爺ちゃんの手紙
川の流れる優しい水音、ミニセバス隊が夜通し燃やしていた焚き火が時折パチンと爆ぜる音、そして、風が吹いて木々が葉を揺らす心地の良い音で目覚めた朝です。
おはようございます。
てなわけで、いつものように目が覚めて、起き抜けに水を一杯飲んだ。
そういや昨夜、また家にいる夢を見た。爺ちゃんが色々用意してくれていて、それをもらった夢だった。何となく口の中に甘い味が残っているような気がする…なんて思って寝袋から抜けようとしたらガサッと音がした。
「え?何これ?」
思わず声に出した。
だって、夢で受け取った袋が寝袋の脇に本当にあるんだよ。
ドキドキしながら中を見ると、そこには夢の中で開けてみた時と同じ中身が入っている。爺ちゃんが言っていたようにコーヒーや砂糖や蜂蜜、タタミイワシまで入ってる。
俺は夢の中の事を一生懸命思い出してみた。
爺ちゃんが色々知ってたのは、俺の夢だからだと思ってたけど、この袋がここにあるっていう事は、あれ?もしかして俺、本当に家に帰ってた?
慌ててテントを出て史朗を呼んだ。史朗は川で顔を洗い終わって、妖精さん達と一緒に合掌をしている所だった。
「史朗!大変だ!!」
「どうした?!」
慌てすぎて、久しぶりにテントから勢いよく転がりだして、「大変だ」と言いながら焚き火を通り越して、テントの反対側へ数メートル跳んで行ってしまった俺。驚いて、慌てて戻ってくる史朗。
「俺達の写真が!俺達の写真が届いてる!!」
「大丈夫か?とにかく落ち着け」
「写真が、動画も、俺達が撮ったものが家に届いてるんだよ!史朗が一人旅してた時みたいに!!」
「は?どういう事だ?あの現象がまた起こってるって事か?」
「そう!」
俺は夢の話しを史朗にした。これまで家にいる夢を見たのは3回くらいだが、いちいちそんな話を史朗にはしてなかった。それを最初から話した。
「妙にリアルな夢でさ、何か食べれば味がするし、爺ちゃんの体温も感触もするし、夢の中だけどちゃんとこっちの事を伝えられて良かったなと思ってたんだよ。
昨夜も家にいて、色々話して、あの、多分…女神の実の写真も皆が見てるから気をつけろって言われて、俺の羞恥心が見せてる夢だと思った。で、爺ちゃんが心配して用意してくれてた物を受け取って喜んでてさ。それが、それが起きたら本当にあったんだよ。ほら!」
史朗が目の前に置かれた袋を無言で見つめ、俺の顔を見てから恐る恐る開けて中身を出し始める。
「コーヒーとココアと、砂糖、蜂蜜、缶詰、塩、胡椒、カレー粉、粉末スープ、パン、パスタ、おお、米だ!味噌汁の元も入ってる!他にも色々入ってるな。あ、タタミイワシ!
これさ、アランが願望を形にしたわけじゃないよな?あ、封筒が入ってるぞ、ほら」
何だかわからないけど、とにかくまずはコーヒーを飲みながらにしようとコーヒーを淹れた。
「ああ〜、これだよ、これ!」とホっとしてから、改めて袋の中身の検証。
そして俺は史朗に渡された封筒を開けてみた。爺ちゃんからの手紙だ。声に出して読み上げた。
『これがちゃんと届くのかわからないが、色々用意してみた。渡せることを願う。
無理をしていないか。危険な目にあってはいかないか。いつも皆で心配している。
こちらでは、非常事態ということで、お前たちのパソコンを開いて、捜索のために情報を検証している。アランはわかっていると思うが、シロウ、どうか許して欲しい。
お前たちが撮っている写真や動画は、こちらに全部届いている。沢山撮って、お前たちの無事な姿を見せてくれ。
2人が姿を消した場所も検証を進めている。アランが言っていた帰還の時期を目安に、恐らく姿を消した場所に戻ってくるだろうと予測して、迎えを派遣するから安心して戻ってきて欲しい。
もし迎えと遭遇しない位置であっても、こちらに帰って来ればすぐに見つけ出す。そちらからも連絡が出来るように衛星電話は絶対になくすな。
アラン、お前は夢を見ているつもりらしいが、現実に私達の元に現れているぞ。次にまたお前が来た時の為に、この物資を用意しておいた。奈々恵達が考えてくれた。
もしもこれがちゃんと届いたら、写真や動画で知らせてくれ。必要なものがあればまた用意しておくので、それも知らせなさい。
お前が魔法を使う様子も動画で見ている。こちらの皆が見ている。お前が魔法を使えて良かったと思っている。少しでも安全を確保できるのであれば、それに越したことはない。だが、どうか危険な事はするなよ。
奈々恵は、お前が小さい頃から眠っている時によく光っていたと言っている。ずっと知っていたそうだ。
お前の髪がこちらにある。アパートから奈々恵が持って来た。それが時々光る。半年後まで通路が開かないにも関わらず、お前がこちらに来られるのは、髪が触媒になっているからではないかと仮説を立てている。
セバスは、小さい頃から続けてきた訓練を思い出して、落ち着いて行動するようにと言っている。お前が創るミニセバス隊はお気に入りだそうだ。
2人とも、そばにいて守れない事が辛いと言っている。私もだ。
シロウへ。
アランの髪が光る事から考えて、恐らくシロウは一緒にいて巻き込まれたのだろうと推測している。せっかく遊びに来てくれていたのに、このような事になってしまって申し訳ない。
こちらの事は心配しなくても大丈夫だ。君が帰還してから日本に帰るにしても、このまま我が家にいるにしても、どちらでも問題なく日常に戻れるように、君の日本の家の事などもちゃんと管理しておく。
どちらの選択も自由だ。出来るだけ問題なく速やかに日常に戻れるように整えておくので安心して欲しい。
だからシロウ、君も必ず無事に帰って来なさい。アランは君よりも子供だが強い。無理に守ろうとして君が危険な目に合わないようにしなさい。シロウも私の家族だと思っている。アランと同様に、君が元気で戻ってくることを待っているよ。
アラン、魔法が使えるからといって無茶はするな。巨大な生き物や竜がいる場所のようだが、危険は避け、何としても生き延びて、2人して無事に帰って来なさい。
待っているぞ。
フリードリヒ』
読みながら泣いた。史朗も黙って俯いていた。しばらく何も言えなかった。
少ししてから史朗が言った。
「フリードリヒさん、文字だとちゃんとシロウって書くのな。シロって呼ぶのにさ」
鼻声でそう言う史朗が何だかかわいく見えた。
「よく聞くと小さくゥを言ってるんだよ。聞き取れないくらい小さくだけど」
「シロゥか、フランス語っぽいな」
俺達は笑った。
「俺の事も心配してくれてるんだな…」 史朗がつぶやく。
「俺はさ、自分はアランの友達ではあるけど、やっぱよその子だよなってどっかで思ってたみたいだ。同じように心配されているって知って、すごく驚いた。…何かあったら俺が盾になってでもアランを守らなきゃ申し訳ないって、そんな事をホントに考えてたんだよ。それが俺の役目だって。何て言うかさ、俺にはもう誰もいないし、アランだけ無事に帰れればそれで良いんだろうなってさ…」
「史朗…」
「でも、そんなのお見通しだったんだなあ。俺も無事に帰らないと怒られるんだな」
「そうだよ。俺だけ帰ったってしょうがないじゃないか。…俺もさ、史朗の手を掴んで一緒に連れて来ちゃったのは自分だからって思っててさ、なんとしても史朗だけでも帰さなきゃなんて、似たようなこと考えてた所があるから偉そうに言えないけどさ。でもやっぱり2人一緒に帰らないとダメなんだよ。それが一番良いんだから」
「そうだよな。一緒に無事に帰るのが一番良いし、そうでなきゃな。俺にはもう家族はいないって思ってたけどさ、でもそう思って待っててくれる人がいるんだもんな」
史朗が泣くように笑う。ずっと元気な兄貴でいてくれたけど、やっぱり史朗だって不安で一杯だったんだ。
俺はそれぞれのカップにコーヒーを継ぎ足した。蜂蜜とクリームも入れて甘くして史朗に渡す。
「前にさ、史朗が一人旅から戻った時、爺ちゃんが『おかえり』って、Welcome homeって言っただろ?あれ、暗にお前は家族の一員として認めたって事だったから。その時から家では皆、史朗はロートリング家に属する者って事で認識してるよ」
「マジで?!あのたった一言で?」
「だから急にセバスが訓練とか始めたでしょ?あれは、いざという時に身を守れるようにっていう、我が家の基本ラインね。もうお客様じゃなくて家の人だから」
「そうだったのか」
「で、史朗は積極的に参加してたし、史朗もロートリング家に属する意欲があるって思われてるからね。セバスも史朗はすごく良いと褒めてたし」
「言ってよ!!」
「言葉の裏というかさ、状況と照らし合わせて相手の意図を掴めないと駄目だって、次の訓練はそれだったはずだよ。それが思いがけず史朗の特技に触れて「石割り教室」が盛り上がって…」
「うわー、うわー、そうなのかー!だけど、俺なんか嬉しいぞ」
「ほんと?」
「うん、だってさ、俺を見込んでくれたって事だろ?ファミリーにカウントしてくれるって事は。ただのひょろっとしたどこの誰とも知れない東洋人をさ、認めてくれたって事だろ?
ほあ〜、そうか、俺は本当に帰っていい場所が与えられてたんだな。フリードリヒさんがでっかくて良い人だから、今度のことで俺のことも気にかけてくれてるんだと思ってしんみりしてたんだけど、そうじゃなくて、もっと前から俺を見てそう思ってくれてたって、今猛烈に感動しているぞ」
「爺ちゃんはさ、出会いは俺の友達って事だけど、それだけであんな風にする人じゃないからね、絶対。史朗自身を見て、本当に気に入って信頼したんだと思う」
「…そうだよな。フリードリヒさんはでっかくて暖かくて強い人だけど、甘い人じゃない。すごくわかる。だって、最初は本当に恐かったもん」
「あはは!固まってたよね、史郎」
「おお。猛獣の前に置かれた肉になった気がしたもん」
「あははははは」
「それが、そうだな。一人旅から戻ってから雰囲気が変わったな、そういえば…」
俺はまだ言ってなかった事を伝えた。
嫌かもしれないけど、多分史郎が一人旅をしている間、ずっと護衛がついていて随時史朗の行動についての報告が入っていただろう事。
「命が危険な状況にでもならない限りは、絶対に存在を感じさせないんだけど、でも、いるんだよ」
「ちょっと怖いな」
「…だよね、監視されてるみたいでやだよね、ごめん」
「いや、そうじゃなくてさ、『いるんだよ』ってのが、何か、後ろに霊がいるぞみたいで」
「あ、そこ?」
「ほら、俺はさ、13歳の頃から1人でアメリカに居ただろ?その分、海外での行動とか1人歩きの危険性とかはわかってるけどさ、だから余計にそういうのを付けてくれてたんだって思ったら、感謝だよ。知らなかったから普通に気を張っていたけど、でも何かがあっても助けられたって事は、ありがたいよ」
「そうか、そう思ってくれるとホッとする」
「それにさ、俺さ実は言ってなかったんだけど、スペインでちょっと危険なことがあったんだよな」
「え、そうなの?」
「無事だったんだし、心配かけちゃいけないと思って黙ってたんだ」
史朗がマドリードでお決まりの「居酒屋のハシゴ」をしていた時、行く先々で何度も会う男達がいたらしい。同じ通りでハシゴしてるわけだからそんなもんだろうと思って、声を掛けられ一緒に飲んで良い気分になり楽しく過ごした。
最後の店を出る時に、有り得ない酔い方になって意識が飛びそうだったが、その男達が介抱するように抱えて連れ出そうとした。怪しんだ店の人やそこにいた客達が「おまえら本当に友達か?」と何度も確認してくれたらしいが、男達は知り合いだと言い、史朗も酩酊しながら「大丈夫だ」と答えた。
そして、気付いたら道端で転がっていて、財布やパスポートは無くなっていて上着も着ていなかったという。
「それは死ぬじゃん、冬だし」
「そうだよな。通りかかった人が起こしてくれて、取り敢えず宿に戻ってさ。段々正気になって来て凹んだ。で、翌朝すぐに大使館に連絡してさ」
「もう、そういうの内緒にしないでよ」
「ごめん。でもさ、大使館に連絡してから手続きに行かなきゃと思って下に降りたら、ホテルの人が「荷物が届いてる」って言うんだよ。何だろうって思ったら、無くなったダウンと財布とかパスポートとか、全部届いてた」
「ああ」
「今わかったよ。それ、護衛の人がこっそり助けてくれたんだなって。全然気が付かなくて、あのおっさん達が酔った勢いでやらかしたけど反省したのかな?とか、やっぱり人は信じられるよなとかずっと思ってた。…俺はメデタイ奴だな。
道で寝てた時に声かけてくれたのもきっと護衛の人で、俺がホテルに戻るまで見ててくれたわけだよな」
「そうだね。いてよかった、護衛。爺ちゃんありがとう」
「ホントに感謝します。護衛の人、フリードリヒさん、ありがとうございます。どっちにいるかわからないから脚を向けて寝ちゃうかもしれないけど、ホントにありがとうございます」
「そんなこんなを、全部報告を受けて知っていたんだな、爺ちゃん。そしてセバス隊長」
「セバスさんて、なんで執事やってんの?あの人、元軍人とか傭兵部隊にいたとか聞いたけど」
「わかんない。聞いたこと無い」
「どっちにしてもさ、俺達の行動は今でも全部筒抜けってことだな」
「写真と動画…。ひっ!そう言えば、『あの実は魅力的だが、あんまりにやけた顔で撮るな』って爺ちゃんが言ってたのは、絶対に女神の木の事だよね」
「ぎゃっ!そうだ!あれも見られてるのか!!あれはやばい写真だぞ」
一気に冷や汗が吹き出す。恥ずかしい。しかし取り返しがつかない。
「俺達は黒歴史製造マシーンだな…」そう史朗が言った。
「今後は撮るものに気をつけよう」と話し、もう間に合わないのはわかってはいるが、女神の木の所で撮った写真と動画を全て削除した。改めて見ても見るに堪えない恥ずかしい写真ばかりだった。
それから爺ちゃんが言っていたようにメッセージを動画と写真で撮って、色々な事をちゃんと伝えた。これを見て安心してくれたら良いな。




