さらわれて大空
空高く上空から見下ろする地上。
俺達が旅している森は果てしなく、どこまでも広がっていた。
ああ、こんなに広いんだ。
モハメドが現れたのは、あっちの何だか暗くてもやってる辺りだったのかな。確かに嫌な感じのする地域だな。命の水川の方とは全く違う雰囲気だ。
あのまま進んでいたら俺達はどうなっていたんだろう?
あの時、モハメドが来てくれて本当に助けられたんだなと実感しつつ、あいつどうしてるんだろう?また会いたいな…なんて思っている俺は、今、空を飛んでいます。
自力ではなく、なんと、すっごくでかい鳥に攫われている真っ最中。
でかく強靭な足でがっつり掴まれて空の旅なう。
呑気そうに言ってるけど、結構焦っています。
身動きは取れないし、うっかり攻撃なんかしたら、この高度から落下することになる。
状況としてはヘリとかセスナで飛んでいるような高度。多分4000〜5000メートルくらい。この鳥すごいな。
これがもし竜だったら、もっと高く飛んじゃうんだろうな。鳥で良かったかもね、なんて。
…いや、俺は本当に困ってるんだよ。
そもそも、何故こうなっているか。
ほんの数分前まで、俺と史朗はいつものように木の上でスープタイムを楽しんでいた。確かにいつもよりてっぺんの方の枝にいたのは事実だ。美味しいニオイをさせていたのがいけなかったのかもしれない。とにかく、のんびりしゃべりながら休憩していた。
急にふっと暗くなったと思ったら、もう俺は掴まれて空中に持ち上げられていたんだ。
風を切る音も何もしなかった。
一瞬の事で何が起こったのかわからず、唖然としている間に、どんどん元の場所から離れていくだけ。
俺は、眼下で口を開けてカップを持ったまま固まっている史朗と見つめ合っていた。
次の瞬間、史朗が枝を折ってジャンプしながら、このすごい鳥に向かって枝を投げつけた。だが当たらない。羽ばたきひとつで吹き飛ばされるだけだった。
史朗もその風圧で地面に落とされそうになった。
かろうじて木につかまり落ちなかった史朗だが、体制を立て直す頃には、俺は遥か上空に連れ去られていて、俺から見える史朗は2〜3センチの小人のようだった。
やばい、逸れる!と思って、慌てて「命の水川沿いで!」と叫ぶ。聞こえたかどうかわからないが、既に小さい点のようになっていた史朗が頷いたように見えた。
どんどん高く離れていく俺と鳥を、必死で追いかけてくる史朗の姿があっという間に見えなくなった。
軽々と俺を片足で掴んでいる鳥。見上げた感じでは、恐らく20メートルくらいあるんじゃないだろうか。翼を入れたらもっとあるだろう。
鳥って言ってるけど、俺にわかるのは反対側の足の様子と、自分を掴んでいる足の様子、そして見上げて見える羽根に覆われた腹とでっかい翼。その上の方にチラチラ見える黄色い嘴だ。
脚と嘴の形が大鷲みたいだ。きっとでかい大鷲なんだろう。
ビッグバードもでかかったけど、この大鷲は更にでかい。こいつだったらマダラ赤蛇なんて軽々狩れる餌でしかないだろうな。
そういや、ビッグバードは美味かったけど、この大鷲も美味いのかしら?そんな事を考えた瞬間に、大鷲がこちらを覗き込んだ。顔が見えた。やっぱり鷲だな。頭の左右に竜のような角があるみたいだ。なんていうか、竜鷲?
この世界で角があるのは魔物系が多いようだ。そして、敵対する者を見つけると戦闘態勢に入り角や爪が伸びる。この竜鷲の角は伸びてはいない。敵意はないという事だろうか?
それに俺は、大事にそっと掴まれている気がする。爪は全く食い込んでない。
攫われておいて何だが、この竜鷲、ちょっとカッコいい。
こんな時に何を考えているんだって思うけど、でも精悍な感じでカッコいいんだ。怪獣好きな俺の琴線に触れるタイプ。
それにしてもすごく寒い。身体の周りに膜を張って保温しよう。魔法が使えて良かった。この寒さだけでも、攫われたのが史朗じゃなくて良かったと思う。
どこまで行くのか。元の場所に戻るのが大変だと嫌だな。史朗、俺が命の水川の上流方向に向かって運ばれてるのわかったよね。大丈夫だよね。
カッコいいと思ったからという理由ではなく、俺は何故かこの竜鷲を攻撃する気にはならず、ただ大人しく運ばれるに任せていた。単純にビックリして何も出来なかっただけなのかもしれないが、でも、傷つけてはいけない、そう思った。
こういう時の勘は大事にしておいた方が良い。
そのまま大人しく運ばれて1時間半くらい。
竜鷲は、ジェット機並みとは言わないけどかなりの速度で飛んでいる。既に、俺と史朗が最初の場所から下流へ移動した距離の半分近くを飛んで来ていた。
まだ飛ぶのかな。どうせなら史朗も一緒に運んでくれたら良かったのに、なんて事も考えていた。
相変わらず命の水川沿いに飛んでいる。やがて俺達が最初にいた場所にそびえ立っていた「山」の崖が見えてきた。
俺は、いつも真下から見上げていた「山」を、今は見下ろしている。
そして知った。
ただ山があって、真上の所が崖になっていると思っていたが、なんと崖の上には平地が広がってた。緑の平野に森があったり湖もある。さらにそのずっと向こうには本当の「山」もあった。
予想外の景色だった。
なんと、俺達がいた森は谷の底ような位置だったのか。
それからまた1時間くらい飛び、運ばれながら眼下を見下ろしていると、更に驚くものが見えて来た。
チョット待って。
なんか壁に囲まれた町みたいなのが見えるぞ。しかも1つだけじゃない。あっちのは小さいから村なのか?
ショックだ。
俺達がこの世界に転がり込んで来た場所、最初の拠点にした所の上。ずっとうろうろしていた場所の上に大地があって、そこを進めば村や町があったんじゃないか。
こういうの何て言うんだっけ?
ええと、あれだ、灯台下暗し!
もっとじっくり見たかったが、竜鷲が高度を下げ始めた。どうやら命の水川沿いの崖の中腹に巣があるみたいだ。
え?巣?何か雛が3羽いるけど、あれ?もしかして俺は雛の餌か?
今度こそピンチ!
そう思った時、俺は乱暴に竜鷲の巣に放り出された。
竜鷲の巣はとっても広い。そして草が敷かれていて柔らかかった。保温の為に纏っていた空気の膜もクッションになってくれたので怪我は免れた。
それでも衝撃はあって、クラクラしながら起き上がると、まず目に入ったのは、向こうの方から羽も生え揃ってない、2mはありそうなでっかい雛達が、嬉しそうに俺に走り寄ってくる姿。
幼児がおやつを目の前に出されて、キャー!と大喜びで集まってくる、そんな感じ。
様子はかわいいんだけど、食われてはまずいので、俺はひょいとジャンプして逃げ出した。雛達は「おもしろい!」と思ったのか、互いに顔を見合わせてから、また俺の方に走ってくる。俺は雛達と巣の上で追いかけっこをするはめになった。
ぴぃいいぃぃぃぃぃぃっ!!
竜鷲が一声鳴いた。
雛達が俺を追いかけるのをやめ、親である竜鷲の方を向く。竜鷲は雛たちに何か言っているようだ。会話するような様子が竜鷲の知性を感じさせた。
何を話しているんだろう?上手な追い詰め方?美味しい食べ方?いや、それは困る。
3羽も子供を育てるのは大変だろうねって思ったけど、でも俺を食ってはいけない。
この一家と戦うという発想が全く俺に湧いて来なくて、俺はただそのまま逃げ出そうと巣の端に跳んで、そこから飛び降りようと思った。
すると、こっちに向き直った雛達が、揃って俺に向かって頭を下げてお辞儀をしたように見えたんだ。
それは、狩る前の作法?
何だろうと思ったものの、また捕まらないうちにと俺は巣から飛び降り、崖を跳ね降りて森に入って隠れた。
竜鷲は追って来ない。巣の所から見下ろしているから、きっと俺がどの辺りに居るかはわかっているんだろう。そのまま警戒しながら地面に降りて、命の水川を下流に向かってジャンプで移動して行く。きっと史朗が追って来ている。川沿いに移動すれば会えるはず。
良かった事は、攫われたのが移動の休憩中だったから、俺達が全装備を背負っていた事。野営をするのに必要なテントや食料などを史朗がちゃんと持っている事が大事なんだ。
俺は魔法で割と楽にやっていけるが、史朗は魔法が使えない。爺ちゃんの補給物資も殆ど俺が持っていた。戦えるから狩りは出来るけど、そこからは手作業になるし、保温や寝る所も確保が大変になる。遭難しない為には装備をしっかり持っているのはとても大事なんだ。
俺は必要最低限の休息と食料の確保以外は、ひたすら移動をした。
そして、川沿いを下流に移動して行って5日目、上流に向かって追って来ていた史朗と無事に合流できた。
史朗は異世界コーヒーをがぶ飲みして、ほとんど寝ないで移動していたらしい。疲れ果てた顔をしていた。
再会した時に史郎に「あんなでかい鳥に攫われて、もうだめかと思った」と泣かれた。やっぱり餌にされるイメージがあったそうで、嫌な考えを何度も打ち消しながら跳んで来たんだそうだ。
俺達は合流した場所で二晩休んだ。2人とも心労と疲労で休息が必要だった。ひたすら食って寝た。爺ちゃんの補給物資もあったし、俺も史朗も、合流した時にお互いが怪我をしていたり空腹でいたらいけないと、途中で食料を確保しながら移動していたから、改めて狩りに行く必要がなかった。
「考えることは同じだな」と笑って、久しぶりに一緒に焚き火を囲んで白米と味噌汁、そして俺が獲ったビッグバードと、史朗が獲った大うさぎを焼いて食べた。ビッグバードはそのまま、大うさぎはカレー味にしてみた。
「何だかんだで、いちからひとりで解体したのは初めてだったからさ、結構時間取られたけど割と上手く出来てるだろ?」と史朗が言った。
ずっと魔法でやってた解体を、史朗はナイフ一本でやらなきゃいけなかったんだ。セバスに一通り教わっていて本当に助かったとしみじみ言っていた。
「俺さ、スライム食ってみたのよ」と史朗が食後の甘くした紅茶を飲みながら言う。
「え?マジか?!」
「逸れて3日目に食うものが全く無くなっちゃってさ、どうかなって思ったんだけど、これがさ…」
「うん」
「ミント味」
「ミント味?!」
「さっぱりしてて美味かった。結構栄養あるっぽいぜ。栄養ゼリーみたい。疲労回復になって元気が出てさ、それでこの大うさぎを狩れたんだよ」
「へえ、スライムって食えるんだ」
「ちょっとビリッとしたけどな」
「それ、毒だったんじゃないの?」
「かもな。でも、ほら、何でも無いぜ」
そう言って笑った。こんな話がまた出来るのが嬉しい。俺もあのまま餌にならなくて良かった。
でも、本当はちょっとだけ思ったんだ。あの竜鷲は俺を餌にするつもりではなく、モハメドみたいに大きな光に頼まれて、俺達を危険な所から遠ざけ、この世界の情報を与える為に攫ったんじゃないのかと。
史朗にそう話すと、「俺も、そうかも知れないって思う」とため息をついて続ける。
「冷静に考えると、2人とも掴まれてたら、俺達は間違いなく竜鷲を攻撃してたよな。戦いになったら運ぶどころじゃなかっただろうし、俺だけが捕まってたら飛んでる時点で凍死してたかもしれないし。
知性がある感じだったんだろ?モハメドと同じだって思った方が納得が行くよ。それに、何かで急いで元の場所に戻す必要があったのかも知れないとも思う。
なんかさ、モハメドの事以来、俺達というか、お前って守られて導かれてるみたいな気がしてるんだよな」
俺もそう感じていた。
誰かが「森の奥に行ってはいけない。人のいる所に行きなさい」って言ってたような気もする。うっすら覚えているその事も史朗に話した。
「そういうの、これからは俺にも話して。気の所為だって思わないでさ。フリードリヒさんの事もあるし、何か意味とか手がかりがあるかもしれないからさ」
「うん、そうする」
そして、二日間ゆっくりと休息を取った俺達は、これから上流に向かって最初の場所に戻って、そこから崖の上に跳んで上がって、俺が上空から見た町に行ってみることにした。




