蟻人 モハメド
森の奥に来て命の水川からだいぶ離れたからだろうか。妖精さん達の数が減ってきた。いつも40人くらいいたのに、だんだん減ってきて、今では5人だけになっている。
…そうだ、誰かが小さき者達の守りがどうとかって言ってた気がするな。
このまま進むべきなのかどうか迷いつつも、何となく足を止めず進んでいく俺達。
コーヒーも見つけたし、カカオも見つけた。あとは甘味かな。もう命の水川の方に戻っても良いのかもしれない。
だけど、なんだろう?森のもっと奥へと進む足が止まらないんだよね。
「俺達さあ、これ以上奥に行く意味あるのかな?」 俺が疑問をつぶやく。
「そこな。俺もちょっとどうなのかなって思ってた。なんか雰囲気が変わって来ただろ?」 史朗も感じていたらしい。
「引き返そうかとも思うんだけど、何となく進んじゃうんだよね」
「そう。何かおかしいような気もしてるんだよ。ちょっとこの辺でバシッと止まってみない?」
そうだな、ということで、1,2,3で止まった。ふう。止まれば止まれるんだ。でも、ちょっと動こうとすると奥の方に向かってる。
妖精さんが渋い顔をしている。5人のうち2人が、ちょっと泣きそうにも見える。そんなにダメなら無理して着いてこなくても良いんだよ。というか、本格的に俺達は引き返したほうが良いのかも知れない。俺達の意思に反して引き寄せられるというか、後ろから押される感じというか、何かの力が働いているような気もする。
「ここはひとつ、思い切ってがっつりと引き返しましょう」
「だな。その方が良いと思う。こういう時ってダラダラしてると取り返しが付かなくなる場合が多い」
来た道を戻ろうと振り返ると、あれ?こんな所を通って来たんだっけ?なんだか急に森の雰囲気が変わった。不安定になったというか、ぐにゃりと空間が歪んだような気がした。見ると、妖精さんが随分と離れた所にいる。
「なんか今、おかしくなかった?」
「おかしかった。目眩みたいな感じがした」
「だよね、なんだろう」
とにかく元の方向に戻ろうとするが、何だか上手く進めない。おかしいねと言いつつ、俺達は木の上に登って位置確認をすることも考えつかなくなっていた。
ガサガサと草や枝をかき分けて進んでいると、ふと立ち止まり史朗が言った。
「…なあ、アラン、もしかしてこの辺にクソキノコいるのかな?」
「え?俺のセンサーには引っかからないけど。なんで?」
「いや、ほら、あの人がさ、完全防備で不審者スタイルになってるからさ」
「あ、ほんとだー」
「「え?人!?」」
50メートル程離れた位置に、まるで俺達が帽子にスノーゴーグルを着け、マスクをしているような風貌の人がいた。着ているものはタンクトップみたいな、腰にも布を巻いただけのような、そんな感じだが、頭部がまるでゴーグル戦隊だ。
ちなみに俺達は、今は暑いのでゴーグル戦隊ではなくなっている。
「ちょっとまって、クソキノコはいないはずだし、あの人って…もしかしたら俺達のコスプレしてる?」
「そんな事あるか、アホな」
「だ、だよね。え?てか、人…なのかな?」
俺はカメラの望遠で顔を捉えた。
「史朗、虫だぞ!」
虫だ。ゴーグル戦隊ではなく自前のゴーグルっていうか、ゴーグルでもなくて、作り物の虫の頭ではなく、本当に虫の頭がついている。小さく触覚もあるみたいだ。
「ほんとだ…。これは、あれだ、蟻の頭だな」そう、それ。蟻の頭だ。
「頭が蟻の人?こっちの人族は頭が蟻なの?」
「わからん、でも妖精の目も虫っぽいから、そうなのかも。あ、見ろ!妖精たちが蟻の人の周りに集まってるぞ」
俺は再びズームで全体を捉えた。
「妖精さんが笑顔だ。何か話してるっぽい」
「蟻の人が頷いてるな」
「妖精さんがあの様子ってことは、あの蟻の人は安全なんだろうか?」
「…そうだな。もしかしたら良い蟻なのかもしれないな」
「でもちょっと、どうよ?コミニュケーション取ってみたほうが良いかな?」
「いや、どうかな。あ、そうだ、俺達も帽子とゴーグルで行けば良いんじゃないか?」
「おお!そうだ。じゃあそれで近付いてみるか」
妖精さんとフレンドリーに接している様子を見たせいか、何となく危機感を感じない。とは言え、やはり正直、あそこまででかいと流石に虫は怖いな。
俺達はザックを下ろして、帽子とゴーグルとマスクを取り出そうとしていた。
ふと気づくと蟻の人がこちらに近付いて来ていた。その距離10メートル程。
うわ、ちょっと怖い。妖精さん達が笑顔で話をしていたとしても、でっかい蟻の顔だよ。
蟻の人は2メートルくらいの身長で、身体は質感が虫っぽい人って感じだ。近くで見ると身体に纏っているのは何かの革を鞣した物のようだ。腰にはナタのような武器をつけていた。
俺達はまだゴーグル戦隊に変身していなかったので、バッチリと素顔でご対面となった。
人間とは明らかに違う口の形状などを見て、食われるんじゃないか?って思ったし、何なら戦闘になる事も覚悟した。
魔物としての巨大な動物たちには慣れて来ていたが、自分たちと同じ位のでかい虫系は初めてだった。俺は自分の心臓の音がうるさく聞こえるくらいに緊張した。
でも、いつまで経っても襲ってくるでもなく、無闇に近づいても来ない。10メートルの距離を保ったままで止まっている。
敵意は感じられなかったというか、むしろこちらを怖がらせないように気を使っているようですらあった。
しばらくその距離のまま互いに動かず、相手の出方を見ていたが、そのうち蟻の人が後ろを向いて歩き始め、後ろを振り返ってはついてこいと言うような仕草をする。
「おい、ハサミ蜘蛛の安全性を察知したお前の勘はなんて言ってる?」と史朗が聞いてくる。
「なんだか知性を感じるんだよね。ハサミ蜘蛛とは違って瘴気は感じないし、大丈夫なんじゃないかな?」
「そうか。じゃあついて行ってみるか」
「そうだね。何より妖精さん達があの蟻の人のそばにいるから、行ったほうが良いのかも知れない」
「ヤバそうだったら跳んで逃げれば良いしな」
そして俺達は蟻の人に着いて歩き始めた。不思議と彼に着いて行くと、さっきまでの空間が歪むような、道に迷ったような不安感は軽減した。
道案内をして、このおかしな空間から出してくれようとしているのかもしれない。そう思ったのは、30メートルほど移動したところで妖精さん達がまた俺達の近くに寄って来たからだ。
安堵した表情の妖精さんの様子からして、あの場所では俺達に近づけなかったらしい。
あのまま森の奥に進んでいたら、俺達はどこに行っていただろう。
俺達は蟻の人に「ありがとう」と言った。妖精さんと同様に、俺が言えばわかるらしいが、史朗が言っても不思議そうに頭を傾けるだけだった。意味がわからないんじゃなくて、単純に聞こえないのかもしれないな。俺達も彼らの言葉は聞こえないし。
「蟻にアリガトウという日が来るとは思ってもいなかったよ」と史朗が笑った。
「そうだね。これ日本語わからないと意味わからない笑いだね」と俺も笑う。
危険な地域を抜けたから、蟻の人はここでさようならかと思ったが、どうやらしばらく着いてくるというか、また行くべきではない方向に踏み込まないように見守ってくれているらしい。
地面を歩いての移動ではもどかしくて、ちょっと試しにジャンプして移動してみたんだが、蟻の人も身体能力が高いのか、着かず離れずで距離を取りながらも着いて来た。
一度、完全に逸れたかと思ったが、1〜2時間後にはどのルートを通るのか、俺達の居る場所に現れた。ニオイで追ってきてるのかな?
俺達はその日から、なんとなく蟻の人と一緒に森を移動することになった。
最初の晩は、やはり距離を保ったまま、俺達から10メートル程離れた所にいた蟻の人。俺がミニセバス隊を出して火の番と夜警をさせるのを見て、面白かったのか手を叩いて触覚をピコピコさせていた。虫の顔なので表情は読めないが、何となく笑顔のような気がした。
そして、夜が明けて俺達がテントから出てくると、見かけたことのない果実が沢山テントの近くに置いてあって、蟻の人は木の陰から俺たちがその果実をちゃんと手にするかどうか、そして食べるかどうかをジッと見ていた。
その果物も、俺達が寝ている間に近付いたのではなく、ミニセバス隊にテントのそばまで運ばせていたらしい。
セバス隊もミニセバス隊も、性質はセバスなので、俺に危害を加える可能性のあるものは撃退しようとする。だが、蟻の人には協力して食料を運んで来るという事は、やはり蟻の人は警戒しなくても大丈夫なんだろうと思った。顔は怖いんだけど。
翌朝も起きると果実が届けられていて、俺達が手にして食べるとなんだか嬉しそうに見えたんだ。触覚のピコピコする動きで、ちょっと感情が読めるような気もした。
「俺、ほんとにこのカメラ持っててよかったと思う。大好き」
「それな。良いよな。大好きって言えばおれ、ナイフ大好き」
「ああ、ナイフ良いよね。あとほら斧も良いし、コッヘルとかステンレスカップとかも大好き」
「使い勝手の良い道具って良いよなあ」
「だよね。大事に手入れして長く愛用したい」
「俺達って日々を大切に生きているなって気がするよね」
「そうそう」
食事をしながら俺達がそんな道具に対する愛を語っていて、ふと気付くと蟻の人が10m程離れた草むらからこちらを見て、腰につけているナタのような物をしきりに触っている。俺達の話しを聞いていて自分の道具を自慢しているようにも見える。
うん、わかるよ、蟻の人、それが君の愛用の道具なんだね。
蟻の人は、気が優しいという言葉がぴったり当てはまるような感じ。人柄というか蟻柄というか、良さそうな蟻だと思う。
そのまま、何となく一緒に移動をする俺達。妖精さんの数が少し増えてきた。やはり俺達は知らない内に、妖精さんが近寄りにくいような場所に入っていたらしい。
史朗が、アトラトルで木の実を落とすのを見て、アトラトルに興味津々の蟻の人。俺は1セット作って地面に置き、そっと距離をとった。
蟻の人が、こちらの様子をうかがいながらアトラトルを見ている。俺が頷くと、ゆっくりと近付いてアトラトルを手にした。
史朗がそのタイミングで、アトラトルに槍をつがえ、ちょっと大げさなフォームでとても遠くの、そう100mくらい先の木に向かって槍を飛ばし、生っていた実を落とした。
それを見た蟻の人が、手にしたアトラトルセットを見て、両手で高く掲げ俺達に向かって頭を下げた。いや、そこまでのものではない…。
そして蟻の人は、それから歩きながらその辺に槍を飛ばして練習を続け、やがて、史朗が近付いて手取り足取りやり方を指導するようになり、俺達は2人と1人から3人になった。
夜は共に火を囲んだ。木をくり抜いてカップを作り、蟻の人も一緒にコーンスープを飲んだ。どうやら蟻の人は肉は食べないらしい。いつも果実をとって食べていた。
蟻の人の言葉は俺も史朗も「ギギギ」としか聞こえない。まあ、身振り手振りなのは妖精さん達と同じだ。
ある日、移動中に大蛇に遭遇した。
俺達はぼんやり木の上を跳んでいた。蟻の人は地面を走っていたが気配に気付いて急に止まり、木の上の俺達に静かにするようにと仕草で伝えて来た。
蟻の人は勇敢な戦士らしい。身体能力は俺達より劣るし魔法も使わないが、戦い慣れているのは様子でわかる。体長20メートル程のマダラ赤蛇に、恐れずにひとりで向かって行った。
まず、アトラトルを上手に使い蛇の両目を攻撃し、マダラ赤蛇が吐く毒液…ではなく、ひどく臭い液を巧みに避けて、死角に回り込み喉元をナタで切り裂いた。そして間髪入れずに喉元から腹の方に向けてナタで切り裂く。Tの字に切り開かれ、のたうち回っていたマダラ赤蛇はしばらくして絶命した。
俺達は全く出番はなく、その様子を木の上から見ていただけだった。大黒蛇のトラウマで固まっていたのもあるが、あまりにも鮮やかに倒すので、まるでゲームを観戦しているような気になってしまったのだ。
手際よく蛇の皮を綺麗に剥いで行く蟻の人。かなり手慣れている。ふと気付いたが、彼の身につけている衣服の皮は、もしかすると蛇なのか。普段から蛇は狩り慣れているんだろうか。
ちなみに、このマダラ赤蛇、ものすごく美味だった。
蟻の人は狩った獲物に対しての敬意なのか、解体する時に一口だけ食べていたが、俺達に肉を丸々くれて、食事の時には変わらず果実だけを食べていた。
夜もあまり寝なくて済むのか、寝ている所を見たことがない。少しだけ眠って、あとはミニセバス隊と一緒に火の番をしているようだ。
一度夜中に目を覚まして用足に行こうとした時、ミニセバス隊の隊長が蟻の人に石割りを教えているのを見た。仲良くていいな。てか、ミニセバス隊の隊長、おまえゴーレムなのに指導しちゃうの?
俺は蟻の人を「モハメド」と呼ぶことにした。以前、セバス(本物)が、ボクシングの訓練のときにモハメド・アリというチャンピオンの話しをしてくれたんだ。
日本語の蟻とひっかけて、モハメド。
史朗が「お前の名付けはわかりやすいけど、ホントにベタだよな」と笑っていた。
俺がモハメドと呼びかけ、史朗もモハメドと呼ぶと、蟻の人モハメドは自分の呼称と気付いたようで、感動に打ち震えているように立ち尽くし、口をギチギチ動かして、ひれ伏して祈りのポーズをとった。
いや、だから、そこまでのことじゃないんだけど…。
史朗の声は聞こえていなかったのかもしれないが、口の動きをジッと見ていて、何度目かで俺がモハメドと言うのと同じ口の動きだと気付いたようでもあったから、きっと何を言っているのかは理解していたのだと思う。
ついでに史朗がカタカナで「モハメド」と地面に書いて教えると、何度もそれを練習して書いて、そして右手の拳で自分の胸を2回叩きながらギチギチと言って胸を張っていた。
多分、あのギチギチは「モハメド」と言っているんだろうなと思う。
妖精さんが沢山現れて飛び交うようになる頃、朝起きるといつもよりも沢山の果実がテントのそばに積んであって、そしてそれきりモハメドは姿を見せなくなった。
その朝、ミニセバス隊が土に還る前に地中に向かって敬礼をしていたから、きっと地中に帰って行ったんだろう。やっぱり蟻だから地中に住んでいるのかもね。
俺は妖精さんに、「モハメドに会ったら、楽しかった、ありがとうって伝えておいてね」と頼んでおいた。笑顔で頷いて3人が飛び立ったので、きっと伝言は伝わるんだろう。
「あ!」 突然史朗が声を上げた。
「俺達、モハメドの写真一枚も撮ってない!」
「ああ!ホントだ!」
「もう写真のことなんて忘れてたよ!」
「残念、3人で一緒に撮りたかったね」
「地球に帰るまでに、また会えると良いな」
「そうだね」
こっちの世界で初めて出来た友達。本当に良い蟻だった。




