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アルランティアの日記   作者: 倉門 輝光
人間界
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吉兆


 グワエウの領都の中心から少し東に行った所にある宿屋の裏に馬車が止まり、人目を避けるように数名の人影が入っていく。そして階段を静かに、だが急足で上がって行き、ある部屋のドアを三回叩いた。

 部屋の中にいた史朗が迎えが来たと知りドアに近づく。約束した時間よりも随分と早い。大方、待ち切れずに早めに来てしまったのだろう。そう思いながらドアを開けると、シャノトワ公爵夫妻がまるでなだれ込むように部屋に入って来た。


 『アルランティアっ!』


 やっと会えると息子の姿を求めて部屋の中を探す2人。だがそこに居ると想像していた息子は居なかった。戸惑い目を彷徨わせ、そしてベッドの上を見て動きを止める。


 数秒置いてやっと言葉を絞り出した。 


 『…これは?』


 『…シロウ殿、これは一体どういうことだ?」』


 ベッドの上を見つめたまま公爵が問う。史朗は諦めたような表情でため息をついた。


 『それが…、迎えが来るまでに少し休んでおいた方が良いだろうと横になったんですが、…あの、多分フリードリヒさんの所に行っているんだと思うんですよ。いつも寝てる時に光り始めるとあちらに行ってるみたいなんで…』 


 『…身体を離れて天界のフリードリヒ様の元に行っているのか?』 


 え?天界?と史朗は思った。

 いつからフリードリヒさんが天界に居る事になってるのか。


 あ、もしかしてあれか!この間お城でお茶をした時に「私達がこちらの来た時に、あちらでは行方不明になったわけですが、フリードリヒ様は衛星…空の上の、あの月のある辺りから地上が見えるシステム…えーと、空から地上のあらゆる所を見通せる目線で私達が消えた事を知り、すぐに探し始めたみたいです」って言ったからか?!

 俺達が他の星から来たって概念を理解してくれたと思ったけど、違ったのか?


 訂正をしようとしたが、何と言えば良いのかと思っていると、公爵夫人が続けて尋ねた。


 『アルランティアはいつもこの様に、その、何というか、丸くなって光るのですか?』


 『あ、いや、いつもはただ普通に寝てるだけなんですよ。でも今回はちょっと違うみたいで、俺も初めて目にするので良くわからないんです。ていうか、あの、こちらの皆さんは眠りが深い時にこの様になるのですか?』


 史朗の問いかけに戸惑いながら夫を見て、また視線をベッドの上に戻し公爵夫人が答える。


 『…いいえ。この様な事は初めて見ます。聞いたこともございませんわ』


 『そうなんですか。もう何時間もこの状態で起きないのでどうしたものかと…』


 『何時間も…』


 3人は押し黙ったままベッドの上を見つめた。やがて史朗が2人を立たせたままだった事に気付いて椅子を勧める。 


 『あ、気が付かずすみません。どうぞお掛け下さい』


 そう言ってベッドのそばに椅子を二脚運ぶ。「ありがとう」と公爵夫人が腰掛け、公爵がドアの外に居る従者たちに「しばらく待て」と伝えてから戻って来て座る。 


 そして史朗に向き直り『シロウ殿、いつもと違うという事は、いつもはこのような状態にはならぬのだな?』と問う。 


 『ええ、今日は横になってから何だか膝を抱える様に丸まって眠ったなと思ってたら光りだしたので、ああフリードリヒさんの所に行くんだなと思って見てたんです。いつも数分で起きるので、今度もそうなんだろうと思って。でも、急に髪が伸び始めて、シュルシュルと身体の周りを覆って行って…そしてあっという間にこんな風に繭みたいになってしまって…』 


 そう、アランは今ベッドの上で金色に発光する大きな楕円形の繭になっていたのだ。


 『あなた、ほら、少しだけ透けて寝顔が見えますわ』


 公爵夫人が繭に顔を近づけて眩しそうに覗き込んでいる。公爵も覗き込み『うん、確かにここに居るのだな…』とつぶやく。

 繭になっている髪を撫でながら公爵夫人が『聞こえるかしらね』と子守唄を歌い出した。


 『おお、笑ったぞ。聞こえているのではないか?』


 薄っすらと笑顔を見せたアランを見て嬉しそうにする2人。

 そして、『アルランティア、聞こえるか?父だぞ。母と共に迎えに来たのだぞ』と話しかけている。


 史朗は2人が繭の中のアランに話しかける姿を見て、「まるで生まれる前のお腹の中の子に話しかけているみたいだな」と思った。そして、その様子を「あとでアランに見せてやろう」と撮り始めた。 


 少し撮ってからカメラを置いて、テーブルを2人の側に動かし、お茶を淹れて「どうぞ」と勧める。 


 『ああ、シロウ殿、済まない。君にお茶を淹れさせてしまうとは』


 『いや、私は慣れていますから。この状態だと従者の方にも入って頂いて良いものやらどうやらですからね、何でも申し付けて下さい』 


 『ありがとう、シロウさん。アルランティアは光っている間はあちらに行っていて戻って来ないのですか?』


 『はい。光るのはあちらに行っている時だけで、戻って来る時には光が収まるんです』 


 『そう…』


 『いつもとは違うという事は、やはり精霊界に行って戻ったことが関係しているのだろうか』 


 『かもしれませんね。あの、実は戻ってきた時から、普通に喋ったり食事をしている時もずっと発光してたので、精霊界に行く前とでは色々と変化しているのかも知れません』


 『発光?』


 『ええ、行く前は髪が宝石のようにキラキラしていただけだったんですが、戻って来た時には全身が発光していました。本人は気付いてないみたいで、下の食堂に食事に行くと言うので止めたんです。迎えも夜よりも明け方から朝の明るくなってからの方が逆に目立たないかと思って…』


 『なるほど。だから厚めの黒い布を何枚か用意しろと言ったのだな?』


 『はい。そのままだと、例えアンティアン(蟻人)の格好をした所で人目に付かないわけには行かないですから』 


 『いつ目を覚ますのでしょう?このまま城に運んだ方がいいのかしら…』


 うーむ、と3人はまた黙り込んでしまった。

 運び出しても2人が乗って来た馬車ではドア幅が小さくて入るまい。別の馬車を用意し、何かで人目を逸し運び出すしかないだろう。


 しかし、もしもすぐに目覚めるのであれば、そのまま黒い布で光を隠して馬車に乗れば良い。光が隠せないのであれば目くらましの魔法を掛けても良いかもしれない。

 または、すぐには目覚めないのであれば、このままここで待つ方が良いだろうか。


 刺客の黒幕の手の者が様子を窺っている可能性も無い訳ではない。出来るだけ目立たぬやり方を選択したい所ではある。



 『これ、小僧』 



 3人は不意に何者かの声を聞いて顔を見合わせた。天井の方から聞こえて来た野太い声。すぐに史朗が気付く。これは精霊界にアランを連れて行った人?の声だ。


 『どこだ?!いや、どこですか?』


 立ち上がり、声のした方に声を掛ける。そして公爵夫妻に『今のは精霊界にアラン…アルランティア様を連れて行ったご先祖様の声です』と教える。 


 『まあ、ご先祖様ですって?』


 『なんと!どちらにいらっしゃるのでしょうか。私はシャノトワ公爵家の現当主のディアネルでございます。これなるは我が妻、シャノトワ公爵夫人アンナ・マリーアにございます』 


 そう言って席を立ち、傅き礼を取る2人。史朗はそっと部屋の隅に移動して控えた。


 『ははは、ディアネルよ、ハナタレ小僧と思っておったが一端に育ったようだな。こちらだ。ああ、声は聞こえても姿が見えぬのだな。ちょっと待つのだぞ。ほれ、サンドゥールよ、頼む』 


 『これでどうかな?人の目で見えるようにしてみたぞ』


 その言葉と共に何もない天井辺りに細かい光が沢山現れ、それが集まって人型になり、やがて半透明ながら如何にも騎士という様子の髭の男性と、そして金髪でにこやかな美しい男性の姿が見えて来た。


 『まあ、お兄様?!』


 アンナ・マリーアが思わず声を上げる。


 『アンナ・マリーアか。私はローレルではないよ。お前の祖父サンドゥールだ』


 『お祖父様…!これは大変失礼致しました。お久しゅうございます』 


 『うん、一緒にいられたのは君が3つになる頃までだったね。美しく聡明な女性に成長した君と話せる日が来るとは思っても居なかった。嬉しいよ』


 サンドゥールが嬉しそうに目を細め大人になった孫娘を見つめる。

 

 『小僧、いや、ディアネル。私はな、お前の曾曾曾祖父さまだぞ。シモーンだ、わかるか?』


 『はい、シモーン様。我が家の絵姿をいつも拝見しております故、すぐにわかりました。お目にかかれて光栄にございます』

 

 『よいよい、そう畏まるな』


 『シモーン様、サンドゥール様、此度のお出ましは、我が息子アルランティアに関する事でございましょうや?』 


 『そう、それよ。坊主…いやアルランティアはな、精霊界にて一度光で焼かれ消失した。そうせねばならなかったのだ。そして、新たに神聖なる光により再生され人の世界に戻った。

 元の人の肉体に近い器を編み上げて帰還をしてみたが、既に神としての力を取り戻しておる故、そのままではちと人間の世界では調整が難しいと感じたようだ。

 暴走せぬように、もう少し加減がしやすい仕様にと無意識に微調整に入っておるようなのだ。

 我らにも予想外の事でな。まあ、二日程そのままだろうて』  


 『それは…、アルランティアは既に人ではなく神であるということでございますか?!』


 『うむ、まあそうだ。だが、心配せずとも良いぞ。この坊主はそこは上手くやったぞ。神ではあるが、人であり続けようとしてな、お前達両親から授かった肉体と寸分違わぬ器を取り戻した。あれは面白かったな、のうサンドゥールよ』


 『ああ、無性のまま再生するはずだったが、形になる直前に気づいて大慌てをしていたな。何というかまあ、実に素直な子だ。再生後に自分で性別を確認して安心したようだよ。君達にも孫を見せてくれる筈だ。楽しみにしていると良い』 


 可笑しくてたまらないという様子で笑っている2人。意味を察してアンナ・マリーアが『まあ』と赤くなる。


 『…無いまま再生しちゃったらショックで発狂してたかも知れない。良かった、良かったな、アラン』

 部屋の隅で史朗が我が事のように安堵する。そして、思い出したように手に持っていたカメラで全体を撮り始めた。


 『大分人間離れはしておるだろうが、それでも人として存在する間は、シャノトワ家の息子として一生を送るであろう。お前達も心配せずに居るが良い』


 『始祖イシルディン様が地上にいらした時の様な時代が、再び訪れるという事でございましょうか?』


 『そうだとも言えるし、違うとも言えるな。アルランティアはイシルディン神の一部であり御力もお持ちだが、イシルディン神よりもずっと幼い。賢いが年相応の子供だ。君達が親として導いてやると良い』

 

 その言葉にシャノトワ公爵夫妻が顔を引き締め頷く。

 

 『それで…だ、アルランティアはまだ色々と目立たぬ方が良いのであろう?我らが人の意識を逸らせるので、その間にそのまま城に運びなさい。あの状態では目くらましの魔法などはかからぬ。如何なる魔法も弾いてしまうよ。シロウとやら、君なら一人で持てるであろう?』 


 『あ、はい。持てます。俺が運びます』 


 『夜が明ける前に運んでしまえ。荷馬車を用意した方が良いのではないか。そのままでは乗せられまい。…というか、シロウよ、お前は先程から何をしておるのだ?それは何だ?』


 シモーンが史朗の手にある小さな四角い黒い物に目をやる。史朗は『えーと、記録魔法の魔道具です。この様子を記録しています。あとでアラン、いやアルランティア様に見せようと思いまして』と答えた。 


 『記録魔法?はて、始めて聞く魔法だな』


 『この様に記録が出来ます』 


 史朗が撮影を止めて再生画面をシモーンとサンドゥールに見せる。つい先程の様子が再生されるのを見て『なるほど!』とシモーンが笑い出した。 


 『私の水鏡と似たものであるな。…いや、ちょっと違うな。これはこの中に記録を留めるのか。チキュウの物だな。しかし随分と小さいな。もっと大きく記録を映し出す事は出来ぬのか?』


 『出来ますよ。撮るのは小さくても、これだと、そうですね、この壁一面位になら綺麗な画質で再生出来ます。ただ、他の魔道具が必要ですが』


 『ふむ。道理でアルランティアが私の水鏡を見ても然程驚かなかったわけだ。既に同じようなものを使っておったとはな』 


 シモーンと史朗がカメラについて話している間に、公爵が従者に申し付けて幌付きの荷馬車を用意させている。

 サンドゥールは孫娘にアランにも伝えた伝言を頼み、「それならば、シロウさんの魔道具に向かって直接お話をなさいませ。その方が父も兄も喜びますし、言うことを聞きますわ」と言われ、それもそうだと史朗に撮ってもらってメッセージ動画の撮影を始める。

 

 荷馬車の用意が出来るまでの僅かな時間、ご先祖様から子孫へのメッセージ動画撮影や、金色に光る繭と共に記念撮影会となった。


 史朗は「これ、全部フリードリヒさん達見てるんだろうなあ。もしかしたらアランも一緒に見てるかもな…」と思った。



 薄っすらと空が明るくなる頃に荷馬車の用意が出来たと連絡が入る。街では朝の早い者が起き出して活動を始める時間だ。

 既に黒い布で繭状のアランを包んであるが、それでも淡く光が漏れていた。公爵夫妻が史朗が背負えるようにと二箇所を結ぼうとしたが、繭が大きすぎて結べなかった。 


 『良いですよ、背負わなくても持てますから』


 そう言って、包んだ端を掴んで史朗がひょいと持ち上げる。その場に居た全員が『おお!』と声を上げる。史朗にとってはでかい風船を持つようなものだ。扉と階段さえクリアすれば、あとは楽勝で運ぶことが出来る。 


 『うむ、シロウよ、お前と手合わせをしてみたいものだなあ』とシモーンが残念そうに言う。


 『…シモーン様ってディアネル様の母上とかテレーシア様に似てますよね』 


 『ははは!そうか、似ているか』


 『2人ともシモーン様の血が濃いのでしょう。シロウ殿、我が母上もシモーン様の血筋の者なのだ』


 『…すごく良くわかります』 


 『アルランティアにな、グワエウ牢獄にボルン灼熱を合わせて放ったのだがな、なんと一瞬で無効化されてしまったぞ。私のことを「脳筋」と呼んでな、何を言うかと思ったが、まあ正解だな。はははは!』


 『シモーン様!何てことをなさったのですか!我が息子を焼き殺すお積もりかっ!』 


 公爵が真っ青になり抗議する。史朗はアランから聞いていた炎の竜巻の事だなと思った。 


 『ほら、シモーンよ、謝罪をせよ。ディアネル、アンナ、私からも謝罪をする。アルランティアがあの程度でどうこうなるわけは無いのだがな、どのように力を使うのかが見たかったのだ』  


 『うむ、すまなかった。坊主は「熱い」と怒ってな、そして一言つぶやくだけで我が魔法を消し去った。見事に力を使いこなしておった』 


 『左様でございましたか…』 


 『どれ、あまりここで話していては起き出す者が増えるだけだ。そろそろやるとするか』


 『何をなさるのですか?』


 『うむ、幻影を出す。大きな三重の虹を出すからな、この宿の近辺で外に出ている者達の近くで誰かに「空を見ろ!あれは何だ?!」と叫ばせよ』 


 『外に居る者達が空を見ている間に荷馬車に乗せてしまうと良い。ではそろそろ下まで運びなさい』


 『わかりました』 

 

 史朗がそっと繭を運び出す。公爵夫妻がシモーンとサンドゥールにお礼を述べ、史朗の後から部屋を出て行く。 


 そして、それからすぐに、朝日が昇り切ったグワエウの街の空に大きな三重の虹がくっきりと現れた。外で作業を始めていた人々が驚き、慌てて家族を起こしたり、気付かぬ人に声を掛けて共に空を見上げた。虹は消えずに1時間程出続け、沢山の人々が『何か良い事が起こる前兆に違いない』と囁きあったのだった。 



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