王と公爵と宰相 (後)
お茶が入った。いい香りだ。
ご婦人は花の香がするお茶をお好みになるが、私はこのようにフルーツの香りがするお茶の方が好みである、と公爵は思う。
香水にしてもそうだ。甘く爽やかで良い香りのものもあるが、多くは何というか、私の感覚では「臭い」に分類される。
だが、そのようなものの方が何故かご婦人は好まれる。逆にスパイシーな香りはスッキリとして良いと思うが、ご婦人には評判がよろしくない。
チラリと王を見る。
ローレルは女性が使うような香りを愛用している。臭くはないが、花の香だ。以前、何故そのような女物の香りを使うのかと聞いたことがあった。
『そんなもの決まっておるだろう。この方がご婦人が喜ぶからだ』
お前はバカかというような勢いで言われた。絶対に忘れはしないぞ。
更にローレルは続けたのだ。
『そなた、まさか男物の鼻にツンと来る香りを爽やかで良いなどと思っておるのではあるまいな?あれは女避けにはなるが、それ以外には何の有効性もないぞ。
いや、あったな。男同士でつるむのが好きならば良いかもしれぬ。男が好きな男にはうってつけであろう。だが、ご婦人に好まれたくば、ご婦人が好む香りを使うことだ』
なるほどと思ってはみたが、やはり私には無理だと思った。そんな時にアンナ・マリーアから香って来た、あのフルーツのような爽やかで少し甘い香りは素晴らしかった。
ふっ、と公爵は笑いお茶を飲む。なんだかんだ言っても、私にとってアンナ・マリーアが一番なのだな、と。
『公よ、よろしければ、先程の話の続きをお願いしたいのですが』
『これ、ライアンよ。ディアネルの顔を見ろ。アンナ・マリーアの事を思ってニヤけておるのだ。もう少しだけ浸らせてやれ。そんなだからそなたは400歳近くなって嫁ももらえぬのだ』
『これは陛下、お言葉ではございますが、私は嫁がもらえぬのではございませんぞ。もらわぬのです。そもそも私のような長命の者はですな』
うるさい。
公爵は思う。
うるさい。黙らせよう。
『あー、話の続きだったな。それでだ、シロウ殿はまだアルランティアと知り合って、それほど長くはないと言っていた。アルランティアとは違う国の人間なのだと。
恐らく馬車などで移動をした場合、双方の国を行き来するには数年がかかるであろうと、それ程に離れた国だそうだ。大海をも越えねばならぬとな。
例えて言うに、我らがグラウギリスに置き換えた場合、我が国イシルディンとはグラウギリスの真裏のような位置関係だそうだ』
『なんと、それではこの世界で言うチーゴック辺りに位置するということなのか?』
『そのようだ。実はシロウ殿にグラウギリス球を見せたのだ。すると何と言ったと思う?』
『何と言ったのだ?』
『世界を表す物を見て驚かれたのではないですか?』
『それがだ、笑顔で「ああ、チキュウ儀のようですね」と言った』
『チキュウ儀?』
『彼の世界にも同じようなものがあるのだと。そして、「子供の頃に買ってもらったなあ」と言った』
『シロウ殿は平民ではないのですか?』
『平民なのだ。だが、平民でも容易に手に入る程に親しまれているのだと言っていた』
『なんだと…。平民が皆あたりまえにグラウギリス球のようなものを持ち、世界を正しく知るような文化であるのか』
『それなのだよ。私など領地での政策を褒められたのだぞ。子供や学びたい人達が皆等しく学校に通えるようにしているんですね。アルランティアの実家がちゃんとした国にあって良かったですよ、とな』
『お待ち下さい。その言い様ですと、彼の世界ではまるでそれが当たり前であるかのような…』
『当たり前らしい』
『なんだと?』
『彼の世界では、すべての国ではないようだが、ほとんどの国で識字率が高くほぼ皆が読み書きが出来るのだそうだ。我が領地のように幼い子供のうちから文字の読み書きを学び、計算を学び、社会の事を学ぶのだそうだ。
更にその「技術」に繋がる学びや、絵画や音楽などの芸術も学ぶらしいぞ。アルランティアやシロウ殿の国では等しくそのような制度があり、それを義務教育と言うらしい』
『義務教育…。学びを義務としているのか。そのような制度を設けた国など、グラウギリスにはないぞ』
『これは重大な事でございます。そのように国民を等しく教育することで、優れたものは能力を発揮し、身分に関わらず頭角を表す。特に優れずともそれぞれに適した能力を伸ばすことで、自ずと国力は大きく上がりますぞ。
もしや、「技術」というのも、そのような中で発展したものなのではないでしょうか』
『ライアンよ、私には我が始祖イシルディン神が唱えていた事に通ずるように思えるぞ』
『左様でございますな。わたくしも目が覚めたような気がしております』
『私は常に全ての民に等しく能力を発揮する機会を与え、力のあるものは取り立てて来たつもりだった…。だが、国民の素地全体を、基準を格上げする事は考えも及ばなかったぞ…』
『シロウ殿が言うには、チキュウの人口は70億を下らないそうだ』
『70億?!』
『多分…と言っていたが。それもアルランティアが戻ればより明らかになるであろうと』
『待て、ディアネルよ。それではアルランティアが彼の世界で特に優秀な部類に入るというのは、我らが国の感覚ではなく…、その、70億の、しかも義務教育を受けた者達の中で更に優秀だと言う事なのか?』
『…そのようだ。アルランティアは通常の者が12年かけて学ぶ事を4年程で修めたらしいぞ。7歳から学び始めてだ。しかもその間に仕事もしていたようだ。そして12歳になる頃には学者や博士と言える者達と共に研鑽を積んでいたようだ』
王と宰相は顔を見合わせる。公爵は無言だが誇らしげに頬を緩めている。
『…アルランティア様は優秀というよりは天才という類の方ではありませぬか』
『ライアン、我が国の総人口は如何ほどかわかるか?全ての人種でだぞ』
『恐らくでしかございませんが、全ての人種ですと8000万〜9000万程ではないかと…。この大陸全体では3〜4億か。グラウギリスの全ての国を合わせても7〜8億いるかどうかかと存じます…』
『むう。ひどく曖昧な数字に感じるぞ』
『左様ですな…あくまでもわたくしが、長きに渡って暇つぶしに統計を取ったものでしかございませんので…』
『ディアネルよ、彼の世界チキュウでは、民の数を正しく把握していると言うことだろうか?』
『それは私もわからぬが、ただシロウ殿の言い様では数だけでなく、性別や年齢など、それと生活状況も含め細かく把握しているようには感じられたな。国にもよるようだが、多くの民が衣食住に困らず、教育を受けながら暮らせるように整えられているようだ』
王は公爵の言葉を聞き、天を仰ぐように顔を上げ目を閉じる。そして深く息を吐きゆっくりと目を開けてつぶやくように言う。
『…ライアンよ、私はまだまだ学ばねばならぬことが山程あるようだ。国のために民のために、考えねばならぬ事がたくさんあると痛感しておるぞ』
『はい、陛下。わたくしも同様に存じます。400年を経て多くを知って成して来たと自負しておりましたが、何とも世界観の小さかった事かと。
我が母が300年前に一族と共に姿を消す前に申しておりました。この世界の事を知っていると思っても、それはこの森の木の葉一枚を知っただけに過ぎないのですよと。まずはその事に気付く必要があるのです、と。…その意味がわかったような気がしております』
『そうだな…。ディアネルよ、シロウの話をもっと聞かせてくれ。改めて心して聞くこととしよう』
『わたくしも、己の世界観の枠を取り払って伺いたいと存じます』
公爵は、この2人が自分が受けた衝撃と同じものを感じていると知って嬉しかった。
我が家の者共ときたら、ただひたすらに驚き感動するだけで、どれ程の情報をシロウ殿が語っているか気付いている者がいるようには思えなかったのである。
いや、アンナ・マリーアは王女としての教育を受けた知性のある女性であるから、この2人と同様に情報の重大さを理解していたであろう。
だがしかしだ。
母親であるが故にか、精霊界に連れて行かれる直前までアルランティアが見ていたという、皇帝陛下の側近が用意していた妃候補のリストの方がより気になるようで、シロウ殿に記述の内容を説明させながら「この娘は若過ぎるのではないかしら」とか、「まあ、アルランティアはこの2人の娘を気に入ってるのですか?」等と…、私からすればどうでも良かろうと思う事を熱心に、ああでもないこうでもないと。
まあ、確かに成人をするのであるから、良い縁談を見つけてやるのは親の役目ではあるが。戻って来てからでも良かろうと…。
『これディアネルよ、ディアネル!どうした?早く話せ』
『あ、ああ、失礼。それで、なんだったか…』
『アルランティアがシロウと知り合った話だぞ』
『そうだ。先程の遠方と話をする「技術」のひとつでアルランティアと知り合い意気投合したそうだ。そして、ある時アルランティアがシロウ殿の国を訪れ対面したとのことなのだが、国を発つ前に何やら心配事があったそうで、それをシロウ殿にだけ打ち明けたのだと。シロウ殿はアルランティアの心配事を笑い飛ばし大丈夫だと言ったそうだ。心配しないで楽しみにシロウ殿の国を訪れると良いと』
『なるほど。察するに初めての外遊だったのであろうな』
『見知らぬ国を訪れるのは、楽しみであると同時に不安も多いですからな』
『わかるぞ。私も初めて諸外国を訪れた時は緊張したものだ』
『シロウ殿が言うには、アルランティアは実に見事にシロウ殿の国の言葉を操っていたのだそうだ。恐らく身分を隠すためにだろうが、偽名を使っていたそうだが、シロウ殿も他の者達も、すっかりアルランティアが同国の者であると信じ切っていたのだと』
『ほう』
『乳母がシロウ殿の国の者で、幼い頃より教育を受けていたらしい。アルランティアの育った国の言語とは全く構成が異なる難解な言葉であるにも関わらず、母国語のように読み書きをしていたそうだ。それが対面してみれば明らかな異国の容姿で、誰もが驚愕し恐れ入ったと褒め称えたのだそうだ』
『アルランティア様は、まことに優秀な御方なのですな』
『まあ、それで対面してから、更に意気投合し親しくなったのだという』
遠く国を離れた者同士の親交。何とも心があたたまる話である。それぞれに己の人生で得て来た異国の友を思い出し、懐かしさに胸が一杯になっていた。
そこでふと王が気付く。それ程の距離を何で移動したのかと。
『…して、その、遠く離れた国へはどのようにして移動したのか?馬車などでは何年もかかると申しておったが、魔法のない世界では移動ポートのような物があるわけではないのであろう』
『さすがはローレル。良い所にお気付きだ。神の鳥の様な空を飛ぶ物で移動をしたそうだが、どちらかと言うと竜の方が近いと言っていたな』
『竜?飛竜か?』
『違うのだ。どうやらシロウ殿とアルランティアは魔の森で過ごしていた際に、遠くを飛ぶ巨大な竜を見たのだそうでな』
『魔の森の辺りを飛ぶ竜といえば、竜王の一族ではないか!』
『うむ。大きな竜であったと。それはそれは遠く高く飛んでいたので小さく見えたが、紛れもなく巨大な竜であったのだそうだ。そして、アルランティアがその様子を遠見していた時に、竜がアルランティアに気付いて目が合ったというのだ』
『目が合った?』
『特にアルランティアの持つキャメラという「技術」では、空の月すらも大きく見ることが出来るそうで、それで覗き見ていた時に気づかれたのだそうだ』
『月すらも大きくとは?』
『空の月の大地がどのようになっているかが見えるのだ』
『なんだそれは…。あのただ丸く見えるだけの月の地面がどうなっているのか見えるというのか?』
『そうだ。にわかには信じられまい?だがな、実は私もそのアルランティアのキャメラで実際に月を見た。驚いたぞ。月とはあのような大地であったのかとな。しかも、それで捉えた動く竜の絵姿も見たぞ。恐ろしい姿でな、そして確かに目だけがギロリとこちらを見るのだ』
『むぅ、…信じぬわけではないぞ。だが、我が目で見てみなければ何とも言いようがない』
『そうであろうよ。私もこの目では見たが理解を越えていてな、混乱してしまったのだが、つまり理解をせずにただあるがままを受け入れるしかないのだという考えに至ったのだ』
『…到底理解など出来ますまいからな』
『うむ。それでな…』
『待て、ディアネル。これ、ジジューよ、熱い茶をもて。このぬるい茶ではだめだ。冷えて震えがしてくるぞ』
『あの者はジジューという名だったか』
『面白いであろう?侍従のジジューだ』
『覚えやすい名前でございますな』
侍従のジジューがお茶を入れ直す。先程のお茶とは違い、こちらは薬草茶であろうか。
『落ち着き温まるお茶に致しました』と言って、ジジューが下がる。
一息ついて、更に話をすすめる。
『それでだ。シロウ殿が言うには、アルランティアが巨竜を例えてジャンボージェだったか、そのようなものだと言っていたそうだ』
『ジャンボージェ』
『巨大な空を飛ぶ物でな、とても高く飛ぶのだそうだ。一度に400人以上を乗せて運べるのだと。巨体で竜の如き速さで高く飛ぶ。それで大海を越えてアルランティアはシロウ殿の国を訪れたのだそうだ』
『一度に400人を運び空を飛ぶとは。それは正に竜王の如き巨体でなければ無理であるな』
『神の鳥だけではなく巨竜でございますか…』
ライアンは思った。元より理解しがたいのはわかっている。それではダメだともわかっている。だが、どうしても己の見知った物の範疇で認識しようとしてしまう。既知を越えた物事を受け止めるのは中々に難しいものだ。
ただ素直に、今の自分にはわからないものとして捉える方が良いのだ。そうだ。わかって安心しようとせず、ただ流れに委ねて立ち止まらずに話を聞こう。それが良い。今まさに「未知」について知ろうとしている途中なのだから。
『簡単に言うと、神の鳥は国内などを飛ぶのに適しているが、大海を越えて異国に経由地を経て、数年の距離を1日程で移動するには巨竜というような感覚らしい。そしてそれを成し遂げる「技術」がある世界なのだそうだ』
『何やら恐ろしくもあるな。それは大きな軍事力を持つということでもあるのではないか?』
『うむ。軍事力も大きいであろうな。だが、日常に皆が便利に活用する、そういう事が当たり前の世界なのだそうだ』
『我が甥はその様な世界の皇帝の元で育ったか…』
『その世界でも最高の教育をお受けになったのでしょうから、アルランティア様の智慧たるや幾ばくか、我らには計り知る事は出来ませんな』
『正に神の化身としての素養を培って来たのであろう』
『…そうなのだ。それを思うとな、この長い年月の苦しみは、その為であったのかとすら思う。とは言えワルノーは許せぬがな』
『当然だ。彼奴はいかん。次男のジェメスは…あの子は良い子だとは思うのだが、如何せんワルノー侯爵家の者共はろくでもない。あの家の者でなければ、私とて我が娘と縁を結んで未来の王配として迎えてやりたいとは思うのだが…』
『そうですな…。どこぞに養子に出させてはいかがですかな』
『ううむ。養子に出したとて、ワルノーが口出しをやめるとは思えぬのだ』
『難しいものですな』
一同が黙りこくる。そう、王太女とワルノー侯の次男は互いに恋い慕っている。それは誰の目にも明らかである。だが、賢く誠実なジェメス・イエール・ワルノーは己の家族の企みを知って王太女との距離を取り続けている。なんとか2人の思いを繋ぎ幸せにしてやりたいものだと多くが思っているのだ。
『このような時、フリードリヒ殿であればどうなさるのか…』王がつぶやく。『まあ、今その話をしても仕方がない。ディアネルよ先を続けてくれ』
『うむ。その後、アルランティアはまた皇帝陛下の元に戻り、それ以前と同様にシロウ殿とは遠方同士でのやり取りをしていたそうだ。
そしてシロウ殿が辛い立場になった時、アルランティアが慈悲深く声を掛け、フリードリヒ皇帝陛下の許可のもとで城に招いてくれたのだと言っていた。
だが、皇帝陛下の城に到着するまで、シロウ殿はアルランティアが皇太子であるとは知らなかったのだそうだ』
『身分を隠して尚、友情を育むことが出来たのか』
『竜のようなもので移動しアルランティアの国に着いた時、アルランティア自らがシロウ殿を迎えに行ったのだそうだ。
そこで、従者を伴っての尋常ではない迎えの様子に、初めてアルランティアが一般の者ではないと気付いた。それ程に、気さくに友として接していたらしい』
『うむ。余程シロウを気に入ったのであろうな』
『それでもまだシロウ殿は、庶民の裕福な家の子なのであろうと思っていたそうだが、門をくぐって後に延々と続く庭が広すぎると怪しんだ。馬車であれば半日はかかろうという広さであるらしい』
『馬車で半日か。随分と広い庭だな』
『その距離をな、カーという乗り物で移動したのだそうだ。馬車よりもずっと早く揺れずに進む物らしいぞ』
『乗ってみたいな』
『であろう?私もそう言ったのだ。そうしたらシロウ殿がな、アルランティアが戻ったら作ってもらえば良いと』
『なるほど。アルランティア様であれば作ることなど容易いということでございますな』
『楽しみだな』
『それで移動すること40分程。やがて城が見えて来たそうだ。我が領地の城よりもずっと大きいと言っておったよ。王宮よりは小さいらしいがな』
『ふむ』
『だが敷地がとてつもなく広いらしいぞ。それで、シロウ殿はあの城は何であるかと尋ねたそうだ。するとアルランティアが「あれこそ我が家である」と告げた』
『うむうむ』
『シロウ殿は驚き、そこで初めて、我が知らずに友としていたのは皇太子殿下であったのかと気付いたのだそうだ』
『おおお!』
『それは驚きだけでなく、感激したでしょうな!まさか、皇太子殿下だったとは!と』
『城の者たちは皆とても良い者たちであったようで、皇太子殿下の客人としてもてなされ、どうして良いかわからず戸惑うばかりのシロウ殿を、異国の平民と見下すこともなく丁寧に気遣ってくれたのだと。
そして使用人の皆が仲がよく朗らかであるのは、皇帝陛下の広き心と、アルランティアの明るく誰にでも別け隔てなく振る舞う姿勢によるものでもあろうと言っていた』
『アルランティアは賢く心根の素直な子に育ったのだな。流石は我が甥である』
『素晴らしい事でございます。胸が熱くなりますなあ』
『そして、初めてフリードリヒ皇帝陛下に謁見した際は、あまりの威厳に畏れ多く身動きすら出来なかったと言っていた。正に竜王に睨まれたネズミのような気持ちだったと』
『竜王の如しか…。それ程に威厳のある方なのか。いや、そうでなければ一代で家を再興し皇帝にまでなることは出来まい。是非お会いしてみたいものだなあ』
『アルランティアは竜種が好きだそうでな、その時にシロウ殿が「竜の前に裸で放り出されたような怖さだった」と言うと、嬉しそうに自分が竜が好きなのは、祖父であるフリードリヒ皇帝陛下が竜の如き威厳をお持ちだからかも知れぬと笑ったそうだ』
『良いのう。我が父上は良い方ではあるが優しいだけで…頼りないというか、威厳とは程遠い方であるからなあ…』
王がしょんぼりとする。
ずっと父に不満をいだいていた。良いお方である。愛してもいる。だが、先々代の王、お祖父様のような民を率いて行く強さを、父の中にも見たかった。若い私が偉そうなことを言って熱くなっても、生意気だと叱られるのではなく、困ったように宰相達に任せて居室に逃げて行ってしまう。
逃げて行くの最たるものが王位継承だった。「もう良い、疲れた。それではお前がやってみよ」と、継承とはいうが、その実は丸投げではなかったか。私は早く王になりたかったのではない。偉大な父王を手伝う王子として在りたかっただけだ。
思えば、全力でぶつかれば父王をやり込めてしまうだけだと、大きくなってからは父に勝ってしまわぬようにと密かに気を使っていた。しかし、だ。…自分だって小さな子供のように偉大な父に受け止めて欲しかったのだ。せめてお祖父様が生きていて下さったらと思って来たが、それが叶わぬ今となっては、「フリードリヒ殿にお会いしたいなあ」 王は心からそう思った。
『シロウ殿は滞在中に何度かフリードリヒ陛下と2人で話す機会があったそうで、やがて大変に気に入られて家族同然の扱いを受ける事になり、その温情に心から感謝をしているのだと言っていた。厳しく恐ろしい方でもあるが、そこに確かな温かい愛情をお持ちの方であるらしい』
『羨ましいぞ。ディアネルよ、私はアルランティアが羨ましい。いや、親から離されていた年月は痛ましいものではあるが』
『いや、わかるぞ、ローレル。私も複雑だが、今では素晴らしい方の元に修行に出していたのだと思っているのだ。帰って来たからこそ言えることではあるがな。そういえばな、あちらではアルランティアは既に成人して18歳になっておるのだそうだ』
『それはどういうことでございますか?』
『シロウ殿も上手く説明は出来ないと言っていたが、どうやら我らがグラウギリスと彼の星チキュウは大きさが違うらしいのだ。それもひとつとして1日の長さが違うらしい。つまり時間の流れが違うのだそうだ』
『そのような事があるとは…』
『その辺もな、アルランティアであればわかりやすく説明が出来るであろうから、後で聞いてみると良いと言っていたぞ』
『アルランティア様は、誠に様々な知識をお持ちのようでございますな』
『うむ。だがな、ふふふ、可愛らしい所があってな。ずっと自分はもう大人だと、18歳なのだと言っていたそうでな、実は15歳だと知ってショックで項垂れていたらしいのだ』
『ははは。大人ぶりたい年頃であるから、それはわからんでもないが、しかし紛れもなくまだ15歳だ。と言ってももうすぐ成人ではないか』
『そうですな。ちゃんと成人を本来の世界で迎え家族と共に祝う為に、この時を選んで神がお戻しになったという事なのでございましょう』
『私もアンナ・マリーアもそう思っている。シロウ殿も、帰るべき時になったのでこちらの世界への扉が繋がったのだろうと言っていた。
本来であればアルランティアのみが来るはずだったようだが、何事かわからず助けようとしたシロウ殿も一緒に来てしまったのだと。
シロウ殿が咄嗟に伸ばした手をアルランティアが掴み、そのまま一緒にこちらに来てしまい、しばらくアルランティアは「巻き込んでしまって申し訳ない」と言っていたのだそうだ。
だが、もしアルランティアが伸ばされた手を掴まなくても、シロウ殿の方が必ず掴んだと、だから巻き込まれた等とは思っていないと。立場が逆であっても同様のはずだ。互いを助けようとしたはずであると…。そう言うとアルランティアは、確かにその通りだと言って涙を拭き、2人は固く手を握りあったのだそうだ』
『なんと、友情とはかくも素晴らしきかな』
『アルランティア様は、良い友をお持ちになったのですな』
『よし、決めたぞ。ディアネル、いや、シャノトワ公よ、王として命じる。シロウを王宮に連れて参れ。私はシロウに会いたくなったぞ。そうだ、その「技術」という物も共に持って来るのだ』
『は?本日、これよりですか?』
『本日ではダメか。早くシロウに話を聞いてみたい』
『…急過ぎますな。シロウ殿は捜査の為に街に出ておりますのでな、明日または明後日と願いたいものです』
『むぅ、では…明日だ。明日のお茶の時間に連れて来るがよい。ライアンも同席をするであろうな?』
『もちろんでございますとも。いや、楽しみでございますよ。まさか、異世界の者に会えるなどとは、想像もしておりませんでしたからな。では、明日の午後の大臣達との会議は延期でございますな?』
『当然だ。会議などしていられるか』
『ローレルよ、いや、陛下、会議も大切と存じますよ』
『わかっておる。ちゃんと議事録見て仕事は進めるぞ。そうだ!明日はアネットや娘たちも同席させようぞ。そなたもアンナ・マリーアや子供達も連れて参れ。皆でアルランティアの話をして賑やかに過ごそうではないか』
『御意』
会話の中に出てくる人口の数字を訂正しました。(2021/9/29)




