バラン・イシルディンとの対話
「幼子よ」
俺の顔をした神々しい光の主は、声ではない声で俺を幼子と呼んだ。
「我はイシルディン。皆は我をバラン・イシルディン、イシルディン神などと呼んでいる。お前に話しかけるの初めてではないからな、もうわかっているのだろう?」
鏡に写っている自分が自分に話しかけているみたいな感じだ。神様なんだろうけど、見た目が自分だから緊張はしない。でもそうか、俺って客観的見るとこんな風なのか。やっぱり変な感じだけど、でもまあ綺麗だな。だけど髪が長過ぎるな。こんなに長いと…。
「ふふ。引きずってモップになってしまう…か?」
はっ!何故わかったのだ。まだ思考に至る前の発想の時点だったぞ。
「前にも我の髪を見てそう言っていたからな。だが、良く見てごらん、髪はお前も長いだろう」
え?
そう言われて自分の髪を見る。本当だ。いつの間にか地面に着くのではないかという程に長くなっている。これではモップにはならなくてもホウキになりそうだ。どうしよう。
これ、切って良いんですか?! 短くしても大丈夫なんですか?!
咄嗟に真剣に質問をしてしまった。
光の俺、イシルディン神が笑っている。楽しそうだ。そして「切っても良いが、すぐに戻るぞ」と教えてくれる。
切っても戻る。すぐに伸びるという事か。俺は史朗に聞いた話を思い出した。髪がすぐに伸びるというのは…俺がスケベだから?ていうか、神様の方がずっと長いって事は…?!ハッとしてイシルディン神の髪を見る。
俺の姿をした神々しい光は更に楽しに笑っていいる。
「時折、我から派生するものはある。自由に遊び様々な体験を得て戻り我に還るか、離れたままでいつの間にかただ霧散するかだ。だが、お前は我から離れ自由に遊び、そして個を持った。とても珍しいものだ。
個を得た時も面白いと思ったが、これ程に我には想像もつかぬ思考や動きをするようになるとはな。元は我であるのに不思議な事だ。実に貴重なものだ。精霊たちが「至宝」と呼び面白がるのもよくわかる」
俺はただ普通の人間なだけだ。別に特別じゃないよ。
「お前は我の違った側面なのか、別の可能性なのだろうよ。それで、この髪だが、髪は内包する光と力の現れである。決してスケベだから長いわけではないぞ。もちろん、お前もな」
そう言って愉快そうに笑う俺の形の光は、見た目の作りは俺だけど、俺よりも滑らかでずっと深い感じがする。やっぱり神様だからなのか。そもそも、俺に似ているんじゃなくて、イシルディン神に似てるのは俺の方なのか。イシルディン神がオリジナルで俺はコピーなのか。
「お前もオリジナルだ。コピーではない。確かにお前は我だから、もちろん似ているであろう。だが、よく見てご覧。違うところもあるぞ。本来の光を取り戻して尚、我と全く同じにはならず違いを保つというのがとても面白い」
違いがある。どこが?
俺はじっと見つめた。鏡を見ているようではあるものの、言われてみれば確かにちょっと違う気がする。まず、目の色が違う。イシルディン神は、あヒマラヤの青いケシの花みたいな、いや、成層圏のような、とても美しい澄んで輝くような青い目だ。あれだ、聖なる石のある山に咲いた約束の青い花の色だ。
でも、俺は紫。サファイアブルーが反射する紫だ。青い目の俺も良いななんてちょっと思う。今度カラーコンタクト入れてみようか。そうだ、緑も良いかもね。
髪は全く同じだな。ダイアモンドが散りばめられたように光っている銀色だ。反射で七色になる箇所があって、なかなか賑やかだ。俺は元々は白に近い金髪だったのに、いつの間にかこんなキラキラ髪になってしまった。
でも長さは違うぞ。イシルディン神は足元よりも長く、花嫁衣装のベールのように長く長く長い。俺はそうじゃない。もしや、俺もそのうちもっと伸びるんだろうか?それは困るな。やっぱり小まめに切ることにしよう。一回切るとどのくらい持つのかな。
後は何が違うんだろう?何か違和感がある。そうか!目線が違う。イシルディン神は俺よりも少し背が高いんだ。…あれ?神様だから大きさは自在なのかな?
「元より形は何とでもなる。人の姿を取っても大きさは自在だが、今のこれは我が人として肉体を得て生きた時の大きさだ。確かにお前よりも少し大きいな。」
そっか。肉体を持っていた時に俺よりデカかったのか。巨人だな。ふふふ。たった15cmくらいの事だったが、自分よりもデカいと言うことで、俺は何となくイシルディン神を自分よりも上の存在、例えるなら兄という位置に受け入れた。小さい子になった気分が嬉しかったのだ。
2メートル超えの巨人、ふふふ。とほくそ笑む俺を見て、ふっと笑ってから、軽く指先だけを少し動かし、そこに白い椅子を出現させた。
「とりあえず座りなさい。人の記憶と感覚がそれだけあるなら、立ち続けているのは疲れると’思う’だろう?」
俺は言われるままに座る。立たせておくと疲れるだろうという感覚は俺に似ている。イシルディン神が元々持っている感覚なのか、それとも欠片である俺の体験を通して得た情報なのか。何にせよ俺には好ましい対応で、理解しやすい行動だ。
また指を小さく小さく動かしテーブルを出し、紅茶を出してくれた。極上の紅茶だ。
「あったかーい。うまーい。でも甘い方がいいな」と思うと、「ふむ」と言って飴を出した。いつも爺ちゃんが俺の口に放り込んでくれる飴だ。
そこで俺はまた思う。これは俺の意識から拾った情報か。それとも俺の体験が融合してイシルディン神にとっての体験となっているのか。
つまりイシルディン神が「記憶」から「思い出した」のか。
イシルディン神がメインコンピューターで、俺はスマホ的な存在なのかな?俺が撮った画像や動画が同期されてコンピューター内の情報として保存され扱われているのか?
「お前の好む甘いというと、こういうものか?」と差し出す。
その仕草が爺ちゃんが俺に差し出すのとそっくりで、俺は思わず口を開けた。自分が自分の口に飴を放り込むというのも、何ともシュールな気がするが、何となく爺ちゃんに飴をもらうような感覚で口に入れてもらってしまった。
まあいい、俺の兄的認識だから小さな幼い子の俺は、口に飴を放り込んでもらっても全然平気なのだ。
これも俺の「経験」から「思い出した」動きなのか。確かに俺はこの飴をなめながら紅茶を飲むという事を楽しみ、お行儀が悪いと奈々恵によく叱られた。
温かい紅茶が口の中の飴を程よく溶かして美味しくなるんだ。俺を叱る前に奈々恵もやってみれば良いのにと思ったものだ。
ちなみに1つ言っておくと、こんなに大きくもなって祖父に飴をもらうというのは「それはどうかと思う」という意見もあるだろう。だが、俺のは言ってみれば爺ちゃんへのサービスだからね。
俺はきっと20歳になっても30歳になっても、爺ちゃんが飴をくれようとしたら口を開けて放り込んでもらう。(もちろん人前ではやらないけど)
俺は更にイシルディン神と自分の違いを探す。だが、あとはほぼ一緒だった。本当に鏡をみているように同じ顔。手の形も似ている。耳も爪もそっくりだ。そう言えば前に見た足の指も「俺だ」って思ったっけ。
んー、こんな事考えていいのかな…でも、アレは?アレはついているのかな?
「人となった時にはあったが、今はついてない。もう必要はなくなったのでな」
OH! 返事が返ってくるとは思わなかったよ。
だが、なるほどと納得した。俺が銀河になっていた時につるんとしていたのも、肉体のない存在には必要ないという無意識の認識なんだろう。もしあのまま気づかなかったら、俺は人に戻ってもつるんとしたままだったかもしれない。そう思うとゾッとした。今後は何かある度に細部に至るまで要チェックだぞ、と自分に言い聞かせる。
俺の思考がダダ漏れなので、面白くて仕方がないというように笑いながら、「フリードリヒに曾孫を見せるのだものな。ディアネルとアンナにも孫を見せる事を忘れるな」とイシルディン神が言う。
そして、「さて、観察はすんだかな?」と言って改めて俺に向き直る。
「では、まずはお前が誰なのかを話そうか。既に色々と見て知っただろうが」
うん。俺は自分について解ったことを上げていく。
惑星グラウギリスの精である精霊から神命で受肉して人となって働き、役目を終えて精霊に戻って霧散し、そして神界で再生して神格を得たイシルディン神から分化した小さな一部。
更にその小さな一部が個の意識を持って独立した俺となった、神の欠片。それが人の肉体に宿ってこの世界に生まれた。
人としての名前はアルランティア・ロラン・エル・シャトノワ。
惑星グラウギリスにある聖王国イシルディンという国の、シャノトワの公爵家の嫡男であり、父の名はディアネル・エアイン・アダル・シャノトワ。そして、母の名はアンナ・マリーア・ミア・シャノトワ。
かつてイシルディン神が人となった時に興した二つの家系、イシルディン家とシャノトワ家。そのシャノトワ家の嫡男で、肉体としてもイシルディン神の直系。
冬生まれで人としては15歳。名の意味は「高貴なる旅人」で、これは父親が名付けた。
「そうだ」と頷いてから、「ああ、シモーンとサンドゥールはそれぞれにお前の祖先だ。シモーンはお前の父方の6代程前、サンドゥールは母方の曾祖父にあたる」と教えてくれる。
サンドゥールって誰?と俺が思うと同時に、「サンドゥールははお前が色男と呼んでいる者だ」と言って笑う。
色男という言い方が面白いらしい。そうして笑っているあなたの方がもっと色男ですけどね、と思っていると「我はお前達皆の祖先だからな」と微笑む。
そうですよね。「始祖」だもんね。てか、俺の顔でそういう風に微笑まれると、非常にこそばゆいです。
で、俺はここで初めて気付いたんだが、サンドゥールさんとかサンドゥールさんに似ている伯父さんより、この目の前の神様の方が色男だと思ったということは、もしかすると俺自身もこういう風に見えるって事なんだろうか?汗。
くっくっくと笑いを堪えているイシルディン神を見て、正解だったのだと確認をする。
史朗、俺は史朗の言っていた事がわかっていなかったよ。理屈ではふーんとわかったつもりだったけど、こういう事だったんだね。…俺、色々気をつける事にするよ。客観的に自分を見て、そして自覚をするべき点は自覚をするよ。確かに安易に女性に花なんか渡したらダメだ。女性だけじゃなくて男性にもダメだ。
よし、話を変えよう。
シモーンさんとサンドゥールさんは何で精霊界にいるんですか?
「シモーンもサンドゥールも常に精霊界に在るわけではないのだ。役割がない時には休眠している。此度はお前を迎える為に眠りから覚めて働いている。
我が血筋の者は人の肉体を脱ぐ時、つまり死ぬ時に選択が待っている。人としての魂の輪に入り巡るか、己としての記憶を保ち精霊界にて働くか、だ」
え、じゃあ、俺も死んだ時には選択することになるの?
「お前はそうはならぬな。お前は我と同じだからな。精霊界と神界にて、この世を構成する者として存在することになる」
え?
「シモーンもサンドゥールも準精霊というところだ。他の我が血筋の者達も準精霊として在る。人としての選択をした者達は血筋の枠を越えて新たな生を得る。つまり我の流れを持ち続けるか、根源に戻るかの選択だな。
精霊とは純粋な惑星の自然から派生するエネルギー存在であるから、人の魂を持って人として生まれ生きた者は精霊とはならぬ」
ん?俺は違うのか。じゃあ、俺は精霊になるの?
「ならぬな。我は再び精霊になることはない。既に神界の者となっているからな。故に我でもあるお前は精霊にはならぬ」
え?じゃあ、俺も神界の者なの?神様ってこと?
「何を驚く事がある。我の欠片なのだから当たり前だろう。まあ、確かにお前という個の意識は精霊よりも幼く、まだ人に近い。精霊と人が入り混じった意識というところだ。だが内包する光は神と言うべき者だ。いずれ、時が来たらお前を神界にも連れて行こう、幼子よ」
「幼子」を強調して言われました。そこはよく理解しました。
だが、幼子な俺は素直に混乱する。
ついこの前まで、魔法すら夢物語であり得ないという世界に生きていた。何ていうのか「君は自分を人間だと思っているようだが、実はアンドロイドなんだよ」と言われるに匹敵する混乱だ。アイデンティティの崩壊だ。
ここしばらく、信じていた世界が総崩れする現象が連続で起こっていて、俺の思考は何とかその中で自分を保ち続けて生き延びる為、圧倒されながらも埋もれずに、何とか波を乗り切り、情報を処理して適応していこうとアップアップしている所だった。
そして今、頭をぶん殴られたような大打撃で、なんとか泳いでいた大海で溺れる寸前だ。
もうダメだ。一回沈む…と思った所で、パッと「お前は考え過ぎなんだよ」と言って笑う史朗の顔が浮かんだ。
「全部わかろうとすんな。わからなくていいからさ、あ、そうなの?って降参して受け入れてみろ」と言っているみたいな気がした。
「その者の言うことは正しいな。お前はこの世の理を全て知っているわけでない。全てを理解してから当て嵌めようとするのは不可能なことだ。ただ在るがままの現実を受け入れて、体験しながら理解に繋げて行くのもひとつだろう?」
イシルディン神が笑っている。
この人からは否定を感じないなあ、と思う。人というか神様だけど。何かとてもなめらかだ。
「頑張って責任を背負おうとしなくても良い」と言う。
意味がよくわからなかったけど、気負うな、大丈夫だって事なのかな。
てか、史朗の事も知ってるんだな。当たり前か。ダダ漏れだし、それに端末の情報は同期されて伝わっているんだもんね。
イシルディン様も、更にマザーコンピューターのような宇宙の創造主と繋がっているってことですか?と聞いてみる。
「言わんとする事はわかるが、無機質には考えるな。もっと根源の命の観点で受け止めてみなさい。歪んでしまわないようにな。
お前は我の一部であり、腕や脚のようなものだ。我が得た体験や栄養はお前を作り、健やかに在る元となっている。そしてお前が得た体験は私自身のものとして知覚出来る。一心同体とは少し違うが、個々の存在でありながら繋がっているのだ。そして、そうだな、同様に更に宇宙の根源と我らは繋がっている」
なるほど。つまり「やっぱりね」だ。
イシルディン様が創造主の右脚だとしたら、俺は小指の先…みたいな。一部だから同じで、でもちょっと違う。でも小指の体験は脚全体も自分の体験として知覚するし、体全体も同様に知覚する。
そして俺は思う。創造主様、足の小指はぶつけたら痛いからね、末端の小さい箇所だけど俺を大事に大事にして下さい、と。
創造主とか神様って、何故かおじいさんのイメージだけど、でも年寄の姿は必ずしも当てはまらないもんだ。多分だけど、創造主を人型に例えたとしたとしたら、きっとすごく若くて、もしかしたら子供みたいなのかもしれない。
そう言えば、女神様ってみんな若くて綺麗な女性をイメージするのは不思議だな。心情的にその方がいと高き存在として拝みやすいからだろうか。というよりも、想像する側のエゴじゃないのかな?そりゃ俺だってどうせなら俺好みの素敵なお姉さんの方がいいけどさ。
あれこれ考えている俺を見ながら、イシルディン神が愉快そうにしている。
「そうだな、創造主には形はない。透明に広がるどこまでも純粋な光であり意思そのものだ。お前も体験しただろう?確かに人の姿を取れば類まれな美しさだろうが、その美しさも受け取る側の基準で想像される。…だが、そうだな、もし形にするとした場合、似合うのは人型よりも魚の姿であろうかな」
魚!?優雅に滑らかにゆったりと泳ぐ感じなのかな。
「…或いは花か。木か。形に当てはめて理解するのは難しいだろう。とても美しくて広く深く、優しく、そして愛らしい。この宇宙に存在する全てのものの中に創造主の意識は在るのだ。すべてのものが美しい光で繋がっているのだよ」
透明に広がる意思か。確かにさっき宇宙になった時に少しそういうのを感じた。ただひたすらに優しく気持ちが良かった。
そう言えば、惑星グラウギリスは女の子だった。きれいなきれいな純粋な薔薇色の宝石のような。
「惑星に性別はないが、生命を生み育む星は概ね女性的な側面が強い。本来は両方兼ね備えていて、環境や状況次第でどちらにもなるのだ。
お前が会ったグラウギリスは広く優しく強く、そして愛しいものだっただろう?創造主の一部であり、そして我でありお前でもある。我らそのものでもある。
我はグラウギリスから派生し分化はしたが互いにひとつだ。お前も同じだ。だが、きっとお前はやがて別の世界を作るのかもしれぬな。それがグラウギリスでなのか、全く新しく無から創り出すのか。それはまだわからないが」
何、その予言的な話。相手が神様だからドキッとするんですけど。俺が何か世界を創るかも知れないってこと?いや、やめた、考えないでおこう。今考えても絶対にわからないから。
「お前はとても特殊だ。我が人となった時は、ただ身を変質させ活動に有効な肉体を纏った。親というものは介さず、必要に合わせて形を変えただけだ。そして年月を経て人を知り人に近付いた。だが人ではない。
この世界の必要により人との子を設けた。人として特別に愛おしい者達、妻や子供達を持った。それは我にとって初めての感覚だった。だがその誰も我と同じではない。
お前は我から派生し、個を持った上で生物が誕生する過程を経て人となっている。その肉体の父はディアネルであり、母はアンナだ。当初より特別に愛おしい者達と繋がりを得ている。そして更に、お前の心を育てたのはフリードリヒ達だ。お前は人として愛に基づいて形作られている。その点は我とは違う」
そう言ってこの上もなく優しい瞳で微笑み、「それであるが故に面白いのかもしれぬな」と呟いた。
イシルディン様は俺を通じて自分の経験として知覚するなら、爺ちゃんに育てられた心の経緯なんかも自分のものとして認識してるんでしょ?それってもう俺じゃん。グラウギリスも同じなら、グラウギリスも俺と同じに地球での生活を知覚しているって事ですか?
「我はお前よりも遥かに長い時の膨大な体験を持っている。お前を通して知る感覚は確かに我のものとなるが、新しい体験や学びとして加わるだけだ。お前と全く同じではないよ。
グラウギリスもそうだ。お前の人としての体験を知覚し新鮮で驚きに満ちているだろう。だが我よりももっと古くから一つの丸い生命体としての経緯がある。そしてその身の上で多くの生命を育み愛し、それぞれの意識を我が事として知覚している。そうだな、世界観が違うと言えば良いかな。
お前を通して、地球という遠い遠い銀河にいる惑星に、友人のような共感や親しみは得たようだ。お前が体験した地球という世界の自然は我らの中でとても好ましく、地球の生き物たち、人にも親しみを感じている。人の発展の方向には少々危惧を感じもするがな。
同じだが全く同じではない。お前は唯一の存在として安心して自分でいるといい。繋がっているが別の存在だ。お前はお前として、この後とても長い時を存在することになるよ。そうすればそのうちもっと色々わかっていくだろう。そして時には逆に我やグラウギリスの体験や記憶を知覚することもあるだろう」
ふむ。
そういや子供の頃から、どこだかわからないけど、ただ「還りたい」って時々ふっと浮かんでくる切なくて懐かしい感覚があって、俺がこっちの人間だと知ってから、それだったのかと思ったんだけど、ちょっと違うのかな。俺が人じゃなかった時の感覚なのかな。
「ああ、それは宇宙の誕生や成り立ちと関係のある感覚だろう。グラウギリスの人であるからではなく、この世のすべての者が皆どこかで持っている感覚だ。
何かから離れてしまった、何かが足りない、何かが欠けているような感覚が、完全へと回帰したいと望むのだ。とてもシンプルで、そしてとても複雑な事だよ。我もグラウギリスも同様に完全への回帰の感覚に焦がれている。
そうだな、それで言えば我はお前の家でもあるな。お前のどこかにある「還りたい」は我にでもあり、また全ての源へでもある。
還りたくばいつでも我に還って来れば良い。帰って来たと感じ安堵することだろう。だが、お前は「還る」よりも冒険に出かけたいのであろう」
ふーん。地球上の色んな宗教も神に還るとか、家に帰るっていう表現取るよ。太古から宇宙全体に共通する感覚なのか。なんかわかったような、わからないような。
でも、ザクッと言うとイシルディン様は兄的存在というよりも俺の大爺ちゃんみたいなもんだって事だね。
「その感覚で良いだろう」
笑っている。大ウケらしい。そんなに可笑しかったのか?
「フリードリヒの様に「大好きな」を付けても良いぞ」といたずらっぽく言う。その表情、俺の顔でそういう風にされるとこそばゆいんだってば。
俺は鼻の下を膨らませて言う。「まあ、大好きかどうかはまだわかんないね。嫌いじゃないのは確かだけど、大好きに昇格するにはまだ知らなすぎる」
「イシルディン様はやめて大爺ちゃんと呼ぶか?」
いや、見た目が俺だから「爺ちゃん」はやめとく。始祖様って言えばいい?
「好きにしなさい。なんと呼びかけても我には通じる。それと、お前は友を持つと良い。同じく長い長い時間を友として過ごせる者を。その者をお前は既に見ているし、相手もお前をわかっている。出会う時を待ちわびて友がいる事を覚えておくと良い」
出会う時を待っている友?既に見ている?どこで?エルフ?
「もっと大きな存在だ。お前は好きだと思うぞ。魔の森にいた時に目が合ったであろう。あれはお前が我より派生して、そして個を持った頃からお前の友となる者として定められていた。強く偉大な次期竜王だ。まだ若い者だが、お前とは気が合うであろう」
え?!あのジャンボジェットみたいな竜のこと?!というか、まだ若いって言っても、多分それは精霊とか神様的な年齢なんだろうね?
「さてどうだったか。次代は恐らく1億程であろうか。確か現竜王もまだ3億歳程だったな。お前の好きなジラールに似た地球の者に近い年月を生きているぞ」
ジラール!そうだ、ジラール!!始祖様、ジラールに合わせてくれてありがとうございます!
「ふふ、急にお前の存在が虹色に輝き出したな。それ程にあの生き物が愛しいか」
うん!出来れば地球に連れて帰って飼いたいって思っ…て、あ。
そこで俺は急に現実を思い出す。また手の先が冷たくなるような不安と恐れに支配されそうになった。
あの、俺は地球に帰れるんですよね?
恐る恐る聞いてみる。
「地球に帰る…か」
始祖様、そこで黙らないで。帰れるって言って。こっちを見て。
「…それはまた、お前がもう少し己の状況に馴染んでからにしよう」
そう言って、始祖様はすっと立ち上がり、「お前は碧の月生まれだから、もうすぐ16歳になる。その時にひとつ扉が開くであろう」と言って、俺の頭をそっと撫でた。
「そろそろ人の世界に戻る準備をしなさい。シモーンとサンドゥールに送らせよう。あの者達とも少し話すと良い。
人の世界に戻った時、あの宿の部屋で史朗が待っている。お前は親と会い、家に帰り家族と会い、そしてお前の物を取り戻す為に少し時間を使いなさい。それから知ることもあるだろうからな。地球の事はその後だ」
え?始祖様とはもうお別れ?何だかちょっと寂しい気がするんですけど。
俺がそう思うと、始祖様は一瞬驚いたような顔をしてからにっこり微笑み、「我はいつでもお前の声を聞いている。必要な時には答えよう。ああ、それと髪は切っても翌日には戻るぞ」と言って、最初に現れた時のように明るく眩い神々しい光となって行く。
その光のそばにはサーラデアルさんが姿を表して、そして俺に一礼をして始祖様の光と共に強く光りだした。
俺は眩しくて目を閉じた。サーラデアルさんのそばには他にも光が沢山いたような気がして、その事を考えようとした時。
「よう!どうだった」と声を掛けられ目を開けると、そばにシモーンとサンドゥールが立っていた。さっき消えた時のようにウニョウニョはしてない。
「なんだ、ウニョウニョってのは」 シモーンが言う。
「そろそろ、声を出して話す練習をしておきなさい。人の世界に戻ったら声を出さねばならないからね」とサンドゥールが言って、喉に温かな光を送ってくれた。
「よし、ではあっちに戻す前に軽く訓練でもするか」
嬉しそうにシモーンが言って「あの雷撃の他には何が出来るんだ?」と剣を構える。
訓練?今から?
なんで?




