さよならの向こう側
大神達のぬくもりの中で心地よく眠る。
誰かが寝返りを打ってちょっと目が覚め、そのままうつらうつらしながらぼんやり思う。
ああ、暖かくて気持ちいい。ぬくもりと聞こえる寝息が、キャロと一緒に眠っている時を思い出させる。何だか嬉しい。キャロ、どうしてるかな。
そう思いながら眠りに落ちる。
そして俺は夢を見た。
多分これは本当に夢だ。
だって、家じゃなくてキャロのアパートにいるのだから。
キャロがソファに座っている。泣いてるみたいに見える。どうしたんだろう?
近付いて覗き込むと、スマホで俺の写真を見ているようだ。いつの間に撮ってたんだ?と思いながら、写真じゃなくてこっちを見ればいいのにと思った。
「キャロ?」と声をかけると、びくっとして振り返り、目を見開いて有り得ない物を見るような顔をして黙っている。なんだよう。
俺が口をとがらせて不満な顔をすると、「アラン?アランなの?」と問いかけて来た。俺以外の誰だって言うんだ。
「そうだよ」と答える。
キャロが立ち上がって近づいて来て、俺に触れる。リアルな感触だ。手が震えている。
「どうしたの?大丈夫?震えてるよ」と言うと、「…アラン、生きているの?どこにいるのよ、連絡もつかないし、誰もずっとあなたを見てないって言うし」と俺の顔に触れる。そして涙を流す。
ああ、そうか。急に連絡が途絶えて、電話もメールも繋がらなくなっているはずだ。
俺は申し訳ない気持ちと同時に、俺を案じて泣いているキャロの姿に喜びを感じていた。
「ごめん。急に思いがけない事があって、俺は今とても遠くにいるんだ」と言うと、キャロがハッとしたように顔を上げて「…やっぱり。やっぱりそうなのね」と言った。そして俺を抱きしめて泣く。
「大丈夫だよ、心配しないで」と言って俺もキャロを抱きしめた。そしてそっと頬に触れ、顔を上げさせてキスをした。
キャロが泣きながらしがみついて来る。どうしたんだい。こんな風に俺に甘えた事なんてなかったのに。
俺の胸に頭を擦り寄せて「あたしは夢を見ているのね」と呟く。「幸せな夢だわ」と。
キュンとした。それで俺にスイッチが入った。
「夢じゃないよ」と言ってキャロをいつものように抱き上げ、「ほら、お姫様は羽のように軽い」と言ってベッドに運ぶ。キャロが嬉しそうに見える。可愛い。
俺はそっとキャロをベッドに横たえる。そして俺も横になり、シャツの裾から手を入れて滑らかな肌に触れた。くびれた曲線に沿って上の方にゆっくりと手をすべらせる。
「何だかいつもと違うのね」と笑うキャロ。
そうさ、俺はもうボウヤじゃないからね。
キャロの問いかけには答えずに手を動かし、何度もキスをする。久しぶりに触れる柔らかい盛り上がりをそっと手のひらで包み、愛おしい突起に触れる。キャロが小さく声を上げる。
そしてうわ言のように「私の夢だからなのかしら?アランが男の子じゃなくて、男らしいわ」とつぶやく。
「素敵」と言ってうっとりした顔で俺を見上げている。こんな顔は初めてだ。
ちょっと乱暴にキャロの服を全部剥ぎ取った。キャロはくすくす笑っている。なんだかいつもより「女」という感じがする。
強い欲望が湧き上がって来た。いつものスポーツ的な行為ではなく、キャロを特別な大切な女として愛したい。「俺のものだ」と支配したい、そう思った。
俺も服を脱いで、いざ…という所でインターホンが鳴った。
無視だ。
俺が改めて、いざ…と思ったところで、キャロが「大変!」と言って起き上がる。そして、せっかく脱がせたシャツを着始めた。
え?待って、なんで?
困惑して固まっている俺に服を渡し「着て」と言って、自分も身支度をして髪を整えている。何?なんで?
キャロが俺を見つめて、「アラン、言えなかったけど、ずっと愛していたわ。会いに来てくれてありがとう。大丈夫よ。あなたはもういないけど、私は前を向いて強く生きていくわ。だから、心配しないで。見守っていてね。もう迷って出て来てはダメよ」と言って俺にキスをし、慌ただしく玄関に向かっていく。
そしてドアを開け、茶色いヒゲがモジャモジャの男を招き入れる。誰それ?
「ただいま、ダーリン」とヒゲモジャが言ってキャロにキスをする。はあ?
「おかえりなさい。今、居眠りしちゃってて、夢を見ていたのよ」
「だから泣いてるのか?大丈夫?」
「アランがね、来てた夢なの。いえ、来てたのかもしれないわね。あの子、やっぱり亡くなったみたいだわ。思わぬ事で遠い所に来てしまったって言ってた…」
「そうか。綺麗な男の子だったよな。美人薄命って本当なんだね。君が彼を想って泣くのはちょっと妬けるけど、でも安らかにと願うよ」
「ありがとう。あなたは優しいのね」
「あ、母さんが来週会いにおいでって言ってたよ。君がやっとプロポーズを受けてくれたって言ったら喜んでた」
「緊張しちゃうわ」
「心配ないよ。そうだ、将来、俺達に子供が出来て男の子だったらアランって付けてもいいな。きっと君に似て頭が良くて、そしてとびきり綺麗な子に育ちそうだ」
「うふふ」
そこで目が覚めた。
起き上がると史朗が「またあっちに行ってたのか?」と言う。大神達も興味津々で俺を見ていた。
「え?今光ってた?」と聞くと「ああ、こないだみたいに光ってたよ。今日は物資はないのか。あれ?何を握ってんだ?」と言われて、自分の手を見ると小さい布を握っていた。なにこれ?あ。
俺は急いでそれをポケットにしまった。
「なんだよ。ハンカチ?」
「う、うん」
俺が握っていたのは、さっき夢の中で脱がしたキャロの下着だった。
チョット待ってください?
てことは、今のは夢じゃなかったのか?
「俺は…ふられた?」
「どうした?大丈夫か?」 史朗が俺の顔を覗き込む。
「…」
真っ白だ。言葉が出て来ない。
でも何で?何でキャロの所に繋がったの?
霊峰の聖なる奇跡の夜の力か?
それとも俺の身体に残っている神様の力か?
…どっちにしても知りたくなかった。見たくなかったよ、あんな、あんな…。
なんだよ、あのヒゲモジャ。なんだよ、あいつ。
涙目で無言で手近な大神をグリグリ撫で回していると、モフボーイに『欠片はメスを欲しているのか』と言われた。
は?なんで?
驚いて黙っていると、『欠片からメスを欲するオスの臭いがする。メス達が皆ソワソワしているよ。欠片ならばどのメスでも喜んで妻になるだろう。でも、あの右端のメスは…その…外してくれると嬉しいんだけど』とモジモジしながら俺をチラッと見る。
チョットマッテクダサイ。
『モフボーイよ、我はメスを欲してはおらぬ』と慌てて言うが、『欠片よ、俺達に隠すのは無理だ。欠片からは先程まではしなかった、メスを求めるオスの臭いがプンプンとしている』と引いてくれない。そうだ、このヒト達、臭いでこっちの状態が全てわかっちゃうのか。
仕方ない。俺はポケットからキャロの下着を取り出してモフボーイに嗅がせた。『モフボーイよ、我が欲するメスはこれのみ』
そう言いながら胸が痛んだ。
臭いを嗅いだモフボーイは『おお!そうだったか!』と言ってから、大きな声で『欠片が欲するメスは我が群れにはいない!』と皆に向かって叫んだ。『欠片は人族のメスを求めている!』と。
チョットマッテクダサーイ!
どういう辱め?
オスの大神達が安堵の息を吐き、メスの大神達は落胆しキューンと鳴いた。いや、いや、いや。
様子を見ていた史朗が、「何?今度は何?どうしたんだよ」と聞いてくる。「そのパンツ何?女物じゃないのか?誰の?」と。
仕方なく俺は事の次第を話した。
史朗が「そうか…。まあ、飲め」と聖なる石から汲んだ水を俺に渡す。「ビール、村に置いてきちゃったからさ」と。そして俺を慰める。
「愛してたって言ってくれたんだろ?お前は愛されてたんだろ?良かったじゃないか。でもさ、お互いに思っていても縁がつながらないってのは、きっと何か意味があるんだよ。お前がその気になれば、世界中の女が我先にと押しかけて来るんだぞ。幾らだって選り取り見取りじゃないか。それに、ほら、もう何の気兼ねもなくプロに会いに行けるぞ」
「…うん」
そうだね。史朗ありがとう。でも、今はプロと言う言葉にも全然ときめかない。きっといつかまた俺は復活すると思うけど、今はまだ難しい。
「…キャロがね、俺の写真見て泣いてたんだよ。でもね、ヒゲモジャがピンポーンって、ピンポーンって帰って来たら、あたしは強く前に向かって生きるから大丈夫よって。キャロは…俺がいなくても大丈夫だって言ったんだ、俺がいなくてもあいつがいるから…くっ」
「よし、泣け」そう言って俺の背中を擦る史朗。そして、くるりとソファのように丸くなって俺達を暖めてくれているモフボーイ。
キャロのばか。もう少し待っていてくれたら良かったのに。でも、待てなかったんだよね。俺、本当の気持ちなんて何も伝えてなかったから。待ってるわけないよね。
…ちゃんと家の連絡先を知らせておけば良かったのかな。そしたら生きてて、半年したら帰るって伝わってたかな。
こういうタイミングのズレって、どうしようもない事なのかな。キャロは俺が死んだと思ったから前に進む決心がついたのかな。そうじゃなかったら待ってて、そしてもしも俺が帰れなくても待ってて、ずっと1人で生きることになってたのかな。それは駄目だ。それはないな。
もう、キャロの人生に俺は要らないんだね。キャロは俺が居なくても幸せになれるんだね。…どうか、どうか幸せになってください。いつでもあの笑顔で笑っていられるように。でも俺のことも思い出して。
くそう、ヒゲモジャめ、良い所で帰って来やがって!…ああ、でも、それが俺とキャロの縁の答えなのか。俺じゃなくてあいつなのか。あいつがキャロの運命なのか。
くそう、キャロを泣かせたら殴りに行く。死んだはずの俺に殴りに来られてビックリしないように、キャロを大事にしろ。くそう。子供に俺の名前なんかつけるなバカ!ふざけんな!
そうか、こういう時に人は酒を飲むのか。
俺は伸びすぎた前髪で顔を隠して、スマホのインカムを動画モードにして言った。
「ビール、おかわり。多めでお願いします。…コーラも」
受け取ったら飲んだくれてやるんだ。村の酒も不味いなんて言ってないで飲んでやる。ジュースで割れば大丈夫だ。
俺の背中を擦っている史朗が言った。
「とりあえず、村に戻ったらビール全部飲め」
うん、そうするよ。
「やっぱヒゲモジャがモテるのかな?」
「…そうかもな。時代は今、ヒゲモジャなのかもしれないな」
史朗が否定しない。やっぱりヒゲモジャなのか。
「髭が生えなくなった時から、俺はキャロにフラれるって決まってたのかな」
「それはまた別だろ。まあ、こういう時は次だよ。次に行け。あの時は辛かったけど、あれは君に出会うためだったんだねって、心から言える人が、きっとどこかにいるんだよ。例えばほら、あれは?あの感じ悪いけど可愛いご領主様の使者のなんとかって子とかさ」
「だめだよ。あの人はこっちの人じゃないか。地球に帰る時に別れる相手とどうこう出来ないよ」
「出た、真面目。じゃあ、やっぱプロだな。プロに慰めてもらえ」
プロ。そうか、プロなら。
「史朗、街に行こう。プロの癒しを得に街に」
今の俺には営業のぬくもりで良い。都合よく優しくしてくれればそれでいい。プロの技に救われよう。ときめきは後回しだ。
地球に帰ったら俺だって恋をしてやる。今度はもっと本当に愛し合える人に出会うんだ。
「でも、その前に俺はこのモフモフで癒やされることにする」そう言って、俺はモフボーイの腹に顔をうずめた。
まだ夜は明けていない。
今しばらく、この暖かいモフモフに包まれて目を閉じよう。




