと見ると史朗が撮りながら泣き笑っている。くそう、俺が戸惑っているのを面白がっているな。やめろ、撮るな。漏れなく爺ちゃん達が見るんだから恥ずかしいじゃないか。
赤い顔をして固まっているとお父さんが気付いて助けてくれた。
『アンナ・マリーア、アルランティアが困っているよ』
『まあ…、でもやっと会えたのですもの。ずっとこうしたかったのよ。わたくしの可愛い坊や』
そう言って俺の顔を両手で挟んで、涙で濡れた目でじっと見つめて来るお母さん。更に赤くなってぎこちなく目を伏せると、お父さんが『それもそうだな』と言って、『大きくなったがやはり可愛いからな』と俺をナデナデする。
そして2人で俺を見ながら言う。
『…可愛いな』
『そうでしょう?可愛いでしょう?』
『うん、可愛い。よし、私もキスをしよう』
え?チョット待って。お父さんまで?! 奈々恵、おとなしく可愛がられれば良いって、こういう事なの?!
俺が最大級の戸惑った顔をした時、撮っていた史朗が堪らず声を上げて笑い出した。
『あはははははは!!アランの顔!すげえ困ってる!あ、すみません、でも、…あははは!!』
きっと地球でもパソコン画面を見ながら皆が笑っているに違いない。
『そんなに困ってしまったの?そうね、もう小さな子供ではないのですものね。ごめんなさいね、お母様は嬉しくて…』
そう言って少し身体を離して涙を拭うお母さん。俺は片手が自由になったので、言われていた通りお母さんをそっと抱き締めてみた。お母さんは驚いたような顔をして俺を見つめてから、『…本当に大きくなったのね』と微笑んだ。
お父さんも少し身体を離して俺の腕を自由にし頷いて、そして目で『さあ、遠慮せずに抱き締めなさい』と訴えて来た。俺は、お父さんてこういう人だったのか?と思いながらそっと抱き締めた。
史朗が、いい画が取れたぜとニコニコしながら、『さて、皆様も別室でお待ちではないですか?』と声を掛けてくれ、俺は両親と共に他の家族が待っているという居間へと移動することになった。
その前に着替えなければならない。ずっと史朗の部屋着を借りたままだ。史朗が俺の着替えだという服を持って来た。手の込んだ刺繍がしてある薄い青とラベンダーのこの世界の衣装。
『これはね、あなたの物なのよ。毎年少しずつサイズを変えながら、このくらい大きくなっているのではないかと想像して作らせていたの。いつ帰って来ても良いようにと思って作ったのだけれど…少し小さすぎたわね』
『そうだな。私よりも大きくなるとは思ってもいなかった』
『小さいけれど、あなたはサイズ合わせの魔法が出来るのですものね?』
そう言って続きの居室の方に行き、俺が着替えるまで待つ両親。史朗が手伝うという事で寝室に一緒に残っている。ドアが閉まると史朗が口を開いた。
「おまえさ、全然喋ってねえじゃん」
「そう…かな?」
「最初のただいまを言って、奥方様を見ておかあさまって言って、後はずっと黙ってるぞ。’言葉の実’を貰った方が良いか?」
「いや、大丈夫。全然普通に話せるようになってる。…ただ、何て言って良いかわからなくてさ」
「わかるけどさ。それにしても喋らな過ぎだぞ。まあ、とにかく着替えちまえ、荷馬車公子よ」
「荷馬車…なに?」
「お前は由緒ある公爵家の公子であるにも関わらず、荷馬車に積まれて帰還したからな」
「…そう言えば俺、誘拐された時も荷馬車で運ばれていたな」
「マジで?出るのも戻るのも荷馬車か。やっぱりお前は荷馬車公子だ」
「…俺は荷馬車公子。何だか良くわからないけど、ドラマチックと言えばドラマチックな気がする」
着替えながらそんなお喋りをする。
「後世に語り継ごうぜ。そのうち代々の嫡男は祭りの日に荷馬車で街をパレードするようになってさ、そうする事で立派な領主になれると言い伝えが残っていくんだ。あ、靴はこれな」
「わー、派手だな。キラッキラじゃん。嫌いじゃないけど。てか、そんな祭りやだよ」
「やれよ、面白いじゃん。伝統を作ろうよ」
「誰得の伝統だよ」
「わからんけど」
笑いながら肌触りの良いシャツを着て、ゆったりとしつつもシルエットが綺麗なトラウザーを履く。そして絹の様な生地に宝石が縫い付けられたキラッキラの靴を履く。
「…これは外を歩く靴ではないよな」
「ああ、大貴族の履く靴だしな。実際さ、皆さん地面を歩く事ってほぼ無いっぽいぞ」
「そうなの?」
「あれだよ、赤絨毯。赤じゃなくても絨毯の上を歩くんだぜ。玄関から馬車まで毎回絨毯が敷かれる。まあ、流石に公爵は馬とか飛竜であちこちに出るからな。革のブーツも履いてるみたいだけど。あー、あと、お前のお祖母さんとお姉さんもよく革ブーツ履くだろうけど。訓練するから」
「へえ」
「お前は、ほぼどこでもこれ系の靴で行けちゃいそうだよな」
「そうだね。透明丸でどこでも浮いていけるしね、何なら防水防汚魔法かけちゃえば気にならないしな。でもまあ、普段はやっぱスニーカーとかが良いな。こういうキラキラ靴はおしゃれ靴としてたまにでさ。服もTシャツとジーンズとかが楽だよね」
「お前は神様だからな。何しても大丈夫だろ、お前がルールの世界だし。奥方様は色々着せたいだろうけどな」
「うーん。TPOは流石に考えるけどさ。俺は常識人だからな」
そんな事を言いながら、最後に薄い青とラベンダーの豪華で貴族っぽい上着に袖を通し俺は着替えを済ませる。この寝室には鏡がないので史朗にどうかと聞く。
「いいよ。すごく良い。高貴で上品だ。ちょっと撮るから自分で見てみな」
そう言われて、俺はカメラの前でゆっくりと一回転する。そしてチェック。うん、確かに…似合うな。あれ?待って、何か俺、明るくない?俺の周りというか、俺、明るくない??
画面を凝視していると、「お前は全裸でも格好いいから心配すんな」と言ってバシッと背中を叩かれる。
「あんまり待たせても何だからな、じゃ、行くぜ」と史朗がドアを開け、従者の様に『お待たせ致しました。アルランティア様のお召し替えがお済みです』と告げる。
居室で待っていたお父さんとお母さんが着替えた俺を見て『おお』と感嘆する。
考えてみれば、立った状態で向かい合うのは初めてだ。再び涙ぐんでいる2人に俺は改めてちゃんと挨拶をすることにした。
ええと、お父さんとお母さんじゃおかしいのかな…。そう思っていると史朗が察して助け舟を出してくれる。
「アラン、’父上’と’母上’だ。あと、自分の事は ’私’な」
わかったと俺が頷くと、頷き返した史朗はすぐにカメラを構えた。ここ撮るの?ま、いいか。
『父上、母上、改めてご挨拶をさせて頂きます。長い間ご心配をお掛け致しまして申し訳ございませんでした。戻って参りました。…ずっと変わらずに私の帰還を信じて待っていて下さった事を感謝致します』
そう言うと、既に涙でぐちゃぐちゃになっていた2人がタックルを掛けるように俺に抱きついて来て、声を上げて泣き始めた。
『おかえりなさい、アルランティア。こんなに美しい立派な青年になって、お母様は嬉しいですよ。…もう、お母様はお化粧を直したのに…またやり直しになってしまうではありませんか…。でも良かった、ちゃんと喋れるのですね』
あ、やっぱりさっきは俺、喋らな過ぎたのか。
『…本当に私よりも大きいのだな。うん、よくぞ無事に戻った。おかえり、アルランティア、おかえり』
俺の衣装が2人の涙で濡れていく。この感じ、エルフの里でも似たような事があったな…。
感動の親子の挨拶だというのに、俺はそんな事を考えていた。
お父さん、いや、父上の背は爺ちゃんと同じくらいだから180cm程か。あとで教えてあげよう、始祖であるイシルディン神は、あなたよりも30cmくらい大きいのですよと。巨人なのですよと。
『それでは、参りましょうか』と史朗が仕切る。ドアを開けて廊下で控えていた従僕や侍女達を呼び、スーツケースにザックを乗せて『これを落とさないように押して運んで、皆様の少し後から着いてきて下さい』と従僕に指示を出す。
ドア近くで侍女に手早く母上の化粧を直させ、そして自分はドアの外からカメラを構え、3,2,1でキューを出す。その合図で部屋を出て歩き出す父上と母上。史朗監督は前に後にと回って撮っている。
父上も母上もたまにカメラを見るものの慣れた様子なので、どうやら俺が居ない3週間の間にだいぶ色々な撮影をしたのだろう。後で見せてもらおう。
俺が2人の後ろから廊下に出ると、母上の化粧を直した侍女達が俺を見てぼかんとしているので、「繭の中に俺が入っているのは知らなかったのかな?」と思いチラッと見ると、2人は赤くなって俯いてしまい、そして1人は倒れた。従僕がちゃんと支えたので良かったが、その後ろでは別の従僕が倒れていた。
この反応…、村と同じ感じというか、更におかしくなっている。俺はこの先こっちの世界でちゃんと人と接する事が出来るのだろうか。そしてモテる事は出来るのだろうか?…いや、そうじゃない。しばらくはストイックに過ごすのだ。モテなどどうでも良いのだ。
まあ、公爵家の侍女なんだから、きっとこの子達もある程度良い所の令嬢なんだろう。こっちの世界は使用人とどうこうってのも有りなのかな?いや、別に関係ないんだけど。
うちだとメイドの誰かとどうとかってのは…無いなあ。うん、無い。でも、そう言えば俺はうちのメイド達にどう思われてるんだろう?奈々恵が仕切っているから安易に話題には出せないんだろうけど、ちょっとは憧れの目で見られてたりす…。
「アラン?どうした?」
廊下が長いから一回撮影の手を止めたという史朗が、少し後ろを歩きながら話しかけて来た。
「別に。決してモテについてなど考えてはいない」
「考えてたのか」
「…史朗、髭剃ったんだね」
「願掛けが叶ったからな。俺はモテ卒業だ」
「願掛け?」
「うん。お前が無事に帰って来て親に会えるようにってな。まあ、起きてちゃんと対面する前に剃っちまったんだけどな」
史朗…、そんな事でモテへの道を捨てたのか。ちょっと感動だ。
「それにほら、俺はもう妻が二人いるしな」
…そうだった。史朗は妻帯者だった。チッ。感動取り消しだ。もう何があっても「全宇宙モテナイ連合」への加入は許さぬ。
『アルランティア?どうしました?』
『何でもありません、母上。史朗が髭を剃ってしまったので、その事を聞いていました』
『そうなの?真顔で半目になって見ていたから、何か怒っているのかと思ってしまったわ』
『(ドキ)怒ってなどいません』
『そう?…あなたは小さい時にテレーシアにやり込められると、口を尖らせてしょんぼりするか、真顔で半目になって「姉様のおやつを先にひとくち食べてやるんだ」とか何か微妙な復讐めいた事を呟いていたのよ』
『…そうでしたか。でも、私は何も怒ってなどいませんよ。気の所為でしょう』
にっこり笑って言うと母上は安心したようだ。母の勘、恐るべしだな。気をつけよう。…いや、俺は怒ってはいないのだ。ちょっと面白くなかっただけなのだ。
「なんだ?俺に妻がいるって話しで非モテを思ったのか」
「…違うよ」
くっ、史朗まで勘が良いとは!
「だよなあ。お前はモテないんじゃなくて、モテ過ぎるんだもんな。平常心でお前に近づける人がほぼいないってだけだもんな」
「現実として、誰も寄って来ない事に変わりはない。モテナイとの違いがわからない」
「そうだけどさ。まあ、お前の場合はお前さえその気になれば何とでもなる。それに、きっとちゃんとお前に合う人がいるから大丈夫だよ。いよいよの時には最終手段としてネッコさん達がいるしな。あ、そう言えば王宮でネッコさんの息子に会ったぞ。綺麗な顔の良いおじさんだった」
『アルランティア、天界の言葉で何を話しているんだい?』
『あ、すみません。ええと、エルフの里で会った方のご子息が宰相をされていると聞いています。その事をちょっと…』
『ああ、そう言えば母君がどうとか言っていたな。そのうち会うことになるであろう。ライアンと言うのだ』
『そうでした。そのような名と聞いています』
『お前の伯父である陛下や祖父母である前陛下と王太后様もな、お前が戻るのを心待ちにしていたのだよ』
『はい。お会いするのが楽しみです』
そう話しながら、いつの間にか先頭に立ってすたすたと迷わず移動している俺に母上が微笑む。
『城の中を覚えているのね。真っ直ぐに皆が待つ居間に向かっていますよ』
言われてみれば確かにそうだ。どっちに行けば良いのか考えなくてもわかっている。
改めて廊下を見回してみる。覚えているのかと言うと良くわからない。目線の高さが違うからかもしれないが、目に入る様子は新鮮なものだ。ただ、何というか匂いというのか空気感というのか、肌で感じる感覚はよく知っているような気がする。遠く声や音がするように記憶の断片が蘇って来る。
『…ここを走って誰か女の人に叱られたような気がします…更に転んだような…』
『うむ。そういう事もあった。犬を追いかけて転んでな、走ったことを乳母に叱られ、転んだ事もショックで泣いていた。私が抱き上げて高い高いをしたのだぞ。ぐるぐる回したらすぐに泣き止んで笑ったのだ』
懐かしそうに父上が言う。それは覚えてませんけど、そういう事があったのだろうということは、自分を思うと理解できる。
『ほほほ、また赤くなって。大きくなってもこういう時の顔は変わらないわね』
『うん、可愛いな』
『本当に可愛いですわね』
歩きながら俺を見て微笑む2人。
こそばゆい。




