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アルランティアの日記   作者: 倉門 輝光
人間界
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祈りと解放


 「…お前は今あんな事になってるのか」と爺ちゃんが言う。 


 史朗から送られて来た動画の画面には、ベッドの上に乗った幅1メートル50センチ位で高さ1メートル程の、金色に発光する楕円形の繭のような物が映っている。


 どうやらグラウギリスにいる俺の本体は今、金色に光る繭になっているらしい。なるほど、あれでは当分目を覚まさなそうだ。俺が中々消えずに地球に長居をしている謎が解けたような気がする。


 「いつもは、あんなにはならないんだよ。ただ光って眠っているだけみたいで…」と、爺ちゃんに弁解めいた事を言う俺。


 史朗が「1時間経過」とか「もう3時間経ちます。ほのかに暖かいです」とか、「もうすぐ6時間になりまーす。宿の部屋にあった鉢植えが花がついて満開になってます」等と、短く記録して録画している映像が、その都度地球に届いている。


 そして何度目かの動画で繭になっている俺の側にお父さんとお母さんの姿が映る。ドキッとして見ていると、2人が繭の中の俺に向かって一生懸命に話しかけたり歌ったりしていた。 


 『父だぞ。お前はいつ起きるのだ』とか『あ、動いたわ』とか、『むにゃむにゃしておるな。あちらで食事でもしておるのかなあ』とか。『笑っているわ。きっと美味しかったのね』とか…微妙に恥ずかしい。

 奈々恵が「何だかお腹の中の子に話しかけているみたいですね」と言う。「生まれるのを楽しみに待っているんだろうな」とセバスが言う。 

 

 次の動画ではシモーンとサンドゥールも居て驚いた。なんで? 


 「爺ちゃん、こっちが6代前の炎の竜巻のご先祖様で、こっちが曾お祖父さん!」


 俺は慌てて説明をする。


 「ほう、準精霊となったという方々か。半分透けているな」


 「なんかお父さんとお母さんに、俺は神だけどまだまだ子供だから、親として導いてやれって言ってる。あ、俺を宿から運び出す時に目立たない様に人の意識を逸らせてくれるって」 


 「そうか。…亡くなって後も気にかけ、助けようとしてくれているのだな。有り難いな」


 爺ちゃんがそう言った時、俺は「あ、今だ!」と思った。 


 「あのね、爺ちゃん」


 「なんだ?」 


 「俺さ、爺ちゃんが点滴している時にここに来たって言ったでしょ。あの時、実は爺ちゃんの周りにシーラさんとか爺ちゃんの子供達とかフランツがいたんだ」


 何を言い出したんだ?という顔で俺を見て黙る爺ちゃん。 


 「寝ている爺ちゃんの周りがふわっと明るくなったんだ。その時に皆がとても心配そうに爺ちゃんを見つめているのが見えた。フランツは俺に気付いて手を振ったんだよ。フランツより小さい男の子もいて、一緒に俺に手を振った。

 書斎の写真で見た人達が爺ちゃんを取り囲んでいて、俺が上から見ている事に気付いて皆がで笑顔で頷いたんだ。その時にね、俺わかったんだよ、俺が爺ちゃんに出会った理由。

 俺は馬車の事故にあって死にかけた。妖精さん達が死にそうになっていた俺を救おうと『助けて』って神様に祈って、その時に地球では、フランツ達を失って絶望して死のうとしていた爺ちゃんを助けたくてシーラさんが叫んでいたんだ。

 グラウギリスと地球で俺達を助けたくて叫ぶように祈った皆の想いが、転移玉で歪んでいた時空を通して爺ちゃんと俺を繋いだんだ。そして神様が、皆の祈りを叶えて二人とも救う奇跡を起こしてくれたんだ!」


 「お前は何を言っている…」


 「シーラさんは俺に笑って「この人は頑固でしょう?」って言った。自分たちがそばにいて守ってるって言っても信じないでしょうって事だと思った。爺ちゃん、皆は怒ってないんだよ。元々怒ってないんだ。それどころか、ずっと心配しているんだよ」 


 爺ちゃんは信じられないという顔をしていたが、「私は…お前を見つけた時に、シーラにこの子を助けろと言われたような気がした…。私はそれを、家族を大切にし守ることが出来なかったのだから、せめてこの子を助け守ってみろと言われたのだと受け取った」と絞り出すように言った。 

 

 「違うよ、爺ちゃん!シーラさん達はわかってたんだよ。怪我をした子供がいたら、爺ちゃんは絶対に助けようとするって。自分の辛さを脇に置いても助けようとするって知ってたんだよ。爺ちゃんがどんな人か皆よくわかっているんだよ!」


 爺ちゃんはどうして良いのかわからないという顔で、頼りなく目を彷徨わせた。こんな顔は初めて見た。


 「皆、爺ちゃんに生きてて欲しかったんだよ」


 「私に生きていて欲しかった…?」


 「みんな爺ちゃんに幸せでいて欲しいって思ってるんだ。怒ってなんかいないんだよ。だから俺に手を振ったり笑顔を向けてくれたんだ。みんな爺ちゃんが知らなくてもいつもそばにいるんだよ」 


 「…そうなのか?」 


 まだ信じられないという様子の、いや、きっともうわかっているが、戸惑い飲み込みきれないでいるのだろう。そんな様子の爺ちゃんを見て、続けて言葉を発しようとした俺は、いきなり自分の中から押し出されたように感じた。そして俺の中で銀色の光が強く輝いた。

 この感覚は知っている。前にも体験した。自分が後ろに下がって自分を見ているような感覚だ。そして、俺の中の何かが俺の言おうとした事を語りだした。俺よりも穏やかな深い言葉で。


 『フリードリヒよ、お前は愛されているのだ。お前が皆を想い愛するように、皆がお前を大切に想っている。その事を受け入れなさい。そして自分を許し解放するのだ』


 「…自分を。私は自分を許して良いのか…?」


 『お前がずっと自分を許さず呪い続けている事で、お前の大切な皆が囚われてしまうのだ。己の無力さに苦しんで来た自分を許してやりなさい。お前は完璧ではなくとも、その時その時に自分の出来る限りを成して来た。皆そうやって学び知っていくのだから、全てがうまく出来なかったとしても、悲しみを持って責め続けていてはいけない。

 大切な人達をお前の思い込みから解放してやるのだ。思い出してごらん。お前の愛する者達は、怒りと悲しみに満ち、恨みや憎しみに留まるような者達ではないだろう?』


 「…そうだ、シーラは優しくて愛情深い女だった。いつも笑っていて、決して誰かを恨んで憎み続けるような、そんな女ではない」 


 『お前は、例え自分は許されず苦しみ続けたとしても、皆は明るい光の中で幸せに生きることを願った。その願いのままに解放し、光の中に送り出してやりなさい。その為にはお前が自分にかけた呪縛を手放す必要があるのだ。勇気を持って自分を許し、あるがままを受け入れるのだ』 


 「本当に?私は許されても良いのか?皆につらい思いをさせた償いをしなければいけないのではないか?」 


 『その気持を忘れなければ良いのだ。己の思いを形にし伝える手段を間違えぬようにすれば良い。許される事を恐れるな。お前はどうすれば良いのかもうわかっているだろう?』


 「…ああ、ああ、わかっている。もう十分にわかっている」 


 俺は俺の体の少し後ろから、爺ちゃんの身体から何かが抜けていくのを視ていた。もやっとした物が煙のように抜けて上がって行って消えていった。そして同時に爺ちゃんの身体が明るくなったように感じた。

 

 「アラン」 


 そう呼ばれて、俺はハッとした。そして自分の中の銀色の光の中に戻り、また一つになった。

 

 「はい?」と返事をすると、爺ちゃんが俺を見て問いかける。


 「…今のはアランだったのか?急に別人のようになったぞ」 


 「え…と、今のは多分俺だと思います。前に神様が俺を使って話した時に似てるけど、でもきっと今のは俺だった。俺だけど俺じゃないっていうか…俺もびっくりして後ろで見ていたみたいな感じだったけど、でも、俺だったよ」 


 「そうか。では今のがお前の本質なのだな…」 


 「本質?」


 「私も良くはわからんが、お前の本質である神の部分なのではないか。神性というのか。いや、…いずれにしてもアランである事に変わりはないな。

 アラン、ありがとう。そうか、シーラ達は私を許してくれていたのか。私が固執して逆にシーラ達が恨みの中に留まっているように思い続けていたのだな」


 また申し訳ない事をしていた…と爺ちゃんが言って苦笑する。そして「そうか」と呟く。目が涙で光っている様に見えた。何となくシーラさんが爺ちゃんの肩に手を置いたような気がした。


 「爺ちゃんは理由が必要なんだよね。自分の為に何かをするより、誰かの為に何かをする方がしやすいんだ。だからシーラさん達を解放してあげる為に自分を許す方が納得出来るんだ」 


 「そうだな。本当はそうではなく、もっと腹から自分を許すべきなんだろうが。それが出来るまで、まだ時間が掛かりそうだ…。試行錯誤しながらもう少し生き続けてみるか」 


 「うん。それが良いよ。いっぱい幸せになれば、きっと嬉しくていつの間にか自分を許してる事に気付くんじゃないかな。後付で気が付いてびっくりすると良いよ」 


 そう言うと、爺ちゃんが声を上げて笑った。


 「そうか。いっぱい幸せになってから気付くのか。確かにその方が良いな」 


 爺ちゃんも俺と似てるんだ。どうやって自分を許せば良いかって考えても、多分答えを見つけられない。だから上手く自分を許せない。

 そんな事を考えてないでいっぱい楽しんで幸せになれば、自分を許すことなんて忘れてしまうかもしれない。そうやって忘れてしまった時に、きっと自分を許せている事に気付くんだ。 


 「爺ちゃん、やっぱさ、考え過ぎってダメだよね」 


 「そうだな。考えている暇があるから考え過ぎるのだな。忙しくしていれば余計なことを考える暇がないものな」 


 「うん。いっぱい幸せで嬉しいことをするように頑張ろうよ」 


 「お前が私の所に来たのは、その為なのかもしれないな。そうだ、お前はまだ南の島に行ったことがなかったな。そのうちサルデーニャ島にでも行ってみるか。あそこは良いぞ」


 「行きたーい!」 


 さっきのお前は神々しかったぞ、と笑って飴を口に入れてくれながら「あれがお前なんだな」と嬉しそうというか、誇らし気に言って頭を撫でる。 


 それから俺達は、いつか行く南の島の旅についてプランを立てた。俺が神様だとしても、爺ちゃんが何も変わらずにいてくれるのが嬉しい。


 セバスがそっと涙を拭っている。そしてサルデーニャ島の資料を出してくれる。

 いつもはお行儀が悪いからダメだと言うのに、飴を舐めている俺に温かい紅茶をいれてくれる奈々恵。これもちょっと嬉しい。温かいお茶を口に含んで溶かしながら舐める飴がまた良いのだ。喜んでいると「一杯だけですよ」と言われた。

   

 「サルデーニャ産のワインがあるはずだが、お前は酒はだめなんだな」

 

 「なんか、あんまりだね。飲むとすぐ寝ちゃうし。あ、でも史朗は酒飲みだからな、一本荷物に入れてもらおうかな」 


 すぐにセバスがワイン蔵から持って来させる。一本と言ったのに三本来たよ。赤と白と、あとは…ああ、俺が好きなシャンパンだ。これはいい。沢山は飲めないけどこれなら楽しめる。 


 「クリュグか。これは良いな」


 「はい。ご家族との再会のお祝いに皆様でお飲み下さい」


 「うん、ありがとう、セバス」 



 夜が更けても一向に消える気配のない俺は、爺ちゃんの部屋で話しながら、爺ちゃんが眠ってしまうまで一緒に過ごした。


 爺ちゃんが眠ってから、数ヶ月ぶりに自室に行き自分で着替えを用意し、ずっと背負い続けているザックに詰めてもらう。いつ消えるかわからないからと、セバスと奈々恵は眠らずに俺に付きっきりだった。

 

 セバスが「シロウが、あちらで色々な物を作る事になると言っていたので、それらの資料を入れてありますからね。紙資料もありますがタブレットやパソコンにもデータが入っています」と言うので、俺は新しく用意してもらっていたパソコンを荷物から出してチェックした。

 そして他にも欲しい情報や新譜などを入れ、そのままネットを覗いてご無沙汰をしていたチームフェルディナンドの皆に挨拶をした。

 忙しいから顔を出せないけど史朗も俺も元気だと書き込むと、早速「おおおおおおおお!心配してたんだぞ!写真送れよ!」とか「アイアンマンは完成したのか?」とか、いつものノリで返って来た。 

 

 「グラウギリスからもネットにアクセス出来ると良いなあ」


 俺がつぶやくと、セバスが言う。


 「写真などが届くんですから、何かしら繋ぐ手立てはあるのではないですか?うちの者が写真や動画が届く時に毎回同じ信号が検知されると言っていましたよ。その辺の資料もパソコンに入れてありますからね。ちょっと研究して、繋がるようにしてみては?そうすれば通話も出来るようになるかもしれませんよ」


 「そうだね。やってみるよ。ほら、俺は神様だからさ」と俺が冗談を言うとセバスが笑い、そして「神様じゃなくてもアラン様なら出来ちゃいますよ」と奈々恵が太鼓判を押してくれた。

 「毎日通話が出来るようになったら楽しみですね」とニコニコしているので、それはそれでちょっとうるさそうだなと思ったのは内緒だ。


 遠い遠い別の銀河のグラウギリスと地球を、銀色の薄い光が繋いでいた様子を思い出し、あれを強化すれば出来るかも知れないなと思っていた俺は、やがてショックで打ちひしがれるのだが、この時はそんなことは微塵も想像もしていなかった。


 深夜過ぎに奈々恵が夜食に味噌ラーメンを持って来てくれて、俺が感激しながら食べていると、「ご家族にもアラン様の好きな地球の味を知っていただけるように、荷物に色々と入れてありますからね。みなさんで召し上がって下さいね」と言う。


 そのまま消える事もなく朝になり、俺はセバスの代わりに爺ちゃんを起こしに行く。

 流石に目覚めた時にはいなくなっているだろうと思っていたという爺ちゃんは、俺が「おはようございます」と部屋に顔を出すと、信じられないという顔をしてから「おはよう。早起きだな。ちゃんと寝たのか?」と言って目を潤ませていた。

 

 そして今、薔薇が満開の薔薇園のテラスに移動して一緒に朝食をとっている。薔薇園では庭師頭のサマンサや数人の庭師達が水撒きをしていた。


 「ねえ、何でサマンサ達はホースで水撒きをしているの?」


 「それが、スプリンクラーが壊れてしまって修理中らしいのです」


 それは大変だ。結構な広さの薔薇園全体にホースで水を撒くと、それだけで大分時間が取られてしまうだろう。中央の噴水だけは動いているようだ。

 俺は試しに薔薇園に水を撒いてみようと思った。健康水4種が出せ、髪を床から浮かせる事も出来ているのだから、水を降らせる事も出来るはず。

 早速、命の水を雨のように降らせてみる。発動する時にやはり手が明るく光るようだ。やっぱり地球だとこうなるのか、それとも俺の何かが変わったのか。

 

 薔薇園全体にサァーっと命の水が降る。キラキラと陽の光を反射して綺麗な虹が出た。奈々恵が「綺麗ですねえ!」と喜んでいる。

 仕事中だったサマンサ達も、急に降って来たお天気雨が虹を描き出すのを笑顔で見上げている。

 爺ちゃんが「美しいな」と言って俺の方を見て、ちょっと悲しそうな顔をした。

 「アラン、行くのか」と言っている。皆が俺の方を見ている。きっと俺が消えかけているんだろう。

 嫌だ、もう少し一緒に居たい。俺は爺ちゃんに手を伸ばそうとして、爺ちゃんの後ろに見えた噴水を見て「あ!」と思った。そして叫んだ。


 「あの噴水、命の水が湧き出るかも!」



 「え?!どの噴水っ?!」


 「…あれ?」 


 景色が変わって室内だ。俺はグラウギリスの身体に戻ったのか。


 視線の先に爺ちゃん達や薔薇園は無く、俺はベッドに仰向けに寝ている状態で目を覚ましたらしい。

 「どの噴水?」と声がした方に目線を向けると史朗がいた。目が合って一瞬見つめ合う。「…おかえり」と言われて「た、ただいま」と答えた。

 あれ?史朗の顔がツルンとしている。髭がない。剃ったのか。


 起き上がって脇を見ると広いベッドの上に、いつ消えるかわからないからと常に背負わされていたザックが転がっている。ちゃんとチェーンで繋がった2つのスーツケースもあった。


 良かった、お土産も持って来られた。そう思って史朗と反対側のベッドの脇を見る。


 「あ」


 そこには、動画で金色の繭に話しかけていた2人が、目に涙を一杯溢れさせて立っていた。




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