麗しの森 癒しの水 そしてエルフ(本物)登場
俺達は王都を後にして、麗しの森に向かっている。
ニルスの背の上で、また史朗が黙っている。
「史朗、大丈夫?具合悪いなら降りて休もう」
「…うん?いや、大丈夫だ。ニルスに乗ってても下に降りても大差ないしな」
「そう?少し気温あげようか?顔色悪いぞ」
「そうだな。ちょっとだけ上げてくれ。そんでさ、俺ちょっと寝るわ。麗しの森についたら起こして」
「わかった」
俺は透明丸内の気温を少しだけ上げた。そして史朗の口元に命の水を丸く浮かせて送った。史朗が「おお、サンキュ」と笑ってパクリと食べるように飲み、そして後ろを向いて横になった。
ひとりで起きてると暇だな。眠いわけではないが、俺も少し横になって寝ようかな。
俺はテレパシーでニルスに『少し眠るから、麗しの森に着いたら起こして』と伝え、史朗と背中合わせになるようにして横になった。
目を閉じてさっきの事を思い出す。
王宮の屋根が壊れて、多分困ってるよね。魔法で直すのかな。でも、壊れたことよりニルスに礼をとろうとしていた。やっぱり王様より神の鳥の方が偉いのかな。ニルスめ、上手いこと言い逃れしたよなあ。屋根を壊したのは悪かったって思ったのかな。
ぼんやりそんな事を考えていると、『巣を壊す。ダメ。敵。知っている。人の王、ニルスを敵と思うはダメ。人、先に攻撃したと知った。ニルス怒ってもよい。でも許した。人の王うれしい。大丈夫』とテレパシーが返ってきた。
もう、こっちの思考が筒抜けってどうにかならないかな。
『ニルス、人の巣を壊す、ダメ。次壊す、ニルス神の鳥でなくなる』 そう送ると、物凄く焦った不安な気持ちが伝わってきて『ニルス、壊さない!もう壊さない!』と返ってくる。ふふ、慌ててるな。俺は『わかった。ニルス、良い鳥』と返しておいた。
史朗の寝息が聞こえて来て、透明丸の中の気温を上げて暖かくなったからか、俺もすぐにうつらうつらと眠くなってきた。
と思ったら、俺の前に誰かがいる。
目が開くような開かないような、それでも誰かが立っているのがわかる。薄い布と長い長い銀色の髪が見える、気がする。
足の指がある、普通の足の指。裸足なんだ。誰だろう?全体が見えない、近すぎて顔が見えないのかな…と思った途端に、視点が切り替わり、スーッと引きで見るような位置になった。そして、髪の長い人が宙に浮いているのが見えた。顔を見ると、あれ?これ俺?
何となく違うような気もするけど、俺か?…俺だな。
え、こんなに髪が長かったっけ?身長の倍くらい長さがあるぞ。あんな長さじゃ歩く度に床掃除のモップみたいになっちゃうじゃないか。嫌だな。切らなきゃ。
あんまり短く切ると奈々恵に怒られるから、そうだな、やっぱり肩の辺りで切って、髪ゴムでまとめておいた方がいい。
そう思っていると、目の前にいる髪の長い俺が笑った。
『お前は面白い』
俺が面白い?何言ってるんだ、俺。
『もうすぐ麗しの森に着く。そこでゆるりと過ごし、今少し光を蓄えよ。そして、光の民にお前の帰還を知らせなさい。皆喜び、力が増すであろうよ。それとな、この麗しの森には、お前の好きそうなものもいるぞ。可愛がってやると良い』
光の民ってエルフってことだよね?やっぱり麗しの森にいるんだ。会えるのかな。好きそうなものって何がいるんだろう?楽しみだな。光を蓄えるってどうするんだろう。癒しの水を飲むのかな?泳いでも良いのかな。
また、ふっと笑ったような気配がして、そしてスルリと銀色の髪が俺に触れた…ような気がした。
目を開けると、周りの様子が違う。ニルスの背に乗って空にいたはずなのに、俺と史朗は明るい美しい森の中で横になっていた。
すでにニルスの姿はない。ここが麗しの森?いつニルスから降りたんだろう。透明丸も消えている。
俺が上半身だけ起き上がって周りを見ていると、「あれ?地面に寝てる。いつの間に降りたんだ?」と史朗が言った。起きたようだ。
「それがさ、俺も寝ちゃってて、今起きたらここにいたんだよ。多分麗しの森だと思うんだけどさ」
「なんか、夢見てたな。アランが出て来た夢だ。何だったっけな。何か大事な話しをしたんだよな」
「水飲む?」
「ああ、くれ。喉乾いた」
命の水を一口大に丸くして史朗の前に2〜3個浮かせる。史朗が2つパクリと食べ、残りのひとつはパシャパシャと顔につけた。…美肌管理か。
「寝てる間に着いちゃうと、不思議な気がするね」
「着いちゃうにしてもさ、降りた記憶もなく起きるってのもな。透明丸で降りたのか?」
「起きたら透明丸もなかったんだ。俺も誰かと…俺と?話した夢を見たような気がするな。しばらくここで過ごせって」
「あ、俺もそれ言われた。2〜3日麗しの森で過ごす必要があるって。お前に言われたような気がするんだけどなあ」
「俺も、俺に言われたような気がするんだよな。変なの」
まあいい。久しぶりに森生活だな、と史朗が言ってゆっくりと立ち上がり伸びをする。俺も伸びをした。何だか身体が固くなっていたようだ。
そうだ、麗しの森って言えば「癒しの水」だよな。
「史朗、癒しの水を探そうよ」
「あ、そうだな。検証しないといけないし」
自分達のいる位置を把握しておこうと、俺達は高い木を見つけて登ってみる事にした。ニルスと上空から見ていたら楽だったが、街に向かう時もおしゃべりをしているうちに通り過ぎてしまいチェックできなかった。ふと、俺達に森の全容を上空から見せないようになってたのか?なんて事を思った。いや、考えすぎだと思うけど。
この森は「麗しの森」と言われるだけあって、最初に俺達が転がり出た魔物がいる森とは雰囲気も空気感も全く違う。
あの命の水川のそばも悪くなかったけど、ここはもっとずっと明るい。空気やこの森の構成物質が全部光を放ってるとでも言えばいいのか。目で見る風景は普通に森なのに、何だかとても明るくて、呼吸をする度に自分の内側がきれいになっていくみたいな気がするんだ。
聖なる石のある霊峰の頂も神聖な場所だった。でもあそこみたいに背筋がピッと伸びるような緊張感はない。
穏やかで心地よくて、何ていうかとても良く眠れそうな、安心出来る場所。癒しの場所と言えば良いのか。ここにある泉の水なら、それは確かに「癒しの水」だろうなと納得出来る。
俺が再生した森もこんな風に育っていけばいいな。
「こんな風に一緒に木に登るのは久しぶりだなあ」と史朗が風に吹かれながら笑う。
「スープ飲む?」
木の上で座って風に吹かれるなら、やっぱり俺特製のスープだろう。
「おお、くれ」
「落ち着くよね、この感じ」
「だよな。俺達ってすっかり森の人だな」
「地球に帰ったらさ、こんな風に簡単に登れなくなるね」
「…そうだなあ」
史朗がまた黙る。
「あ、見て。あっちがキラキラしてるよ。水が反射してるんじゃないかな」
俺達がいる木の上から1時の方向に泉があるのかもしれない。水が反射するだけではなく、光が下から立ち上っているようにも見える。
「おう、行ってみるか」
スープを飲み干し、俺達は木に飛び移りながら移動をしていく。途中で鳥の巣があって卵が幾つかあるのを見たが、地球と同じくらいのサイズしかなかった。この森では生き物はあんまりでかくはならないんだろうか。
「ふわー!」 史朗が感嘆の声を上げた。
木々の間からその姿を見せたキラキラの元は、思った通り水を湛えた池、いや泉だ。水が湧き出している。
周囲が一際明るく、この場所そのものが発光しているみたいに見える。これがきっと神殿が国中に配るという「癒しの水」の湧き出る泉。
不思議だなと思うのは、聖なる石もそうだったが、この泉も女性的な印象があることだ。新しく再生した聖なる石は、人に例えれば13〜4歳の少女のようだった。命の水川は更にちょっと大人の女性の印象だし、この泉も女性を思わせる。
でも、この泉は人に例えて何歳ぐらいという表現が取りにくい。多分、このイメージを人型にしたら、とても可憐で美しい女性になるんだろうなと思う。でも、何だろう、少女のようでもあるし、何年生きているのか想像出来ないような深さを備えた女性のようでもある。いや、女性でなくてもいいのかな…。俺が男だから、無意識に好ましいと感じるのが女性だというだけかもしれない。
とにかく「超越した美しさ」とでも言うのか、とても特別で、優しく受け入れ許してくれるような、そんな存在感だ。これを神聖と言えばそうかもしれない。だが、上手くいえないが、もっと、もっと、ただただ優しいんだ。
あまりにも優しくて泣けてしまいそうな、この優しさにこのまま溶けていってしまいたくなるような、そんな感覚になった。
「おい、アラン!」
史朗に呼ばれてハッとする。
「あ、何?」
いつの間にか隣に跳んできていた史朗が、強張った表情で俺の肩を掴んでいる。
「…お前、今なんか消えそうに見えた。ボーッとするなよ」
「ごめん。何かこの場所があんまり心地よくて、このままここに溶けてしまいたいなんて思ってたかも」
「溶けるな、バカ。まあ、確かにそんな気にはなるけど。お前は本当に溶けてしまそうで怖いよ」
怒ったように史朗が言う。
「溶けるわけないだろ」
「この世界、何があるかわかんないだろ?お前、こっち来てから魔法とか、もうどうなるかわかんないじゃんかよ。気をしっかり持って、とにかくボーッとしてんなよ」
「…わかったよ、おにいちゃん」
「そうだ、そうやって膨れてろ」
「ちょっと下に降りてみようよ」
「ああ、そうだな。ここ絶対癒しの水の泉だろ?飲んでみようぜ」
木の上から泉のほとりに降りてみる。コポコポと小さな音を立てて水が湧き出している所がある。史朗を見ると、顎をくいっと上げてゴーサインを出す。俺?俺が先に飲むの?いいけどさ。
泉に手を入れて水をすくい口に運び、一口含む。うわ…これは!
俺は史朗を見て顎をくいっと上げてゴーサインを出した。史朗が同じ様に手で水をすくって口に運ぶ。
「…これは、癒しの水だな」
ちょっと動きを止めた後にそう言葉を絞り出す史朗。
そう、絞り出す感じだ。声を出すという行動が億劫になってしまいそうな程に、そのまま黙ってしまいたくなるんだ。ただ、黙って静かに目を閉じてこの水の全てを受け入れたいような。やっぱり、溶けてしまいたいような、そんな感覚。
「この、身も心もほぐれて、肉体という縛りから解き放たれてしまいそうになる心地よさは…なんだろう。かと言って、この感覚を味わうためにこの水をがぶ飲みしようなんて気にはならない。満ち足りて感謝の思いが湧いてくるみたいな、皆に分け与えてこの至福を共に味わおうという気になってくる。すごいな」
史朗が自分の感覚を整理するように言葉にする。俺もそれに同意する。
「本当に、何だろうね、この水の感覚。これってこの惑星の存在というか、あれだ、愛ってこういう事?」
「それだな。愛だな」
「…健康水のレベル3は癒しの水だね」
「ああ、最強だな」
癒しの水が湧き出るという泉に着いたらちょっと泳いでみたいなと思っていた。でも、そんな事をする気にならない。
多分、泳いでも全然大丈夫だと思うんだ。泉は怒らないし汚れたりもしない。だけど、一口飲んだだけで十分だって気になっていた。
「あ、ほら、妖精が飛んでるぞ」
史朗が指差した方向を見ると、沢山の色とりどりの光が集まって雲のようになってこっちに近付いてくる。妖精さんだ。随分たくさんいるな。
妖精さんの塊がこちらに近づくと、しゃらんしゃらんと軽い透明な響きが聞こえてきた。
そして、まるでスモークの中から出て来るように、白い人達がぼんやりと姿を現し、しゃらんしゃらんという音と共にこちらに滑るように歩いてくる。
段々とはっきり見えてくる彼らを指して史朗が言った。
「光の民だ」
あれが光の民。つまりエルフ達だ。
うわあ、なんて幻想的な人達なんだろう。皆、白い服を着ている。エルフの正装が白だって本当なんだな。
「あ、史朗、カメラ!」
俺は顔はエルフ達に向けたまま、隣にいる史朗に言った。
「もう撮ってる!」
「さすがです、監督!」
言いながら、俺はエルフ達をまじまじと見て観察してしまう。
耳、本当に尖ってる。でも、そんなに長くないんだな。皆キラキラして綺麗だな。でも顔立ちはそれぞれに個性的だ。髪の色も目の色も様々なようだ。でも金髪が多いんだな。
小さい小人みたいな種族も一緒にいる。あれもエルフの仲間なんだろうか。妖精さんが人の子供サイズになって羽根がついてないみたいな感じ。でも、目は人と同じだ。エルフ達も目は虫っぽくはなく、人と同じ様に見える。
「アラン、口あいてるぞ」
俺は観察に没頭していたらしい。慌てて口を閉じて、そのまま見続ける。
光の民は泉に水を汲みに来たんだろうか?もしかして皆で沐浴しに来た?だとしたら、俺達がここに居たら邪魔だよな。
「史朗、もしかしたら皆で沐浴しに来たのかも知れないよ。俺達邪魔じゃないのかな?」
「…ん、そうかもな。でもそうでもなさそうだぞ」 史朗が撮り続けながら言う。
ああ、これそのまま爺ちゃんとか奈々恵も見てるかな。奈々恵、喜んでるだろうな。でも、沐浴するなら撮り続けてたら失礼だよなあ。
俺は史朗に、ちょっと離れた木陰に移動しようと言った。
「ああ、俺はちょっと木陰から撮るかな。お前はこのままここにいろ」
「え?なんで?」
「いいから」
そう言って史朗が後ろに下がり、木陰に入った。ああ、そうか、俺とエルフが一緒にいる所を撮って奈々恵に見せるんだね。
俺はそのまま少しだけ泉から離れて、エルフ達の邪魔にならないように、じっと近付いてくるのを待っていた。ああ、後で一緒に集合写真撮れるといいなあ、そんな事を思いながら。




