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アルランティアの日記   作者: 倉門 輝光
シャノトワ領 グワエウの街
75/117

ストリートミュージシャン


 『失礼しました。ちょっと知り合いがおりましたもんでね』


 『ああ、こっちこそ待たせてて悪かったな。中でこれを修理してたんだよ。直ったんで、これからちょっと演奏をするんだ』


 『それは素晴らしい!』


 「何弾こうか?」


 「んー とりあえずアランが弾きたいの弾けば?」


 「デモンストレーションだから、ある程度ウケるのがいいよな」


 「クラシックあたりが無難かもな」 


 「テンポがそこそこ良いのが良いよね」


 「誰が聞いても、あ、良いかもって思いそうな曲」


 「キャッチーなメロディラインか」


  俺達が話しているうちに店主が勝手に客の呼び込みを始めてしまい、俺達とクラヴィツィテリウムの周りに人が集まってみんなが珍しそうに見ている。


 『これが楽器なんだって?でかいな。触ってもいいか?』と聞かれて史朗が『ここを押すと音がするよ』と言う。

 1人が恐る恐る鍵盤を押す。ポーンと澄んだ音がして『おおおお』と声が上がる。次々に鍵盤を押しては面白がっている。なかなか良い雰囲気で興味を引いているぞ。

 

 それじゃ、何か簡単で親しみやすいのから行こう。

 俺が椅子に座ると、皆がかぶり付きで群がるように見て来る。近い。とても近い。譜面をめくる人でもこんなに近くにはいないだろうってくらい近く取り囲まれる。 

 

 『おーい、皆もうちょっと離れてくれ』


 パンパンと手を叩きながら史朗が皆を遠ざける。クラヴィツィテリウムから1〜2メートル離れて半円形に囲むように立ってもらった。

 バーティスが木の棒で地面に線を引き、『ここから前には出ないように』と注意する。


 こっちに来てからずっと弾いてないからまずは指慣らしに音を出してみる。単音を鳴らしていた人達が、和音とメロディを聞いて『おおお』と声を上げる。ちょっと楽しいぞ。

 

 指慣らしから曲に入る。俺が弾いてるのはフランス民謡のAh! Vous dirais-je, Maman という恋歌だ。一般的には「キラキラ星」という童謡として知られている。

 ゆったりとロマンチックに弾いてから、そのままモーツァルトの「キラキラ星変奏曲」に入る。主旋律は変わらないままに軽快なテンポでアレンジが入り、その度に違う表情を見せる曲に「へえ〜」とか「見事なもんだ」と、みんな興味津津だ。


 この変奏曲は本気でやるとどんどんアレンジが入って来て、実は10分以上になる長い曲なので、適度な所で史郎に歌で参加してもらった。


 何度か繰り返していた耳に残る主旋律と、史朗が即興でこちらの言葉に変えて歌う歌詞が簡単なので、皆もすぐに覚えたようだ。

 更に手を広げてキラキラ星の振りを付けて歌うから子供たちが大喜びだ。子供が真似をして一緒に歌い出し、大人たちも歌いだした。


♫夜空に光る小さな星たちよ  

 遥かな空遠く いつでも見てる 

 夜空に光る小さな星たちよ

 

♫夜空に光る優しい星たちよ

 またたきながら旅路を照らす

 キラキラ光る小さな星たちよ

 


 この日から「キラキラ星」は『ギリスゴアウー』という曲としてこの街で大ヒットとなる。「祝福の星の光」という事だ。

 色んな酒場で酔っぱらいが振り付きで歌い、子供たちが歌い、そして、旅人が星の守護を乞う歌として国中に広まって行く。吟遊詩人も歌い、宮廷でも知らぬ人のいない曲となり長く愛される曲となる。

 後に王宮でこの曲を元祖というか本家として披露する事になるのだが、それはまたあとで。

 

 ちなみに次の曲は、ディズニーの魔法の絨毯に乗って飛ぶあのアレを弾いてみた。これは歌なしの演奏。女性に受けた。

 そして最後に、史郎が日本の歌を歌いたいかなと思って、俺が知っている日本の美しい曲を弾いてみた。


 「え?なんでここで『川の流れのように』?」と驚く史郎に、「だってこれって日本人の心なんじゃないの?奈々恵がいつも歌ってるよ」と言うと、「いやあ…」と言いながらも歌い出す。

 なんだ、やっぱり歌えるんじゃないか。

 

 歌い始めると気持ちが入る。元々天才的な歌唱力のある男が情感たっぷりに熱唱をしたものだから、聞いていた人達も歌詞がわからないままに泣いた。グワエウの街の一角は大感動の嵐にのまれた。大拍手と喝采だ。

 

 雑貨屋の店主も史郎の背中をバンバン叩きながら「ドワーフ、お前すげえよ!」と泣いていた。そして、「明日もこの時間でよろしくな!」と笑顔でまた銀貨をくれた。

 集まっていた人達も「良かったよ」と、それぞれに銅貨を何枚かくれて、そのまま店で買物をしていた。


 「…俺たち、音楽でもやって行けるな」


 「うん」


 「でもさ、最後の曲はちょっとびっくりしたぞ」


 「すごく良かったよ。この曲はドミンゴも歌った名曲だって奈々恵が言ってたけど、ドミンゴより良かったよ」


 「そうか。まあそれは嬉しいな。でも、次はもうちょっと違うのにしよう」


 「…わかった」


 なんだ、いい曲なのに。みんな感動してたじゃないか。


 

 『が、がんどうじまじた…すばらじいでずなあ!』


 バーティスだ。涙を流し拍手しながらやって来る。

 

 『まざか、ごんな所でこんな演奏が聞けるとは。…いや、シロウさん素晴らしい。若も見事な演奏でございました、いえ、失礼。とても感動しましたよ』


 ほらみろ、感動してるよ。


 『わか?』と史朗。

 

 『いやいや、ええ、若いのにお見事でしたよ。ところで、そろそろお疲れでしょうから、一度宿にご案内しましょう。荷物をおろして一休みされてはいかがですか?』


 それもそうだ。日が暮れる前に宿には行きたい。夜また繰り出すにしても、一旦チェックインをしておくことにする。


 演奏をした場所から、宿の「月の女神亭」までは15分程だった。

 宿に着くと『旦那様に命じられておりますのでね、私が良いお部屋を店主と交渉しましょう。風呂付きの部屋が良いでしょう?』と言って、バーティスが宿屋の店主を呼び、何やらひそひそ話をし風呂付きの良い部屋を取ってくれた。

 

 変にこわばった笑顔で店主がやって来て『身分証をお預かり致します』と言う。何かギクシャクしてるけど、バーティスが弱みを握っていて脅かしたとかじゃないよな。

 店主は身分証カードを読み取る時にピクッと引きつったが、すぐに営業スマイルを取り戻し、部屋に案内をしてくれた。 


 この宿屋は4階建てで、風呂付きの部屋は3階にある。3階は広い部屋が2つあるだけで、もう一部屋は今日は空いているそうなので、とりあえず今夜は俺達が3階を貸し切りみたいな感じだ。 


 部屋は所謂スイートルームだ。大きめのベッドが2つとリビング、そして広い風呂。白と水色を基調にした豪華過ぎず清潔そうな部屋だった。

 荷物をおろして、本格的に食事をしようという事で、先に1階の飯屋で待っていたバーティスと共にテーブルに着く。俺達にとって買い食いは前菜みたいなもんだ。まだまだ腹に入る。この宿は料理も中々美味いと聞いたので楽しみだ。


 席についてメニューを見るが、料理名も文字もさっぱりわからないのでバーティスに任せた。史朗は文字も読めると言っていたので、俺も神殿で言葉の実を貰えば読めるようになるんだろうな。


 2人は酒で、俺はジュースで乾杯し、料理が来るのを待つ。


 『その、飲み物がどんどん減っていくのが、やはり不思議です』とバーティスが俺のタンブラーを覗き込んでいる。

 透明なグラスではないので、どんどん飲んでも目立たない。


 他の客の様子を眺めながら史朗達が雑談をしていると、まず白身魚のムニエル的な物に彩り野菜添えという感じの一皿がやって来た。バーティスが取り分けてくれて3人でまずは一口。俺は周りの人達に皿の上の魚が消える瞬間を見られないように食事魔法で口に入れる。


 『美味い』


 「うん、この香草と魚が合うね『美味い』」


 『お口に合って何よりです』


 次にでっかいソーセージが皿に乗ってやって来た。それとステーキが来た。これも取り分けてくれるバーティスに何肉のステーキなのかと聞くと『これはブルですね』と言って、どんな動物なのか絵に描いてくれた。 


 「牛だな」 


 「うん、牛だね」


 「てことは、このソーセージも牛系かな」 


 「かもね。この魚は淡白で食べやすいけど、どういう魚なんだろう」 


 『これはどんな魚なんだい?』


 『こちらはオッドコッドという大きな魚ですよ。ボアくらいの大きさがあって背ビレと尾ビレに毒があります』

 

 『え、毒魚?』


 『身には毒はありませんので大丈夫ですよ。あっさりとした白身が人気の魚です。入荷する時としない時があるので、今日は幸運でしたよ』 

 

 へえ。確かに他のお客も皆これを食べてるな。宿泊客以外にも食事の客が入っているようで店内は結構な賑わいだ。カップルが2組と1人で来ている強そうな男たちが3人。旅人のようなグループや女性だけのお客もいる。


 他にもオススメ料理をいくつか頼んで、街の事をバーティスに聞きながらゆっくりと食事をする。食べ終わった頃に、さっきの演奏を観たという人達が声を掛けてきた。史朗が話しているうちに段々盛り上がって、何故だか他の客も巻き込んでの指相撲大会が始まった。


 何故に指相撲なのか。誰かが飲み比べをしようと言ったからだ。史朗が、ただ飲み比べをしてもつまらないと指相撲の勝敗で負けた方が飲むというルールを提案した。

 これはまあ、飲み比べで潰れることがないようにだな。指相撲なら代わる代わる対抗出来るから、一人がずっと飲むことにはならない。全然飲み比べではない。


 そんな細かい事は誰もどうでも良いようだ。

 最早ここは飯屋ではなく陽気な飲み屋の状態で、暗くなって宿に戻って来た商人たちも面白がって集まる。

 やがて指だけではなく指&腕相撲に進化し更に白熱していく。指を押さえた方が1,2,3のカウントで腕相撲を先に仕掛けられるという新ルールだ。何でもありになって来た。

 誰かが勝者に賞品を提供するなんて言うものだからまた盛り上がり、見てる連中の間では掛けも始まった。 

 

 「史朗、俺は先に部屋に戻ってるよ」


 「なんだ、お前は参加しないのか?」 


 「俺はいい。今夜は久しぶりに家に行けるかも知れないから、部屋でのんびりしておく」


 「わかった!少ししたら俺も戻るぜ」 


 そう言ってすぐに試合に意識を向ける史朗。楽しそうだ。

 俺がひとりで戻ろうとするとバーティスが慌ててついて来た。


 『お一人ではいけません。お部屋まで送りますよ』 


 いや、3階まで上がるだけだから大丈夫だけど。

 俺が大丈夫だと伝えても、バーティスは『いいえ、旦那様に叱られますからね』と言って頑として受け付けず、俺の先に立って階段を上がっていく。

  

 ドアを開け、俺が会釈をして部屋に入るのを見届けてからバーティスは戻っていったようだ。


 

 

注)文中の歌詞は創作です。既存の歌詞ではありません。

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