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アルランティアの日記   作者: 倉門 輝光
異世界文化交流 2
61/117

王と公爵夫妻


 『それで?飛竜達は皆、神の鳥の起こした風で飛ばされて落ちたと、そう言うのか』 


 王の執務室で、蜂蜜を流したような艷やかな黄金の髪と、夏の空のような明るい青い瞳を持つ30代半ばの長身の男が、威厳たっぷりにそう言った。


 聖王国イシルディンの現国王ローレル・カラド・ナウア・ジル・イシルディン。歴代王の中でも強い魔力を持ち、その名の通り『光と炎の輝き王』としてこの国を統治している若き王である。


 アラン(いわ)く、「すごい色男」で、その自信と共に(かも)し出す色気は、老若男女問わず周囲の者達の思考をしばし停止させる。

 朗らかで一国の王としてはいささか軽いようにも見えるが、頭は切れ、艶やかな笑顔を浮かべながらも、時に容赦のない裁決を下す。

 

 気が弱く事なかれ主義で優しいだけであった父、先代王とは幼い頃からあまり反りが合わず、意見をしては疎まれ、早々に引退を決めた先代に『もう疲れた。それ程言うのであればお前が王をやってみよ』と王位を譲られ24歳で即位をした。


 その時より12年、幾つもの改革を行って来た。若いがゆえの苦労や失敗も無かったとは言えないが、元々、初代王から引き継がれていたはずの「身分、種族に関わらず才能ある者は取り立て、良いと思う事は取り入れ、変えるべき事があれば迅速に対応する」というこの国のやり方が、長い歴史の中でいつの間にか変化していた事を指摘し、「全ての民が生きる事を喜びと思い自らを誇れるような国であれ」と努めて来た。今では稀代の名君と謳われている王である。



 『はい、陛下。今しばらく対話する時を頂きたいと願い、後を追った飛竜隊を疎ましく思われたようで、人には会わせぬと言ったはずだとお怒りになり…恐ろしい風を起こされ、(またた)く間に我ら皆が吹き飛ばされてしまいました』


 王の問いかけに答えるのは、ディアネル・エアイン・アダル・シャノトワ公爵。王家と並ぶイシルディン神を始祖と祀る公爵家の現当主であり、現在は外務大臣を努めている。上級魔法騎士でもある。


 茶に近い金髪に大海のような深い青い瞳の穏やかな印象の男。見た目は物静かではあるが、武勇、知略に長けており、稀に起こる国同士の小競り合いなども、この男にかかれば子供の口喧嘩のごとく片付けられてしまう。


 冷静に落ち着いた姿を崩したことのないこの男が、落ち着きを失い、焦って神の鳥を追い怒らせ、そして竜から落とされそうになった。王宮に戻ってなお、何をどうして良いのかという様子で心細げに項垂(うなだ)れている。


 こやつのこのような姿はあの時以来だな…と王は思った。


 10年前、外部からの不審な者などおよそ立ち入ることなど出来ないはずの、堅固な警備が敷かれていたシャノトワの城に、内部の者の手引で賊が押し入り、幼い嫡男が連れ去らされたあの時。

 

 怒りでその身から炎が上がっているのではないかと周囲が錯覚するような、凄まじい勢いで賊を追い捕らえ、調べ、だが、どれだけ探しても息子は見つからず、苛立ち、休むこと無く動きづつけたこの男は、やがて疲れ憔悴し魂が抜けたようになっていった。

 公では変わらぬ姿を見せてはいたが、親友でもあり義兄である王の前では、それはそれは頼りなく小さくなってしまった。


 『ディアネルよ、あれは本当にお前の息子と思うか?私には我らが始祖、イシルディン神のお姿に見えたのだがなあ』 王が問う。


 『それは…、しかし、私もアンナ・マリーアもこの数ヶ月、今までになく強く我が子の気配を感じておりました。息子の気配が強くなり、それと共に神の鳥が現れた。偶然とは思えぬ。更に先日届けられた高巫女エルスペスからの手紙にも、「異界のドワーフを伴ってガレオ村に現れ、神の鳥に乗り森を再生なされし白銀の者、光の民エルフではなくシャノトワの失われた光と推測する」とありました。私はそれを信じ…』


 『ディアネル、ここには我らしかおらぬ。普通に話せ』


 同い年の幼馴染であり、義理の弟でもある公爵に、堅苦しくせずいつものように楽に話すようにと促す王。ため息をついて公爵が続ける。


 『…ローレル、確かに君の言う通りあの者は始祖様の姿絵に瓜二つではあった。私も驚いた。だが、あの瞳は…、あの瞳はアンナ・マリーアと同じではないか?幼い頃に我らを見て微笑んでいた、あの子の瞳であった!始祖様の瞳は我らが血に記憶された2つとない輝く青。我らが見間違うはずはない。先程の者はそうではなかっただろう?!』


 『…確かにな。神の鳥もイシルディン神は乗せていないと言っていた。乗せているのはイシルディン神の欠片(かけら)だと。…では、我が甥はイシルディン神の欠片(かけら)なのか?欠片(かけら)とは何なんだ?』


 『わからぬ。だが、あれは我が子アルランティアであると、私の感覚の全てが告げている。一瞬…一瞬手が触れたのだ。なのに、捕まえる事が出来なかった。…私はまたあの手を掴めなかった。だが、あの一瞬に確信したのだ。間違いない、あれはアルランティアだ』


 『…そうか。アンナ・マリーアも、もうすぐこちらに着くであろう。シャノトワの城でどのようであったのか、合わせて聞きながら、今後のことを考えよう。あれが誰であっても、我らはもう一度会わねばなるまい』


 『ああ、ガレオ村に行っている者達が明日には戻るはずだ。その者達にも話しを聞かねばならぬ。高巫女エルスペスが共に来られれば良いが、何分(なにぶん)にもお年を召しておられる故、あまり旅をさせるわけにもいかぬ』


 『あの剣は?シャノトワの城か?』


 『あれもアンナ・マリーアがこちらに持ってくるはずだ。私が常に持っておくことにする。いつまたあの子に会っても良いように』 


 

 扉がノックされ、侍従が扉を開け告げる。


 『失礼致します。陛下、アンナ・マリーア様がお越しでございます』


 『ああ、来たか』


 王が振り返ると、開かれた扉から、淡い金色の髪のほっそりとした美しい女性が足早に入って来る所だった。


 腕の良い人形師が作ったかのような形の良い顔に、長いまつ毛に縁取られた透き通ったすみれ色の双眸と、程よく高い鼻筋の通った小さな鼻と、薔薇の蕾のようなふっくらと艷やかな唇が完璧なバランスで配置されている。

 正統派の絶世の美女と言っても過言ではない女性。王ローレルの妹であり、ディアネルの妻でもあるアンナ・マリーア・ミア・シャノトワだ。

 泣いて赤くなった目元を隠すために着けて来た、繊細なレースのベールを右手で上げ、夫と兄を交互に見て口を開く。 


 『ああ、あなた、お兄様、あの子がここにも来たというのは本当なの?』 


 『うん。ニルス殿と名乗った白く輝く神の鳥の背に乗って王宮の屋根に舞い降りた。ニルス殿はイシルディン神の欠片(かけら)と呼んでいたが、ディアネルが近くで見、そして手に触れてアルランティアであると確信したと言っている』


 『手に触れて…?あなた、何故、そのまま引き止めなかったの?』

 

 夫の方を見て責めるように問い詰めるアンナ・マリーア。ローレルが止める。


 『そう責めるな。誰にも成すすべなどなかったのだ。神の鳥に乗ったまま一瞬通り過ぎて行っただけなのだ』


 『…アンナ、私は手を掴もうとしたのだ。だが、その時にはもう通り過ぎて行ってしまった。花を、この花を私の手に渡して…そして行ってしまったのだ』


 悔しそうに唇を噛むディアネル。

 アンナ・マリーアが夫の震える手の中にあるピンク色の見たことの無い花を見つめた。


 『そなたの夫は果敢に飛竜で神の鳥を追ってな、兵士たちと共に神の鳥の怒りに触れ飛竜ごと吹き飛ばされたのだ。無事であることを喜んでやれ。何もせずにただ行かせたわけではない』

 

 『…まあ、そうだったの。ごめんなさい、あなた。お怪我はなかった?大丈夫?』


 近づきそっと顔に触れ気遣う妻に『大丈夫だ』と言って赤くなるディアネル。それを見て『全く、子を4人も儲けておきながら、いつまでも初々しいと言うか、そなた達は…』と呆れる王。そして妹に言う。


 『アンナ、神の鳥がシャノトワの城に現れた時の話しを詳しく聞かせてくれ。そなたもあの者、イシルディン神の欠片(かけら)を間近に見たのであろう?』 


 『イシルディン神の欠片(かけら)ですって?…確かに始祖様の姿絵そのままだったけれど、でもあれはアルランティアですわ。間違いありません。あの気配、そして髪も瞳も間違いなくわたくしの愛しいアルランティアのもの。あんなに大きくなって…。

 わたくしに可愛らしい紫の花を沢山降らせてくれたのよ。あの香りが染み込むように私の痛みを癒してくれた…。

 必死で叫んであの子の名を呼んだの。なのに神の鳥があの子を乗せて離れて行ってしまって、遠ざかるあの子を追ってバルコニーから落ちそうになったわたくしに、風を送って救ってくれた。変わらない、小さい頃のまま優しい子よ。やっと姿を現したのに…、飛んで行ってしまった…』 


 『バルコニーから落ちそうになっただって?!』 妻の危機を知り、顔をこわばらせるディアネル。


 ええ、大丈夫よ、あの子が助けてくれたの。そうか良かった、どうか無茶をしないでくれ。あなたこそ…と互いに気遣い合い、あまり泣くなと涙を拭いてやるディアネルと、じっと見上げ見つめるアンナ・マリーア。

 そのままじっと見つめ合っている仲睦まじい夫婦の様子を、何とも言えない顔で見ていた王が言う。


 『あー、アンナ・マリーア、気持ちはわかるが、どうか順序立てて状況を話してくれぬか。ディアネルも少し落ち着け。神の鳥が現れ、その背に乗っていたということは、そなた達の息子には我らが始祖様が関わっておいでだと言うことだ。心配せずとも無事で必ず手元に戻してくださる。

 我らの前に姿を見せたということはそういうことであろう。我々は次に起こることに対応出来るよう、まず状況を把握しておかねばならぬ。だからな、情報を整理させてくれ』


 侍従がタイミング良くお茶を持って来たので、座ってお茶を飲み一息ついた所で王が話しを進める。 


 『まず、届いている報告では、神の鳥がシャノトワの街の外で花を撒くイシルディン神を乗せて飛んだ、と。その時にイシルディン神が祝福の言葉『ゴアウー』と繰り返していた。…ゴアウーとはなんだ?聞いたことがない言葉だ。』


 『私も知らん』


 『わたくしもそんな祝福の言葉、聞いたことがありませんわ。神界や精霊界の言葉なのかしら…。でも、神の鳥に乗っていたのはアルランティアよ。…あの子は長く気配を消している間、イシルディン神の元にいたという事なのかしら?』


 公爵が言う。


 『そうなのかもしれん。神界や精霊界にいたのであれば、これまで長く気配が掴めなかった事も不思議ではない。人界に触れていなければ言葉が違っていると考えるのは順当だろう。ガレオ村で森を再生したという「白銀の御方」、アルランティアと思われる者は言葉が上手く話せなかったそうだ。

 ああ、だが、最初に村に来た時はアンティアン(蟻人)の扮装をしていたと聞いたと言っていたな…。アンティアン(蟻人)の言葉なのかも知れぬ』


 『言葉が上手く話せない…か』


 『こちらが言うことはわかっているらしい。だが、話す時にカタコトだったのだそうだ。伴のドワーフと思われる男は全く言葉がわかっていなかったらしい』


 『言葉がわかっていないドワーフだと?ディアネルよ、そんな事があるのか?ドワーフ共と言ったら、どこの国の言葉でも喋りまくり、うるさいと言うと更に喋りだす連中であろう』


 『だが、使者としてガレオ村を訪れた者達の報告では、「白銀の御方はカタコトではあるが村人達と会話が成り立っていたが、ドワーフは全くこちらの言葉を理解していなかった」そうだ。だが知性的で、少々手荒な事をしてしまったが反撃することもなかったと。

 ただ、「それで白銀の御方が非常にお怒りになり我々使者は全く口をきいてもらえなかった」と言っていたな。名乗りをあげ挨拶をしたが、プイッと神の鳥に乗って行ってしまい、そうかと思っていたら見る見る間に森を創り、花を咲かせたと。

 その時に、ドワーフが歌を歌ったらしいのだが、それはもう素晴らしい歌声だったそうだ。だが何語かはわからぬ言語だったらしい』


 『益々以て謎だな。気が荒く口も手もすぐ出るドワーフが反撃しなかったのか。しかも、あの種族のほぼ全てがガラガラ声のドワーフが、よりによって素晴らしい歌声で歌っただと?』


 『そのドワーフは本当にドワーフなのでしょうか?わたくし達が知らない種族、または精霊界や神界にいるドワーフかもしれないわ』


 『或いは、ドワーフではないか…だな。いずれにしても、アルランティアにもドワーフにも言葉の実が必要だろう。用意しておいた方が良いな』


 『ああ、どうしましょう。シャノトワの城に居るべきか、王都に居るべきか…。またあの子がやって来た時に会えないなんて事になっては嫌だわ。あの子はまた来るかしら?別のどこかに行ってしまうのではないかしら?』 


 『アンナ・マリーア、大丈夫だ。先程も言ったが、姿を表しシャノトワ領や王都に来たということ、そしてそれがイシルディン神の命であったことはわかっている。私はイシルディン神が、お前達両親にあの子を会わせようとしているのだと思うぞ』


 『お兄様、イシルディン神はあの子を帰してくださるのかしら…。会ってもまたどこかに連れ去ってしまわれるのではないかしら?』


 『それはあるまい』


 『あなた…』


 『城の部屋から連れ去られた時の事は、一緒にいた姉であるテレーシアがよく覚えている。明らかに悪意のある賊による誘拐だ。恐らくイシルディン神はそこから救ってくださったのだ。

 理由はわからないが、それからこの年月、我らの元に帰すことが出来なかったのであろう。だが、姿を表し、…そしてこの手にも触れた。神はあの子を帰してくださるおつもりだと信じよう』


 『そうね。きっとそうね…。ああ、あなた、早くこの手であの子を抱きしめたいわ。あの子は泣き虫でしょう?きっととても泣いたに違いないわ』


 『ああ、そうだな。必ず取り戻して抱きしめて、そして絶対に離すまい』


 『あなた…』


 『アンナ・マリーア…』




 すぐに2人だけの世界に入ってしまう妹夫婦を横目で見ていた王が侍従に尋ねる。


 『…アネットは何をしている?』


 『は!王妃様は先程の騒ぎでお茶会が中止になり、お部屋に戻っておいででございます』


 『こやつらは私がいることを完全に忘れておる。妹夫婦達ばかりイチャイチャしているのは面白くない。アネットを呼べ。今すぐここに呼べ』


 『畏まりましたっ』


 そして別の侍従に言う。


 『言葉の実を2つ公爵に持たせる。用意しておけ。それから、王都とシャノトワの街の神殿に通達をせよ。この後しばらく、言葉の実を求めてやって来る者がいたら、人相や性別、年格好を記述し、居場所を明らかにしておき、すぐに王宮や領主に連絡をせよとな。そして使いの者が行くまでは絶対に街から出してはならぬと』


 『畏まりました』


 『おい、ディアネル、アンナ・マリーア、仲がいいのは良いが、私と話をしていることを忘れるのではない』


 『あ、ああ、ローレル、いたのか。そうだ、ここは王宮か。これは失礼を、陛下』


 『いたのかではない!もう!』 


 『ああ、お兄様のその拗ね拗ねのふくれっ面、幼いアルランティアが、よく同じような顔をしてふくれていたわ…ううう、早く会いたいわ』


 『大丈夫、大丈夫だ。必ず会えるぞ。あの子もきっと陛下のように少々のことではへこたれない子だからな』


 『そうね、あなた…』 


 『アンナ・マリーア…』



 『おい、アネットはまだかーっ!』




   

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