刺客
「誰だ?!」
身構え天井の方に向かって誰何する。同時に部屋の中を見回すが、やはり誰もいない。
『お、なんだ、俺達の声が聞こえてるのか』
『ほう、まあそのくらいは当たり前と言えば当たり前だがな』
姿は見えないがやはり天井の方から声がしている。2人いるようだ。
『おい、誰だよ。聞こえてるぞ。いるなら姿を見せろよ』 史朗が言う。
『なんと、こっちの小僧も聞こえてるようだぞ』 意外そうに声が言う。
『ふむ、異世界の者は中々に感覚が鋭いのかもしれんな』 もうひとつの声が感心したように言う。
異世界の者って言ったか?史朗のことだよな。史朗がこの世界の人間じゃないって知っているって事か?
俺は部屋の中を探る。見えない2人の位置を知ろうとすると、すぐに天井近くの空間に浮く2つのエネルギー体を察知した。
「史朗、そこだ。そこの空間に2つ浮いてる奴らがいる」
俺が言い終わる前に史朗が飛んで、エネルギー体が浮いている場所を的確に殴りつけた。パシっと音がして、史朗がぶら下がるような状態で宙に浮いている。史朗の拳を受けた何者かが、そのまま史朗を捕らえているのか。
『おお、これは随分と活きが良い奴だな。坊主の従者か。ははは、面白いぞ』
「くっ」
「おい、史朗を離せ!!」
俺は史朗を掴んでいる奴がいる辺りにウインドカッターを飛ばし攻撃する。
『おおっと、危ないな。刃物を人に向けて飛ばしちゃだめだろう』と声がして、史朗が離され床に転がり落ちた。
「史朗!大丈夫かっ?!」
俺が駆け寄ると、史朗が「大丈夫だ…」と呻きながら起き上がろうとする。怪我はしていないようだ。俺は天井の方を睨みつける。
『あんまりからかうでない。見ろ、怒っておる』
もうひとつの声が他方を窘めるように言う。
『いやいや、悪かった。わかるのは気配と声だけか。まだ姿は見えんのだな』
そう声がして、気配のする辺りにキラキラと光りが集まり人の形になって行く。そしてすっと降りて近づいて来る。腕を伸ばすように2本の光が伸びて来て俺を捕らえた。
「うわ!離せ!!」
俺が暴れて振り離そうとすると、『ははは!これはまた、中々に力がある』と言いながら、まるで2本の腕で後ろから羽交い締めにするように抑え込まれた。脚も押さえられて、俺はそのまま宙に持ち上げられる。
「くそう!やめろ!何だよお前ら!!」
背後のエネルギー体に向かって電撃を食らわすが、俺を抑え込んでいる奴は平気なのか回避したのか、『なんと!今のを見たか?!』と嬉しそうに声を上げる。
『良いぞ、坊主!他には何が出来るんだ?!』と楽しそうだ。
「俺は坊主じゃない!!」
「この野郎!アランを離せ!!」
『アランだと?なんだ、坊主はアランと名乗っておるのか』
『おい、シモーンよ、もう良いだろう。これ従者よ、アランは連れて行くぞ。案ずるな、お前は大人しく待っておれば良い』
ふたつの声がそう言うと、不意に光りが強くなった。俺は空間が歪むのを感じて目眩がした。意識を失いそうになる。
「待て!くそう、行かせねえぞっ!」
史朗が飛び上がり俺の脚を掴んだ。その感触を感じながら俺の意識が遠のいていく。
…だめだ、史朗危ない、逃げろ。早く逃げろ。
光が強くなり辺りが真っ白になって、俺は気を失った。
_____________
「アランを離せっ!!」
一体何がなんだかわからないが、見えない連中がアランをどこかへ連れて行こうとしている。最初の攻撃で、史朗は自分では敵わない相手だとわかっていた。だが、ここで引くわけにはいかない。絶対に連れて行かせない。
『異世界の者はガッツがあるな』
『うむ、良い従者だ。だがな小僧、悪いがお前を精霊界に連れてくわけにはいかんのだ』
精霊界だと?!
『お前は精霊界にはいられない。せいぜい数分しか持たぬ。死んじまったら坊主が泣くからな。おとなしく待っていろ。この坊主は精霊界でやることがあるんだ。心配するな、すぐに返してやる』
「すぐっていつだよ!」
『まあ、2〜3日だな』
『シモーンよ、そうではあるまい。人間界とは時間が違うのだ。ちゃんと教えてやらねばいかん』
『ああ、そうだったか。すまん。いいか従者よ、この坊主は色んな所が抜け落ちておってな、不完全なのだ。精霊界にてもっと自分のことを知り、力を取り戻さねばならぬ。そうだな、お前達の時間で1〜2週間くらいで戻るであろうよ。それまで人間界で待っておれ』
1〜2週間…。
『うむ、戻る時には少々今とは変わるだろうが、心配はいらぬ。それよりな、この子供…アランを狙った刺客が来るぞ。
今はあの部屋の時間を止めてあるが、お前が戻って10も数えぬうちにすぐに襲って来る。ぼーっとせず迎え撃てよ。
ディアネルもすぐに来るだろうが、まあ、お前なら刺客に遅れを取ることはあるまい。ディアネルが来る前に刺客をやっつけてしまえ』
刺客?ディアネル?なんだそれ?
『ディアネルはこの坊主の、アランの父親だ。シャノトワ公爵家の現当主よ。まだまだ鼻たれ小僧だがな。ディアネルが来たら坊主は精霊界に行っていると伝えろ。曾曾曾祖父さんからの伝言だとな。シモーンと言えばわかるだろう』
『いいか、戻ったらすぐに襲撃が来るからな。間髪入れずに叩きのめすんだぞ。3人だ。ははは、どうだ、俺は親切だろう』
「よくわからんが、とにかく3人叩きのめせばいいんだな?」
『そうだ。生きたままディアネルに引き渡せ。殺してはならんぞ。それで完了だ。あとは坊主が戻るまで待っておれば良い』
『さあ、これ以上いるとお前に良くない。では、戻すぞ。いいな』
そうして史朗は光の中から弾き出された。床に尻もちを着いて周りを見回す。元の宿の部屋だ。
「いまのは何だったんだ?」と思った瞬間だった。
乱暴に窓が開いて覆面の男が2人飛び込んで来た。そしてそのままナイフで斬りかかって来る。何の躊躇もなくこちらを殺すつもりだ。史朗はシモーン達に言われた事を思い出し迎え撃つ。
両手に気を込めて一人のナイフを拳で打った。ナイフが爆発したように粉々になり飛び散る。覆面の男たちが驚いて一瞬怯んだスキを逃さず史朗が襲いかかる。
アランを為す術もなく謎の連中に連れて行かれてしまった。その苛立ちを覆面の男たちに向ける。
精霊界だと?敵ではないのかもしれないが、わけも分からずアランを引き渡す事になってしまった。俺はなんて役立たずなんだ!ちくしょう!!
覆面の男たちは我が目を疑う。彼らは想像もしていなかったのだ。史朗がこの世界の人間の粋を大きく越えて恐ろしく強いという事を。
小柄なドワーフだと侮っていた。だが、拳で武器を粉砕された。そして今、容赦はしないという殺気を放ち自分達に迫ってくる。
殺すのは自分達だったはずだ。なのにどうだ。猛り狂った猛獣に狙いを定められ逃れる術がみつからない、そんな恐怖に支配され刺客達は己の死を予感した。
刺客の脚をただ拳がかすめる。それだけで刺客の片足が鋭利な刃物を使ったかのように切り落とされた。そのまま動きを止めずに、もうひとりの刺客の顔面に拳を放つ。だが当たる直前に止め、次の瞬間膝を蹴り砕いた。
ディアネルに引き渡すのだ。頭を潰してしまってはいけない。史朗の頭の芯は感情とは逆に冷静だった。
2人の刺客は既に戦闘不能となり意識を失っている。シモーン達は刺客は3人と言った。まだ現れていない1人がいる。
史朗は気配を探る。と、ドアを叩く者がいた。
『どうしました!大丈夫ですか?!』
宿の者か?それとも刺客か?史朗は息を整え平静を装い返事をする。
『ああ、すみません。ちょっと物を倒してしまって。お騒がせしました』
『大丈夫なら良いんですがね。何かあれば御声をおかけ下さいねえ』
そう聞こえた瞬間にドアが蹴破られ、ナイフを両手に持ち腕をクロスさせた構えで覆面の男が飛び込んで来る。そして、ドアに背を向けていた史朗に襲いかかる。
鋭利な二振りのナイフで後ろから確実に切り裂いたはずだ。だが、手応えがない事に戸惑う男。
3人目の男は、振り向きざまに気を纏った腕を振り抜いた史朗に、ナイフを粉々に砕き消されていた。だが、その事に気付く間もなく、両膝を蹴り砕かれ床に沈んでいた。
そして史朗は軽く、とても軽く殴って刺客の意識を奪う。
騒ぎを聞きつけたバーティスが慌てて駆け上がって来て、『何事ですか?!』と飛び込んで来た。
バーティスは驚愕した。
陽気で朗らかなドワーフのような男、史朗が、怒りに支配された殺気の塊になってそこに立っている。そして床には3人の覆面の男が倒れている。一人は片足が無く、一人は失禁して意識を失っているようだ。もう一人は仰向けで目を開けたまま動かない。
私も殺される!
自身も屈強な騎士であるはずのバーティスは、生まれて初めての恐怖に身動き一つ出来ず、そのままただ立ち尽くしていた。
『…バーティスさんか』
そう言って史朗がギョロリとバーティスを見る。殺気はそのままだが、バーティスを襲ってくる様子はない。
『シロウ殿、これは一体…?』
漸く絞り出すように問いかける。そして部屋の中を見回す。若は?アルランティア様はどこだ?
『こいつらは刺客だ。アランを狙って来た。捕まえてディアネルに引き渡す。殺してはいけないと言われた』
『刺客だと?!』
バーティスは考えるより先に反射的に動いた。主が来る前に拘束するのだ。意識を取り戻し自害などされぬように手早く覆面を脱がし、それで刺客たちを後ろ手に縛り上げる。
3人を縛り上げる間、史朗は立ち尽くしたまま動かなかった。
一人として知った顔がない。片足が無くなっている男に止血をしながら、バーティスは全員の顔を確認していた。そして全員を床に転がした時、複数の足音が階段を上がってくるのが聞こえた。
史朗が足音に反応し、収まって来ていた殺気をまた放ち始める。まずい。バーティスは慌てて史朗に声をかける。
『シロウ殿!これから来られる方は敵ではない!どうか、落ち着いてくれ』
『敵ではない?』
『ああ、敵ではないぞ。若の、アルランティア様のお父上だ。御領主のシャノトワ公爵様だ』
『御領主…アルランティアの父…』
史朗がつぶやいていると、足音が近づき開け放たれたドアの所に金髪の男が現れた。
『こ、これはどうしたことか?』
部屋の中を見て金髪の男、領主のシャノトワ公爵が言葉を失う。
『バーティス、何があった?!アルランティアはどこだ?!』
『殿、この者共は若を狙った刺客とのこと。これにあるシロウ殿が取り押さえましてございます』
その言葉を聞き、公爵と共に来ていた騎士達がさっと動き刺客たちを取り囲む。
『刺客だと?!いずれの手の者か?!シロウとやら、アルランティアは、息子は無事なのか?!』
シャノトワ公爵がシロウに近づき掴みかかるように問う。史朗は動かぬままギョロリとその顔を見て言う。
『…ディアネルか?』
領主の、公爵の名を呼び捨てにする史朗に、その場の全員が驚き緊張が走る。
『あんたがディアネルか?』
『あ、ああ、そうだ。私がディアネルだ』
『アランは、いや、アルランティアは精霊界に行った。あんたの曾曾曾祖父だっていうシモーンが連れて行った』
『私の…曾曾曾祖父だと?』
この男は何を言っている?我が高祖父に確かにシモーンという名の者はいるが、何百年も前にとうに亡くなっている。もちろん私だって会ったことなどない。あるわけがない。そのシモーンが我が息子を精霊界に連れて行っただと?
『…どういうことだ?』
『知らん。いきなり声だけが聞こえて、アランを捕まえて行った。二人だ、シモーンともうひとりいた。俺は…俺は何も出来なかった。アランは1〜2週間で戻ると言っていた。笑いながら案ずるな、待っていろと。案ずるなだと?ふざけるな!のんびり待ってろってのか!』
史朗が吐き捨てるように言って、そして急に泣き出した。崩れ落ちて泣き出した。
『ちきしょう…』
階段を駆け上がってくる細い足音がして、騎士たちが礼を取り道を空ける。薄紫のベルベットのフードを被った金髪の女性が慌てて部屋に入ってくる。部屋の中を素早く見回し、泣いている史郎と部屋の脇の方に縛り上げられた黒尽くめの男たちを見てから、そこにいる夫であるシャノトワ公爵に問いかけるような視線を向ける。
『あなた…何があったの?あの子はどこなの?』
公爵は妻に目を向け片手を挙げて言葉をおさえる。そして手を差し伸べて妻を近くに呼び、それから史朗に話しかけた。
『シロウよ、いや、シロウ殿よ、話してくれ。アルランティアは我が高祖父シモーンに連れられて精霊界に行っていると言うのだな?』
『…そうだ』 涙を流しうつろに宙を見たまま史朗が答える。
『精霊界ですって?!』
公爵はちらりと妻を見て頷いてから、また史朗に問いかける。
『1〜2週間で無事に戻るから待っていろと言われたのだな?』
『…そうだ。俺は精霊界には入れないと弾かれた。一緒には行けないと。待っていろと』
『シモーン様は何故あの子を精霊界に連れて行ったのだ?わかるか?』
『…まだ不完全なのだと言っていた。色んな箇所が抜け落ちているんだと。精霊界でやることがあるのだと。色々思い出して、自分を取り戻さなければならないんだと。
…アランは、アランはイシルディン神の一部だ。そんな事とっくに知っていた。なのに俺は怖くて忘れたんだ。話そうとすると弾けて消えてしまって話せなくなった。あいつは俺とは違う。俺とは違ってこっちの世界の人間だ。それに気がついたら、もうあいつと一緒には居られなくなってしまうから…だから俺はあの時に忘れる方を選んだんだ』
『アランというのはアルランティアの事か?』
項垂れていた史朗がゆっくりと顔を上げる。視点が定まり靄が晴れたような目で公爵を見上げる。そして隣りにいる公爵夫人を見る。
不意に涙がこぼれて来た。アランの目に似ている。同じ目をしている。こらえ切れず涙を流しながら震える声で言う。
『そうです。アランはアルランティアだ。あなた達の息子です』
公爵夫人が息を呑み、震える手で夫に縋り付く。そして涙をこぼす。アルランティア…と言って泣いている。
『…そうか』
公爵が短く言って、少し黙ってから深く呼吸をし、泣いている妻を労り抱きしめる。
そして、騎士達に部屋を整えさせ、捕らえた刺客を城に連行するように命じ、史朗に言う。
『精霊界に高祖父達といるのであれば、あの子は安全だということであろう。案ずるな、待てと言われたのであれば、信じてその通りにしよう』
『…そうね。返して下さると仰ったのであれば、お言葉通りに致しましょう。10年待ったのだもの。居場所がわかっていて帰ってくるのがわかっているのですもの、わたくし待てますわ』
泣き腫らした目をして、健気に言う公爵夫人の手をぎゅっと握り、『うん』と言ってから、史朗に向き直った公爵がじっと目を見て言う。
『シロウ殿、私はまずは刺客が誰によって放たれたものかを突き止めねばならぬ。だが、あの子の事も知りたいのだ。どうか一緒に城に来てはくれまいか。そして、話を聞かせてくれ。あの子の事を全て』
史朗は頷き、公爵夫妻と共にシャノトワの城に行くことにした。もちろんこの目で見て来たアランの事を話そう。だが、史朗が城に一緒に行くのはその為だけではない。それだけではダメだ。
『俺は何故刺客が来るような事になったのか、それが知りたい。どれほど役に立つかわかりませんが、どうか俺にも何か手伝わせて下さい』
迷いの無い様子でそう申し出た。
一度投稿後に最後の展開を変更しました。
宿の部屋で夫妻にアランの話をする → 城に一緒に行きアランの事を話すことにする。そして捜査の手伝いを申し出る。




