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アルランティアの日記   作者: 倉門 輝光
異世界文化交流
44/117

蘇る大地

地球語(英語/日本語)での会話(聞き取り)を「」で、グラウギリスの言葉での会話を『』で表記してます。




 モテよりも、だ!


 俺は最初からずっと気になっていた泥濘(ぬかる)んだ村の中の道に目を向けた。決して、モテない現実から目を逸らすためではない。


 枯れたというよりも、むしろ栄養がありそうに見える土の事を考えたのだ。


 本当に大地は枯れてしまったんだろうか?草原の雑草は強いから平気なのか?どうして人の糧となる作物は育たないのか。 

 昔は森だったなら、どうして木は無くなったのか。森で暮らす光の民が姿を消したから?じゃあ、光の民はどこに行ってしまったんだ? 

 上空から見た時に、俺は森も湖も見た。あの森があるのは、奥には光の民がまだ暮らしているからだろうか?あそこの土地は枯れてないのか。

 魔物がいる俺達が過ごしたあの谷の森は?瘴気がある森には光の民はいない。では、逆に闇の民がいるのか? 


 地面を見ながら考えていると、おばばがいつの間にかそばに立っていた。


 『ほほほ、村の皆は白銀の君には(おそれ)れ多くて近づけぬが、ご友人に近づくことで、自分達も白銀の君に近付いたような気がするのでしょうのぅ』 


 …あ、おばば、もしかして、モテない俺を気遣ってくれてる?

 いや、俺は平気ですよ。ええ、平気です。今俺はそんなモテよりも、ずっと大切なことを考えています。大丈夫です。


 ふとおばばを見おろして思う。

 小さいなと。


 とても小さいおばば。奈々恵よりも小さい。俺の半分くらいしかないんじゃないか。何歳かはわからないけど、結構なお年寄りだ。(しわ)が刻まれた顔に、細くふたつの切れ目があり、それが目であるのはわかるという程度にまぶたが重そうに垂れ下がっている。今も目を開いているのか閉じているのかわからない。だが、さっきのように目を見開いた時の強い眼差しは、遥か遠くの何かを見通してしまうような透明な輝きを放つ。

 パワフルで迫力がある存在ではあるが、俺が小突いたりしたら、簡単に転がって行ってしまうだろうと思うくらい、身体はか弱く見える。小さき守るべき存在だと感じる。


 奈々恵もおばあちゃんになったらこんな風に小さくなってしまうんだろうか?そんな事を思った瞬間に、俺はとてもおばばを(いたわ)りたくなった。「この人のあらゆる憂いを消し去りたい」何故か、ふとそう思ったんだ。

 そしてまた、完全に覚えていない言葉で頑張って言った。


 『おばば、身体は大丈夫か』


 おばばが、思わぬ問いかけを受けたというように、ちょっと目を見開いてからにっこり笑って答えた。


 『この歳になりますとの、痛くない所の方が少なくなるものです』


 『では、おばば、この水を飲む良い』


 俺は竜の子にあげたように、命の水をおばばの一口サイズで丸く浮かせておばばの前に出した。

 おばばが、今度は大きく目を見開いて自分の前に浮かんでいる水を見た。そして俺を見上げてからまた水を見て、また俺を見て、笑顔になり俺に手を合わせて、水にも手を合わせて、口を開けて丸い命の水をパクンと食べた。そして飲み込んだ。


 すると不思議な事が起こった。おばばの身体が白く光り、その光の(ふち)がピンクになり、しばらく明るく光っていたかと思ったら身体が少し大きくなっていた。いや、背筋が伸びたと言うべきか。相変わらずお婆さんではあるものの、かなり若返ったように見える。

 見ていた者達がどよめく。


 『これは…どうしたことじゃ。身体に力が蘇った。白銀の君よ、一体何をなさった?』


 おばばが驚いた顔で俺を見上げて問う。

 ん、俺は一体…何をなさったんでしょうか?いつも飲んでる命の水をあげただけなんですけど。それ以上はわからないので答えられない。 


 『…水。命の水。おばば、元気』としか言えなかった。 


 ふと周りを見ると、村人が皆期待の目で俺を見ている。そうでしょうね。おばばだけにという訳にも行かない雰囲気だ。俺は一口サイズの命の水を沢山出して、皆にもあげた。飲んだ人達はふっと顔色が良くなった。あれ?何だか村が明るくなって来たように見える。

 一連の様子を見ていた史朗が、「なあ、ハサミ蜘蛛の住処の近くの川みたいにさ、井戸に命の水を垂らしてみれば?」と言うので、ちょいっと手を振って井戸の1つに命の水を一瞬だけ降らせてみた。

 史朗がその井戸に近付いていつものように手を合わせる。村人もそれを見て一緒に手を合わせている。ああ、なんか森で妖精さん達と拝んでいた時みたいだ。


 井戸から水を汲んで飲んだ史朗が、俺の方を見て笑顔で「うん、命の水になってる」と言う。そして村人にも身振り手振りで飲むといいと言って汲んでやっている。

 史朗は他の井戸の水も確かめていた。「おお、すごいな、全部命の水になってるよ!」と笑っている。

 命の水を飲んだ村人は、皆元気になったようだが、若返ったのはおばばだけだった。

 おばばが俺を見上げて言う。


 『私は長くイシルディン神の神殿で巫女をしておりました。私の祖先が、その昔イシルディン神が、人の姿を取って人間の世界にお住まいだった頃の血を少しだけ引いておるのだそうで、だいぶ薄れてはおりますが、それで他の人とは少々違う力がありましての。イシルディン神のお言葉は聞けませぬが、その存在や御力は確かに感じることが出来ます。

 遠い血が私を他の者よりも長く生きさせておるようで、今年で確か145歳になった所でございましたが、ほほほ、50歳くらい若返ったような気持ちでございますよ。力も蘇り、先程よりもより色々視えるようになりましたぞ。私にもまだまだお役目があるという事でしょうかのう。

 こうして視ておりますと、あなた様はエルフ様というよりも、イシルディン神の御力を受け継いでおいでのようですな。しかし人でもあるようじゃ。不思議なお方よ…』 


 俺が神様の力を継いでいるとか、そういうのはちょっとスルーして、エルフじゃないって所だけは聞いておくよ。

 そんな事よりも、おばばが145歳だったってのがびっくり。50歳若返っても95歳じゃん。地球年齢にしたら若返って118歳だ。俺は慌てて近くにあった椅子を差し出した。


 『おばば、座ると良い』


 『ほほほ、白銀の君はお優しいお方ですの』


 そう言っておばばは座る。そうだ、おばばに土地が枯れていく事について聞いてみよう。


 『おばば、大地が枯れるか。何故枯れるか』


 『白銀の君よ、昔はこの辺は豊かな土地でしたよ。更にその昔はこの土地一帯が美しい森だったそうですじゃ。生き物も沢山いて、人は畑などをしなくても狩りをしたり、森で木の実を採ったりして、十分に生きていられたのですよ。光の民とも仲良くし、恩恵を頂いてもおったし、妖精たちも沢山いたそうです。

 だが、300年程前に移り住んで来た者達、わしらの祖先が段々と欲をかくようになり、森を燃やし始めたのですよ…』


 おばばの話では、この辺りに移り住んで来た者達が、自然に与えられる物だけでは満足しなくなり、森を切り開いて自分たちの土地として畑を持って暮らそうと、森に火を放ったらしい。農地開拓だ。

 最初はそれでもバランスが取れていた。だが、代替わりをしながら、畑を広げることが当たり前だと考えるようになった人族は、己の土地を広げようと競い争い、どんどん森を燃やした。作物が上手く育たなくなると、また森を焼き新しく土地を開拓すれば良いと、際限なく切り開いていったのだ。

 森にしておくよりも人族の為に畑にした方が有益だと。そして結局は広大な森の大半を焼き払ってしまったらしい。


 森に住んでいた動物たちも追われ、焼かれ、この大地は100年以上かけて、炎と共に苦しみと悲しみに(おお)われていった。大地は嘆き、傷つき、力を失い、眠りについてしまったのだと言う。

 枯れたのではない。休眠に入ってしまったのだ。だが、その眠りは人族の一生からすると永遠とも感じられる長い眠りなのだ。


 おばばが続ける。


 『欲にまみれた行動でなければ、大地もそこまで傷つかずにおったかもしれませぬ。だが、愚かしい事に我らが祖先は自分たちの為だけに他の命を虐げた。

 精霊も神も、人族だけを特別に愛しているわけではございませんでしょう。この世界の全てを慈しみ存在させている。どんなに小さきものも言葉を語らぬものも、変わらず愛している。

 なのに人族は勘違いをしたのです。自分たちは特別に愛され、他の種族よりも尊く、この大地を支配する権利を与えられているとのう。恐ろしい愚かさです。

 それでもこの世界は消えませぬ。傷ついても回復し、変化をしながら均衡を取り戻し、そして続いて行くのでしょう。

 我らの祖先が行った事でこの土地は形を変えてしまった。今は休眠し、またいずれ目覚めて、再生する為の変化を始めるであろうと、今はその途中なのだと理解は致しますが、決して我ら人族に都合が良いようになるわけではありませぬ。祖先がしたことのツケを子孫である我らが背負う。これも自然の理の内なのかもしれませぬ。

 ですがな、やはり辛い。もう我らは仕方ない。痛みを以て知る世代となりました。だが、出来れば我らの子や孫たちには憂いのない、豊かな美しい世界を残してやりたかったと思ってしまうのですよ。


 イシルディン神が人の世に降臨なさり王として治めていらした昔には、驕り高ぶる者が現れてもイシルディン王がおさえて下さっていた。

 我ら人族は、誰か優れたものが君臨し、その下で管理されていなければダメな愚かなものなのでしょうかのう。苦しみ気づきを得た世代が、如何に伝承を残しても、人とはすぐに痛みを忘れ増長するものなのでしょうかのぅ…。

 我らは祈るのみでございます。どうかイシルディン神が愚かな我らをお見捨てにならず、我らを忘れず、お導きくださるようにとのう。

 そして、我らがこの世界の一部として、他の全ての者達と等しく導かれていることを忘れずに、(おご)らず生きていけるようにとのう。 


 白銀の君よ、この(ばば)に下さった恩恵を、どうか我らが子や孫たちにも末永くお与えください。あなた様はまだお目覚めではないようですが、婆にはわかりまするぞ。あなた様はイシルディン神の御力を受け継ぎ、長くこの世界をお守りくださる方であると。

 あなた様が出会う者達に、どうか光とお導きを(たまわ)りますように。

 ほほほ、この身でこうして直にお願い出来ますのも、この婆には過ぎたる恵みでございます』


 俺はただ黙っていた。俺がその神様の力を受け継ぐとかそういう事じゃなくて、この小さなおばばの心が尊くて、俺は何をしたら良いんだろうと胸が詰まったんだ。

 俺は身体はでかいけど、とてもちっぽけな存在だと、こうしてここでほんの一時だけ関わるこの世界に、何か出来ることなんてあるんだろうかと。


 村長が、宴の準備が出来たと呼びに来た。

 おばばが、『年寄りが長話をしてしまいましたな。それでは参りましょうかの』と立ち上がり、村長の後について、俺を先導するように歩き出す。

 史朗が来て、「どうした?神妙な顔して」と俺に話しかける。並んで歩きながら「うん、今ね、すごく大切な話しを聞いてしまったんだ。俺は今ちょっと消化不良。後で聞いてくれ」と言った。

 史朗は「そうか。まあ、話したくなったらいつでも言え」と笑って、井戸の水が命の水になって、皆がすごく喜んでるぞと俺の背中をポンと叩いた。


 爺ちゃん、俺はいまパンパンです。爺ちゃんと話したいよ。

 


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