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アルランティアの日記   作者: 倉門 輝光
精霊界
83/117

記憶 哲学する胎児と誕生 

光酔いしながらゴチャゴチャと思考を巡らせます。


 「慣れるまでは目を閉じていろ」



 スターゲイト的な物をくぐった瞬間にその言葉の意味がわかった。

 わかったが、目を閉じる意味があるのかとも思った。

 目を閉じていても開けていても関係がない程に明るいのだ。つまりすごく眩しい。

 俺は目を開いているのか?と思って顔を触る。うん、閉じてる。大丈夫。だが、手で顔を覆っても尚明るく眩しい。

 外が明るいのではなく、まるで俺自身の内側に光があるみたいだった。 

 

 眩しさにやられ、すごい顔をしている自分に気付く。それと同時に、内から外から暖かくなって来た。

 無意識に緊張していたせいか、暖かくなると心地よい気がしてくる。


 「お風呂ってこれのことか」


 そう思ってホワホワしていると、段々と暖かいを通り越して熱くなって来た。

 

 熱い、とにかく熱い。

 風呂のイメージをした後だったので「茹でられる!」と焦ったが、実際は茹だるというよりもジリジリと全身が焼かれるような感覚だ。


 「火傷しちゃうよ」と思考する。だが、火傷などしない事はわかっている。何故なら火傷をする肉体が無いからだ。 


 肉体が無い。

 そう、俺はとっくに形を成さなくなっていて、頭の芯まで高熱の光になってしまっていた。

 自分の身体はこの熱く眩しい光に溶けて無くなっているのに、自分という意識は残っている。意識だけの存在になる状態、これは前にも体験しているなと思う。

 だが、今回はとにかく熱い。あの癒しの泉で溶けた時とは全く違う。


 「ただのお風呂とは違うじゃないか!」


 おれは毒づく。なんだよこれ!と一生懸命考える。そうでもしないと熱い以外の何もわからなくなってしまいそうだった。


 「熱いのはいやだ!」 


 俺の心が叫んだ。

 心が叫ぶなんて、何だかちょっと格好いいと思ったが、その叫びが「熱いのはいやだ」だというのががっかりポイントだ。俺らしい。熱くて溶けてるのに、形がないのに、やっぱり俺は俺なんだと思う。

 

 そして、癒しの泉のひんやりした心地よい水を想った。


 「あっちの方が良かった…」 


 その途端に俺は癒しの泉の真ん中に立っていた。なんで?


 なんで?と思ったが、どちらにしても、もう熱くはない。どうして急に泉の上に立っているのかはわからないが、とにかくあの恐ろしい熱さが無くなって、涼しい風が吹いているので助かったと思った。

 それから、ここはあの癒しの泉に似ている、けど違う場所だとな思った。光の質と量が全く違う。 


 こっちが本当だ。ここが本物なんだ。


 あの癒しの泉はここに似せて創られてるんだ。

 確信と言える認識が浮かんでくる。

 

 ん?泉の上に浮かんで立っている?それはおかしくないか?と思考する。


 俺の身体はまた俺になったのか?確認をするが形はないままだった。ただ細かい粒子の金銀の光がくるくると回転しながら「俺」と感じられる空間を満たしているだけだ。

 

 「今の俺はダイヤモンドダストみたいじゃないか」 


 ちょっと気に入ったぞ。何だか嬉しくなって癒しの泉の上をスキップするように跳ね回ってみる。

 水よりも軽い俺。空気よりも軽い俺。なんて自由なんだ。

 形のない金銀のダイヤモンドダストな俺は、形はないのに肉体の記憶で手足の感覚も目も耳も口や髪の毛もあると感じられた。 


 サーラデアルが言っていた「己という存在があればそれでよかろう」というのは、こういうことかと改めて思う。

 

 しばらくぴょんぴょんと泉の上で跳ね回ったが、やがて飽きて来て、さてどうしようかと思う。不安はない。次は何をして遊ぼうかという程度の「どうしようかな」だ。 


 上に向かってみようと思い、空高く浮き上がる。泉以外には何があるのかと見回すが泉以外は何もなかった。高く上がって見下ろしても、辺り一帯に立ち込める(もや)の中に綺麗な泉があるだけだ。 


 まるで雲の切れ間から地上を見ているみたいだと思う。この(もや)どこまで続いているんだろう。

 

 ふと、「俺は一人きりなのか」と思う。誰かが一緒にいたはずだ。誰かと共に在ったはずだ。いや、誰かと共にというよりも、俺は誰かの一部だったのではないか。


 どこにいったのかな。俺は自分を作っているキラキラくるくる回転する細かいたくさんの金銀の光達の真似をして、自身もくるくる回転しながら広い空間を上下してみる。 

 気持ちいい。くるくる回転したり真っ直ぐになったりして、この広い空間を泳ぎ回る。歌いながら踊っているみたいだ。

 

 そのうち、離れた所に俺と同じ様なキラキラがいる事に気付いて、仲間かと思いそちらに行ってみた。


 色々な色の光のダイヤモンドダストがいた。すごく大きかったり、中くらいに大きかったり、光り方が違ったり、動きが違ったり、様々だ。


 一番大きな、他のどれよりも大きなダイヤモンドダストが、俺と同じ色で同じ光だと気付いて、俺は近づきその周りをくるくると飛び回る。


 これは俺と同じだ!


 同じだ!同じだ!と嬉しくなってはしゃいでいると、その特大ダイヤモンドダストの一部が手を伸ばすように俺の方に伸びて来た。 


 咄嗟に俺は避ける。 


 同じだけど別なのに、触れたら吸収されてひとつになってしまう。いけない。 


 「俺は俺だぞ!」 


 そう言って近づき過ぎない所をくるくると飛び回る。捕まらないように飛ぶのも面白いなと思う。


 特大ダイヤモンドダストは無理に俺に触れようとはせず、動くのを止めて揺れた。まるで笑ったみたいだ。他のダイヤモンドダスト達も驚いて俺に興味を向けるのがわかる。笑ったりしている…多分。


 (戻って来たと思ったら個を持ったか…)そう言われた気がした。 

 

 (では、個として在ると良い) 


 そう言って特大のキラキラのダイヤモンドダストは、まるで片手を振るようにゆっくりと動いた。

 

 気がつくと俺は眼下の泉に向かって猛スピードで落ちていて、そして泉の中に吸い込まれた。 


 うわぁ!!と言ったような気がする。

 ゴボゴボと空気を吐いたような気がする。

 

 そこで、シモーンの「慣れるまでは目を閉じていろ」という言葉が過ぎる。そうだ、慣れたら目を開けても良いんだ。俺はゆっくりと目を開けようと思った。目はないけど目を開けるのだと。


 そして。


 あれ、海中? 


 そう思った。泉の中ではなく、そんなに深くない海中にいると思った。

 足はつかないけど、それ程には深くない明るい豊かな水の中にいるようだった。


 「南の島の海だ。透明で穏やかに揺らいでいる海の中みたいだ」


 行ったことはないが映像では見たことがある。陽の光で波のゆらぎが模様になっている。

 ここも水以外には何もなくて、どこまでもただ波のゆらぎの影が揺れて続いている。そこに俺は漂っていた。浮くでも沈むでもなく、ただ漂っている。ここはほんのりと温かい。


 「あたたかくて気持ちいいな」

 

 原始の温かい海…という言葉が浮かんで来た。


 栄養たっぷりの温かくて優しい海が小さな生命を発生させ、その生命は漂いながら形を変え分化していくんだ。

 この感覚は太古の自然の生命誕生の記憶なのか、それとも胎児の記憶なんだろうか…なんて思いながら、明るい光が作る周囲の波の影、模様をぼんやりと眺めていた。 


 「海水を洗い流す風呂に入るみたいなもんだ」というシモーンの言葉を思い出して、洗い流すって言いながら、思い切り海水の中に浸かっている感じだよと思ってみる。 


 おかしなパラドックスだと笑いがこみ上げてくる。シモーンの説明と、それに納得した自分がひどく滑稽な気がして笑いが止まらない。

 変だな。なんでこんなに笑ってるんだろう。楽しいのかな。ああ、そうか、楽しいんだ。心地よくて気持ちよくて、なんか楽しい。


 ただ意味もなく存在するのって、こんなに自由で楽しい事だったのか。


 「そっか、ただ存在するだけで良いんだな」


 何となくそうつぶやいて感じた。


 これは真実だ。


 ただ存在しているだけで楽しくて嬉しくてもいいんだ。

 別に自分が生きてる意味とか、無理して見つけなくたっていいんだ。


 サーラデアルの言葉と同じだ。いるだけで良いんだ。


 そうだ、人間は何かを見つけて定義しないと不安になって、価値がないのはいけないと恐れて、存在する意味を探して価値を見出そうとするんだ。みんながやってる。

 承認を得ようとして焦って、誰かに大丈夫だって言われようとして、自分じゃない何かに安心を見出そうとして、誰かの評価が気になって。自分の恐れを基準にして誰かを測る。

 

 「誰かは自分じゃないのにね」

 

 居心地が悪くなれば落ち込んで、ちょっと上手く行けばホッとして、そしてまた周りの顔色を見て。でも、そんな事はしなくても良いんだというのが真実。

 解っても解らなくても、真実はそこにある。変わらずにずっと。


 ただ存在するだけでも、楽しくて幸せでいて良いんだ。

 ただ存在するだけを許されているんだ。だから生まれるんだ。


 だからそれぞれに自分の大事な事を見つけ出して、もっと楽しくてもっと幸せになって良い。


 誰かが自分と同じじゃないのは面白いし、誰かと同じじゃないのが自分で、そんな自分と誰かが一瞬同じだと共感出来る奇跡を知って嬉しくて。 

 でも、それはただの体験だ。存在する自分がいるから得る体験。


 嬉しい後にまた違いが見えると、一瞬同じだった喜びに拘って、それを捕まえて変えないように、離さないようにしなければ失敗して終わりになるって焦って怖がる。だから嬉しい瞬間をずっと変えないようにとしがみつく。


 それは駄目だなあ。


 だって生命活動が停止したら、あとは腐るだけじゃないか。 


 同じは素敵だけど、同化はいやだ。自由でいなければ。

 違うから反応しあって融合したり爆発するんだ。何かが生まれるんだ。多様性が新しい道に繋がるんだ。


 あ!俺はすごい事に気付いたぞ。

 ねえ史朗、道は未知と同じだぞ。日本語って面白いな。


 多様性が新しい未知に繋がる。


 未知は怖いけど面白い。進めるし戻れる。でもどっちに進んでも発見があるんだ。


 この気付きを俺は史朗に話そう。楽しみだな。史朗が「ホントだ、すげえな!」って言うんだ。そして、他にも何かあるんじゃないかって一緒に遊びながら研究するんだ。

 

 まてよ、「そんなの知ってるよ」と言われるかも知れないぞ。自分だけの考えで想定してると、違った時にショックを受ける可能性が高いな。決めつけてはいけないな。何しろ史朗は俺と違うんだから。


 そうだ、俺だけでは思いつかない事を史朗が当たり前の事として教えてくれる。「何やってんだお前」って言いながら。同じ様に史朗にとっては俺が刺激だ。史朗だけじゃ気づかない視点を俺が見せるんだ。


 互いに違う事の良さを知っていれば。違いは優劣ではないと知っていれば。互いが相手が自分とは違うと認めても、それで自分が駄目になるわけではないと恐れずにいれば。 


 違うってことは多分、とても面白い事になる。それが真実だ。



 「何だか俺は随分と哲学しているな」と思う。



 堂々巡りで同じ様な事を何度も考える。


 「わかった。もうわかったから、良いよ」


 きっと史朗が言うな。


 俺は理屈っぽくて面倒臭いやつだ。史朗がいつも考え過ぎだって言ってた。

 でもさ、順序立てて証明が出来るように考えるのは楽しいじゃないか。答えが一つでバシッと決まると気持ち良いじゃないか。

 

 「ごちゃごちゃ考えなくていいから、一気に結果に行け」 


 それはそれで面白いかも知れないけどさ。でも順序立て考えて辿り着いても良いじゃないか。どうせ結果に行き着くのは同じなんだから。 


 …ん?「同じ」? 


 同じなのか? 


 同じなら別に計算を楽しんでも、一気に結果にたどり着いても、どっちでも良いのか? 


 そうなのか。どっちでも良いのか。なんだ、どっちでも良いんだ。

 だって答えはそこにあるんだから。そっか。

 

 なーんだ、と思って、また笑いがこみ上げてくる。俺ってバカなんだな。史朗はすごいな。でも、俺もすごくて史朗もバカだ。


 互いの違うやり方を見せ合うだけで、刺激を与え合うだけだ。優劣じゃないんだ。どっちでも良いんだ。それぞれのやり方でも、一緒に考えて新しいやり方を見つけても、他の誰かのやり方に驚いて、それを慌てて取り入れても。なんでも大丈夫だ。

    

 失敗したり、間違ったりしても大丈夫。

 真実は変わらずある。俺も消えない。 



 「よし、もう良いか」


 ぐるぐる考えていたってしょうがない。考えてばかりいないで動くんだ。


 

 そう思った途端に、急に漂っている温かい水が大きく動いて景色が変わった。俺はちょっと焦る。


 少しでも馴染んだ状況が、例えわけがわからない状況でも、変化が生じるとやっぱり焦る。そして俺はまた「こういう変化に戸惑って慌てる反応ってどうにかならないのかな」と自分にがっくりする。 



 ぐるんと天地が動いたような気がした。目の前に360度の全天スクリーンがあるかの様だ。プラネタリウムで自動で椅子がリクライニングになって、寝転んだままドームいっぱいに映し出される映像を観るような感じだ。

 

 なんだ?と思っていると、おぎゃあ!という泣き声と共にアップで映し出される生まれたての赤ちゃん。

 


 『男子でございます!』という声と、複数の人が忙しそうに動き回る周囲の様子。

 

 ちょっと寒いと感じて、すぐにまた温かくなる。映像では大きなふっくらした手が小さい赤ちゃんをそっと洗っている。パチャパチャする音がした。

 白くて内側に青で模様が描いてある器の中で、赤ちゃんが洗われている。


 これはあれだな、産湯ってやつだろうなと思う。


 そこで器の色合いや模様を見て気付く。あれってもしかして…。


 俺は昔から時々ふっと浮かんでくる謎の映像があった。ちょっと寒い感覚の後に、暖かくなった時に浮かぶ。そして、パチャパチャする音を聞いた時に浮かぶ。


 白い所にでかい青いもやもやがついている何か。ぼんやりと現れてすぐに消えてしまう何かだ。


 まさか、あれって…産湯の器の模様だったのか?! 


 赤ちゃんが捉えた一瞬のぼんやりした視覚映像が一致する。 


 というか、この赤ちゃんは俺か?これは俺が生まれた瞬間の映像か。え?赤ちゃんって生まれたてで目が見えるの?ぼんやりなら見えるの? 


 布にくるまれた俺が、ベッドに横たわっている女性の所に連れて行かれる。ベッドの脇には背の高い男の人もいて、その女性の手を握っている。 


 『若君でございますよ。おめでとうございます』


 横たわっている女性にそっと渡される。うわあ、俺が小さい。

 俺を受け取って美しい笑顔で微笑むその女性は、そうだあの御領主の城で泣きながら俺の方に手を伸ばしていたあの人だ。


 お母さん? 


 『目を開けぬな。ほれ、私が父だぞ。こっちを見ろ』  


 お母さんに抱かれている俺を覗き込んで背の高い男の人が言う、これは王宮で俺が花を手渡した人だ。

 

 お父さん?  


 『ほほほ。公爵様、赤子はまだ目が見せませんよ』と俺を産湯で洗った女性が笑っている。『ああでも、先程湯に浸かっている時にちょっとだけ目を開けられました。奥様に良く似たそれはそれは美しい紫でしたよ』 


 『そうか!アンナ・マリーアに似た瞳か。それは良いな、実に良いぞ』 にこにこ笑顔だ。…嬉しそうだ。


 『まあ、そうなの?あなたは私に似ているの?』お母さんが赤ちゃんの俺に言う。疲れた顔をしているけど、でもとても綺麗だ。


 『アンナ・マリーア、この子の名なのだがな、アルランティアと名付けようと思う』


 『アルランティア?』


 『そうだ。(あまね)く天の星の輝きに導かれ、たくさんの素晴らしい旅をして良い出会いを得て、豊かに幸せに美しい人生を送るように。そしてやがては人々を導く輝きを持つ高貴なる者となるように、だ』 


 『素敵ね。美しい名前だわ』 


 『うむ。よし、お前はアルランティアだ。アルランティア・ロラン・エル・シャノトワだぞ。さあ、父上や母上達にも入って頂こう。皆お前に会うのを楽しみに待っていたのだぞ』 


   

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