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アルランティアの日記   作者: 倉門 輝光
精霊界
84/117

記憶 誘拐、そして地球へ

 俺は映画を観るように自分の誕生の日の様子を観ていた。


 母に抱かれ、父に寄り添われ、助産婦達もにこにこしている。

 その部屋に待ちかねたという様に、祖父母達が入ってくる。皆が笑顔で嬉しそうで、俺も嬉しくなった。


 皆が代わる代わる俺を覗き込んだり抱っこする。この涙目のおじさんはお祖父ちゃんか。お父さんと髪の色が同じだ。そして赤毛のお人形を抱いてる赤毛のおばさんはお祖母ちゃんかな。あ、人形が動いた。人形じゃないのか!女の子だ。姉?


 こっちのモジャヒゲの優しそうなおじさんと、この金髪の美人のおばさんはお母さんの方のお祖父ちゃんとお祖母ちゃんかな。


 あ!あいつだ!あの色男がいるぞ!何でだ?いや待てよ、違うな。シモーンと一緒にいた色男かと思ったが、似てるけどちょっと違う。そうか、どっちもお母さんに似てるんだ。お母さんの兄弟?

 お腹が大きいゴージャスな美女と手を繋いでいる。奥さんかな?素敵な人だ。良いなあ、俺もこんな人を奥さんにしたいなあ。いいなあ。


 ゴージャスな美女が俺を渡されて恐る恐る抱っこする。そしてキスをする。よし!

 あ、待て色男、お前はしなくていい。やめろ、俺にキスをするな!!…くぅ。あ、泣いたぞ。俺が泣いた。よし!慌てるがいい、色男め。 


 皆がおやおやと言って笑っている。お父さんが俺を救出する。

 『よしよし、伯父上が嫌だったのか。可哀想に』と言うと、色男が『嫌とはなんだ。たまたまだぞ』とふくれる。お母さんとゴージャスな美女が笑う。

 『陛下は赤ちゃんの抱き方を練習しないといけませんね』と金髪のお祖母ちゃんが笑う。


 そこで画面が暗くなった。



 そして別の映像が映し出される。 



 明るい庭にテーブルと椅子が出ていて、草の上に敷物が敷いてある。柳のような木があって枝がやわらかく風に揺れている。

 椅子には年配の赤毛の貴婦人が座っている。これはお祖母ちゃんだ。敷物の上に座っているのは金髪の女性と少し大きくなった赤毛のお人形。お母さんと姉か。姉が白くてでかいもふもふの犬を撫でている。


 敷物から少し離れた所でしゃがみこんで何かを熱心に見ているのは俺か。…何を見てるんだ?虫?

 しゃがみこんでいる俺の後ろ姿、小さいな。バスケットボールみたいに片手で持てそうだ。これは2歳か3歳くらいの大きさか?

 そばに侍女がいて、俺が転がらないように、いつ転がっても支えられるように待機している。


 お母さんは元気そうだ。美人だな。夢のように綺麗な可憐な女性だ。というか、まだ少女のようじゃないか。

 侍女がお茶を手渡す。お祖母ちゃんとお母さんが何か話している。


 『同じくらいの年の男子が数名いるものねえ』


 『そうですわね、でもやはりアルランティアが良いのではないかと兄も言っているのですよ』


 『それはそうでしょう。あらゆる点において最も相応しいとわたくしも思いますよ。ミリア様もアルランティアとは仲良しだしねえ。アルランティアはどうなのかしら、ねえ、わたくしのヒヨコちゃん』 


 そう言ってお祖母ちゃんが俺を見て微笑む。俺はヒヨコちゃん。

 お母さんが俺に話しかける。


 『アルランティア、従妹のミリアちゃん、可愛いわよね?好きでしょう?ミリアちゃんをあなたのお嫁さんにどうかしら』


 『およめしゃん?』 顔を上げて俺が言う。


 うわ、可愛いな。俺こんなに可愛かったのか。我ながら写真を撮りたいと思ったくらい可愛いぞ。


 『そう、お嫁さんよ。ミリアちゃん好きでしょう?仲良しさんですものね。ずっと大きくなっても仲良しでいて、大好きになって、ミリアちゃんをアルランティアのお嫁さんにするの。そしたらお父様とお母様みたいにずっとずっと大好きで仲良しのままで一緒に暮らせるのよ』 


 『ずっとだいすきでいっしょにくらしゅ?』


 『そうよ。ずっと一緒で幸せで楽しいわよ』


 『んー』とちょっと考えてから、すごく良いことを思いついたという様に『ぼくはおかあたまをおよめしゃんにしましゅ!』と言う俺。嬉しそうだ。


 そりゃこのお母さんなら気持ちはわかる。でも見ろ、お母さんとお祖母ちゃんと、そしてそばにいる侍女達が笑ってるよ。 


 『だめよ!アルのおよめさんはわたくしよ!』


 赤毛の女の子が怒り出した。お母さんとお祖母ちゃんが、まあ困ったわねと更に笑っている。そしてお祖母ちゃんが赤毛の女の子を諭す。


 『テレーシアはもう婚約者がいるではありませんか。この前、チェリエス様のお嫁さんになるって約束したでしょう。チェリエス様もほっぺにチュってしてくれたでしょう。それにテレーシアはアルランティアのお姉ちゃまだからお嫁さんにはなれませんよ』


 テレーシアが『あ、そうか』と言っている。


 お母さんが俺に言う。


 『アルランティア、あなたはお母様ではなくて、他の女の子をお嫁さんにするのよ』


 大ショックという顔で俺が言う。


 『おかあたまはだめなのでしゅか?』 泣きそうだ。


 ダメに決まってんだろ、俺。でも、人生初のプロポーズが不発に終わったんだ、泣いても良いような気もするぞ。

 

 赤毛の姉テレーシアが俺に言う。 


 『アルはおバカよ。お母さまはお父さまのお嫁さんなんだから、アルのお嫁さんになるわけないでしょう』


 その通りだ。だが、この子におバカと言われる筋合いはない気がする。 

 

 姉テレーシアが続ける。


 『わたくしがお嫁さんになってあげようと思ったけど、わたくしにはチェリエスさまがいるのよ。だからわたくしもアルのお嫁さんにはなれません。でもね』 


 でも? 


 『アルのお嫁さんは赤毛よ。ぜったいにきまりよ。アルは赤毛の女の子を好きになるのよ』 


 『あかげ…』 


 『そうよ、わたくしみたいなきれいな赤毛の女の子を好きになりなさい。ぜったいよ』 


 俺がいよいよ泣き始める。


 『いやだぁ〜。シアねえしゃまみたいなおんなのこはいやだぁ〜』


 あ、ひっぱたかれた。テレーシアがお母さん達に叱られてるよ。俺は更に泣いている。こんなに小さいうちから俺は嫁問題で泣かされていたのか。 



 そして暗転。また場面が変わる。 



 俺が少し大きくなっている。4歳くらい?

 色とりどりの花が咲いている素晴らしい庭園にいる。そばにはお付きの侍女達と金髪の女の子と姉テレーシアと、あと誰だこのおじさん。すごくきれいな顔をしたおじさん。誰かに似てるがわからない。


 天気が良くて穏やかな陽気だ。風が吹いてテレーシアの赤い髪がふわりとなびく。花よりもその髪が綺麗だなと思って手をのばす俺。

 テレーシアは勝ち気で、多分ちょっときついんだが、でもとてもきれいな少女だ。燃えるような赤い髪がツヤツヤしてふわふわで、確かにこれは触りたくなるだろう。


 『なあに?』と振り返って言われて、『シアねえさまの髪はたいへんにおきれいですね』と正直に言う俺。すると、そばにいた金髪の女の子がちょっとしょぼんとする。途端にテレーシアがキッとなって俺を叱る。 


 『アル、たしかにわたくしの髪はきれいです。でもね、あなたはおねえさまの髪をほめる前に、ミリア様のきれいな金髪をほめるべきなのよ!じゃないとお嫁さんになってもらえませんよ。あいするじょせいに一番にやさしくできないおとこはダメなのよ!アルはダメなおとこです』


 そう言って、金髪の女の子ミリアを優しく慰めるテレーシア。


 俺はダメな男…。ここか?ここで刷り込まれたのか?ていうか、テレーシア恐るべし。ちょっとどころか大分きつい少女だぞ。俺は全く逆らえず悔しそうな顔をして、泣くのご我慢している。口を尖らせただ俯くだけだ。

 すると、すっと俺の身体が浮く。何かと思えば、そばにいたきれいな顔をしたおじさんが俺を抱き上げたのだ。そして優しそうな目で笑いながら俺を見て言う。

 

 『アルランティア様は伯父様にそっくりですね』と。 


 伯父様というのはミリアのお父さんだ。偉い王様だ。なんだか褒められたような気がして俺は嬉しくなって言う。『僕は伯父上に似てるの?』と。 

 

 だが、今見ていてふと思う。このおじさん、もしかしたら俺がダメな男と言われた事を「伯父様にそっくりですね」と言ったのか?伯父さんはダメな男なんだろうか?いや、この優しそうな目でそういう事は言ってないだろうな。ていうか、ミリアのお父さんって、もしかしてあの色男か?似てる?俺が?どこが?



 そこでまた場面が変わる。 



 俺がまた小さくなっている。この映像は時系列は関係ないのかな。

 お父さんが俺を抱っこしている。『今帰ったぞ。いい子にしていたか』と言いながら満面の笑顔で俺を抱きしめて頬ずりをするお父さん。うわ、痛そう。ヒゲが痛そうだよ。気付いてやってくれ。あ、泣いたよ。そりゃ泣くよ。 


 『…アルランティアはどうして私が抱っこすると泣くのだ』


 『旦那様、恐らくヒゲが当たって痛いのではないかと…。ヒゲ剃り直後であればをお泣きにならないかと存じます』


 そばにいた執事が進言する。その通りだ、ナイスだぞ執事。


 『ああ、そうだったか。すまぬ、痛かったのか。よしよし。ほら、高い高いだぞ』


 そう言って両手で上に持ち上げられた。そのまま反り返ると世界が逆さまに見える。面白くて笑いながら足をバタバタすると、お父さんの顔を蹴りそうになり、お父さんがうわっと言って俺をちょっと下ろしながら回転させて逆さまにする。それがまた面白くて俺が声を上げて笑う。


 俺が笑っているので気を良くしたのか、そのまま更に回転させる。俺はゆっくり回転させられながら下に着地する。これが面白くて、降りると手を上げてもっともっとと強請(ねだ)る。


 「おとうしゃま、おとうしゃま!おねがいしましゅ」と必死な顔でお願いされて感激したようで、情けないほどに顔を崩したお父さんは『もう一度だけだぞ』と言って、また俺を抱き上げる。

 そして俺を放り投げてキャッチし、反り返る俺をぐるぐると回転させながら下に降ろす。最高に楽しい。

 

 あまりにも俺が際限なく「おねがいしましゅ」と騒ぐので、さすがに参ったのか『一日に3回だけとしよう。いい子で居たら1回増やして4回にしてやるぞ』と指で3と1と4を示しながら言った。

 俺はその瞬間に、雷に打たれたように数字の意味を理解したんだった。


 そうだ、それまでいつも「2才」とか「3才」と言われてなんだろう?と思っていたのだ。2才と言われれば人差し指と中指を出し、3才と言われれば更に親指を足して出す。そして俺が1から30まで順番に言うと大人が喜ぶ。なので繰り返していたが、ただ言われたようにし、覚えた言葉を言っていただけだった。


 だが、この時に意味が繋がって、「あ、そういうことか!」と覚醒した。きっと、この時から俺の世界は変わったんだ。お父さんの高い高いが元だったのか…。

 関係ないけど、テレビで観たヘレン・ケラー物語で、彼女が覚醒する時の衝撃が理解出来る気がして、幼心に「わかるわかる」と共感を覚えたのはこういう事だったのか。

 そして、さっき初めてサーラデアルに会った時に反り返って楽しかったのは、このお父さんの高い高いが楽しかった記憶なのか。



 そんな事を思っていていると、また場面が変わった。



 ああ、これは知っている。この前思い出した風景だ。

 気持ちよく開け放った窓に抜ける風。そしてお母さんがクラヴィツィテリウムを鳴らしている。 


 『お父様が珍しい物を下さったのよ クラヴィツィテリウムというのよ』


 『くらびつーむ?』


 『違うわ。くらゔぃつってりむよ。アルはおバカね』


 『おかあさま、おねえさまが僕をおバカっていう…』 


 なんか俺、随分と姉にいじめられてないか?でも何だか嫌いじゃないな。悔しいのと、頼りにしているような感覚と両方だ。不思議だ。きっと俺のボスだったんだな。

 


 そこからすぐに別の場面になった。


 夜だ。暗い部屋のベッドに姉テレーシアと一緒に寝ている。俺の部屋か?

 テレーシアが俺の頭を撫でながら言う。 


 『いい?もうすぐアルもおにいさまになるのよ。だからいつまでも泣き虫でいてはいけません。お母様がいなくても、ひとりでも寝られるようにならないとダメよ。わたくしはね、アルにお父さまみたいにつよくてかっこいい男の子になってほしいの。だからきたえているのよ』 


 『きたえる?』


 『そうよ。わたくしがしているように、アルもおにいさまになったらおとうとやいもうとを守らなければいけないのよ。だからせんぱいのおねえさまがアルをきたえているの』


 そうなのか?それは姉にとって都合が良い理屈ではないのか?まあいい、何だか結局仲は良さそうだ。そして、そうか、俺はこの後お兄ちゃんになるのか。


 『わかった?』


 『わかりました…』


 『アルはいい子ね。いい子だから今夜もおねえさまが一緒にねてあげますよ。さあ、子守唄を歌いなさい』


 『また僕が歌うの?』


 『そうよ。アルはお歌が上手でしょう?』


 『…わかりました』 


 そう言って俺が子守唄を歌う。あっという間に先に寝てしまった姉テレーシア。寝相が良くないテレーシアに毛布をかけ直してため息をついている俺。


 自分も目を閉じて寝ようとする。ドアが開いた気配がして誰かがそっと入って来た。テーブルにちょっとぶつかった。少し止まっていたが、窓の方に歩いて行く。ベランダに出る窓の鍵を開けて少しだけ隙間を開けたようだ。カーテンがふわりと動く。


 『ばあや?』


 俺が声をかけると、窓を開けた人物が驚いて振り返った。俺が指先に明かりを灯す。浮かび上がった顔を見て「ばあやじゃない」と思った。まだ若い侍女だ。顔中にそばかすがある、ちょっと猫背の痩せた娘。


 『だあれ?お水を持って来たの?』


 俺がベッドに起き上がって尋ねると、その娘は『許して下さい!』と言って慌てて逃げるように部屋を出ていった。慌てていたからか、ドアが少し開いたままだ。

 俺が何だったのかと不思議に思っていると、テレーシアが目を覚まして『なあに?』と言う。

 その時、窓が大きく開いて2人の人影が滑るように部屋に入って来た。

 幼い俺でも流石におかしいと思う。怖いと思った。薄暗がりの中で指先の明かりに浮かび上がる男たちは覆面で顔を隠している。黒く大きい影が壁に映っていておばけのように感じた。


 不審者に気づき、俺を後ろに隠すように庇いテレーシアが勇敢に声を上げる。 


 『おまえたちはだれ?!』 


 『おい、2人いるぞ、どっちだ?』


 『男の方だ』 


 『どっちも女の子じゃないのか』


 『何?そんなはずないぞ。この部屋のはずだ』


 男たちが言っている間にテレーシアが小さな炎を灯した。火球だ。そして『くせもの!!』と叫んで男たちに投げつけた。火球が茶色い髪の男の肩をかすめる。『うわ!』と声をあげた男の右の眉のあたりに傷跡があるのが見えた。


 テレーシアが固まっている俺に毛布を掛けて隠そうとする。

 傷跡のある男がテレーシアの髪を掴んで引っ張った。


 『きゃあ』


 『このガキ!』


 『気をつけろ、また火を使うかも知れないぞ。子供のくせにとんでもねえな』


 『こいつは赤毛だ。こっちじゃないな。金髪のはずだぞ』 


 テレーシアの髪を掴んだ男が、そのままテレーシアをベッドから床に放り投げる。大変だ!


 『やめろ!シアねえさまに何するんだ!』


 俺が毛布から出て男に掴みかかる。そしてあっけなく捕まった。


 『金髪だ、このガキだぞ』


 『よし、早いとこ袋に入れろ。行くぞ』 


 そう言って男たちが俺を乱暴に布袋に詰め込んだ。


 『お父さま!助けて!!アルがつれていかれちゃう!!』テレーシアが大声を出す。そして、窓から出て行こうとする男たちに向かって火球を投げつけている。…おねえちゃん、すごいな。


 『だせー!だせー!』と、もがいて暴れる俺。袋がもごもご動いているようにしか見えない。うるせえ!と殴られて動かなくなる。多分気を失った。


 俺を入れた袋を担いでベランダから逃げて行く男たち。叫ぶテレーシアの声を聞きつけて慌てて駆け込んで来るお父さんや兵士達。部屋が明るくなる。


 『どうした?何があった?!』と問われて、泣きそうになりながらも耐えて『アルが袋に入れられて連れて行かれたの!窓よ、窓の外よ!早く助けて!』と言うテレーシア。


 すぐにお父さんと兵士が追いかける。お祖父ちゃんが「守りを強化し、城の者を一箇所に集めろ」と指示をしている。

 テレーシアはお母さんやお祖母ちゃんの所に連れて行かれる。

 『お母様、アルが、アルが連れて行かれちゃった』と泣きじゃくるテレーシアを、『大丈夫よ。アルランティアはきっとお父さまがすぐに助け出してくれますよ。大丈夫よ』とお母さんが抱きしめる。その2人をお祖母ちゃんが抱きしめている。


 そこで映像が消える。 

 

 

 暗い。


 風を切って駆ける音がする。

 馬が暗闇を走っているらしい。これは誘拐犯達の馬か。


 城から少し走った路地で馬を降り、待っていた別の馬車に乗り換える。馬車は藁をたくさん積んだ農民の馬車のようだ。その馬車で今度はゆっくりと移動する。街の広場辺りはまだ人通りがあって馬車も走っている。ということは、そんなに遅い時間ではないのか?


 馬車が街の門の所に行く。内門のそばで誰かに袋を渡し、部屋に侵入し俺を攫った連中はそのまま馬車でまた街の中に去っていった。


 袋を受け取って背負った者がそのまま歩いて内門から外門に向かう。途中で何人かとすれ違うが普通の素振りで誰も怪しんではいなようだ。外門の通路で一人の兵士が親しげに声をかけて来た。

 

 『よう、明日から休暇だってな。これから実家に向かうのか』


 『…母親が具合が悪いって連絡が来てな。しばらく面倒見てくるよ』


 『そりゃ大変だな。大事にしてやれよ。気をつけてな』


 『ああ』 


 そんな会話をして暗い細い通路を進む。門は既に閉まっていて当番の兵士たちが詰め所にいるらしい。この男は小さな通用口から門の外に出る。


 暗闇の中、門を出て歩いてく男。しばらく歩いて転移ポートの辺りに行くと、そこにひっそりと停まっていた馬車に乗り込んで、荷台に俺が入った袋を大事そうにそっと置いた。そして御者席にいる男に声を掛ける。


 『上手く行った。このまま転移でワルノー領に移動だな』 


 『いや、移動記録が残るから何回かあちこちに移動してからだ』御者席の男が答える。


 『それじゃ時間がかかるだろう。俺は早くワルノー様にこの子供を渡してしまいたいんだ』


 『仕方ないだろう。足が着いては困るんだ。とにかく行くぞ』 


 そう言って2人は馬車を出す。転移ポートに入って行き馬車は消えた。数分で移動先の転移ポートから出て来る。どこかの街の近くに出たようだ。


 『よし、次はこれを使う』


 御者席の男が荷台の箱から15センチ程の玉を出す。


 『それは何だ?』


 『転移玉だ。転移ポートみたいに安全ではないようだが、そこそこの距離が稼げるらしい』


 『大丈夫なのか?』


 『さあな。だがこれを使えば足が付かないってこった』


 そう言って男が転移玉を発動させる。空間がぐにゃりと歪んで馬車が消えた。そしてどこかの村の近くに現れる。 


 『うぇっ!ごほっごほっ。…おい、なんだ今のは』


 男は吐き気と頭痛を感じてくらくらした。


 『…ふぅ、こりゃひでえな。やっぱり転移ポートとは雲泥の差だぜ。だが、結構来たんじゃないか?ここは転移ポートから1日の距離だろう。あの村には見覚えがある』 


 『1日…。あの玉でそんなにに飛んだのか…』


 『よし、この調子で次の転移ポートまで飛ぶ』 


 そう言って男たちはまた転移玉を使う。そうして2回移動して、どこかの転移ポートの近くに着いた。転移玉は使う側に負担が大きいようだ。男たちの顔色が悪い。

 

 『…おい、少し休むか』


 『休んでる暇はないぞ。俺は早くワルノー様にこの子供を渡さなければ。俺の家族が囚われているんだ。早く助けなければ…』


 『わかったよ。だが、俺達がこうなんだ。ガキが生きてるかどうか確認した方がいいな』

 

 『…あ、ああ、そうだな。そうだ、無事かどうか確かめよう』 


 そう言って、俺を担いで運んだ男が荷台に転がっている袋を恐る恐る開ける。俺が息をしているのを確かめホッとしたような顔をしてから、真っ青な顔で朦朧としている俺に水を飲ませる。そして何かの薬を嗅がせて『これで眠っていてください』と言って、袋の口は縛らずに、頭の下に丸めた布を敷いて俺を寝かせる。


 それから正規の転移ポートで移動をしてから、また転移玉を使って移動し、また正規の転移ポートで移動をした。そして出た所で御者席の男が言う。


 『変だな』


 『なんだ、何か間違えたのか?ここはどこなんだ?もうワルノー領内に着くはずだろう?』


 『…南の国境に出るはずだったんだが』と御者席の男がつぶやく。


 『国境?何でだ。ワルノー領内に向かうんじゃないのか?俺の家族が捕まってるんだ。早くこの子を連れて行かないと!』 


 『ちっ、うるせえな』


 『おい?!』


 『なあ、連れてったってどの道このガキは殺されるぜ。だけどきれいなガキじゃないか。こういうのは異国で高く売れるんだよ。ただ殺しちまうより金に替えた方が得策ってもんだ』


 『売るって…おまえ、この子はシャノトワ領の跡取りだぞ。王女の婚約が決まるまで隠しておくだけだって…』


 『何をぬるいこと言ってんだ。ワルノー様が生かしておくわけねえだろ!お前の家族だってもうどうなってるかわかんねえぞ。俺達だって殺されるかもしれねえ。バカ正直に連れてくなんて俺はごめんだぜ!』

  

 『ふざけんな!俺はちょっと隠しておくだけだって聞いたからっ!…家族を助ける為に…っ!だめだ!売るなんてさせないぞ!!』 


 『うるせえ野郎だな!』


 御者席の男がナイフを出して斬りかかる。

 そのまま2人のもみ合いが始まる。驚いた馬が暴れ勝手に走り出す。御する者のいない状態で走る馬車ともみ合う男達。


 門から俺を連れ出した男は曲がりなりにも兵士だ。程なく、売り飛ばすと言っていた男を叩きのめす事に成功する。馬車を止めて男を縛り上げ、俺に嗅がせた薬を男に嗅がせて意識を奪う。

 そして、ぐったりしている俺をにまた水を飲ませて、そして泣き出した。


 『すみません、すみません。大変なことをしてしまった。だが俺は家族を助けなきゃ。どうしよう、どうしよう…』

 

 ここがどこなのか、それもわからない。暗い夜の平原を方向もわからないままに男は途方に暮れる。真っ暗い中で無闇に動いては危険だ。少し明るくなるまで待とう。そう思って男は馬車を動かさずにいた。

 どれ程経っただろうか。ふいに流れ星のような光が下から空に向かって上がった。そして、一瞬辺り一帯が昼のように明るくなる。男は思った。これは照明魔法だ。魔法騎士が使う魔法だ。


 『どうしよう、見つかった!?』


 遠く馬車に向かって走ってくる一団が映った。どうやらお父さんの城の兵士みたいだ。逃げている男が諦めてここで捕まってしまえばいいのにと思う。しかし、男はパニックになり、明るさが消えて再び暗闇になった中を必死で馬車を走らせる。

 

 闇の中を方角もわからず、逃げる為だけに馬車を走らせる男。迫って来る馬の蹄の音と兵士達の声。 

 男は荷台に転がっている転移玉を目にして、それを掴み、縛り上げた男がやっていたように転移玉を使う。

 空間が歪み、気持ちの悪い感覚の後に暗闇の静けさが戻る。上手く行ったのか。男は一息ついたものの動悸が止まらない。


 どうしよう。どうしよう。 


 そしてもう一度転移玉を掴み飛ぶ事にした。逃げなければ、出来るだけ遠くに逃げなければ。捕まったら家族を助けに行けなくなる。そうだ、ワルノー領に入ってしまえば大丈夫だ。そう思って、吐きそうになりながら転移玉を使う。


 空間が歪んで転移した。馬車の荷台は崖に着地した。だが馬は着地する大地を得られなかった。荷台を引いて真っ逆さまに崖から落ちて行く。そして砕けた。

 そう、崖から魔の森に落ちて行ったんだ。


 馬車と一緒に落ちていった俺は、沢山の妖精さん達に助けられた。落ちてくる馬車を待ち構えていた妖精さんたちの光で、地面に落ちる前に受け止められた。


 ああ、そうだったのか。君たちが助けてくれたのか。


 受け止められたものの衰弱していた俺。妖精さん達の「助けて!助けて!」「死んじゃう!死んじゃう!」「いけない!」…という想いが流れ込んでくる。

 そしてその時、転移玉で歪んでいた時空で、遠い世界で死のうとしていた爺ちゃんを助けたいと強く願う誰かの想いと繋がった。

 

 妖精さん達の祈りと、遠い世界の誰かの祈りが一緒になって、俺と爺ちゃんを繋いだんだ。



  そこで映像が完全に消える。 


 これはこの世界での俺の記憶、いや、記録。俺が生まれてからこの世界から消えるまでの記録だ。

 全部を思い出したわけではないが、見たものが確かに自分の体験であることはわかった。無くしていた家族の記憶もわかった。何故自分が地球に飛ぶことになったのかもわかった。


 俺はこの後、あの川の畔で爺ちゃんに救われ、そして同時に爺ちゃんを救うんだ。 

 

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