恋と愛と自己嫌悪
部屋に入り鍵をしめて、ゴーグルやマスクを外す。風呂は後にしよう。荷物から石鹸を出し、とりあえず手と足だけ洗ってからTシャツとスウェットに着替える。
髪が汗でベッタリしているので魔法で綺麗にして荷物を整理する。
整理と言っても、ここにいる間は今日買った服を着たきりにするから、下着の替えを出したり、せっかくの風呂付きだから石鹸やシャンプーリンスをセットておいたりで、大したことは何もない。
魔法を使えば、別に下着も靴下も替える必要はないんだが、そこはやっぱり気分として替えるのだ。
補給物資の我が家ブレンドのコーヒーを淹れ、ソファーに座って一息ついてジラール動画を観る。ホッとする。
そうだ、ずっと放置したままだったセバス隊の入隊希望者リストをチェックしておこう。もし今夜久しぶりに家に行けるなら、その前に見ておかないとね。
入隊希望者のだいたいの特徴はすぐ把握した。俺がちゃんとリストを見てチェックしてるという証拠を残しておこうか。
俺はミニセバス隊を創り出した。普段受けていた訓練をミニセバス隊の新入隊員達にさせながら動画を撮る。隊長のミニセバスと先輩隊員のシモンとヤーニスが厳しく指導している。
奈々恵隊もサービスで出しておくか。訓練を終えたミニセバス隊に差し入れをするシーンにしよう。これ、結構良いんじゃない?良いシーンが撮れた気がするぞ。
ついでに、街に移動している事を報告しておこうと思い、一度カットしてから、再度カメラを回す。自分を映して爺ちゃんに報告を始める。
「爺ちゃん、俺達は街に来ました。王様の許可証があったからすぐに街に入れたよ。最初に神殿に寄ったんだ。こっちの神様がさ、俺と似てるんだよ。ていうか、ほぼ俺。
でも大丈夫。顔を隠して虫人のふりをしてるから注目はされていません。
神殿の後に服屋に行ってこの国の服を買って着替えました。地球の格好は目立つからね。今は宿の部屋でTシャツに着替えちゃったけど、後でこっちの衣装を着てる写真撮って送るね。
今日は服屋の人が街を案内してくれて、少しだけ観光したんだ。初日だから少しだけね。こっちの街は古いヨーロッパみたいで、ちょっと懐かしいような感じがします。
歩きながら串焼きを食べて、それから史郎と一緒にストリートミュージシャンをしたんだ。良い感じで盛り上がったよ。奈々恵がいつも歌ってる歌を、俺がピアノみたいな楽器で演奏して史朗が熱唱しました。
歌詞がわからなくても皆喜んでくれて投げ銭ももらった。結構お金になったよ。楽器を置いてる店の人に明日も来てくれって言われたんだ。バイトが決まってちょっと楽しいです。
今日は撮り忘れたので、明日はちゃんと演奏するところを撮っておくようにするよ」
と、ここで部屋の中を撮ってこちらの様子を伝える。
「これが今日の部屋です。案内してくれた服屋の人が交渉してくれて、宿で一番良い部屋になった。バーティスっていって、服屋さんというよりもちょっと兵士みたいな体格の人でさ。まあ、良い人だよ。
この部屋だけ風呂付きなんだ。今部屋にいるのは俺だけで、史朗は1階の飯屋で知らない人達と腕相撲大会やって盛り上がってる。俺は先に戻ってセバス隊のチェックをしたとこね。食事は美味かったよ。
部屋の中はこんな感じです。結構広いんだ。…まあ、家からしたら全然狭いんだけど。でも、清潔で居心地良いよ。ベッドも柔らかい方だし。
そして、ここが風呂です。あれ?お湯はどうやって出すんだろう?これかな?ま、いいか。わからなかったら自分でお湯を出します。
明かりがランプだけだとちょっと暗いよね。魔法でライト点けます。どう?明るくなったでしょ。
次はトイレです。…トイレは…質素だな。臭いは全然しません。水洗なのかな…どうなってんだろ…え?ちょっとこれ…うわ、うわー何かいる!何かいます!ええと、便器の底の方に何かがいます!!多分、排泄物が餌になる何かだと思います。うわ、やだ、これやだ」
マジやだ。気持ち悪いよ。何かが下の方でウゾウゾ動いてる。ガレオ村はこんなんじゃなかった。ライト点けなきゃ良かったよ。
話を変えよう。
「そうだ。史朗が結婚したって言ったっけ?エルフのお嫁さんを2人もらったんだよ!びっくりしたよ。何ていうか出会ったばかりなのにすごく仲良いんだ。
結婚て言っても一緒にいられるわけじゃないんだよね。エルフ達はエルフの里を出られなくて、史朗はエルフの里には1週間以上いられない。命に関わるらしいんだよ。もちろん2人を地球には連れて帰れないし。
でもお互いにとっても好きになっちゃったみたいだ。史朗が、エルフにとっては人間の一生なんて、せいぜい3〜4日くらいの感覚なのかも知れないって言ってた。でも、史朗が生きている間は3人は夫婦でいるんだって。
地球に帰る前にもっと史朗が奥さん達に会えるように、出来れば何回かエルフの里に行こうと思ってます。史朗は俺が一緒じゃないとエルフの里に入れないんだ」
ここまで話して、急に言葉に詰まった。
そう、史郎と俺は違う。俺は史郎と一緒に地球に帰れるんだろうか?そんな疑問が明確な言葉になって不意に浮かんだ。
俺が本当はこっちの人間だとしたら、地球からこっちに帰って来たって事になる。もしかしたら時が来て森に戻って、あの光が現れて史郎と一緒に飛び込んでも、俺だけ地球には行けないんじゃないのか?一人だけこっちに残る事になるんじゃないのか?
そんな事を思ったら指先からどんどん手が冷たくなって来て、心臓がバクバクして目眩がした。
「…ええと、ここは良い街だし観光も面白そうだけど、俺は早く帰りたいです。家に帰ってゆっくりしたいよ。家でお風呂に入って自分のベッドで寝たい。今夜あたり久しぶりにそっちに行けると良いなと思ってます。そっちでも癒しの水が出せるかどうか試したいので、何か入れ物用意しておいて。黒オリーブいっぱいのピザ、また食べたいです。あ、そうだ、ちゃんとお金はジップロックに入れています。大丈夫です。じゃあね、また後でね」
早口になったけど、よし。なんかゴチャゴチャだけど、よし。
コーヒーを飲もうとするがカップが空だ。もう飲み終わってた。もういいや、眠れなくなったら困るからお代わりはしないでおこう。
漠然と感じていた不安。俺だけこっちに残る可能性をまともに考えてしまって怖くなった。まだ何もわからないんだから、考え過ぎてはいけないんだけど、なんか落ち着かない。
寝てしまえば家に行けるかもしれないのに、寝るどころか返って目が冴えて来る。
そうだ!セバスセレクションの恋人候補のリストを見よう。女の子を見て気を紛らすんだ。
無理やり不安を押しやって女の子の情報を見る。集中しようとする。
結構いるな。16部ある、16人か。あ、アリスも入ってるじゃん。これって恋人候補って事だけど、多分お嫁さん候補でもあるよな。一方的にリストアップしてるだけで、彼女達はこんな風に俺がチェックしてるなんて知らないんだろうけど。
それとも、セバス調べで俺を気にしてる女の子を見繕ってあるとか?謎だな。てか、アリスは確か他にも誰かと付き合ってたと思うけど、ということは、この中の他の子も既に誰かと付き合ってる可能性もあるのか。
一生懸命、思考を働かせる。じゃないとまたあれこれ考えて落ち着かなくなる。
待って、この中で直接会ったことがあるのはアリスだけだぞ。あとはインスタブックで相互フォローしてる子がいるくらいだ。
まさか、実は出来レースでアリスをオススメって事なのか?アリスはいざとなったら俺だけに絞る気はあるのかな。
どっちにしても、俺が地球に帰ってからじゃないとお付き合いは始まらない。慌てても仕方ないし、それに帰れなかったらチェックした所で全く意味がない…って、また帰れない可能性を考えてしまった。
ダメだ、途端に手が冷たくなってくる。俺は本当に帰れないのが怖いんだ。
女の子に集中しよう。俺はペンを出してアリスに丸を付けた。ついでに96/100と書く。100点満点中96点って事だ。女の子に点数をつけるなんて失礼だけど、でもこうしておいた方がセバスに伝わり易いだろう。
そのまま他の子にも点数を付けてみる。セバスセレクションだけあってどの子も悪くない。俺のツボを押さえてある。
ええと、フランス人17歳、あのデザイナーの娘さんか。んー、82点かな。ベルギーの伯爵家の次女14歳、ちょっと若過ぎない?78点。イギリスの銀行家の娘18歳、同い年か。いいね85点。よし、この調子だ。ノルウェーの赤毛さん、なかなか良い。89点。やっぱ俺は赤毛が好きなのかな。
…こうして女の子を見てると、やっぱりエルフってとんでもなく美人ばかりだったな。アリスが普通に見えるもんな。でも、今の所この中ではやっぱりアリスが一番かな。
てか、どうしたってこの中にキャロは入らないんだろうな。
あ、いかん。自分で自分の痛いところを抉ってしまった。何か今日は俺、すごくダメな気がする。ひたすら坂道を転げ落ちてないか?
キャロの事はやっぱり考えてしまう。俺は好きだって思ってたけど、本気なつもりでいたけど、でも地に足が着いてなくて。キャロはずっとそれがわかっていたんだろうなって気付いてしまった。
年の差がどうこうじゃなくて、ただ俺があんまりにも子供で、俺と一緒にいても安らげる未来はないって感じて、それでいつかは離れるって決めていたんだろう。実際そう言ってたし、本当にそのまんまだったんだ。俺がちゃんと意味を理解してなかった。拗ねながらどこかでは変わらずにずっと続くって思ってた。
実は俺なんかよりキャロの方が、本当に好きだと思っていてくれたんじゃないかって、自惚れだけど思った。
ずっと俺を子供扱いしてたのは、俺が本当にガキだったからだ。何もわかってないのにわかってる気になってて、話にならなかったからだ。…でも俺と会うのを止めないでいてくれた。
実はエルフの里を出てから、まさかの自分に気付いてすごく凹んだことがある。
俺はいつもアパートでキャロに会ったけど、一度だって家に呼んで爺ちゃんや奈々恵やセバスに会わせようと思ったことがなかった。むしろ無意識に避けていた。…つまり、そういう事なんだ。
これに気付いて色んな事がつながった。
こっちに来てしまってからキャロの気持ちを知って、もう会えないかも知れないと思って、初めて「結婚したい」なんて思ったけど、もし変わらず地球にいたらそれもきっと違ったんだと思う。
多分、相変わらずおままごとで、何も発展することはなくて、キャロに甘えるだけで過ごしていた。俺の知らない所ですり減っていく彼女の心に気づかないまま、ただ無邪気に寄り掛かって、思う様じゃないと拗ねるだけだったんじゃないかと思った。
あのヒゲモジャ男は、キャロを全部引き受けて包める男で、キャロはあいつとなら一緒に安心して生きられて、一人ですり減らずに済んで、つまりきっと幸せでいられるって事なんだと思う。
おばばが言っていたのはそういう事だ。
俺では与える事が出来ないものを、あのヒゲモジャは与えられる。
連絡が途絶えて泣いて、俺が死んだと思う事でやっと先に進めるようになったんだとしたら、キャロはそれだけ俺を思ってくれてたって事なんだろう。俺がいなくなって悲しんで、でも多分、同時にホッとしたんじゃないかと思う。俺がいなくなってキャロは漸く俺から解放されたんだ。
全然気付けなかった事がものすごく申し訳なくて、そして何もわかってなかったバカな自分が恥ずかしくて、本当にダメダメだ。ふられたなんて言って落ち込む資格もない。とんでもない話だ。
キャロが好きだと思いながら、他の女に触れるのも平気だった俺は、ただのスケベ野郎じゃないか。寂しいとか傷ついてるとか、軽い男の言い訳だ。自分が可愛いだけの情けない奴だ。
あーやだ。なんか俺ってやだ。
女の子を見て気を紛らわすどころか暗い気持ちになって来たぞ。
こんなダメで情けない俺でも、爺ちゃんやセバスや奈々恵達は愛してくれてる。そして、俺の一番はやっぱり爺ちゃんで、それからセバスと奈々恵で、そしてロートリングの家の皆で。
それを越える女の子なんているんだろうか。
ああそうか、アリスなら良いかなって思うのは、楽だからだ。
アリスは家に連れて行ける。爺ちゃんに会っても全然平気だし、家の皆にもきっと自然に接する事が出来る。多分、俺がいない時でも普通に家に滞在出来てしまう人だ。
俺の生活も何も変わる気がしない。きっとアリスも同じなんだろうな。俺なら彼女の邪魔にならない。
なんだ、ただの似た者同士なだけじゃないか。相手が好きなんじゃなくて自分が楽だから気に入ってるんだ。だから他に誰かがいても付き合える。
そういうのじゃなくて、こんな俺をそのまま愛してくれる人なんているんだろうか。そんな人はこの世に爺ちゃん達だけなんじゃないだろうか。
あの御領主様だって奥方様だって、血がつながってるかも知れないけど、今の俺にとってはよく知らないおじさんとおばさ…お姉さんって位のところだし。あっちだって実際に話してみたら「こんな子のはずがない」って思うかも知れない。
俺が居て良いのはロートリング家の爺ちゃんのそばだけな気がする。
早く帰りたいな。なんか俺、街にいないで森に引っ込んでようかな。史朗に言ってあの森に戻ろうか。いや、でも史朗は街で楽しそうだからそれも悪いか。
俺だけ森に行ってようかな。そしてストイックに過ごす。もっと自分を見つめ直す為に。
我が身から甘えとスケベを削ぎ落とす。
そうだ、全てはそれからだ。
そう、アリスも白紙だ。キャロもきれいサッパリ忘れて、ネッコ達も完全に振り切って、もしまた誘われても絶対に乗らない。そもそも近づかない。このリストの令嬢達も全部なしだ!
「よし!…あっ」
つい勢いよく立ち上がってテーブルにぶつかって、見ていたリストを全部床にぶちまけてしまった。
「ああ、何やってんだよ俺。とことんダメな奴だよ。コーヒーが空で良かった」
しゃがんで一部ずつ拾う。拾いながら、まだ見ていなかった令嬢の1人に目が止まった。
「…あれ、この子ってエイダ・グリーンじゃないか」
エイダ・グリーン17歳。アメリカの高校生モデルだ。実はファンでずっと密かにチェックしていた。彼女のインスタブックもフォローしてる。直接やり取りしたことはないけど、なんと彼女も俺のインスタをフォローしてくれてる。初めてイイネされた時は驚いて身体が熱くなったっけ。
え?何、セバスったら、彼女も候補者に上げてたの?マジで。じゃ、もし俺がエイダが良いって言ったら会えるというか、付き合える可能性があるってこと?え?待って、そうなの?
あ、ダメだ。ダメだぞ俺。
たった今、しばらくストイックに生きる事にしたばかりだ。ダメじゃないか。すごく好みではあるけど、濃いまつげに縁取られた淡いブルーグリーンの瞳が神秘的で、この目に見つめられたら吸い込まれてしまうかもしれないと思うけど、ダメダメ。
美術専攻で絵の個展も開いてるって、そんなの知ってるさ。犬と猫を飼ってるのも知ってる。ジンジャーとピピだ。え?爬虫類も嫌いじゃないの?それは知らなかった。それいいじゃん!お母さんがドイツ人なんだ。ふーん。それで良くヨーロッパにも来るんだ。そっか…。
いやいやいや、そっかじゃないよ。どっちにしろ今考えててもすぐにどうこうなるわけじゃないし。俺は全てをリセットするんだから、もう関係ないんだ。
でも確かに、俺的に100点なのは事実だから、それは仕方がない…。
一応、あくまでも一応、エイダのシートに100/100と書き込みハナマルを書く。
甘えと女を断つと決めた直後に女の子に満点を付けている自分にがっかりだ。頭を抱えてため息をついているとドアが開いて史朗が顔を覗かせた。
「もう、いいか?」
「え?」
「いや、なんかずっとブツブツ言って悩んでるっぽかったから、邪魔しちゃ悪いなと思って廊下にいたんだけど、もう終わったかなと思ってさ」
「え?俺声に出してた?」
「ああ、結構はっきり喋ってたぞ。でも、俺しか居なかったし、もし誰か居ても日本語だったから聞いてもわからないだろうし、大丈夫だ」
「うそでしょ。…どの辺から聞いてた?」
「こっちに来てもう会えないかも知れないと思って初めてキャロさんと「結婚したい」って思ったけど、もし変わらず地球にいたらおままごとから発展することはなくて…ってあたりからかな」
ひっ。
「で、何かを落として、エイダの瞳に吸い込まれるかも知れなくて、女断ちをするって決めたばかりなのにエイダに満点つけて反省するあたりはだいぶでかい声だったな。ああ、そりゃ自分にがっかりするよなって思った。けどさ、そんなにガチガチに難しく考えなくていいと思うぞ。お前はまだ若いしさ。そうじゃなくても元々考え過ぎるし理屈っぽいんだから、もっと気楽にした方がいいよ」
ひぃっ。
「でもまあ、何ていうか、安易に女の誘いに乗ってしまわない決意は良いと思うぞ、うん。あと、森に行きたいなら俺は全然いいぜ」
史朗がからかうでもなく一生懸命心配してくれるから、返ってすごく恥ずかしい。俺が真っ赤になって汗をかいているとあらぬ方向から笑う声が聞こえた。
『ぷっ』
『こら、笑うな。坊主なりに一生懸命なんだ』
『わかっておる。だが…なんともかわいらしいものよ』
え?何?
俺と史朗が顔を見合わせる。部屋の中を見回すが誰もいない。
というか、声がしたのは天井近くだ。天井裏に誰かが潜んでいるのか?!




