クラヴィツィテリウム
地球語(英語/日本語)での会話(聞き取り)を「」で、グラウギリスの言葉での会話を『』で表記してます。
(数話おきにこの注意書きを記載しています。)
バーティスがお勧めの串焼き屋台に案内してくれると言う。
ダリ髭の店を出て、小さな噴水がある広場を通り抜ける。宿に向かう途中の、治安が良く賑やかな所に連れて行ってくれるらしい。
花屋や土産の小物や串焼きの店が出ていて人出も結構ある。子供が元気に俺達の脇を駆け抜けていく。
兄弟のような2人の男の子が一緒にいた子供達に手を振って串焼きの屋台の方に走って行き、すぐに慣れた手付きで肉を串に刺し始めた。
『あの子供達は学校が終わった所ですな。父親の手伝いをするのですよ』
『学校があるのか』
『はい。平民が行く学校は神殿の奥にありましてね、主に読み書き等を教えています。週に2日ですが6歳以上の子供が通っています。ご領主様が全ての民に読み書きを覚える機会をと仰って学校を始めたのです。計算や職人になる為の基礎的な作業なども学べます。商人の為の言葉遣いや作法も教えるので、子供だけでなく大人の希望者も通うことがあります。全て無償で学ぶことが出来るのですよ』
『それはいい』
『そうだな。良いご領主様なんだな』
『ええ、それはもう!本当に、民思いの素晴らしい御領主様なんですよっ!』
バーティスが物凄く熱い目をして俺の方に力説する。御領主様が大好きなんだな。俺も見たけどあの人は良い人そうだよね。
…ていうか、俺が「アルランティア」だとしたら、あの人は俺のお父さんなのか。何となく考えないようにしてたけど、多分そうなんだろうな。何か妙な気持ちだ。
必死で手を伸ばす顔と、俺を見ていた目を思い出す。あの時はわからなかったけど、今ならわかる。御領主様も、そして奥方様もきっと俺が誰かわかったんだろう。だから、あんなに必死に泣きながら手を伸ばしていたんだ。
ゴーグルをつけていて顔が見えなくて良かったと思った。俺はちょっと泣きそうな顔をしていたかもしれない。
複雑なんだ。俺がアルランティアなら、こっちに家族がいるということだ。このままこっちにいなきゃならなくて、爺ちゃんの所には帰れないのか。俺の中では俺が帰る家は爺ちゃんのいる地球だから、帰れないのは困る。だから俺は色々気が付かないフリをする。
顔を隠したままこっそり観光して、そして森に戻り地球に帰るんだ。
…でも、地球に帰ってからあの人達の事を思い出すんじゃないだろうか。泣きながらバルコニーから落ちるほどに身を乗り出した、綺麗なあの人を思い出すんじゃないだろうか。
「…串焼き食うぞ」
そう言って史朗が俺の肩をぽんとたたく。まるで全部わかってるみたいに。
『あの串焼きは何の肉なんだ?』
『あれはボアと言いまして、元は魔物でしたが瘴気を抜いて家畜として改良したものなんですよ』
『へえ、それって…もしかしてすごくでかいやつ?』
『瘴気を抜く前の魔物だとでかいですね。魔物ですと騎士団や冒険者達が討伐にあたりますが、家畜にしているものはこのくらいですね。おとなしいもんですよ』
バーティスが両手を広げる。1メートルちょい位か。
「魔物ってさ、タンク猪なんじゃない?」
「俺もそう思った。てか、冒険者っているんだな」
『魔物も家畜も味はさほど変わらないんですよ。騎士団や冒険者達は討伐後に野営しながら焼いて食べたりもします。塩コショウだけで結構いい味なんですよ』
『なるほどね。俺達も森ででかい方を獲って食ったことがあるよ。あの肉だとしたら、あの串焼きは美味いな。よし、食おう!』
『へ?お二人で魔物を獲ったんですか?』
『おう。あれくらいなら一瞬だもんな』史朗が俺にふる。
『一瞬だ』
史郎と俺がうなずくと、バーティスが眉間にシワを寄せ難しい顔をしながら『いやいや、魔物のボアですと少なくとも5〜6メートルの巨体ですし、鋭い角を伸ばして襲ってきますので、2人で倒すというのは無理でしょう』と声を潜める。嘘だと思ってるのかな。
『まあ、信じても信じなくてもいいけどな。俺達はでっかい熊の魔物も1人一体を一撃で殺れるぜ』
ニコニコと笑いながら史朗が言うと、バーティスが急にハッとして何かをつぶやいた。『あの報告は本当なのか…』と聞こえたが、すぐに笑顔に戻って『とにかく、買いましょう!』と屋台の方に歩いていった。
報告?
史朗が後を追い、『バーティスさんも食うだろ?6本買うぜ。1人2本ね』と言って、買って来るというバーティスを止める。
『俺、自分で買いたいんだ』
史朗がそう言って屋台のおやじに声をかける。
『よく焼けてるのが良いな、味はどうなってんだ?タレと塩コショウか、んじゃ、3本ずつ!』と嬉しそうに買い物をしている。
そういえば俺達は今日ものすごく久しぶりに買い物をしているんだ。さっき服も買ったけど、街で買い食いするこの感じ、なんかいいな。
『ほれ、タレと塩コショウ一本ずつな』
『ああ、私の分まですみません』
『案内してもらうんだし、お礼だよ。ほら、アランも』
「うん」
『タレってどんな味なんだろうな。これさ、歩きながら食っても良いの?マナー違反じゃないの?』
『ええ、大丈夫ですよ。他にも芋を焼いたものや甘い菓子もありますよ』
「あ、美味い!」
2人の会話を聞きながら俺はさっそく肉を一口サイズにして、口の中に瞬間移動させて食べていた。
『え?!今どうやって召し上がったんですか?!』
『アンティアンの食事魔法だよ』 と史朗が言って、細かいこと気にすんなとバーティスに笑いかける。
『は、はあ…』
バーティスが俺をしげしげと見る。やっぱ珍しいのか。ま、いいか。細かいことは気にすんなだ。
ボアの串焼きタレは、なんて言うのかちょっとワイン風味の醤油っぽいソースっていうのかな。鼻に抜ける香りが味の良さを引き立てて、実に美味い。これが銅貨4枚か。多分40クローネ、400円ちょい。ちょうど良いか安い位だよね。
俺達は歩きながらバーティスの案内で屋台で買い食いを続けた。芋の串焼きも食べた。これもタレとハーブ塩コショウがあって、タレはボア肉の串焼きと同じだった。あんまりソースのバリエーションはないんだろうか。
『おやじ、この芋だったらな、焼くか蒸かしてから切れ目をいれてな、熱いうちにバターを乗っけると死ぬほど美味いぞ』
『ほう!それは確かに良さそうだな。早速やってみるよ』
『ジャガバタって名前で売るといいぜ』
『しゃがばた?変な名前だな』
そんな会話をして、史朗が芋を一本多く貰っている。
揚げた甘い甘い菓子も食べた。史朗が「輪っかになったカリントウみたいだな」とガリガリかじっていた。俺は一口だけもらった。
見物しながら食べ歩きをし、広場から商店街を通って、また小さな広場に出た。そこで、史朗がマンゴーもどきをくれた商人の露天を見つけた。マンゴーもどきやボコボコしたアボガドのような果物、小さなバナナの様な物などを並べて売っている。
史朗が声をかけると、おじさんが『ああ、さっきのドワーフのおにいさん。なんだ、あんたら優先レーンに行っちまったからもう会えないと思ってたよ』と笑う。
『買いに来るって言ったじゃん。さっきのこれすごく美味かったから3個買うよ。あと、これは何だ?』
笑いながら大きな声でそう言って史朗が楕円形の大きな果物を指差した。
『こりゃスイカってんだよ』
『え?スイカ?』
『ああ、切ると赤くて美味いぞ』
『俺、スイカ大好き。え、これスイカなの?買うわ!一個ちょうだい』
『あんたスイカ知っとるんかね。珍しいね。切るかい?このまま持っていくかい?』
『このままでいいや。後で食う時に切るわ。これ冷やした方が良いんだよね?ちょびっと塩を振ると甘みが増して美味いやつだよな?』
『にいさん、良く知ってるねえ!』
『やっぱりな。いや、ここでスイカ食えると思わなかった。こりゃ良いもの買えたよ。おじさん達、まだこの街にいるんだろ?おじさんの果物は美味いからな、また来るぜ!』
『おお、待ってるよ』
大声で元気な史朗とおじさんのやり取りを見ていた人達が、おじさんの店に興味を持って集まって来た。おじさんも味見をさせながら果物の紹介をしている。みんな次々と買い物をしているようだ。
「史朗って、呼び込みとかも上手そうだな」
「おうよ、商品アピールと集客は得意だぜ」
『はあ、すごいですな。あの商人の果物が売り切れそうな勢いですな』
『売り切れたら売り切れたで良いよな。それにしてもスイカって本当にあのスイカなのかな。楽しみだな』アラン、宿に行ったら切ってね」
「うん」
宿のある方に俺達は歩く。食堂やパン屋や雑貨屋が並ぶ通りに入って来た。この辺は住民が買い物に来る店といった雰囲気だ。パン屋の店先にお茶を飲みながらパンを食べるスペースもあって、奥さま達がおしゃべりを楽しんでいる。
夜食用にと言って史朗がパンを買うという。ガレオ村で食べた固い黒いパンとは違ってバゲットのようなパンやトレコンブロートみたいなパンが並んでいる。トレコンブロートは何ていうか胡麻入りで周りにも胡麻がまぶしてあるパン。これも胡麻なのかな。あとはクネッケみたいなのがあったから一緒に買ってもらった。
他にも甘く煮た芋を入れてあるというパンもあって、「おお、菓子パンじゃん」と史朗が喜んでいた。
夜食用にと買ったくせに、これまた食いながら歩く。クネッケみたいなパンはクネッケみたいだった。飲み物が欲しいと思う頃に、バーティスがジュースを買って来てくれた。史朗には酒を買って来たから、俺が未成年だと知っているのか。確かに、正解だけど。俺はそんなに子供っぽいんだろうか。
子供が凧上げをしているのが目に入った。ああ、あの凧はなんとなく見覚えがあるな。どこで見たんだろう。
ひとりの子の凧が落ちて来た。糸が切れたのか。外で見ていた男が子供を呼んで直してやろうとしているようだ。その男は雑多な、ジャンルに関係なく家具や工具やアクセサリー等、色々なものが置いてある店の中に入っていって器具を取り出し糸を新しいのに付け替え始めた。なんでも屋っぽいな。
何気なく店の奥に目をやると、ピアノのようなものがあるのが見えた。俺が覗いていると史朗が「入るか?」と言うので、「いや、あれがさ、ピアノっぽいなと思って」と指差す。
「ホントだ。あそこ楽器が置いてあるんじゃないか?笛みたいなのもあるぞ」と、俺よりも先に史朗が入っていく。
『こんちわ〜』
『いらっしゃい』
『そこにあるのって楽器かい?』
『ああ、そうだよ。でもそのクラヴィツィテリウムは壊れててね、音が出ない所があるんでねえ』
「クラヴィツィテリウムっていうのか。ピアノっていうよりチェンバロっぽいな」
「だな。『壊れてるって、直さないのかい?』
『いやあ、こんな珍しい楽器うちじゃお手上げだよ。お貴族様から下賜されて商家の娘が使ってたらしいんだが、なんか音が出なくなっていらないってんでうちに流れてきたんだけどね。こりゃもう飾りとして売るか廃棄しかないなと思ってるんだよ』
「ちょっと見ていいかな。どこがダメなんだろう」
『店主、こいつがちょっと直せるかもしれない。触ってもいいかい?』
『ああ、良いよ。直せるなら直してくれ。駄賃はずむぜ』
俺は鍵盤を押してみる。ピアノとはちょっと違う響きの音がした。鍵盤を一つずつ鳴らしていく。ふと懐かしい感覚に包まれた。誰かが嬉しそうに音を鳴らしながら話しかけて来る風景が頭を過る。
…あれ?
暖かい明るい日射しが大きな窓から差し込んでいてカーテンが風にゆれている。反対に少し暗い家の中で、多分まだとても若い女性がこの楽器の前に座って音を鳴らしながら話しかけてくる。
『お父様が珍しい物を下さったのよ クラヴィツィテリウムというの』
『くらぶつーむ?』
子供が言う。…これは俺だ。
『違うわ。くらゔぃつってりむよ。アルはおバカね』
隣で少女が言う。俺はちょっと怒る。
『おかあしゃま、おねえしゃまが僕をおバカっていう…』
『おバカじゃないわ。そんな顔しないのよ。クラヴィツィテリウムは難しい名前ね。でも素敵な音がするでしょう?一緒に練習して二人共弾けるようになりましょうね』
『わたくしは歌うからいいわ』
『ぼくも歌う!』
『だめよ、アルは弾くの。わたくしが歌うの。あなたはちゃんと練習するのよ』
『おかあしゃま、おねえしゃまが…』
悔しい気持ちで俺は泣きそうになる。
『テレーシア、いじめないの。アルも泣かないで。二人共お母様と一緒に弾けるようになって、みんなで一緒に歌いましょう。いっぱい練習をしてお父様を驚かせてあげましょうね』
『それでは早速、教師の手配をしませんとね』 と、そばに立っている年配の女性が言う。
…これは何だ?風に乗って香る花の香り、ひどく懐かしい感覚。俺の記憶か?
誰の顔もはっきりしないけれど、お母様とお姉様と言ったのは俺だ。あの水色の服を着ている女性は俺の母親。隣にいるのは俺の姉?
黙り込んで動かなくなった俺の様子を心配して史郎が顔を覗き込んだ。
「おい、どうした? 大丈夫か?」
「あ、ああ、大丈夫。なんか俺、この楽器を知ってる気がする。子供の時に母と姉と話しながらこの楽器の事を話していたのを思い出した…」
「…それって、フリードリヒさんの所に来る前の記憶ってことか?」
「と思う…。俺がピアノを習いたいって言った時の事話ししただろ?なんかこれに似てるから習いたいって思ったような…気がする」
「これ弾いてみろよ」
「うん。音が出ない箇所があるから修理しないと」
史郎と俺はクラヴィツィテリウムを解体をし始めた。
「ヤマハでさ、クラビノーバってのがあったなあ。電子ピアノで」
「へえ、そういや地球のピアノも昔はこれみたいだったらしいよ。似てる言葉があるとどっかつながってるのかなって思うね」
修復は意外と簡単に出来て、すぐにちゃんと弾けるようになった。絶対音感持ちの史郎がこだわりの調律をしてくれたので音階もバッチリだ
店主に直ったことを伝えると驚いていたが嬉しそうで『これで商品になる』と笑っている。ちゃんと音が整っている事を確認した上で『ほらよ!駄賃だ。美味いものでも食いな』と銀貨を1枚くれた。多分5000円くらいの臨時収入だ。
「俺達、修理業者でもやっていけるな!」
史朗がにっこり笑って親指を立てる。
店主が『ありがとうよ。あとはこれがどういうものかってのがわかれば、欲しいと言い出す金持ちがいるかもしれないなあ』と言うので、俺たちが店頭でデモンストレーションをしようと申し出た。
そして、店の奥から店の前にクラヴィツィテリウムを移動させる。
いつの間にかバーティスがいないことに気付いて周り見ると、店の角の路地で誰かと話をしている。知り合いか。
俺達が見ていると気付いたのか、こちらをチラリと見て話を止めバーティスがやって来る。話していた相手はフードを深く被り立ち去った。知っている顔、スザナに似ている気がしたが気の所為か。




