エルフの里 5 人間とエルフの子は
少し休憩をしてから、俺と史朗はもう一度2人で湖に潜った。
ジラールを撮りまくりながら150メートル程潜ったところで巣を発見した。こんな深い所にあるのか。
この辺の水温は、恐らくだが26度くらいあるのではないか。水草に絡み付けるように卵がたくさん産みつけてあった。卵が育つのに丁度いい水温なんだろう。
ここまで深く潜ると既にかなり暗い。こんな暗い場所に産んである卵だから、あまり光を当てるのは良くないと思い、数枚写真を撮ってその場を離れる。
卵は直径が10センチくらいかと思う。水中だから少し大きく見えるかもしれないが、それでも多分10センチ程だろう。
ということはあの一番小さいサイズのジラールは卵から孵ったばかりということか。一体何年かけて成長していくのか。卵がこのサイズだから、湖畔で日向ぼっこをしていた70センチ前後のジラール達は、成体ではないんだろうな。
そんな事を考えていると、「おい!でかいのがいるぞ!」と史朗が言う。指差す方向を見ると2〜3メートルはありそうなジラールがすっと泳いで行った。その後からも2〜3メートルくらいの数匹が泳いでいく。大きな個体達の群れだろうか。
「卵を産んだ成体達かもしれないな」
「ああ、日向ぼっこは子供たちだけで行ってるのかもしれない。特に敵はいないだろうからね」
これからまたどんどん大きくなって、あの巨大な個体はのように育つんだろうか。それともあれは特別なんだろうか。あいつはいつ生まれたのか。
「もっと時間があれば詳しく研究したかったな」
「そうだな。1年位あると色々わかっただろうな」
1年はいられない。でもそうだ、帰る前にまた寄ろう。街も観光したいけど、今となっては俺の最大の関心はこの麗しの森のジラール達だ。
そのままもっと深く潜っていく。
200メートルを少し越した所でほぼ真っ暗になった。試しにライトを消してみる。
「宇宙空間にいるみたいだな」と史朗がつぶやいた。
「もう上も下もないって感じだね」
暗い中でただ浮いている。全くの静寂ではなく音は結構聞こえて来る。不思議な空間だ。本当の暗闇。自分の手も、隣りにいる史朗も見えない。
「真っ暗で見えないとさ、本当に自分の体が存在してるのかどうかもわからなくなるよね」
「そうだな、自分っていう意識だけが存在してるって感じだ」
「まあ、自分に触れば触れちゃうんだけどね」
普段と全く違う感覚の中でただ漂っている。本当に宇宙に浮いているようだ…と思っていると史朗がボソリと言った。
「そういえばさ…、戦争で海に沈んだ船の調査をしていたダイバーが、ものすごく深い所にいるのに耳元で何人もの人が喋ってるのが聞こえて来てたんだって」
ふーん。
「驚いて周りを見ても、他の離れた所で皆は普通に作業をしていて、とても声が聞こえる距離じゃないし、水中で会話するようなくぐもった声でもないし。気のせいかなと思ってまた作業を始めると、また数人が普通に話している声が聞こえて、気のせいじゃない!誰かがいる!ってパニックになって急浮上しちゃって…っていう話しを聞いたことがある」
「なにそれ、幻聴じゃなくて?」
「…幻聴じゃなかったらしいよ。他のダイバーも、実はその時、耳元で同じ内容の会話が聞こえていたらしい。ここは冷たい、助けてくれって」
「怖い!やめろよ、何でこんな所でそんな話するんだよ!」 そう言って俺は慌ててライトを点けた。
「俺だって怖いよ!思い出しちまったんだよ!!」 ライトに照らされた史朗は涙目だった。
透明丸号の周囲にさっきまではなかった複数のライトが灯った。無意識に俺が周りを明るくしたくてやったらしい。明るくなると俺達の周りには沢山の魚やジラール達がいるのがわかった。が、怪談の怖さが後を引き、とにかく急いで浮上することにした。
未知の暗闇は怖い。湖底の方が水温が高く温かいはずなのに、透明丸の中の温度は変わっていないはずなのに、日の光が届き自然に明るくなっている辺りまで戻って来ただけで、不思議と全体に暖かくなった気がした。
あんな暗い世界に潜んでいる巨大ジラールは寂しくはないんだろうか?…なんてただの感傷か。群れでいるなら寂しくはないんだろうね。それにものすごく目が良くて、楽勝で周りが見えてるのか、または違うセンサーで感知しているなら、全然平気なんだろうな。
陸に戻って、また日向ぼっこをしているジラールに餌を与えたり、掻いてやったり観察したり。今日一日ですごくたくさんの観察動画や写真を撮った。でもまだ足りない。ああ、爺ちゃんの部下がこの写真や動画を資料としてまとめておいてくれると良いんだけどな。
パソコンがあれば俺がやるのに。手書きでメモするか、スマホでちまちまやるか。そうだ、補給物資にパソコンを入れておいてもらおう。
ふと足元にいるジラールを見ると、背びれに白く外皮が浮いて剥がれている部分があった。これは脱皮?お前は脱皮をしているのか?
ここで俺の中にとある欲望が湧き上がって来た。そう、この剥けた皮が欲しい。本体を連れて帰れないなら、せめて脱皮した皮だけでも欲しい。
いや、待て。この小さな出来心が大事件につながるのが物語の定石だ。いけない。やめておこう。
「あ、何だこいつ、脱皮してんじゃん!皮もらーい!」 ぺり。
史朗?!
「おう、アラン見た?こいつら脱皮するんだな。記念に皮持ってこうぜ」 ぺり。ぺり。
なんてことを、史朗!
「あとこれな、さっきあっちに落ちてた。こいつらの抜け爪。お前の分も拾って来たぞ。これでピアスとかネックレス作ろうぜ」
「あ、うん」
俺は黙って、もらった皮と爪をミニ透明箱に入れてポケットにしまった。
ま、いっか。
急にこの世界に来てしまって、戸惑い悩んだりもしたが、でも来たおかげで俺は夢に触れる事が出来た。生きて動いているゴジラ、いやジラールに会うことが出来た。
何でもそうなのかもしれない。最悪だと思った事が、実は最高だと感じる出来事の始まりでしかなかったり。
だから、最悪の事があっても、その一瞬だけを切り取って、もうおしまいだ!なんて思う必要はないんだ。大丈夫だ、きっと。
そう、だから、皮を持って帰っても大丈夫だ。
午後になり少し風が涼しくなって来た頃、エルフ達には先に帰ってもらって、俺達は念願の釣りをする事にした。木の枝にエルフにもらった糸を結んでジラールの餌を付けてやってみた。結構簡単にたくさんの魚が釣れた。餌がジラールの餌だったせいか、同じくらいジラールも釣れた。
釣った魚はここで焼いて食べよう。塩水湖だからきっと塩味がきいている。ホクホクと釣り糸を垂らしていると、史朗が言う。
「…おい、食われてるぞ」
「え?」
なんてことだ。釣った魚を置いておいた場所がジラール達の餌場になっている。ガツガツ食べながら、見ている俺達に気付いた数匹が、こっちを見て微笑んだような気がした。気の所為だけど。
仕方がない。俺達のミスだ。改めて釣った自分達用の魚はふわふわと高く浮かせておく事にした。
魚に切腹魔法をかけて一瞬で内臓を取り除き水で洗う。取り除いた内臓はそのまま湖に落ちて、待ち構えていてジラール達が食べる。
この湖の魚はやはり海の魚のような気がする。淡水の魚とは何となく違う。そして焼いた魚はほのかな塩味で中々美味かった。
満腹になって、コーヒーを飲んで、ハーモニカを吹いて、史朗が歌って、風に吹かれてのんびりと過ごした。
ハーモニカを吹くとジラール達がじっと耳を傾けて目を閉じる。尻尾でリズムを取っているようにも見える。かわいいな。
ニルスも近くに呼んでみた。最初は水中に逃げたジラール達も、俺達がそのままハーモニカを吹いたり歌ったり、魚を焼いてニルスに与えていると、また少しずつ近づいて来た。
ある一匹が恐る恐る水から上がって近付いて来た時、ニルスがちょっとだけ動いてしまった。パニックになったその個体は、つい光って放射熱線をニルスに向かって吐いた。大変だ!と思ったが、ニルスは余裕で片翼だけを振って打ち消した。
すごいな、神の鳥。
ニルスが起こした風で飛ばされコロコロと転がされるジラール達。
何事もなかったかのように翼を畳み、座ったままそっぽを向くニルスの様子で、危害は加えられない、つまり食われないと理解したのか、少しずつ数匹がニルスの尻の方に近付いて行く。好奇心が旺盛だ。
フンフンとニルスの臭いを嗅ぐ。ジッとしてされるままになっているニルスに安心したのか、段々と大胆になりペタペタとニルスに触り始めるジラール。羽の柔らかい感触を楽しみだしたようだ。
やがてニルスの羽毛の中に潜り込んでぬくぬくする個体も出て来た。ニルスも俺があげた焼き魚を、雛にするように、羽毛に潜っているジラールにそっと与える。
それを見て、急激にニルスへの恐怖が消えたようで、程なくしてニルスの羽の下は甘えるジラールでいっぱいになった。やっぱりジラールは知能が高いようだ。
ニルスも嬉しかったらしい。『欠片、もっと魚を焼く。ニルス、ジラールに与える』と、俺達に魚を釣って来て焼けと要求してきた。
まったりとしているのか忙しいのか、どちらにしても楽しい時間を過ごし、やがて日が暮れ始めジラール達が湖に戻って行く。俺達もニルスに乗ってエルフの里に戻った。
もう暗くなって来ていたので、ニルスもエルフの里に泊まっていく事にしたらしい。エルフ達が喜んで「ニルス様、ニルス様」と歓待し、それはそれは大切にされていた。
そして、日が沈む頃には『ニルスは寝る』と言って、草原で1人眠りについていた。
俺と史朗は魚を食べて腹がいっぱいだったので夕食は辞退し、史朗は酒を飲みながら、俺はジュース割りの酒を舐めながら、しばし皆と宴を囲んだ。
そして夜も更け、またそれぞれに別の棟で夜を過ごす。
待ちかねていたネッコとユリアに、部屋に入って早々に押し倒されひと暴れした俺は、ガウンを羽織って少々気だるい気分でベッドに横になり、今日撮った動画をチェックする事にした。
果物や飲み物を持って来てくれた2人も覗き込み一緒に見ながら、あれこれとこの世界の生物学や地学などの話しをしてくれて、昨夜とは違う非常にアカデミックな時間となる。
動画や写真に興味津津で、「記録魔法」と呼びながら、写真や動画の中の生き物について説明してくれる彼女達の話はとてもわかりやすく興味深い。この美しい長命の種族の知性と、それだけではない存在の深さを目の当たりにした気持ちだ。
見た目は若くて美しい女性達の、時を長く経た経験とそれに基づく深い洞察。無邪気で可愛らしいかと思えば、時々醸し出されるどうにも太刀打ち出来ない大人の雰囲気に俺は混乱し圧倒されっぱなしだ。
俺の両脇で裸のまま意見を交わしているお姉さん達。まるで素晴らしい講義を受けているような気もして、ひたすら感心させられていると、段々に手の動きが怪しくなって、真顔で難しい話している2人の間で静かに俺だけが悶々とさせられたりする。何なんだよって思う。
復活させられて2度目の大暴れをして、今は湯に浸かって、ぶどうの様な果物を口に運ばれ食べている。甘い。色々と甘い。いかん、腑抜けになてしまう。しっかりしろ、俺。
しっかりしようと思い、俺は2人に人間と結婚していた時のことを聞いてみた。なんとなく気になっていたのだ。
『2人はいつ人間と結婚していたか』
『あら、ちょうどそれをお話しておこうと思っておりましたの』 と言って、ネッコが自分の事を話し始めた。
彼女は5891歳で、人間族が今よりもずっとずっと野性に近い頃に一度目の結婚をして子を設けたという。彼女は「野性に近い」という言い方をした。文明的な意味だろうか?
『確か、4000年くらい前だったかと思いますわ。夫となった男は、もう顔もよく覚えておりませんが、あまり頭が良くない男でした。ただ家族をとても大切にする男で、怪我をした妹を抱えて助けたいと泣きながら神に祈っていいる所に出くわしましたの。
それを助けてから懐かれまして。やがて親しくなって、その、彼の家に行った時に初めて人間の男女の行為を知りました。驚きましたが、あたたかい思いのこもった身体のふれあいは悪くはないと思いましたわ。
彼の家族もみんな仲がよく、他の人間たちも、まあ少々野蛮ではございましたが、人間とはそのようなものだろうと一緒に思い暮らし始めました。
夫と一緒にいられたのはわずか30年程でしたが、良い縁だったと思っていますわ。最初の子は男の子で600年生きました。ジュールと名付けました。可愛かったわ』
最初の子はが600年の間に何度か結婚をし子を儲けたので、恐らく子孫は沢山いるはずだと言う。
息子も孫たちも、そのまた子供達も、どんどん年を取って行き、あっという間に死んでしまう。悲しくて曾孫の1人が年老いて亡くなった時に、しばらくは人間とは関わるまいと思ったそうだ。
エルフ族同士でも結婚をして、花に精を注ぐやり方で数人の妖精たちも生み出したという。
『人間的な感覚なのでしょうね。自分に連なる子供たちがいると思うと、何だか暖かい気持ちになるのです』と微笑む。母の顔だ。
『つい400年前にまた愛しいと思う人間と結婚しました。その時の息子が今も王都で王に仕えてますの。
私がエルフの里に籠もってから、かれこれ300年程会っておりませんが、この度またイシルディン神の御声も聞くことが出来ましたし、我が君のおかげでお姿も拝見することが出来る時代が戻って参りましたでしょ。ですので、もうすぐまた昔の様にあの子に会えるだろうと喜んでいます。
これからは、また我らエルフ族も以前のように人の世界に関わっていく事になるでしょう。
我が君、息子にお会いになりましたら、母がしっかりやりなさいと言っていたとお伝え下さいませ。そしてすぐに会いに行くと。賢くてとても良い子ですの。我が君のお役に立つと思いますわ』
『名は何というか』
『ライアンと申します。まだあの子が100歳になる前に別れました。95歳だったかしら。子供ですが見た目はもう立派な大人になっておりました。やはり父親が人間ですと驚くほどに成長が早いですわ。今は一体どのような姿になっているか…。』
まだ生きている確認は取れてるのかな。現在も王に仕えているってんだから生きているんだろう、きっと。
どっちにしても、わかったことは、エルフと子供を作った場合、地球に連れて行くと長生きで大問題になるのは明らかだという事だ。
『我が君、あの子に弟か妹を作ってあげたいですわ』 と擦り寄って来るけど、やっぱりこっちの世界ではお嫁さんはもらえないし子供も作れないよ。ごめんね。
『ユリアは、いつ結婚をしていたのか』
俺はユリアにも聞いてみた。そしてこの後、衝撃の事実(俺にとって)が判明する事となる。




