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アルランティアの日記   作者: 倉門 輝光
異世界文化交流
53/117

約束の青い花


 感動しているモフヌシ一家を放置して、史朗と俺は引き続き狼達をモフった。 

 

 全狼をモフり終える頃、狼達の住処がとても明るくなったように感じた。あの村の皆が命の水を飲んだ後のように。

 狼達も感じたようで、鼻を上に向け風の匂いを嗅ぎながら『なんだろう、なんか気持ちいいな』『不思議だ。空気が軽くなったような気がする』と言っている。


 スリスリと擦り寄ってくる狼達を触りながら草の上に座る。史朗が狼達に埋もれる俺を撮影する。

 モフボーイが目を丸くして液晶画面を見つめ、『ドワーフが時を記している!神々はこのように記録していくのか!』と感激し、『同じ様に1200年の昔も記録なさったのでしょう?』と史朗に話しかけている。

 史朗には意味がわかっていないはずだが、何となく狼達とは会話が成り立つようだ。笑顔でモフボーイを撫で『いい子。俺はドワーフじゃないぞ』と言ってから、『モフヌシパパ、モフヌシ、モフボーイ、欠片(かけら)、笑う』と3頭を俺と並ばせ記念撮影をした。

 それを3頭に見せて『お前達、皆いい子』と撫でる。モフヌシが史朗に『感謝する』と言って鼻を擦り寄せる。俺は史郎からカメラを受け取って、3頭と史朗を撮った。 


 そうしているうちに空が赤く染まり始めた。

 

 『そろそろ(いただき)に向かって出発するぞ!』とモフヌシが群れに号令をかける。『今宵は特別な夜だ。幼い子供たちも赤子も連れて行く。年寄りは俺達の背に乗るか、幼子達と共に欠片(かけら)に運んでいただけ!』


 俺はでかい透明丸を作り、自力では群れの走りに付いていけない者達を包み浮かせる。一緒に走れそうな子が好奇心丸出しで乗り込もうとして、親に叱られていた。後で乗せて飛んであげよう。


 モフヌシを先頭に群れが走り出す。草原を走り山を登っていく狼達の群れ、やっぱりカッコいい。

 俺達の透明丸は狼達の上を同じスピードで飛ぶ。乗り込んでいた幼い子供たちは喜び、年寄り達は無意識に走るようにピクピクと脚を動かしている。そして史朗は夕日が完全に沈む前にと写真を撮りまくっている。月が出たら出たでまた撮りまくるんだろうな。

 草原が雪原に変わる頃、「モフヌシよりちょっと前に出られないか?」と言うので、スピードアップして先頭のモフヌシよりも10メートル位前に出た。後ろを向いて、沈む夕日を背にして雪煙を上げながら迫り来る狼達の群れを撮りまくる史朗。「最高だ!最高だよ!」と喜んでいる。

 

 やがて霊峰の頂、聖なる石の元に着いた。日は沈み、空には明るく月が昇っている。月明かりでキラキラ光る青い雪原に、月の透明な光を通し佇む大きな大きな聖なる石。その下に狼達が集い見上げる。


 『欠片(かけら)よ、それでは儀式を行う』とモフヌシパパが言うので、『まず、若い狼達の歌を贈る良い』と言うと『承知した』と、若い狼達を前に並ばせ、『では癒しの歌を捧げよ』と告げた。 


 モフボーイの仲間たちと、それ以外にも数頭の狼達が歌い始める。…と言っても、史朗には遠吠えをしているようにしか聞こえてないかもしれない。後で内容を教えよう。 



 慈しみの大地 グラウギリス 数多(あまた)の生命を育て生かす 

 我ら満ちて暮らし その感謝を捧げん 


 その苦しみが消え去り 力強き太陽の如く あたたかな想いがこの地を包む事を

 その悲しみが消え去り 美しきこの世界に 安らぎと喜びの光がいつまでも注がれん事を


 我ら気高き狼は願う

 我ら気高き狼は願う


 我ら愛を知るもの 我ら慈悲を知るもの 大地の心を知るもの

 

 グラウギリスが我らに与え給う恵み

 永久に忘れず 大いなる大地に癒しをもたらさんと 我ら歌い続ける

 

 重なる丸い月と輝く青い花 グラウギリスの癒しの時 

 永久に忘れず 愛しき大地に光を満たさんと 我ら歌い続ける



 

 歌が終わる。聖なる石の中心が淡く光り、確かに歌に反応している事はわかった。少し穏やかな雰囲気にもなった。だが力が戻るような感覚はない。 


 俺は言った。

 『モフヌシパパよ、今度は全員で歌う。一度ではない。止まれと言うまで何度も歌う。自由に歌う良い』


 モフヌシパパが俺の言葉を皆に伝える。繰り返し何度も、全員で歌うのだと。思うままに自由に歌えと。

 俺はモフボーイに『では、モフボーイ、歌う』と言い、再び若い者達から歌わせた。その歌声に皆の歌声が加わる。 

 何周かした頃に、1頭のメスが皆の歌に合わせて副旋律を唱和し始めた。歌に深みが加わる。他のメス達も一緒に副旋律を歌う。楽しそうだ。


 守り手である狼の一族が、心を合わせて繰り返し歌い続ける事で、チャンティングになっていく。少しずつ空気が調整され不思議な場が出来上がって行く。皆、無心で歌っている。とても気持ちよさそうだ。


 全ての狼達の歌声がハーモニーとなり、大気を震わす振動となり、その響きが流れとなって石に吸い込まれて行くのを見た。誰も気付いていないようだが、確かに流れが生まれ石に入って行く。そして、石が歌の流れで満たされたと思った、その時、聖なる石にヒビが入りガタガタを揺れ始めた。

 

 地震ではない。聖なる石だけが揺れている。こんな事は初めてなんだろう。狼達も突然の事に歌うのを止めて驚き怯えている。


 この巨大な石が割れたら大変なことになる。俺は魔法で抑えようとした。だが駄目だ。何をしても魔法が全く効かない。


 『慌てるな!子供たちを下がらせろ!』


 モフヌシが叫んで皆を庇うように前に出る。モフヌシパパもモフボーイも同様にした。他の狼達も他の者や子供たちを守ろうと身構えた。

 揺れは収まらず、聖なる石はとうとう崩れ始めたかのように見えた。俺は慌てて全員を透明丸で包んで『皆、この中、安全。大丈夫!』と叫んだ。

 

 崩れて来る!そう思った時だ。


 聖なる石は爆発したように粉々に弾け跳び、そして消えた。 


 大きな透明の石は消えてしまった。

 辺りには聖なる石の欠片が、細かい光が降るように舞っているだけだった。その光の粒は透明丸の中まで降って来て狼達にふわりと降り注ぎ、そして消えていく。


 『わあ、綺麗!』


 子狼達が嬉しそうに声を上げた。


 『綺麗!』

 

 『見て、お母さん、綺麗だよ!』


 無邪気に光の中で飛び跳ね始めた。

 満月の光を反射してキラキラと舞う聖なる石の欠片(かけら)。誰もがただそれを見つめている。


 聖なる石は限界に来て壊れてしまったんだろうか。

 いや、そうではなかった。聖なる石のあった場所に、小さな、と言っても3メートル位はある、虹色に輝く透明の石が生まれていた。

 さっきまでの石とは違い水晶のクラスターのような形でそこにいた。まるではにかんで笑っているかのように可愛らしかった。

 大きさはかなり小さくなったが、周囲に放つ輝きとそこから溢れる力は格段に強く、既に聖なる水を沢山湧き出させて川を創り上げている。

 そして、その川の周りの雪が溶け草が生え始めた。 


 『これは…聖なる石が再生したのか。我らは、我らはお役目を果たすことが出来たのか』


 『父さん、俺は感じた。皆の歌が光となって聖なる石に吸い込まれていくのを。そして光で一杯になった時に石が揺れ出し、そして弾けて、消えた』 


 『俺、頑張らなきゃと思ってたのに、母さんが違う旋律で歌いだして、皆と歌っている内にただ楽しくなって来ちゃって、すごく嬉しくて幸せな気持ちだった。幸せでいっぱいでパンパンになって弾けるって思ったら石が揺れ始めて、大変だって思ったけど、皆を守らなきゃって力が湧いてきた。そしたら聖なる石が弾けて光になったんだ…』


 

 ああ、あのメスはモフボーイのお母さんだったのか。いや、今はそれ以上は考えないでおこう。



 「狼パワー、すげえな」と史朗が感嘆する。


 「うん、すごいね」と俺は答えた。と、その時だ。俺の頭の中に声が聞こえてきた。

 

 

 『我が精霊界にて霧散し、神界にて再生するまでの間、我の存在の力は変化の為に弱くなっていた。

 儀式の時に咲く約束の青い花と共に、我の姿を失った狼達は、自分たちの存在に疑いを抱いた。我らは何か良くない事をしたのではないかと。そして狼達にゆらぎが生じた。

 聖なる石はそれを感じ取り同調し変化をした。(もや)がかかったように聖性を閉じ始めた。狼達は戸惑い考え、清らかさを取り戻すために、若く幼い清い歌声のみを癒しとして届けようとした。それは少しだけ上手くいった。だがその後も約束の青い花は咲かなかった。

 それからやり方を変え、役に立たなくなった古いやり方は隠蔽し、咲かない青い花の事は語られなくなった。


 神界にて真に神として再生し、この世界に帰還しても力の調整にかかる時間があり、それは我に取っては瞬き程度の僅かな時間ではあったが、この地に生きる者達に取っては一生よりも長い時間であったようだ。

 狼達の嘆きも願いも聞こえてはいたが、聖なる石を元のように戻す事が叶わなかった。狼達そのものが知らずに変わってしまっていたからだ。

 ねじれが生じ、増々己達に疑問を抱き始め苦しんでいた狼達を、抱きしめ、癒してくれた事を感謝する。とても良い癒しであった。


 さて、我が欠片(かけら)よ。狼達に直接伝えねばならぬことがある。お前の身体をしばし借してもらうぞ』


 そして俺は自分の身体から後ろにぐっと下がって押し出されるような感覚を感じた。俺の前に誰かがいて俺の口を使って話しを始めた。

 それを後ろから見ている俺がいた。



 『愛しき者達よ、気高き狼達よ。お前達は我が心に従い、この世界を守り続けて来た。今宵、お前達の癒しの歌によって、聖なる石は喜びに満たされ、力を得て新たに生まれ直した。

 今宵の皆の歌声は原初の狼達のようであった。思うままに歌い、心を1つにする。その歌が大気を振動させ、()を祓う。

 お前達の気高き心が聖なる石に力を与え、喜びが大地に響き、約束の青い花が咲くのだ。

 喜びと祝福を歌にせよ。そしてこの世界を憂い、悲しみや慈しみを語り、それらが浄化される癒しを行うのだ。

 愛しき狼達よ、新たなる聖なる石が生まれた今、我はお前達に、より大いなる力を秘めた新たな種としての祝福を与えよう』


 その言葉と共に、聖なる石からまばゆい光が溢れ、沢山の白い光が曲線を描きながらそれぞれに狼達に向かって飛んでいった。間近で大きな花火が上がったかのような鮮烈な光景だった。



 俺が覚えているのはそこまでだ。

 どうやら意識を失って倒れたらしい。気づくと俺は、モフボーイの上に寝かせられていた。史朗が命の水の源水を一生懸命俺に飲ませていたらしい。 


 「アラン、お前…大丈夫か。いきなり人が変わったみたいに話しだしたと思ったらぶっ倒れるからびっくりしたぞ」


 泣いたような顔をした史朗に抱きしめられた。


 「お前、もうさ、あんまり脅かすなよ…」


 「ごめん。俺も何だかわけがわからない」


 無事ならいいけどよと言ってから、まだ身体が上手く動かない俺の頭の下に、丸めたままの寝袋を入れ枕にして周囲が見られるようにしてから、「見ろ、お前がやったことを」と周りを指す史朗。 

 

 俺は言われるままに周囲を見る。なんと、そこにはもう狼達は1頭もいなかった。群れの全てが大神(オオカミ)族に変化していたのだ。

 モフヌシとモフヌシパパ程ではないが、他の狼達も、小さな子狼までが皆それぞれに大きくなり立派に変化を遂げていた。


 「俺がやった?」


 「お前だろう。人が変わったみたいになってたけど、なんか狼達に宣言みたいにして、石から光を出して皆を変身させたのはお前だったぞ」


 「…俺なのかな。なんか、誰かが俺の身体を借りるって言って、身体の外に押し出されたような気がしたんだけど」


 「なんだ、んじゃ神様か?」 


 ボソボソと話しているとモフヌシが俺達に言う。


 『イシルディン神の欠片(かけら)よ、そしてドワーフよ、我らは皆が大神(オオカミ)族となった。イシルディン神が降臨され我らを祝福し変化させた。そして我らに新しい聖なる石に祝福の歌を歌えと命じられた。どうか共に聞いていて欲しい』 

 

 大神達が歌い出す。大神(オオカミ)族による祝福の歌だ。それぞれが自由に歌いながら調和していく。何だろう、彼らは皆とてもセンスの良い音楽家なんじゃないだろうか。とてつもなく心地よい。

 史朗が彼らの歌と一緒にハミングをしている。

 俺は横になったまま聞いている。モフボーイも俺を乗せたまま歌っている。


 やがて、彼らの身体から(もや)のように淡い光が立ち始めた。それがやがて大きな柔らかい光となり、聖なる石と繋がって、渦を描きながら大地に染み渡るように広がって行く。

 雪は溶けて消え、青い夜に、輝くような青い花が一斉に開花して大地を埋め尽くす。

 月明かりの下で、大神達の歌に呼応するように青い花が揺れる。


 ’’ 癒しは成された’’


 祝福と共に守りの力は強くなり、風が渡るように浄化されていく大気。


 

 『これが本来の儀式による癒しか』


 『我らの役目とは、なんと美しい事か』



 「約束の青い花…」

 ヒマラヤンブルーのあの花みたいな色だ。神秘的で澄んだ優しい淡い青。


 「なんて綺麗なんだ」

 そう言って史朗が写真を撮りまくった。この光景を忘れないように、残しておきたいと。


 「あれ?俺この色の目の人知ってるな…」 そうつぶやくと、「だから、それ神様だろ?」と史朗が写真を撮りながら当たり前の事のように答える。

 そっか。あれが神様の後ろ姿か。いや、あれは俺の後ろ姿だったんじゃないか?でも何だか髪がすごく長かったような気もする…。わからん。


 それにしても「身体を借りる」って…。お陰で俺はまだ上手く身体が動かないんだけど。  

 モフボーイが暖かいからぬくぬくしていられるが、倒れるとか身体が動かないとか、もう止めて欲しい。俺がふくれていると、撮影に一段落つけた史朗が、聖なる石から水を汲んできて俺に飲ませる。


 「まだ動けないか?」 

 

 「指は動くな」 そう言って俺は起き上がろうとした。 


 「無理するなよ」


 「大丈夫、起き上がれる」 

 

 もぞもぞとしていると、モフヌシが来て、『欠片(かけら)よ、無理をして移動せず、今夜はもうここで夜明かしした方が良いだろう』と言う。

 それは、このままモフボーイを布団にしろと言うことか?悪くないな。 


 『我らも、今宵はこの約束の青い花の中で眠ろうと思う。皆が、そう望んでいる』 


 そうだよね。特別の夜だ。特別の花が一面に咲いているこの聖なる場所で、生まれたばかりの聖なる石と一緒に夜を過ごそう。


 『そうしよう』 


 俺が言うと、モフボーイの周りに皆が集まってきて、大きな円になっていく。俺も史朗も子狼のように大きな大神(オオカミ)達に抱かれ暖められている。

 そのまましばらくおしゃべりをしていたが、史朗が静かに歌いだして、その歌を聞きながら俺は眠りに落ちて行った。



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