俺の正体?
…危ない、だめだ、史朗。
早く、早く逃げろ。早く!
「史朗!逃げろ!!」
え?!
叫び声で目が覚める。自分の叫び声で。
あれ?
史朗は?逃げたのか?大丈夫なのか?
…ん?ちょっと待って、何から逃げたんだっけ?
一生懸命考える。
起き上がって周りを見る。
何もない。
俺は何もない空間に浮かんでいる。
なんだ?
まさか、俺は目が覚めた夢を見ているのか?まだ寝てるのか?
というか、史朗が何から無事に逃げたって?
一生懸命に記憶をたどる。ちゃんと思い出せ。
まず俺は…俺だ。何もない中に浮かんでいるこの感覚は、あの泉で溶けた時に似ているぞ。だがどうやら身体はある。ただ所々がキラキラしている。何だかあの妖精さん達みたいだな。
え?あの泉ってどこだっけ。
あの妖精さん…?そうだ、妖精さんはキラキラしていて羽があって、…あ!おっさんもオバサンもいたぞ。目が複眼で、でも笑うと可愛くて、みんな良い奴らだ。
あれ?でも、妖精さんはホログラムなんだっけ?
地球にはいないんだっけ?
「んあ?」
…変な声を出してしまった。恥ずかしい。
だが、そのおかげで身体を感じてちょっと意識がクリアになった。
自分の声が振動になって空気が震えた気がした。そうだ、空気があるな。息をしているぞ。
取り敢えず、俺は今浮かんでいる。どっちが上?もし下に向かってたら頭に血がのぼらないか?
これはあれだな、海の中で上下がわからなくなっているような状態だ。息を吐いて泡が上に上がれば、そっちが上だから、上に上がっていけば水面に出るんだ。息を吐いてみようか…?ああ、でも水中じゃないから無意味か。
そんな事を思っていると。どこからから声がした。
「ふん、なるほど。知っている事柄に当てはめて理解をし、状況を測ろうとするか。しかし、それでは、自分の理解を越えたものは受け止められまいなあ。下手をすれば恐怖しか感じず飲み込まれてしまうではないか」
はい。そうですね。でも上か下かはちょっと知りたい。
「人間とはつまらんな。大体、上だの下だの、どうでも良いことではないか。地面があるという事を絶対基準にしているから、つまらぬことをいつまでも考えるのだ。そんなものわからずとも己が存在することだけで十分であろうに」
言っていることはわかる。その通りだ。でもそれよりも…だれ?
「んが?誰だ?」
俺は敢えて声に出し、身体を少し反り返えらせて逆さになるように背後を見た。最初に変な声が出たのはわざとではない…。
後方上部に浮かんでいる人?がいた。キラキラと七色で綺麗で、ちょっとエルフっぽい。だが、質感が違う。肉体という物質があるようには感じられない。ちょっと透けていて、そして何か冷たい感じがする。
「エルフではない。冷たいわけでもない」 その人?は言った。
…声に出してないのに俺の思考がダダ漏れているのか?そう思った。
「漏れているぞ。キラキラと綺麗なのはあなたも同じだ。ふむ、我を恐れてはいないな。嫌悪もしていない。むしろ、少し面白がっているようでもあるな」
うん、嫌悪はしていないよ。
ちょっと偉そうだなとは思うけど。
で、確かに面白がっている。
だが、このキラキラさんを面白がっているのではない。この浮かんだまま反り返る感じが何だか楽しいのだ。
小さな頃に大きな手に抱っこされて反り返って遊んだ時のようで、不安も何もなく安心しきって身を預けながら、いつもとは違う景色を見ている。そんな気分だ。
あれはセバスだったのかな。爺ちゃんかな。いや、もっと小さな頃だったような気もする。反り返るとそのままぐるっと回転させられて抱きとめられた。
ひどく懐かしくて幸せな感覚に浸りながら、ふと本題を思い出す。
どちら様?
「私は精霊王サーラデアルである」
精霊王?王様?精霊の王様?!
でも、ぷ。
サーラデアルである、だって。ぷぷぷ。
…やべ、笑っちゃった。
「うぬ、『デアルである』でダブルだと?そのようなつまらない事が面白いのか。相当に人間界に毒されているようだな、アルランティア様よ」
アルランティア?
…俺ってアルランティアだっけ?様?
アランじゃなかったっけ?
「ふむ。まだ混乱しておるか。あなたの事だぞ、アルランティア様。あなたに与えられたこの世の名前だ」
そうだっけ?俺はアランですけど。
…うん、そうだよな、俺はフランツ・アラン・ロートリングだぞ。
「まあ良い。そのうち思い出すであろう。まずはその身の穢れを落とすことが先だな。そうでなければ精霊界にてバラン・イシルディンに会うことも叶わぬ」
「バラン・イシルディン?」
「さよう。あなたの祖先でも有り縁者である。精霊界より神界にお上がりになった唯一の尊き御方イシルディン神である」
この人、であるが多いな。
「筒抜けだぞ。であるに拘るのを止めなさい」
…すみません。
怒られた。俺はしょぼんとする。
「素直な所は評価するぞ。では、シモーン。アルランティア様を禊の場へ」
「畏まりました」
いつの間にかそばにか居た、ヒゲのカッコイイおじさんがサーラであるさんに礼をし、それから俺を見てニヤッと笑った。
「ふふふ、ついて来るのだ、坊主」
坊主?…あれ?俺、前にも坊主って言われてムカついたな。あれはこのおっさんか?
「なるほど、思っている事がよく伝わってくるな。実に素直である。ははは、そうか、おっさんか、あははははは!」
シモーンと呼ばれたおっさんは愉快そうに笑いながら、俺の肩に手をおいて宙を滑るように移動する。そして、丸い大きな大きな鏡のような物の前に俺を連れて行った。
「スターゲイトじゃん!」
俺は声を出して言った。
「おい、史朗、スターゲイトだよ!」
そう言って隣を見るが史朗は居ない。周りを見るが史朗が居ない。あれ?そうだ、史朗は?
俺がキョロキョロしていると、暫定スターゲイトのそばにいた物凄い色男が振り返り笑って、「ああ、来たか」と言った。
史朗がいないと思い、急に心細くなり、同時に「こいつら誰だ?」と怪しむ俺を見て、ふくれている幼児をからかうように「見れば見る程バラン・イシルディンに良く似ている。だが子供だな。中身は全くの子供だ」そういって頭に手をのせ「よしよし」と言った。
俺は撫でる手を振り払った。やめろよ。史朗はどこだよ。全くの子供って何だよ、失礼な。
敵意は無いようだが、坊主とか子供とか、なんだかムカつくぞ。
待てよ。この色男は見たことがあるような気がするぞ…?どこで見たんだっけな?
「シロウとはあの従者だな。あの者は無事だ。心配はいらぬ。またすぐ会える。それよりもまずは君の禊だ。ここを通り抜けなさい。お前は随分と人間のにおいが染み付いている。これではいけない」
「俺は人間なんですけど。染み付いてるっていうか、そのものなんですけど!」
ムッとしたので声に出して言ってやった。
「そうか。そう思って生きていたからな。だがこれからは違うんだ。君は、本来の姿に戻らねばならない」と返された。
人間のにおいを落として本当の姿にって何だよ?俺は人間じゃなくなっちゃってこと?違う何かになるって事?それはいやだ。家に帰れなくなっちゃう!
俺は大きく声を出した。
「俺このままでいいですから!!」
空間に俺の声がビリビリと響いた。
色男とヒゲのおっさんシモーンは互いを見て困ったような顔をした。そして、色男が口を開いた。
「家には帰れる。君の家はここにある。君は元々この世界で生まれた。そしてバラン・イシルディンの力を受け継いで人間の世に生まれた。人の肉体を纏った半精霊であり半神だ。
色々と忘れているようだが、成人を機にバラン・イシルディンにより近く、神として変化し、バラン・イシルディンを始め創世の神とこの世界を繋ぐ者として本来の君に戻らねばならないのだ」
ナニソレ?
シモーンが続ける。
「お前は彼の世界、チキュウの者ではないのだぞ。そもそも人間よりも、より精妙な神の光で編まれた存在だ。この世界、そしてこの世界がある大きな根源の世界、お主が長くいたチキュウの言葉で言う「宇宙」か。その宇宙を構成する透明な生命の光で造られている。人間や地上の生き物のような雑多なものではないのだ」
「…俺は自分が割と優秀な科学者だと思っていたんだけど、アナタ達が何を言っているのかさっぱり意味がワカリマセン」
というか、わかりたいと思わない。どこに居て何をしていても俺は俺だ。フランツ・アラン・ロートリング。人間です。
「あんたら頭がおかしいんだろう。わかったぞ。お前らあれだ、あのスケベな女の組織だ。俺を誘拐してスイスの屋敷に監禁して、あんな事やそんな事をして弄ぼうとした…あの女の!」
俺はちょっと攻撃的になってみる。絶対に言いくるめられたりはしない。言いなりになんかならないのだ。
そうだ。時間を稼げばセバスが必ず助けに来るはずだ。負けないぞ。
そう思っているとシモーンが困ったように言った。
「坊主、難しく考えるな。いいか?俺達は、海で大好きな素敵なお魚さん達と楽しく遊んで来たお前に、これから家に帰って部屋でベッドに入る前に、その身に着いた砂や海水を洗い流してさっぱりして、身支度を整えろって言ってるだけなんだ。ちょっと風呂に入った所でお前はお前であることには変わらんだろう」
む。
色男が続いて言う。
「私達は誘拐犯でもないし、あんな事もこんな事もしない。いいかい、君の大好きな爺ちゃん達に会えなくなるわけでもない。むしろ、さっぱりして自分の本当の力を思い出したら、いつだってまた会いに行けるようになるんだぞ」
…え、そうなの?
色男とシモーンが頷く。
「お前は魔法を使っただろう。チキュウにはない魔法を使えただろう?自分を思い出して力を取り戻せば、もっと何でも好きなように出来るようになるんだ。そしたらどこにでも行けるんだぞ」
2人の様子に、何だか自分が物がわからないままに、駄々をこねているだけの幼児になったような気がした。
そして色男の言葉「いつだってまた会いに行けるようになる」にひどく惹かれた。シモーンが言う「どこにでも行ける」という言葉にくすぐられた。
俺は思い出したのだ。史朗が地球に帰っても、俺だけは帰れないのではないかと恐れていた事を。
「俺も地球に、爺ちゃんのところに戻れるってことか?前みたいに過ごすことが出来るのか?」
2人が頷く。
「色々思い出せば、…その、こっちの人間だけど地球に行っても良いって事か?」
2人が「そうだ」と笑顔で頷いた。
「…その為に、禊をしてきれいになって、そのバラン・イシルディンに会う必要があるってことか?」
2人が笑顔で「うん」と言う。
この笑顔に嘘はないように感じる。何となくだが、俺はこの2人に可愛がられているような気がしていた。ロートリングの皆や、セバスやサナエや、そして爺ちゃんのように。
「わかった。信じるよ」
俺がそう言うと、2人はそれは嬉しそうに笑う。嘘のある笑顔ではない。
「それに、海水を落としてさっぱりしても、俺がまた海水だらけになりたかったら海に飛び込めばいいだけだもんね」
そう言うと、シモーンが目を見開いた後に可笑しくてたまらないという様に声を上げて笑い出した。
俺は、そうと決めたらどうせなら一気にいっちまえと、真っ直ぐに暫定スターゲイトに向かって歩き、止まらずに潜り抜ける。
くぐる瞬間にシモーンが「そうだ、言い忘れてたぞ。慣れるまでは目を閉じてろよ!」と言った。
そして背後でシモーンの「この坊主は一筋縄ではいかんな!さすがは我らが子孫よな」と言うのが聞こえて、え?と思った。




