人間界に戻る
なんだろう、この世界に神様がいるなら、やはり悪魔とかいるんだろうか。ランタン男爵の所業を見ると、そういう者達に魂を売ったというか、取り込まれているのではないかと思えてくる。
『お前の思うような者はこの世界にはおらんぞ。様々な念が瘴気となり魔物を生んだりはするがな』
そうなの?でも、魔族とかはいるんでしょ?
『ほら、アルランティア、声に出して話すのを忘れているぞ』
『あ、すみません』
『魔皇帝が率いる闇を好む者達はいるぞ。魔族とは呼ばれておるが、だが、奴らは性質として闇に適しているというだけで、ランタン男爵のような悪意を持って他を苦しめ喜ぶような者達とは違う。この世界の理の一部として、役割を持って存在しているのだ。
他の種族とは、言ってみれば水の中で暮らす者と、陸上で暮らす者のような違いでしかない。いずれの者でも穏やかに暮らしている者達はいる。同様に己の利や快楽だけを追う者は何処に暮らしていようが狂い悪に落ちる』
そうか。
『私は予てより思っているのだがな、魔物とか魔族、魔皇帝という言い方が混乱を招くのではないか?』
『シモーンよ、それは私も同意見だ』
『うむ。いいか坊主、人の世界に戻ったらその辺も明らかにせよ。公に皆に知らしめるのだ。多くの者が魔皇帝や魔族を誤解しておる。王やお前の父ディアネルにも伝えるのだぞ』
そしてシモーンは俺に教えてくれる。この世界の魔皇帝率いる魔族と言われる者達がどういうものなのか。
『「魔皇帝」とはな、魔が生まれやすい負の思念に耐性がある者達を統べる者であり、魔物が生じ増え暴れて破壊を行わぬようにと管理する者の事だ』
『それじゃ、魔物の皇帝じゃなくて、言ってみれば、巨災対のトップみたいな感じなんですね!』
『何だ、その巨災対というのは』
『巨災対ですよ!巨大不明生物特設災害対策本部。魔物で言うなら、魔物災害対策本部。魔物に対しての対策と防衛を司る機関ですよ』
『なるほど、それであれば魔皇帝は確かに巨災対のトップであろうな』
そうか、そうなのか。魔皇帝は巨災対のトップであり、モナークのトップなのだ。魔災対本部長だ。
魔皇帝が率いる闇の一族、魔族は、皆が知らない所で日々負の思念に対抗する訓練を重ね、様々な魔物を研究し対策を練り、魔物達によって大きな災害が起こらない様に働いている対魔物の専門家集団。精鋭部隊だ。闇の一族、すごい人達じゃないか!
『坊主、理解してくれたか』
『はい!俺もすっかり勘違いをしていました。魔皇帝が魔物を生み出して操っているんだと思っていた!』
『まあ、確かに魔物をペットのようにしている者達も居るのはいる。扱い方を知っているからこそであろうがな。それに、稀に負の思念にのまれてしまい、己自身が魔物となってしまう者もいないわけではない。
単純に線引を出来るようなものではないのが魔を生み出す「念」や「瘴気」だ。いずれにせよ、どの領域にもわかり合える者もいれば、そうでない者もいるのは変わらん』
うん。同じ組織に居ても考えが違って、裏切り者になってしまう人だっている。でも、その人はその人で信念を持って正しいと思う事をしている場合だってある。逆に、悪い心で裏切る場合だってあるんだ。
逆に敵対する組織同士でも、実はわかり合える場合だってある。世界にはそういう事はきっと沢山ある。
『そういえばな、魔の森は魔物管理の場のひとつとなっているのだが、境界を明確にしバランスを司っていた聖なる石の力が弱まった際には、闇の一族にも負のエネルギーの制御が難しくなって来ていて危険だったのだ。
制御が上手く行かないと、闇の一族達でさえバランスを失い魔物を生み出す負の念にのみ込まれ、世間で多くが思っている「魔族」そのものになった危険性があった。
そうなってしまわぬよう、魔皇帝が闇の一族の民を避難させる場を模索していたようだったが、いよいよそれが叶わぬ場合は、一族諸共にこの世界から消え去る事も覚悟していたらしい。
だが、ほれ、お前が聖なる石を復活させたであろう。あれで世界の均衡が取り戻され、闇の一族も安定して役割を果たせるように戻ったのだ。魔皇帝も救われたと喜び、お前に会いたがっていると精霊達の噂で聞いたぞ』
へえ!俺も機会があったら是非会いたいな。
『君が闇の一族に正しい認識を持ってくれるのは嬉しいね。そうでなければ君は一瞬で彼らを消し去る事すら出来てしまうからね』
そうか。俺は色々な事を正しく知るようにしなければいけないんだな。
『さて、では話を戻そう。国内では他にビョーク伯爵と、王宮の黄騎士団の団長を探ってみると良い。シャノトワ家の騎士団や兵士にも間者がおった程だ。くれぐれも情報が漏れぬように秘密裏に動くのだよ。
シャノトワに潜んでいた間者は飛竜でワルノーに知らせに飛んだ者だけだから、今のところは心配はないが、王宮の方は本人も知らぬ間に使われている者がいるかもしれないからね』
『本人も知らぬ間に?』
『ああ、ワルノーが使っている魔道士がいて、そやつが呪に長けているようだ。呪がかけられた者は普段は普通に過ごしているが、予め設定された条件が揃った状況になると呪が発動し、本人の意思とは別に操られた動きをしてしまうのだ。しかも事の後は記憶には残らぬ』
『厄介な術だ。発動するまでは全く普通だからな』
『あの、俺を攫ったシャノトワ領の兵士はワルノーに家族を人質に取られて仕方なく犯行に手を貸したんだけど、王家やシャノトワの間者になった人達は、呪によるだけではなく何か弱みを握られてるんでしょうか?』
『飛竜で知らせに飛んだ者はそうかもしれぬな。それ故に始末されたのかもしれぬ。だが、王家の黄騎士団の団長は違うな。嫉妬が狂わせておるのだ。自らの欲望によりあちらに加担しておる』
『嫉妬?』
『うむ。王宮の騎士団は大きく8つの騎士団に分かれているのだ。銀騎士団、黒騎士団、白騎士団、赤騎士団、青騎士団、緑騎士団、桃騎士団、黄騎士団の順で分けられておる。行動や役割に合わせての割り振りなのだが、騎士達の間では実力によって分けられていると思っている者達もいてな。
黄騎士団の団長は元は白騎士団にいたのだ。己は誰よりも優れ力があると自負していたが、最格下と思っていた黄騎士団に配属された事で酷く自尊心が傷ついたらしい』
へえ、騎士団の色分けが子供の頃にビデオで観ていた「天○戦隊ゴレ○ジャー」みたいだなと思ったが言わないでおこう。
『えっと、騎士団員から団長になったんですか?だったらむしろ認められて出世したって事なんじゃないの?』
『そうなのだ。能力を買われて団長に抜擢されたのだが、黄騎士団である事が屈辱だったらしいのだ。騎士団は実力が全てだが、白騎士団の者達は皆たまたま其奴よりも家柄も良い者達だった。身分に関わらず白騎士団に在籍していた事が誇りでもあったというのに、表向きは実力主義と言いながら、やはり実は身分差別をされているのだと思ったらしい』
『コンプレックスが刺激されてしまったのか…』
『自分は本来ならば白騎士団か黒騎士団の団長になるべきだったのに不当に扱われたのだと。仲間だと思っていた白騎士団の皆が自分を笑っていたのだろうと妄想して恨んでおるのだ。黄騎士団にいた身分のある者達に酷い扱いをして不虞にして追い出してしまったりな…。
それでも収まらぬ不満をワルノーに突かれ、奴の側に付けば実力に見合った地位、全ての騎士団を統べる大将軍となれると唆されたらしい』
『そんなのワルノーが何を言っても無理じゃないですか』
『そこなのだ。ワルノーの次男、お前の言う良男(仮)が次期女王の王配となり子が生まれれば、ワルノーは王太子の祖父となるであろう。そうなれば権力は弥増す。王太子が幼いうちから操り、そして母である王女が即位する前に王女や現王を排除してしまえば我が天下になると目論んでおるのだ』
『うわあ、嫌な奴というか、正直バカな奴だなって思っちゃうけど。だって、王様がそんなの許すわけないじゃないですか』
『当たり前だ。その様な謀を王家が許すわけがない。だが、ワルノーは時間を掛けて策を巡らせている。お前を誘拐した頃から画策しておるのだろう』
長期計画だな。てか、黄騎士団の団長もそんなのに乗っかってバカなんじゃないのか。
『あやつは己の我欲によって自ら悪事に加担し楽しんでおるからな。身分が高い者を弱者として虐げる事に酔っておるのだ。自らの力を感じられると楽しんでいる。
その様な者は騎士団に相応しくはない。ましてや団長という位置に居て良い者ではない。だが、表では上手くやっておってな、今の時点ではそこに気付いている者がおらぬ」
団長になってるって事は、それなりには実力があるんだろうけど、でも人を虐げて楽しむようなやつはだめだ。皆が気付いてないという事は相当外面が良いということなんだろう。注視しておかなければ。
『ワルノー侯爵は人の心と身体を蝕む薬物や魔法術、呪術も扱っておる。それにより我が国だけではなく他国の者達とも悪事を画策しておるのよ。息子を使って王家との関わりを持ち、やがては王太子の祖父となる事で権力を持ち、聖王国イシルディンを我が物にしようと狙っておるのだ』
『絶対ダメですね』
『うむ。まあ、他にもあるのだが、それは今は言わないでおこう…』
なんだろう?口にするのも嫌だという表情で口を噤む様子が気になる。
『これらの者達を調べ悪事の証拠を掴むのだ。それぞれに見取り図にはない地下室や隠し部屋を持っておるはずだからな。そこに何があり、何が行われているか。おぞましい現実を見なければならぬが、暴かねばならんぞ』
おぞましい現実か。嫌だな。だけど尻込みしてる場合じゃない。
『やります。絶対に逃さない』
『そうだな。我らは手が出せぬが見守っておるよ。君なら心配ないと信じている、いや、わかっているよ』
『よし、それではそろそろ人間界に戻った方が良いだろう』
シモーンが水鏡を消した。人間界に戻る時だ。
俺が立ち上がると、『…もし覚えていたらで良いんだが』とサンドゥールが言って、俺を見たまま少し考えてから続ける。
『個人的な事なのだが、私の息子と孫に伝言を伝えてやってくれないか』
伯父さんとお祖父さんにか。
『はい、機会があれば』
『うん…。我が息子、前国王のロラン、君の祖父だが、ロランは穏やかで優しく頭が良い。人の痛みを知る事が出来る思いやりのある良い国王だった。私には出来ぬやり方で国民を守り導いた。よくやったと、誇りに思っていると伝えてくれ。
…私はロランには厳しく怖い父でね、あの子はいつも私の顔色を伺い怯えていたんだよ』
そう言って自嘲するように笑うサンドゥール。
『私が嫌われただけなら仕方ないのだが、やがて生まれた孫のローレルが私にそっくりでね。はっきり強く物を言う子で、私にとっては理解しやすい孫ではあるが、ロランは厳しかった私と重なってしまい、我が子でありながらも苦手意識が拭えないようだ。
それがローレルを孤独にした。父であるロランに懸命に認められようと頑張るが思うようにならず辛かったであろうと思う。
私の在り方がロランにもローレルにも影響をしてしまったのだ。あの子達に申し訳なかったと伝えてくれないか』
サンドゥール、いや曾祖父ちゃん…。
『ロランは幼い頃から学者になりたいと言っていた。今では引退して好きに研究を楽しんでいるのだろう。だが、出来れば時々ローレルの相談にのってやれと。ローレルは私ではない。怖かった父ではなく、頑張っているがまだ迷いも悩みもあるお前の子供なのだと伝えてくれ。私はあの子達に仲良く幸せでいて欲しいんだよ』
俺は心の中で初めてサンドゥールを曾祖父ちゃんと呼んだ。サンドゥール曾祖父ちゃんには聞こえていて、にっこりと笑って俺の頭をなでてくれた。
俺はロートリングの爺ちゃんの事を思い出す。皆こんなに大切に想っているのに、親子だと上手く行かない事が起こるのか。関係が近過ぎるからこそ、素直になれず、言葉が足りなくてすれ違う事があるんだろうか。
…俺はこれからお父さん達に会って上手くやれるんだろうか。
『どれ、我らと手を繋ぎ行こうではないか』
シモーンが手を出す。
サンドゥールもにっこりして手を差し出す。
俺は2人の間に入り手を繋ぐ。サンドゥールが『行くぞ』と言い、来た時の様な白い光とゆらぎがやって来る。だが今回は全く平気だ。意識も失わなければ、ただ手を繋いで立っているだけだった。
拍子抜けする程すぐにあの宿屋の部屋に出た。
始祖様が「宿の部屋に史朗がいる」と言っていたが、部屋には史朗はいないようだ。
『精霊界に行った時と違って平気でした。手を繋いでもらわなくても大丈夫でしたね』と言いうと、シモーンが『いや、別に手は繋ぐ必要はなかったんだがな』とバツが悪そうに言う。
は?
『ははは、ただ可愛い曾孫と手を繋ぎたかっただけなんだよ』とサンドゥールが笑う。
『また会いたいものだが、はて、それもいつ叶うかなあ』と言いながらシモーンが俺をナデナデする。
そして、『いいか、お前の爺ちゃんはフリードリヒ殿だけではないのだからな。忘れるなよ』と言って光の粒の人型になり消えていった。
サンドゥールも『それではね。我らはいつでも君達を見守っているよ』と言って、同じ様に光の粒の人型となって消えていった。
一人残された俺は、静かな部屋で少し寂しい気持ちになって「もうちょっと甘えた方がよかったのかな」などと思った。
ふうとため息をついて、さてどうしようかと振り返ったその時、風呂場のドアが開いて、白い湯気と共にタオルで頭を拭きながら裸の史朗が現れた。
部屋の真ん中に立っている俺に気付いて、史朗の動きが止まる。そして信じられないという顔をする。
「アラン!?アランか?本物??!」
そう言って、大きく目を見開いて、口も開いて、数秒止まった史朗が、ゆっくりと顔を崩して泣き出した。そして俺に向かって突進して来て、俺にしがみついて泣きながら何かを言っている。
「馬鹿野郎!お前、1〜2週間って聞いてたのに全然帰ってこないから、どうしちゃったんだろうって、心配して心配して、心配したじゃないかよぉ」
…と言うような事を言ったのだと思う、多分。
実際はグチャグチャで何を言っているのかちゃんと聞き取れなかった。でも、きっとそんな事を言ったんだろうなと思う。
実は同時に俺もグチャグチャになっていて、泣きながら「ああ、史朗、ごめん!戻って来るのが遅くなってごめーん!!」と言ったつもりだったが、きっと史朗は俺が何を言っているのかわからなかったんじゃないかな。
とにかくグチャグチャな俺達は、しばらく抱き合って互いに何か判らない事を言いながら泣いたんだ。
そして少し落ち着いてから、俺がちゃんと聞き取れる言葉で言ったのは「史朗、パンツ履きなよ」だった。




