移動
ニルスに乗ってガレオ村に寄り、おばば…いや、エルスペスからの手紙を届ける。
『おばばは、美人で可愛いエルスペスちゃんになってしまった』と伝えると、村長が『あの年寄りがですか。まあ、行く前におばさんになった時に美人だったんだなとは思いましたが、可愛いエルスペスちゃんというのはどうにも…』と苦笑している。
『村長の孫みたいになっちまってるぞ』と史朗。
『はあ、それはまあ、戻ってきたらびっくりしましょうかね。想像がつきませんよ。でもまあ、中身が変わるわけでもなし。それにしてもシロウ様、随分とまた言葉が上手になられて』
言葉の実を食べたと史朗が言ってべらべらと喋りだすと、『シロウ様ってこんな方だったんですねえ。喋ってみないとわかんないもんだね』と村長が目を丸くした。
よく喋るようになった史朗は相変わらず若者にモテモテだったが、史朗が何となく落ち着いた雰囲気になっていたからか、『兄貴だったのが親父っぽくなった』とからかわれている。セリーヌも『なんか感じが変わった』と言って不思議そうだ。
まさか、一週間前に照れて赤くなっていた男が、妻帯者となって戻って来たとは誰も思うまい。
元々が自然に人を安心させる史朗。自分では「俺はモテない。こっちに来て初めてのモテ期を迎えている」と言うが、実は本人が気付いてないだけで密かに史朗に思いを寄せる女子は結構いたんじゃないだろうか、なんて思う。
そして俺はと言うと、色彩がちょっと変わってキラキラしていたせいか、目を見て話してくれる人が更に減った。畏まられるというか、初めて村で帽子とゴーグルを外した時の状態に、更に輪をかけたような反応だった。
少し離れてはいても回りに人は集まっていて、移動すると皆でついて来るので、嫌われてるわけではないのは理解している。でも目が合いそうになると逸らされるのはちょっと寂しい。
幼児がぽかんと口を開けたまま俺に花をくれたのがささやかな慰めだったが、お礼に開いた口に飴を入れてみたら、口を開いたまま俺を見てるだけで飴に反応しない。そのまま口からよだれが垂れてしまい、母親が真っ赤になって『申し訳ございません』と言いながら口を閉じさせて幼児を回収して行ってしまった。
俺はひとり、池の大ザリガニが順調に生息しているかをチェックして、そして牛に話しかける。
ひとりだけど、後ろには村人がいっぱい付いて来ている。でも、振り返るとさっと俯いてしまう。今はおばばもいないし、何だか孤独を感じるガレオ村。
早々に移動をすることにした。また来ると言って、再びニルスで飛び立つ。
見送ってくれる皆が俺と目が会うと赤くなって俯いてしまい、そしてそのままジワジワと汗をかいている様子を見て俺は思った。「街に入る時にはゴーグルと帽子アンド覆面、それにフードをかぶろう」と。
「まあそうだな。俺はこのままでも、どうせ肌がきれいなドワーフとしか思われないけど、お前が素顔を晒すと多分大変だと思う。今度は俺が通訳するから、お前は目立たないように黙ってアンティアンになっとけ」
「はあ、なんだかなあ…寂しいなあ」
かなり長くなった髪をゴムで高い位置でまとめてからニット帽を深く被りため息をつく。
「まあ、前も言ったけどね、お前は人とちょっと、てか、だいぶ違うんだよ。自覚せよ」
「村もさ、せっかく打ち解けて来てたのにな」
「なあ、俺が高校で憧れて口も聞けなかったダイアンの話を覚えてるか?」
「チアリーダーの…」
「そう、彼女はとても素敵で特別な女の子だった。うちの高校だけじゃなくて、他の高校や大学、中学まで、彼女のファンはたくさんいたんだ。俺の人生ではダントツNO1の美少女だった。10点満点中10点だったんだ。だが…」
「だが?」
「エルフの里に行って俺は思った。ダイアンって普通の子だったんだなって」
「ほう?」
「つまりさ、それだけエルフの里の人々の美のレベルが高いって事だよ。俺は毎日ずっとお前と一緒にいて、ずっとお前を見ているだろ。だから彼らにも割と普通に振る舞えたけど、あそこはおかしいぞ」
「おかしい?」
「おかしいっていうか、美形のレベルが違いすぎるんだ。全員が呆れるほどに美人ばかりだ。男も女も」
「ああ…」
「ああじゃねえよ。あそこの人たちを10点だとするとダイアンは6点くらいだ。いいか、そんな連中が、お前を見て頬を染めるんだぜ」
「それ、珍しいからじゃないの?」
「違うんだよ!ああもう!とにかくさ、お前は異常なんだ。お前はあそこで100点」
「10点満点中100点ってのは変だぞ」
「そう、あり得ねえんだよ。異常だ。綺麗すぎるんだよ。黄金比とはこの事かと体現している完璧な左右対称の歪みのない顔。…こら、変顔すんな。この世の想像しうる美をすべて具現化したような、おい、変顔すんなって。聞けっての。
そしてな、なんちゃってではない本当の9頭身だ。鍛えられた美しい肉体だ。…ポーズはしなくていい。それがまたキラキラし始めちゃってるわけだぞ。
人が一生に一度会うかどうかわからない幻の希少種だ。お前の美しさは既に凶器だ。だから安易に素顔を晒さないのはとてもいい考えなんだよ」
「…凶器って失礼な。それに俺は9頭身じゃない。正確には8.7だよ。前に雑誌の企画で頭の天辺から顎まで、ノギスで測られたことある。22.3センチだった。だから8.7」
「ちっ、やっぱ小さいな。いいか、実寸8.7頭身は目測で10頭身に匹敵する」
「え?そうなの?」
「俺を見ろ。実は密かに俺は自分の顔つか頭を測った。お前を見てて自分はどうなんだろうって思ったからな」
「測ったって、ノギスで?」
「ノギスで。セバスさんに何を図るんですか?って言われたから手伝ってもらってな。お前は地下の工房にいて知らないだろうけど、その日からあそこの家の皆ノギスで顔を測るのが流行ったんだ」
「皆で何してんの…」
「で、俺は24.4センチだった。尚、セバスさんは25センチ。奈々恵さんは23センチだ。ダントツでお前が小さいだろ。あのちっこい奈々恵さんより小さいんだぞ」
「小さくたって脳みそはしっかり入ってるぞ」 俺は鼻の下を膨らませる。
「その変顔をやめろ。まあ、変顔しても可愛いぞ。いいか、俺は173センチだからほぼ7頭身。一般的だ。セバスさんの身長はしらないけど、あれで一般的な人よりもちょいカッコいいはずだ」
「セバスは186センチ。奈々恵は151センチかな…本当にちっこいな。爺ちゃんは180くらいかな」
「あ!お前がちっこくてむっちりした女性を好ましく思うのは奈々恵さんのせいか!」
「えっ?!」
「俺の妻達をしげしげと見て嬉しそうだったじゃないか。特にジャナの方を」
「何いってんだよ。全然奈々恵と違うじゃん。それに、俺は奈々恵をそんな目で見たことはないし、これからも見ないぞ」
「お前はな、赤毛の美人か、または小さくてむっちり女性に安心を感じると見た」
「…」
「おばばも小さかっただろ?若返ったらすごくスラッとしちゃったけど」
「確かに」
「お前は、小柄でちょっとむちっとした年上が好きなんじゃないのか?な〜んちってな!」
「そうなのかな…そう言われると確かにネッコとユリアだったら、赤毛のネッコも好きだけど小さいユリアの方がかわいいって思うかな…。そうなのか?俺は小柄でむっちりがタイプなのか?いや、でもキャロは背が高くてスラリと…あ、でも太ってむっちりしてる時も良かったな。そうか、身近で心を許した人が好ましさの基準になるのだとしたら、確かにありかもしれないな。
生物学的に自分の遺伝子と融合した時に優秀な子孫を残すタイプの遺伝子を持っている相手に無条件で惹かれてしまう本能的な生き物の習性と、個別の経験によって好ましいと、安心安全だと感じる対象のイメージのフィルターが重なる事で多様性が生まれるのか。
いや、でも先天的資質と後天的資質のどちらがより優位性を持つのかってのが気になるな。そこはデータを集めて実験を重ねていかないと…」
「まあ、それは置いといてさ」
「え?置いた!?自分で振ったくせに、俺の考察を脇に置いた!?」
「もうさ、とにかくお前はちょっともう違うの。俺は慣れたけど、それでもやっぱりお前の写真は撮りたくなるもんな。見た目の作りもだけど、空気感が違うんだよ。オーラが違うんだ。なんか、ニワトリの群れの中に輝く神の鳥がいる感じ」
「ニルスか。確かにニルスは綺麗でカッコいい鳥だ」
ぴぃぃいいいいいぃぃぃぃぃ!!
「なんだ?」
「ニルスが褒められて喜んだだけ」
「ああ。ニルスはかっこいいし綺麗だろ?多分、他の竜鷲ともかなり違うだろうし、普通には有り得ない美しい特別な鳥だろ」
ぴぃぃいいいいいぃぃぃぃぃ!!
『ドワーフ、ニルスを褒めた。正しいドワーフ』
「ニルスが史朗にも褒められて喜んでる」
「俺が言ったことがわかったのか?」
「そうみたい。言葉の実のせいかな?」
「ほう。いや、それはいいか。なんていうかな、例えばさ、掃き溜めにでっかいダイヤモンドがキラキラ輝いてたらどう思う?」
「え?なんでここに?幻?って思うかな」
「それなんだよ。皆がお前見て思うのはそれ。え?なんでここにこんな現実離れした存在が?夢を見てるんじゃないのか?ありえないって。
まさか自分の日常に現れるとは思ってもみなかった素敵なものが、ひょいっと現れたら、驚いて嬉しくて憧れてときめいて、でもどうして良いかわからなくて、嫌われたくないから緊張するだろう?又は何としても手に入れたくなる」
「…ダイヤ見ても別に緊張しないし、鉱物に嫌われるとも思わないけど。でもまあ言ってる事はわかるよ。ジラールに出会った時の感覚だよね」
「…ああ、そう、ジラールな。そっちかよ。えーと、それでな、お前は珍しいジラールの中でも更に特別で、そう、他の人々にとってお前はあの巨大ジラールなんだ」
「俺が巨大ジラール…!史朗、素晴らしいよ!すごく良くわかったよ。そっか、そんな感じか」
「…わかったのか。まあいいや。でな、例えばな、お前だけの国があるとするよ。国民が全部お前だ。
小さなジラールが現れただけで恐らく大騒ぎになる国だ。そこに、まさかの巨大ジラールがひょいって出て来たらどうだ?
そんでその特別な巨大ジラールが「いやいや、自分は全然普通です。他のジラールや牛や馬とも何も変わらない。ただの1ジラールでしかありませんからどうぞお気になさらずに」って言ったとする。
気にせずいられるか?」
「無理だ!俺だけの国に巨大じゃなくてもジラールが現れたら、間違いなく全国民総出で歓待する!
気にするなと言われたって気になって仕方ないよ。
出来るだけ心地よく過ごしてもらうために団結し、良い国だ、また来たい、なんだったらこのまま住みたいって思って欲しい。
居てくれるだけで幸せだし、こっちを見てくれたり挨拶なんかしてくれたら、もうそれだけで天国だ。
絶対に嫌われたくない。嫌な国だとか、二度と来ないなんて思われたら、我が国は間違いなくそれだけで崩壊する!」
「だろ?皆にとってはお前がそれなんだよ。…何だか例えがちょっとおかしな話になってる気はするけどな」
「そうかぁ」
「…でな、ついでに言っておくと、もしも「この国が気に入った。この国のメスと結婚して子供を儲けたい」って言われたら?」
「大歓迎だよ。…国民が全部俺だと男ばかりだから現実的に無理だけど」
「メスのお前が子を生んで、ジラールが「子供を連れて帰る」と、一家でお前の国から立ち去ったら?」
「悲しいよ。メスの俺はいないから起こり得ない事だけど。でも、もしも生まれたらそのまま俺の国で大切に育てて、出来れば子孫を増やしたい。全国民がそう願うよ」
「それな。タロウはそれをしたかったんだよ」
「そうか…。不可能だけど、気持ちは何となくわかった」
「まあ、話はだいぶ飛んだけど、それらを踏まえてな、静かに気楽に観光するためにも、街では出来るだけ注目されないように、目立たないようにするのは大事だよな。な、ジラール」
!!俺はジラールと呼ばれた!!
そうだ。目立たずにそっと人々に溶け込んで、変に注目を浴びて無用な騒ぎを起こさないように、ひっそりとあるがままの皆と過ごせるようにしよう。
ぴぃぃいいいいいぃぃぃぃぃ!!
『欠片、人の街に近い。このまま飛ぶか』
街に近い所に来たようだ。ニルスで行くとバレバレだから、離れたところで降りて、あとは透明丸で移動し人がいる所に出たら徒歩で街に入ることにしよう。
「『ニルス止まる。我等は降りる』 史朗、街に近いところまで来たみたいだ。降りるよ」
「オッケー」
バタバタしている間に1ヶ月過ぎてしまいました。あまり間が開かないように更新したいと思います。




